第二部 四章「二つ名の奴隷冒険者と賢者の試験場」その④
「え〜っと、ありのままいま起こった事を話すね」
まだ呆然としているケイティに、死んだことや主従の契約から解き放たれたこと、マリウスの黄金のエリクサーで生き返り、更に意図せず若返ったことなどを話した。
ケイティは自分の顔や体を見たり触ったりしながら思考している。
「そう……あなたは命の恩人ね。色々と思うことはあるんだけど、とにかく今は感謝するわ、本当にありがとう。私にできる事があるなら、どんなお礼でもするわよ」
「恩人とかそんな大袈裟な」
「大袈裟じゃないわよ。まさかもう一度、こんな形で人生を与えられるなんて予想もしなかったわ。奇跡ってこういう事を言うのね」
「しかもそこに昔の知り合いが二人も絡んでますからね。ほんと人生って分かりませんね」
本当に分からないものだよ。俺だってついこの間までは別の世界に居たからな。
「マリウスが凄い賢者だとは理解していたけど、若返りの秘薬まで作っていたとはね。正直少し怖いことに思えるわ」
「激しく同意します」
俺が分量間違えて若返っただけで、もしかしたらこの特殊効果をマリウスは知らない可能性があるのでは……。
「賢者様は不老不死について研究していたことがあります。人間を不死にするのは無理だが、エルフやドワーフのように見た目が不老にはできるはずだ、と言っておられました」
不老不死の研究とかヤバすぎだろ。モンスターの作り方も研究してたし完全にマッドサイエンティストですよ。
「そして不老になった人間の寿命を飛躍的に伸ばすのも可能だ、と言っておられます」
「飛躍的にって、それ何百年とか生きるってことか?」
「はい。もしくはそれ以上に」
「ちょっ、ちょっと待ってよ、私がそうなったってことなの」
「可能性はあります。今のケイティ様は老いることなく数百数千年生きるかもしれません」
「えぇ〜、いきなり言われてもねぇ……」
そりゃ動揺するし受け入れられないよな。こんなの魔改造されたのと同じだし。
「確かに生命力とでも言うような力が、体の奥深くから湧き出てくる感覚がある。それに魔力の強さも数倍になっているかも……。とにかく今までの体とは違うのがはっきりと分かる」
黄金のエリクサー秘薬すぎだろ。取説付けとけバカヤローが。てか二つ名の伝説級冒険者が魔力数倍って、チート爆誕してますけどっ‼
「う〜ん、若いままか……色々と問題あるかもしれませんけど、楽勝で子供百人ぐらい産めますね」
「ちょっと、他人事だと思って怖いこと言わないでよ。それに、産んでも先に死んじゃうのよ。もう子供や孫に先に逝かれるのはこりごりよ」
「そうですよね、考えなしに言ってすみませんでした」
「でもまあ、私にどれだけの時間があるのか分からないけど、この若い体、ありがたく使わせてもらうわ」
「もう存分に使っちゃってください」
「ふふっ、なんだかアッキーは、マリウスと一緒に居た勇者に雰囲気がよく似ているわ。アイリスもそう思わない?」
「はい。私もそう思います。あるじ様はタケヒコ様に似ています」
「伝説の勇者に似てて光栄です」
てか息子ですけどね。やはり俺はあのお調子者に似てるんだな。忌ま忌ましいDNAだぜ。
「とりあえず、これからどうするのかは、ゆっくり考えてください」
「いえ、考える必要はないわ。魂を縛られていないのだから自由に行動できる。そして若くて戦える体がある。今の私がやることは一つしかない」
ケイティは少し険しい表情を見せて言った。その口調からは怒りが感じられ、なんとなくケイティの考えが分かる。
「どうなされるのですか、ケイティ様」
アイリスはいつも通り小さな声で言った。
「国へ帰るわ」
「もしかして、復讐とか考えてます?」
恐る恐る訊いた。
