再会
神田川大学の室内運動総合施設 ー
この日は17時からアイスホッケー部がスケートリンクを使用することになっていたため、
フィギュアスケート部の練習はすでに終了しており、部員たちは施設のフロントで各々がストレッチをしたり、片付けをしたりしていた。
「んん〜♪ん〜♪」
鼻歌を歌いながらスケート靴の手入れをしている亀田。
隣で同じく靴の手入れをしていた神原が亀田のTシャツをチラッっと見る。
亀田のTシャツには橘星空の顔がプリントされており、「I love sora」と書かれている。
「なんだよその服……」
亀田、両手を広げてTシャツを神原に見せる。
「これ橘星空展の数量限定グッズなの!明日アイスショーに来て行こうと思って。気づいてくれるといいなぁ〜」
4月から8月のフィギュアスケートにとってシーズンオフと呼ばれる期間は、公式試合がないため、現役のトップ選手も出場するアイスショーが各地で行われる。
「なんで明日着ていくもん今日の練習で着てんだよ。洗濯間に合わねーだろ」
亀田、自分の汗が滲んだTシャツを見つめる。
「あ、そっか……」
近くで2人の話を聞いていた瑠璃が、堪らず話に入ってくる。
「選手にアピールするならバナーがいいよ!特にアイスショーは照明が暗いからTシャツは見にくいかもだし」
神原、バナーという言葉を聞き、瑠璃のインスタグラムの投稿を思い出して青ざめる。
瑠璃のインスタグラムの投稿のほとんどはイタリアの男子選手カルミネ・アンノヴァッツアの応援バナーばかりなのだ。
応援バナーは試合やアイスショーで自分が好きな選手を応援するために掲げる、フィギュア観戦の必須アイテムの1つだ。
しかし、瑠璃のものはクオリティー・バリエーション共に思わず引いてしまう程凄い。
「大丈夫!バナーも作ってある!」
亀田、カバンから縦70cm×横100cm程度の布を出して広げる。
水色のシルクの布に大きく「星空」と記されている。その周りには星マークが散りばめられている。
瑠璃、それを真剣な顔で、顎に手を当ててじーっと見る。
「うーん……。なんかもっとキャッチーな言葉を入れた方がいいと思うんだけど……。選手の目を引くような……」
亀田、なるほど!と頷き、暫く考える。
「”羽ばたけ星空へ”みたいな?」
「うーん……、ちょっとありがちかな。例えば……満天の星空とかけて”満点の星空”!とか」
「なるほど……じゃあ”地球と宇宙を繋ぐ星空”!」
「これはどう?”1等星より明るい星空”!」
「”地に舞い降りた人型の神 星空”ってのは?」
「”大地の鼓動 星空”ってのはどうかしら?」
「じゃあ……」
どんどん誰もついていけない世界に入っていく2人の間でじっと耐える神原。
こうして、2人が案を言い合っている中、
入口の自動ドアが開き、全身黒ジャージに黒い帽子を被った男がロビーに入ってきた。
しかし、部員の誰も彼を気に留めていない。
ロビーに瑠璃と亀田の声が響く。
「”進撃の星空”!」
「”冠前絶後、無敵の星空”!」
その声に反応した様に瑠璃と亀田の方に歩き出す黒ずくめの男。
男に全く気づかずに話を続ける2人。
男、瑠璃の真後ろで立ち止まる。
瑠璃の頭上に影が落ちる。
「氷上に舞い降りた……」
「おい」
瑠璃、男の声に反応し、後ろを向く。
男が帽子を取る。
亀田、男の顔を見て目と口をゆっくり開く。
「え……」
瑠璃の後ろに橘星空が立っている。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇー!!!!!!!」
その声に驚いた部員たちが一斉に亀田の方を見る。
驚きのあまり目と口を見開いたまま固まる亀田。
流石の神原もこの信じられない光景に目を見開いている。
「お兄ちゃん!」
星空を見て、瑠璃が嬉しそうに叫ぶ。
「お兄ちゃんーーーーーー!!??」
強度の驚きの連続で頭がおかしくなってきたのか、白目で頭をグルングルン回す亀田。
神原、瑠璃と星空の顔を交互に見て呟く。
「確かに、似てる……」
星空の顔を見て、短い悲鳴をあげたり、両手で口を押さえたりする部員たち。
「うそぉ!」
「マジで!」
星空は一気に部員たちに囲まれる。
この夢の様な状況に放心状態になっていた亀田だが、ハッと何かを思いつく
そして、カバンから太いマジックペンを取り出す。
「あの!サインください!」
亀田、言ったものの、カバンを漁っても紙がない。
咄嗟に着ていたTシャツの両端を両手でつまんで広げる。
「このTシャツに!」
星空、亀田からマジックを押し付けられるように受け取り、サインを書くためにTシャツに触れる。
「え、なんか、濡れてんだけど……」
「努力の結晶です☆」
「……」
星空、少し嫌そうにしながらも黙ってTシャツに「橘星空」とサインをする。
サインを書き終わると星空は目線を瑠璃にやった。
「アイツは?」
「あ……」
瑠璃、ロビーの端に目をやる。
星空、瑠璃の視線の先を見る。
2人の視線の先で、翔が1人、ヘッドフォンで音楽を聴きながらストレッチをしている。
星空、サインや握手を求める部員たちの間を通って、翔に向かって歩いていく。
そして、翔の目の前で立ち止まり、翔を見下ろす。
翔、顔を上げ、星空を見る。
2人の目が合う。
しばらく無表情で見つめ合う2人。
その場にいる誰もが声が出せない。そんな空気が流れる。
数秒経って、星空が少し口角を上げる。
「久しぶり」
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