第18話 ザックとエルメローイ




———太陽が沈みかけたある日



人口が25人の農村。

そこに新たな命が生まれた。

不思議なことに生まれた赤ん坊は、僅かな光を放ちながら生まれたのだという。



時は過ぎ、帝国暦780年。

ザックと名付けられた赤ん坊は、6歳となった。

6歳になると身分問わず誰もが神殿に赴き、儀式を行う必要がある。



「…ぼく…いきたくなぃ…」



ザックは、両親と隣町の神殿まで来ていた。

神殿に入れるのは6歳になった少年少女だけ。

両親を離れたくないザックは泣き始めた。

ザックの頭を撫でる父。



「ザック、お前は強い。きっと誰よりも強くなれる。胸を張って行って来い」


「そうよ。何たって私たちの子供なんだからっ」



両親の一言。

それだけでザックは勇気を貰えた。



「……うん」



各地から集まった95名の子供たちが神殿に入った。

隣町の貴族の御子息から、商人の子供、農民の子供。

身分は様々だ。



「これより神ヴァニエスタによる授与式を始める。ジョイス村のカタール君、前へ…」



こうして神からの授与式が始まった。

授与式とは、その人に合った能力を神が授ける行為だ。

授けられた能力はいわば、その人の運命。

能力に合った仕事に就き、能力に合った働き方をする。



「カタール君の能力は……『騎士』である」


「「「おぉぉ」」」



『騎士』。

それは名誉職の一つ。

そもそも戦闘系の能力が授かっただけで、勝ち組とされる。

『騎士』のスキルは、このドラグニル王国にてキャリアを保証されているのにも等しい。



「おめでとうございます。では次、メンリー村のハーマ君……」


「はいっ!」


「………残念ながら、君に能力は授からなかった……」



…ザックは不安に思った。

目の前で膝から崩れ落ち、泣きじゃくる同い年の子供を見た。

年に数人は能力を授からない。

もし、自分も授からなかったら親に合わせる顔がない…。

そう思うザックであった。



「次、エルメ村のザック君、前へ…」


「は、はぃ…..」



祈るポーズを取るザック。

手には汗を握り、神とやらに願った。



(僕に、僕に力をくださいっ!)


(———ねぇ、君はなんのために力を使う?)



ザックにのみ聞こえる神の声。

普通ならありえない現象がそこでは起こっていた。

神は平等に人類を導く。

その掟を破るかのように神はザックに話しかける。



(…家族を、村のみんなを守れるくらい強くなりたい!)


(そっか…その意志を忘れないでね———)



そっと目を開く。



「君の能力は……な、なんと!『剣聖』じゃ!!」



「「「おぉぉぉおおおおお」」」



周りが騒然とする。

500年に一度授かると言われている『剣聖』の能力。

それは『勇者』という能力に並ぶほどの力があるとされる。



時は過ぎ、帝国暦800年。



26歳となったザックは、ドラグニル王国の戦騎士長となっていた。



「ザック、此度の戦い見事であった。そなたに褒美をやろう」


「ありがたき幸せ」


「うむ…では、男爵の爵位を授けることとする。それに伴い、家名を与える。お前の出身村、エルメ村の「エルメ」と我が王国の亡き英雄「ファンデローイ」から名付けて、これからザック・エルメローイと名乗りたまえ」


