飛べない鳥②

 朝練の前、部員たちはリンクサイドに集められた。


「本日からマネージャーとして入部することになりました。橘瑠璃(たちばなるり)です!人間工学部1年です!よろしくお願いします!好きな選手はカルミネ・アンノヴァッツアで、中でも好きなプロは……」


朝から威勢のいい挨拶とトークに部員たちは若干置いていかれる。

涙目で立つ翔に、隣から亀田がささやく。


「あのコー?かねっちの知り合いって。めっちゃ可愛いじゃん」

「んー」


翔、口の中であくびを噛み殺す。


瑠璃、ちらっと嬉しそうに翔を見る。


ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー


リンクで部員たちが練習をしているそのリンクサイドで、

瑠璃が部員たちの様子を観察している。


軽くスーッとリンクを滑る翔。

それを満足げに見つめる瑠璃。


その様子を後ろから見ていた女子部員が瑠璃に声を掛ける。


「金山くん、スケーティングよく伸びるよねー」

「ですねー!」


瑠璃、自分のことのように嬉しそうに返事をする。


「試合出てくれたらいいのに」


女子部員が何気なく呟く。


「……え!?」


瑠璃、目を見開く。


「試合出てないんですか?」

「うん。7級持ってるのに大学入ってから1試合も出てないんだよねー」


フィギュアスケート競技にはバッチテストという資格試験の様なものがあり、1〜8級までがある。

7級以上を取得すれば、ほぼ全ての国内主要大会への出場が可能となるのだ。


「怪我とかじゃなくて?」

「うん。怪我はうち来てからは1回も」


リンクを滑っている翔。

それを眉を下げ、不安そうに見つめる瑠璃。


「だから今年のインカレ男子Aは、出れるか危ういんだよねー。今のところ7級持ってるの金山くん除くと部長と神原だけだし」


瑠璃、翔を見つめながら不安げに呟く。


「翔ちゃん……」



ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー


羽田空港国際線ターミナル。


全身黒ずくめの細身の男が、大きなスーツケースを転がしながら、黒い帽子を深く被って歩いている。


1人の外国人女性が、男に近寄り、カタコトの日本語で話しかける。


「あのぉ……currency exchangeどこですか?」


男、帽子のつばを抑え、さらに深く被り、右後ろを指差す。

指差す先に外貨両替所があるようだ。


「ありがとございます」


女性、笑顔で去っていく。


女性が去ると、男は帽子のつばを少しあげた。そして、軽くため息をついた。


「やっぱ日本は疲れる……」


男は再び歩き出した。

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