飛べない鳥①
東京都三鷹市にある神田川大学スケートリンク。
普段、神田川大学アイスホッケー部、フィギュアスケート部が交互に利用しているこのリンク。
今はフィギュアスケート部が練習をしている。
神田川大学フィギュアスケート部は部員数が男女合わせて20人満たない。
国内トップクラスの大会に出場する選手から大学で始めた初心者まで様々なスケーターが集まっている。
常に指導者がいるわけではなく、各々で自由に練習している感じなので、どこかゆるっとしたような空気が練習中にも漂っている。
そんな中、風を切るようなスピードで氷上を滑る男がいる。
金山翔(かねやましょう)19歳。
今春、神田川大学の2年生になった。
翔、コーナーを周り、そのまま軌道を直線に切り替え、ジャンプの体勢に入った。
後ろ向きになり、右足を後ろに出す。
そのまま、右足のトウ(つま先)をつき、体を左側に捻り、高く飛び上がった。
しかし、飛び上がった瞬間 ー
身体の締まりが弱まり、ふわっと1回転だけ回転して着地した。
翔、そのままスーッと滑ってリンクサイドへ向かう。
リンクサイドで同じ2年生の亀田優(かめだゆう)がスマホをイジっている。
華奢な体型にフワフワとパーマがかかった金髪、顔は童顔でまるで子犬みたいな男だ。
亀田、滑ってくる翔に話しかける。
「ねぇねぇ、橘星空のの新しいショープロ知ってる?」
「知らない」
翔、リンクサイドに置いていたペットボトルをとる。
「『タイタニック』だって」
「へー」
翔、心のこもっていない返事をし、ぐびぐびとペットボトルの中身を飲む。
そんな事を全く気にせず、自分の世界に浸る亀田。
「めっちゃ美しんだろーなー」
ニヤニヤする亀田の後ろから、長身の男がのっそり現れた。
神原透(かんばらとおる)。彼も2人と同じ2年生部員だ。
身長や目つきのせいで、ゴミを見るような目で人を見ているように見えるがそうではない。
「でも橘、怪我で暫くジャンプ跳べないとか言ってなかったっけ」
見下ろしてくる神原に亀田は頰をふくらます。
「ジャンプがなくてもいいんだよ!橘は。全てが完璧なんだから!」
「はいはい」
神原、耳の穴をほじりながら亀田の怒りと情熱を軽く流す。
その間に、翔はリンクサイドに上がり、靴のブレード(氷に接する刃の部分)にカバーをつける。
亀田、不思議そうに翔を見て、
「え、もう上がり?」
「うん」
「そっか、お疲れ」
「お疲れ」
「おつ」
翔、2人と軽く挨拶を交わすとロッカールームに入っていく。
亀田と神原、歩いていく翔を目で追う。
ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー
リンクの外のロッカールーム。
翔、ベンチに座り、脱いだスケート靴の手入れをしている。
その近くで、不審な動きでスケートリンクを覗く女がいた。
翔、女の後ろ姿が見慣れないため、すぐに部員ではないと判断できた。
女、ロッカールーム越しにリンクを覗いてはメモ、覗いてはメモを繰り返している。
翔、女の動きを不審に思い、後ろから近づき、声をかける。
「あの……何か御用ですか?」
女、翔の声に反応してビクッと体が動く。
そして、バッと後ろを振り向く。
翔と女、目が合う。
その瞬間、翔は驚いた。
女の顔に見覚えがあったのだ。
ぱっちりとした目、透き通るような白い肌、黒い髪 ー
翔が最初に感じたのは、「誰かに似ている」ということだったが、
すぐに、彼女自体も知っているということに気がついた。
翔、心当たりのある名前を呟いた。
「瑠璃……?」
女、目をパチクリさせる。
「翔ちゃん!?」
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