「はっ。ありがたき幸せ…」



こうして、ザック・エルメローイは誕生した。

そして更に時は過ぎ、ドラグニル暦5年。

ザックは32歳となった。

帝国暦が終わりを告げ、ドラグニル王国の勢力が全大陸まで及んでいた。

それは幾重にもザックが戦場で活躍したことによるものだった。



「くそっ…ザック・エルメローイ。あいつは調子に乗り過ぎた…」


「いかがいたしましょう。国王陛下…」


「国民の支持は今となってはあいつにある…。この国はワシのものだっ!決して奴に奪われてはならんっ!!!」



パリィン



ワイングラスを割る国王、トドス・ドラグニル。

この時代、ザック・エルメローイの名を知らない人類はいない。

そう言われるほど、ザックは国民から慕われている。

ザックは子供や貧しい人に手を差し伸べる存在となった。

その影響力は、国王をも凌駕すると言われている。



「……あいつの村、エルメ村に向かうぞ」



国王はそう言い放ち、百の兵を率いてザックの生まれた村へ向かった。

その日、エルメ村にはいくつかの死体だけが残り、その他の村人たちは姿を消した…。



「おい、ザック。目をよく開いて見ろ。お前の家族や友人の姿をっ!!」



ザックの目の前には、無惨な姿に痛めつけられた家族や友人の姿。

一人一人の首には奴隷の首輪がつけられていた。



「おっとっと、ワシを襲おうと思うなよ?ワシが死んだらこいつらも死ぬように隷属の魔法をかけておいた!くふふふふふふっ」


「……クズがっ……何が望みだ……」


「望み…..?そーんなの決まっておろう!……お前の命じゃよ」



一瞬悩んだザック。

だが、それはほんの一瞬だった。

彼の青い眼はどこまでも澄んでいた。



「いいだろう。好きにしろ」



ザックは自分の命よりも、家族や友人の命を優先した。

それは彼の優しさ、家族や友人に対する愛。

彼の心の強さを表していた。



「けっ……つまらん男じゃ。明朝、ザック・エルメローイの死刑を行う。罪は———



———魔族への加担とする」



聞き覚えのない罪。

おそらく国王が適当にでっち上げた罪だろう。

だが、ザックに反発する意志はなかった。

ただ家族、友人を守りたい。

その一心が今のザックを動かしていた。



「皆の者、とくと見よ!ザック・エルメローイは魔族に加担し、我ら王国に反旗を翻した!よって、ザック・エルメローイを———死刑とする」



騒然とする国民。

鎖で縛られ、目隠しをされたザック。

その姿は、国の英雄と呼べるそれではなかった。

ゆっくりと死刑台へ歩いていくザック。

ザックの右側には大きな斧を持った処刑人。



「くふふふふ。これでワシの時代が戻ってくる!」


「おめでとうございます、国王陛下。して、奴の家族や友人の亡骸はいかがいたしますか?」


「ん?あぁ。裏山にでも捨てとけ」


「かしこまりました」



ザックから10メートル先で行われていた会話。



———しっかりと聞こえていた。



(亡骸…………死んだ………….?)



突如ザックから溢れ出すドス黒い影。



(あぁ……家族は死んだのか……俺は……一体……なんのために……結局……誰も守れないまま………あぁぁぁあがぁああああぁぁぁぁああがぁあああががぁががあああああああああ)



「な、何事じゃ!」


「誰か!奴を抑えろ!」



鎖を引きちぎるザック。



(もう何も思い残すことはない。

もうどうなってもいい。

もう俺に守るべきものは……何もない)



「出てこい……ヴァニエラ……」



突然右手に出現する神々しい聖剣。

その刹那、ザックの周りにいた兵士たちは跡形もなく消えた。

いや、正確には剣圧に押し潰されて肉片すら残らなかったと言った方が正しい。



「ま、ま、待て!ザック!ワ、ワシは何も知らん!ま…….」



国王の視界が宙を舞う。

一瞬にして、一国の王の首を切り落としたのだ。

もうザックに意識というものは存在しなかった。

ただひたすら破壊、破滅を繰り返す。



もう彼を止めれる者はいない———





———「なぁ、お前何してんだ」





暗闇の中まで聞こえたその声。

どこまでも透き通っていて、暖かかった。



意識を取り戻したザック。

辺り一帯は大きなクレーターとなっており、そこにあったはずのものはもう何も残っていない。

そこで初めて自分の犯した罪の重さに気づいた。



「男が泣くなよ。お前、1人か?」



華奢きゃしゃな手を差し伸べる男。

男の後ろでは朝日が登り始め、男のシルエットだけがそこにはあった。



「なら俺についてこないか?一緒に世界を冒険しよう。きっと楽しい旅になる」



ザックは男の手を取った。

何を思って手を取ったのか。

それは本人にしかわからない。

だが、確実に言えるのは、その時のザックはすでに目の前の男に惹かれていたということ。



その男は、後の———



———となる存在だ。




 ◆ ◆ ◆




「————ザック?」


「あ、失礼いたしました。もう一戦しますか?」


「あぁ、頼む! 土曜日あいつらとダンジョンに行くから、少しでも強くなったとこ見せたいんだよね」


「かしこまりました。では、参ります!」




.........またこうしてお供できる事、嬉しく思います。


























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