「主従の契約の事を恨んで、いきなりそんな物騒なことはしないわよ。ただ色々と納得はしていない。だから調べる必要がある」
「家族が死んだことですね」
「えぇそうよ。私の家族がどこでどうやって、何故死んだのか知りたい。時間が経ってしまったけど、そこを放置して前に進むことはできない」
ちょっと話を聞いただけでも怪しいと思うところが幾つもあるからな。ケイティが納得できないのも当然だ。
「五十年も前のことだし、難しい調査になりそうですね」
「そうでもないわ。クラウスや伯爵のグレゴリーは何か知っているはず。だから正体を隠して近くで色々探ってみるわ。今の私の姿を知っている人間はいないだろうしね」
「それは分かりますけど、気を付けてくださいよ。もしも俺にできることがあるなら言ってください」
「ありがとうアッキー。でも大丈夫よ。今はただ調べるだけだから」
調べて裏があると分かれば必ず復讐するでしょ。酷い仕打ちを受けているわけだし。まあ激強の二つ名冒険者だから心配はないんだろうけど、一人で戦うには相手が大きすぎるかも。ただ伯爵一人だけを暗殺するとかなら問題なくできそう。
てか伯爵とかがどの程度凄い存在なのか分かってないけどね。領主とか言ってたし、自分の軍隊を持っていると考えると、かなりヤバめの相手であるのは間違いない。直属の親衛隊とかもいそうだ。
「そだ、体が若返ったのはいいけど、ステイタスはどうなの?」
因みに年をとって戦わなくなっても上げたレベルは下がらない。だが体の老化と比例してパワーやスピードなど全てのステイタス数値は下がる。
「確かめてみるわね……あっ、ステイタスが二十代の全盛期の数値になってる」
ケイティは自分だけが見れる冒険者ステイタスを確認して驚いている。
「やっぱそういう特殊効果があったか」
「この体、魔力だけじゃなく身体能力も全盛期より強くなっているかも」
「あの賢者、天才ですよね。知れば知るほど怖くなる。人間だけど魔王にだってなれますよ」
まあ実際に人間やめて魔王みたいになろうとした、ロイって奴がいたけどね。運悪く訳あり超人に倒されたけど。
「そうね、言えてるわ。普通に怖いわよね」
俺とケイティは自然と目が合い同時に笑った。
「にゃっ、そういえばケイティ様の弓を持ってくるのを忘れたにゃ」
クリスが思い出したように突然言った。
「大丈夫よ。このぐらいの距離なら結界の中からでも封印石の中に戻せるから」
ケイティはそう言うとコロッセオの中にある魔弓に思念を送る。すると封印石の指輪が一瞬だけピカッと光った。
「ほら、これで戻った。ついでに服も着替えておこうかな」
また封印石が光ると、今度は血で汚れ破けていた服が光り、次の瞬間には同じデザインの新しいものに入れ替わっていた。
まさに魔女っ子とかヒーローの瞬間変身だ。てか封印石は相変わらず万能だな。
「アッキーはこれからどうするの?」
「俺たちはもう一度コロッセオに入って、賢者の試験とやらの続きをします。色々とレアアイテムが貰えるみたいなので」
「アイリスがいるから簡単に最後まで行けそうね」
「ちょっとズルい感じもしますけどね」
「まさかマリウスもこの子が来るとは想像もしてないでしょ」
「ははっ、ほんとそうですよね」
「アイリス、手加減なんてしなくていいからね、マリウスの作ったゴーレムたち、全部倒しちゃいなさい」
「はい」
アイリスはいつもの無表情ではなく、少し微笑む感じの柔らかい表情で返事した。
「このままもっと話してたいけど、私はクラウスたちを追うわ」
「せっかく自由になったのに、あいつが見える場所にいるっていうのは不快ですね」
「仕方がないわよ。あの子にはちゃんと国に帰って伯爵の側にいてもらわないと。ボロを出すまでは」
北にある国までは物凄く遠いらしく徒歩だと百日以上かかり、更に上級のモンスターが出るポイントが何か所もあって、放っておいたら旅の途中で死んでしまう可能性があるらしい。
