第17話 報告と成長



——首相官邸、大会議室



田中総理と数名の官僚、自衛隊の関係者、探索者協会の幹部。

そこには多く者が集まっていた。



「いやしかし、国を見捨てる選択肢など!」


「見捨てるのではないっ!可能性の話をしているのだ!」


「2人とも落ち着きたまえ」



2人の官僚の言い合いを止める田中総理。

現在、会議室では最悪の可能性に備えた話し合いをしていた。

もしも、ダンジョンが攻略されないまま残りの131年が経過した場合、日本国民をどこに避難させるのか。



「そもそも他国に避難させたとしても、国土面積が上位1桁でないとすぐにモンスターに占領されるでしょうに」


「だからといって、中国やアメリカ、ロシアなどの大国に協力要請するのは難しい」


「現在、アメリカやロシアへの移民が多く、国も対処が追いついていないそうだ」


「それはそうだろ。なるべく国土の広い国に生活拠点を移す。それは現代での常識だ」



そんな中、亜門あもん宗次郎そうじろうが口を開く。



「皆さん、希望を捨てるのはまだ早いです。報告が遅くなりましたが、準備が整ったので今日この場で発表させていただきます」



亜門のその一言で場は静寂に包まれた。

探索者協会日本支部会長。

その肩書きは、それほどの影響力を持っていた。



「なんだ、亜門君」


「今回、1級探索者才波さいばえんを筆頭に、有能な2級探索者、合計28名でダンジョン攻略の精鋭部隊を編制しました。こちらがメンバー表となります」



そう言って、亜門はプロジェクターに探索者それぞれのステータスを数値化して表示させた。



「おぉぉ…これは…」


「あのSAIBAグループの才波炎が協力してくれるとは…!」


「2級探索者も優秀な者が多いな…」



その場にいた誰もが目の前の情報に希望を抱き始めた。

自分たちの祖国が救われる可能性がある。

未来ある子供たちの未来を守れる可能性がある。



皆がそんな希望を抱いたからこそ、このプロジェクトに反対する者などいなかった。



「亜門君…どうか日本を救ってくれ。政府が全面的に協力することを約束しよう」



田中総理の一言…。



それは、彼らにとって『希望』の始まりでもあり———



———『絶望』の始まりでもあった………。




 ◆ ◆ ◆




「九条さーん!お待たせ」


「お、櫻!久しぶりだな」


「なんだ、おっさんもう着いてたのか」


「おぉ、ナオに熊。お前らも随分たくましく…なってないか」


「あったりめぇよ!あれからまだ1ヶ月しか経ってないだろう」


「まあな。とりあえず、ダンジョン行くか」


「「はい」」

「おう」



この子らとは1ヶ月ぶりに会う。

あのランダム転移があって以来だ。

それだってのに3人とも明るい様子を見せた。

それほど3人とも強いってことか…。

正直、俺は未だにあの死にかけた恐怖を忘れられないでいた。



「おっさん、そういえばザック様は?」


「ん?あぁ、今日はお前らとダンジョンに入るから待機してもらってるよ」


「便利なスキルだよな〜。てか、召喚系のスキル自体めっちゃ羨ましいんだけど」


「そうよね!それにザックさん物凄く強いしね」



話している内にダンジョンに入る番が来た。



「そういえば、お前ら何回層まで行ったんだ?」


「前回3人で来た時に8階まで行ったよ」


「おぉ、随分と登ったな。じゃあお前らから転移ゲートに乗ってくれ」


「りょーかーい」



ダンジョン前にある転移ゲートは、最初に足を踏み入れた人のデータを読み取って転移させる。

3人とも前回は8階層まで行ってるから、俺もナオたちと同じ階に行けるようになっている。



———8階層



目をゆっくりと開く。

そこは大草原が広がっており、目の前には森林地帯が見えた。

この階層ではあの森を抜けた先にボス部屋がある。



ダンジョンの階層は1階層ごとに環境が変わる。

それに合わせてモンスターの生態も随分と変わり、毎回その階に適した装備を用意する必要があった。

8階層では森の中を散策するから、コンパスが重要な鍵となる。

また、迷って帰れない時に備えてテント、寝具、非常食なども持ってきた。

そのほとんどを力持ちの熊が持っている。

なんとも頼もしい。



「前回来た時、森の中で迷っちゃったからね〜」


「そもそも森に生息している、オークが強いんだよな」


「…僕もあの攻撃を防ぎ続けるのはきつい」



熊の防御力でもオークの攻撃を防ぐのは困難か。

確かにオークの攻撃力は高く、初心者が調子に乗って挑むと命を落とすことが多いと聞く。

慎重に行かなきゃと思いながら草原を進んだ。



森に入って20分くらいが経っただろうか。

段々と草木が生い茂り、足取りが悪くなってきた。



「しっ」



櫻が右手を上げて、拳が見えるように握りしめる。

「止まれ」の合図だ。

おそらく櫻のスキル『超感覚』が反応したのだろう。



「ここから30メートル先にオークが3体。そのうち武器を持っているのが2体」


「よりにもよってオークかよ」


「これ以上近づいたらバレるわよ」


「大丈夫だ、いざという時はザックを召喚する。思う存分戦ってくれ」


(この階層なら主1人でも余裕で対処できます)



