第29話 東の陰謀と北の計画



SAIBAグループ 副会長室。



「はい…ですので、どうかご協力をお願いいたします」


「まあ、いいでしょう。SAIBAグループへの援助をお忘れなく」


「承知しております。ところで、日本に今の最高到達階を超える者は現れると思いまか?」


「………無理でしょうね…。あれ以上上に行くには俺でも………」


「…何とおっしゃいましたか?」


「いや、なんでもないです。では、援助の件、それと渡辺官房長官によろしくお伝えください」


「かしこまりました」




スーツ姿の男は、副会長室を立ち去った。

才波炎さいば えんは右手に持っていたペンをカチカチと鳴らして何かを考え始める。

顔にはイラつきの様子がうかがえた。



「お前ら、入ってこい」



才波炎がそう声をかけると、副会長室には男2人女2人が入ってきた。

そこに現れたのは、心海新太しんかい あらた斉藤力人さいとう りきと八重美紀やえ みき西園寺鏡花さいおんじ きょうかの4人。

彼ら彼女らは、永遠の炎イグニスの幹部メンバーとしての地位を獲得していた。



「炎さん、なんで85階で攻略をやめちゃったんですか?」


「……お前らには関係ないことだ」


「先程の方は、政府の役人ですよね?なぜここに?」


「仕事だ。それ以上は詮索するな!それよりも、お前ら。今日から会社の方針を変える」


「方針を変える?」


「あぁ、しばらくダンジョンの攻略を目的としての活動はやめる。それよりも、魔核の回収に専念することとする」


「な、なんで攻略を諦めるんですか!?俺たちも炎さんを手伝います!」


「アホかお前、お前らが俺について来れるわけないだろ。それに諦めるのではない。一時的に目標を変えるだけだ」


「でも、それって———」


「———おい…お前俺に口ごたえしているのか?」



威嚇の目を幹部に向ける才波。

それに怖気付いたのか、身を乗り出していた斉藤力人は一歩下がる。

ランク1とランク2の間には、大きなステータスの壁がある。

ランク1の威嚇は、一般人からしたら気絶するほどの恐怖と感じるのだ。



「くそ……とりあえずさっき言った通りだ。当面は各チームでの魔核回収を徹底しろ。それも50階以上の魔核だ」


「「「……はい」」」



部屋の端にいた西園寺鏡花は、目を細めて才波炎を見ていた……。




 ◆ ◆ ◆




東京ダンジョン 81階



「主、前方からトロールが12体接近してきます」


「おぉ、随分と多いな……頼めるか?」


「——————はいっ!」



ザックが今まで見せたことのないような笑顔を見せる。

その笑顔は子供のように無邪気で、好奇心に溢れていた。

そんなに戦えるのが嬉しいのか。



「行ってまいります」


「サラもいってくるー!」



そう言って、ザックとサラは俺の横から姿を消した。

目でその姿を追おうとした時には、すでに遠くの方で無数の魔核が転がっていた。



「ワォ……」



ヤバイな…。

何がザックやサラについていけるようになっただ…。



「やったー!サラが8体倒したよぉ!」


「負けました…。まさか4体しか倒せないとは……」


「えっと…なんだ……頑張ろうぜ」


「………はい」



ポンとザックの方に手を置く。

わかるよ、その気持ち。

あんな小さな女の子に負けるのはさぞ悔しかろう…。

でも安心しろ。

お前は人間で、サラは吸血鬼だ。

そもそも生物学的に違う存在なのだ。



「主!この階層のボスは私にお任せいただけないでしょうか?」



ザックがムキになったのかボスを一人で倒させてくれと頼んできた。



「あぁ!ズルい!じゃあサラはその次のボスさん一人でたおす!」



次はサラがわがままを言い始めた……。



「もういいよ、わかった。じゃあお前らが交互にボスを倒していってくれ。俺はそれをサポートする」


「ありがたき幸せ」


「やったぁ!パパ大好き!」



なんだこれ…。

こいつら普通にゲーム感覚じゃないか…。

まあ、俺のレベルも正直上げたいが、今はとりあえずザックとサラの力を借りて攻略を目指そうと思う。

もしそれで東京ダンジョンがなくなったとしても、海外のダンジョンに行ってレベルアップをするのも悪くないかもな。




 ◆ ◆ ◆




ロシア モスクワ



「ノースソルジャー計画の進行状況は?」



会議室の中央に座る巨男。

自分の顎髭に触れながら、目の前にいる研究員に質問をする。



「はい。オルグ様からいただいた血液による研究で、ユニークスキルは個人のDNAに由来することがわかりました。現在、輸血による実験を行なっております」


「なるほど、遺伝子か…」


「しかし、ユニークスキル以外の一般スキルにはその兆候が見えませんでした」


「では、ユニークスキルだけが個人の遺伝子に由来していると?」


「そうなります」


「オルグ様の血液から歴史を遡った結果、スラヴ神話のルサールカに辿り着きました」


「ルサールカ?あの水の精霊のか?」


「はい。おそらくオルグ様はその神話に関わる血筋なのかと。それによって、『水精霊の加護』というユニークスキルが発現したのでしょう」


「あのアメリカの少年の血液からは?」


「はい。アメリカのハリー・トリントンから密かに得た血液からも、アーサー王の血筋の者だと判明しました。それが『聖なる剣エクスカリバー』になったのでしょう」


「やはりそうか…引き続き研究を頼む。必要な資金は全て国に請求したまえ」


「かしこまりました」



研究員の男は部屋から出る。

それを見届けてオルグと呼ばれていた男は、タバコに火をつける。



男の名前は、オルグ・アグーナ。

ロシア連邦大統領の地位にいる男だ。

彼が命じた研究。

それは、己のユニークスキルを輸血によって他人に与えることができるか、というものだった。



そうでもしなければロシアという国は滅ぶ。

オルグはそう思った。

国土面積が広ければ広いほど、ダンジョンの難易度は上がる。

それが意味するのは、ロシアが最難関のダンジョンだということ。



軍のスキル所持者と共にダンジョンに挑んだオルグ。

全戦力を投じてたどり着いたのが39階。

ユニークスキル所持者のオルグですら、それ以上は進めないと判断を下した。



ならば、軍の兵士をオルグと同じ強力なユニークスキル所持者に変えてしまえば良い。


その思いに至ったのが、「ノースソルジャー計画」の始まりだった。

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