兆し

今春、神田川大学フィギュアスケート部には男子2名女子4名の1年生が入部した。

マネージャーの瑠璃を含め、計7人の1年生部員を向かい入れることとなった。


 そして、とある5月上旬の練習後、

彼女たちのための新入生歓迎会が行われていた。

フィギュアスケート部の新入生歓迎会は、バーベキューが恒例となっているのだが、

今年は雨天だったため、急遽ファミレスでの開催に変更になった。


 窓側の4人席に座っている翔と亀田、神原そして瑠璃。

座る席はくじ引きで決めた。

”The・いつもの面子”になってしまい、テンションがなかなか上がらない翔と神原に対して、

そんなこと気にも留めない亀田はテンション高くしゃべり続ける。


「ねぇ、2人はどこで知り合ったの?」


亀田、翔と瑠璃を交互に見ながら尋ねる。


「え?あー。小学校の頃家が近くだったんだよ」

「へぇー!幼馴染かぁー」


亀田、目を輝かせながら2人を見る。

その視線を鬱陶しそうにする翔。


「西東京のリンクで一緒に練習してきたの?」

「うん。だけど、私は翔ちゃんがちょうど中学校に上がるタイミングで引っ越したから、しばらく会えてなかったんだ」

「引っ越したんだ!……どこに?」

「兵庫……」

「へぇー!兵庫でもスケート続けたの?」

「うーん…暫くはやったけど、お兄ちゃんと練習できなくなってからはつまんなくてやめちゃった」

「へぇー!お兄ちゃんがいるんだぁー!じゃあさ、その後なんでマネー……」


身を乗り出して、正面にいる瑠璃に質問攻めする亀田。

瑠璃が若干引いているのに気が付き、神原が亀田の襟を後ろに引っ張り、着席させる。


「もうすぐラストオーダーだからね!」


部長の声が響く。

その声に反応して、メニュー表を急いで手に取り、デザートの写真を食い入るようにみる亀田。


ザァザァと雨の降る窓の外を眺める翔。

瑠璃、チラリと横を向き、窓に映る翔の顔を見る。


「……」


*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*


 ー その帰り道 ー


 電車を待つホームが違う亀田たちと別れた翔は、瑠璃と2人でホームで電車を待っていた。

スマホを触っている翔の隣で、傘の先をホームにグリグリ擦り付けている瑠璃。


「た…楽しかったね」

「うん」


再び沈黙に戻ってしまい、

傘の先でひたすら丸をなぞり出す瑠璃。


「……最近調子どう?」

「ん、なんの?俺の?」

「ス、スケート」

「んー、まぁぼちぼち」

「ぼちぼちか……。悪くはない?」

「うん。悪くはないね」

「こっ……今年は試合とか出ないの?」

「試合?」

「うん……」

「出ないかな」


傘をギュッと握りしめる瑠璃。


「っ……出ようよ……」

「は?なんで?」


瑠璃、翔の方に体の正面を向ける。


「聞いたよ!大学入ってから1度も試合出てないんでしょ?

翔ちゃんやっぱり上手いし、試合に出ないなんて勿体無いよ!」


翔、溜息を吐き、スマホをズボンのポケットにしまって瑠璃を見る。


「あのねー。ワタクシはもう人と争うのとかが嫌になったの。楽しく滑れりゃぁそれでいいの」

「人と争うのが嫌って……」

「実際そうじゃね?やっぱ楽しむことは原点にして最重要点だろ」

「でも、昔はあんなに試合楽しみにしてたじゃない!次の試合も絶対優勝するとか言って!」

「子供だったんだなぁ……俺。無事に原点に帰れてよかった」


瑠璃、ムッと眉間にシワを寄せて翔を見る。

翔、それに気づき、瑠璃から目線を外して再びポケットからスマホを出し触り始める。


瑠璃、下を向き、翔には聞こえない大きさで呟く。


「絶対にこのままにはさせないんだから……」


瑠璃、傘の先をぐぅーっとホームに押し付ける。


*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*


 ー そして約1週間後 ー


 神田川大学キャンパス正門付近。


黒い帽子を被り、黒いジャージを着た全身黒ずくめの男がキョロキョロ何かを探すように辺りを見回していた。


その男が華奢な体型だったせいか、通る学生は誰も男を不審に思わなかった。


男は、近くでスマホを触りながら立っていた1人の男子学生に駆け寄り、


「あの……」

「はい」

「部活で利用しているスケートリンクってどこですか?」

「スケートリンク……?あー、ここ真っ直ぐ行ったら運動施設エリアになるんで、そこの……!?」


男子学生、男の顔を見て目を見開く。


「そこの?」

「あっ…あぁ、そ、そこの一番奥左にあると思います!」

「ありがとうございます」


男、男子学生に軽く会釈し、教えられた道を歩いていく。

男子学生、呆然と男を目で追う。

そこに彼の友達と思われる人が駆け寄る。


「お待たせ!いやぁー、出席名簿に名前書くの忘れて戻ってたら遅れちゃった!」

「……」

「……どうした?」


男子学生、歩いていく男の後ろ姿を目で追い続ける。


「いや、今の人すごい似てたんだけど……」

「似てた?」


彼の目線を追うように友達も、男の後ろ姿をみる。


「誰に?」



「橘星空……」

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