突然聞こえたザックの声。

まだ慣れないな……念話。

ザックと俺は念話で会話できることが判明した。



(お前の名前を出した方がこの子らも安心するだろ)


「確かにな!ザック様がいれば心強いなっ!」


(ほらな)


(……)



3人でそれぞれの役割を決めた上でゆっくりとオークに近づく。

しばらく進むと目の前には3体のオーク。

一体一体が2メートル近い高さで、そのうち2体は大きな鉈を持っていた。



「おっさん、さっきも言ったけどおっさんは俺らがピンチになった時だけ助けてくれよ」



ナオが忠告してくる。

どうやら俺がザックとダンジョンに行っていたこの1ヶ月間、3人だけでモンスターに対処できる戦い方を考えたらしい。

それを試すために俺は邪魔だってことだ。

なんて薄情な…。

俺抜きでそんなことを考えていたのか…。

おっさんは少し悲しいぞ……。



「わかったよ、3人とも行ってこい」


「「はい」」

「おうっ!」



熊が立ち上がり、盾を構える。

それと同時に、櫻は茂みに隠れながら高速でオークたちの後ろに回る。

ナオはどうやらスキルを使おうとしているようだ。

俺はというと、5メートルほど後ろに下がって3人の様子を伺っていた。



熊がスキル【敵意集中】を使いオークたちを呼び寄せる。

それと同時にスキル【魔法障壁シールド(中級)】を発動。

森の中でカキーン カキーンという音が響き渡る。

熊の【魔法障壁シールド】を割ろうとオークたちが鉈で叩いている音だ。



その後ろで息を潜めていたナオが片手剣を握りしめ、スキルの発動条件を満たしたのか鞘から剣を一瞬で抜く。

それと同時に見えない斬撃が二つ、オークに向かって飛んだ。



「【飛影剣】!」



片方の斬撃はオークの首を刎ね、もう片方の斬撃は横にいたオークの腕を切り落とした。



「くそっ!まだうまくコントロールできねぇ!櫻すまん!頼む」


「任せな。熊くん、お願い!」


「…うん!【バウンド】」



いつの間にか木の上に登った櫻。

熊がスキル【バウンド】を使い、周りにいた2体のオークを思いっきり弾く。

尻餅をついたオーク目掛けて、櫻は二本の矢を同時に放った。



「【パワーショット】」



矢が放たれた瞬間、目に見えないほどのスピードで2体のオークが共に倒れる。

なんて命中力なんだ。

これほど正確に矢って放てるものなのか…。

あっという間に戦闘は終わり、そこには3つの魔核だけが残った。



「へへっ。どうだ、おっさん!これが俺たち3人の戦い方だ」


「どうですか?少しは成長したでしょ!」



横で熊もドヤ顔をする。

全く可愛い奴らだ。



「あぁ、思っていた以上に成長してて驚いているよ」


「よしっ!」


「まあ、この陣形を考えるのに………」



櫻が言葉を言いかけて、ゆっくりと後ろを振り向く。



「みんな、逃げてっ!この足音はやばい。物凄いスピードでこっちに来てるっ!」



突然叫ぶ櫻。

その声と同時に、地面がドォンドォンドォンと徐々に揺れ始めた。

何かが近づいてくる。

そこにいた誰もが感じ取った。



ズドォン!!!



逃げる暇なんて与えない。

そんな勢いで木を薙ぎ倒しながら突然そいつは現れた。

高さが8メートルもあるそれは、微笑んでいた。

まるで餌でも見つけたかのように。



「オークジェネラル……」



オークジェネラル。

それはこの階層のボスモンスターと同等か、それ以上の力を有しているモンスター。

どの階層にもそういう個体が存在する。

人はそれをユニークモンスター、またはデッドエンドと呼ぶ。

出会ったら高確率で命を落とすからそう言われるようになった。



ユニークモンスターと出会う確率は非常に低い。

前回のランダム転移もそうだが、なんで俺たちってよくこんな目に会うのだろうか…。



「運がいいのか悪いのか……」


「九条さん! 早くザックさんを!」


「あれはヤバいって!おっさん早く!」



———ザックに頼る。

1ヶ月前の俺だったらそうしていた。

目の前の敵など到底叶わなかった存在だ。



———だが、今は違う。



「大丈夫。すぐ終わらせる」



「おっさん…?」

「九条さん…?」

「……」



ロングソードを鞘から抜いて構える。



「【剣心】」



一瞬で極限状態ゾーンに入る。

世界が遅くなり、敵の弱点を観察。

両足首、左脇、首の付け根。

奴の弱点が俺の目には赤く映る。



次の瞬間、敵の足元まで一瞬で踏み込み、まずは両足首のアキレス腱を切断、次に体勢が崩れた隙を見計らって胴体を駆け上がり、左脇を一刺し。最後に首を刎ねた。



その間わずか———1秒。



【剣心】のスキルが解除された。

遅くなっていた世界がいつもの時の流れに戻る。



【レベルが上がりました】



「ふぅ……久々のレベルアップだな」



「「「…………え?」」」



—————


【名前】九条 カイト 

【レベル】 16/100


【H P】 400/400

【M P】 500/550

【攻撃力】 150

【防御力】 200(+50)


【スキル】 『オーヴァーロード(Lv.1)』『剣心』


【召喚可能】■ザック・エルメローイ(剣聖)


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