決着

空がゴールした約5秒後、翔はゴールに辿り着いた。

ゴールした時にバランスを崩し、尻餅をつく。


「いってー」


翔の頭上に影が落現れる。

見上げると、星空が目の前に立っていた。


俯く翔。


「……」


「今のでわかったはずだ。お前は勝負に興味がなくなったんじゃない。逃げたかったんだ。負けることから」


「……べっ別に負けず嫌いは悪い事じゃないだろ?トップアスリートのほとんどは負けず嫌いだって言うし……」


「お前は負けず嫌いじゃない。負けるのが怖いだけだ」


翔の心臓がドクンと大きく音を立てる。


「確かに、成功するアスリートのほとんどは負けず嫌いだ。でも、そういう人たちは負けて悔しい思いをしても「もうこんな思いはしたくない」と勝負から逃げたりはしない。むしろその逆だよ。火がつくんだ。「次は絶対勝ってやる」ってな。翔、今、お前はどうだ?」


「……」


何も発さず、座って俯いたままの翔に星空が冷たい視線を浴びせる。


「……聞くまでもないか」

「ちょっとお兄ちゃん!」


2人の様子を見かねた瑠璃が止めに入ろうとリンクに入る。

星空、翔に背を向ける。


「俺は負けることは努力の糧になるってことをよくわかっている。だから負けることは怖くない。……お前と違ってな」


星空、リンクサイドに行き、上着を持つ。


「明日アイスショーだからもう帰る」


星空、ちらっと振り返り、リンクに座って俯く翔を見る。


「じゃあな。今日会えてよかったよ。もう一生会うこともないだろうから」


「お兄ちゃん!」


リンクを出ようとする星空を瑠璃が呼び止める。

星空、振り向かずに足を止める。


「なんだ?カルミネのサインか?」


「いや、ちがくて…それも欲しいけど……。あっ、あのね…、お父さんが……」


星空、手に持っている上着をギュッと握る。


「世界選手権優勝おめでとう、今度時間あったら3人でご飯でも行こうって……」

「……」


瑠璃、不安げに星空の後ろ姿を見つめる。

星空、上着を握る力を徐々に弱める。


「……そうか」


そう返事をすると、そのまま、1度も振り向かずにリンクを後にする。


リンクにお尻をついて座ったまま、黙って俯く翔。

瑠璃、翔を心配そうに見つめる。


「あの……ごめんね、お兄ちゃん、私が呼んだの。翔ちゃん、お兄ちゃんと練習してた頃、試合楽しそうにしてたから、お兄ちゃんに会えば、また試合出たくなるかなと思って……。でも、まさかあそこまで言うなんて……」


翔を見つめる瑠璃、

一瞬、翔が笑ったように見え、目を疑う。


「……?翔ちゃん?」


*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*


「翔ちゃん!待ってよ翔ちゃん!」


リンクを全力疾走する金山翔(7)とそれを追う橘星空(7)。


「待ってよ翔ちゃん!それじゃ鬼が永遠に変わらないよぉ」


翔、壁の前まで滑り、急に方向転換する。

翔が突然星空の視界から消えて、目の前に壁が現れる。

驚く星空。

そのまま壁に激突し、尻餅をつく。


「いてて……」


星空の鼻が真っ赤になっている。

翔が戻ってきて声を掛ける。


「お前、大丈夫かよ……」

「へへへ……」


真っ赤な鼻で笑う星空。


「翔ちゃんは自由に滑れていいなぁ……。俺も頑張んないと」


無邪気に笑う星空を見つめる翔。


*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*


「フッ……」


突然吹き出す翔。

瑠璃は、リンクに座っている翔を不思議そうに見つめる。


「?」

「ハッハッハッ!」


腹を抱えて笑い出す翔。

笑いながらリンクに仰向けに寝そべる。


「どうしたの?」


「いやー。人ってあんなに変わるんだと思ってよ」


俯く瑠璃。


「……」

「いや、ある意味変わってねーか……」


翔、ライトのついた天井を見つめる。


「俺たちが初めて出場した全日本ジュニア覚えてるか?」

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