仇かもしれない奴の手下を、正体がバレないように陰ながら守らなきゃいけないとは、ケイティは本当に複雑な心境だろう。
「子守をしながらだし、長い旅になりそうですね」
「今なら面倒なことまで楽しめそう。でも帰りに関しては、それほど時間はかからないと思う」
話によると、大きな街には魔獣使いの運び屋がいて、空を飛んで高速移動ができる。あと北のラファエラ領土に入ってしまえば街から街へ行ける移動魔法陣があるとのこと。
この二つの移動手段は凄く料金が高い。普通の冒険者や旅人、商人は使わないし使えない。どうやらお偉い人の許可がいるようだ。まあ貴族の家臣のクラウスは顔パスだし、いくらでも金持ってるだろうけど。
「金……そだ、金だよ金。旅費のお金ってケイティさんが持ってたよね。あいつ思い出して取りに来るんじゃないの」
「大丈夫よ、あのぐらいの額なら」
あのぐらい、って言いますけど、結構な額のように見えましたけどね。
「それにクラウスは自分でもっと所持しているから私が持ってる分なんて覚えてないわよ」
「そ、そうなんですか」
やっぱ俺は庶民だな。セレブの金銭感覚恐るべしだ。
「随分と長く働いてあげたんだから、給金として貰っておくわ」
「ですね。でもそう考えると少なすぎますよね」
「その通り。だから残りの分はこれから回収させてもらうわ」
「いいですねぇ。伯爵を破産させてやりましょう。そのぐらいの年月働いてますから」
「ははっ、破産とかそれいいわね。ますますやる気が出てきた。二つ名が本気だしたら怖いわよぉ」
ケイティはわざとらしく狡猾な笑みを浮かべ言って俺たちを笑わせた。てか最強のいたずらっ子の爆誕だ。
「じゃあ本当にもう行くわ。いつかまた、きっと会いましょう」
「はい、絶対に会いましょう」
「ケイティ様、お元気で」
「あなたもね、アイリス」
ケイティは最後に満面の笑みを見せてくれた。
俺たちはその場でケイティが見えなくなるまで見送った。
さてどうなるのやら。どう考えてもすんなり終わりそうにない。
ケイティの国は北の大国と言われるラファエラらしいが、これから荒れるかもしれない。ただただ嫌な予感がする。
「それじゃあ俺たちは試験の続きを始めようか」
「御意」
「はいにゃー」
「はい」
コロッセオの門を開ける時、今度は自分でやってみることにした。
金貨を一枚入れてまったく同じ手順で合格祈願をした。この一枚が貧乏商人には痛手だ。
コロッセオに入り闘技場に行くと、まだ試験はリセットされていなかった。何故なら召喚の魔法陣がまだそのまま存在していたからだ。恐らく闘技場に誰かが立った瞬間に次の激強ゴーレムが召喚される。
「俺が戦ってもいいんだけど……」
そう言ってアイリスの顔を見た。
「あるじ様、お任せください」
「じゃあ任せるよ」
絶対的安心感のある、お任せ、頂きました。
アイリスは闘技場に入り、俺たちは野球場で例えるなら三塁側ベンチの辺りの観客席に移動した。
闘技場に現れていた召喚魔法陣はアイリスに反応し、透かさず次のゴーレムを召喚した。
「なんだ、次はドラゴン系かと思ったら、またオーガ型のゴーレムか」
大きさや装備している鎧は同じだが体は青色で、武器は両刃の大剣に変わっている。魔力も強くなっているし、パワーや防御力もワンランク上と思って間違いない。
アイリスが愛用の剣を装備したタイミングで、ブルーオーガが素早く踏み込み先制する。
凄まじい速さで振り下ろされた大剣をアイリスは片手で握った剣で軽く打ち返して止めた。
剣と剣が激突した時、甲高い金属音が鳴り響き凄まじい剣風が迸って足元の地面が少し陥没した。
魔改造されたアイリスのパワー凄すぎる。見てて普通に怖いよ、色んな意味で。
それにしても140センチ程度のアイリスが相手だと、3メートルのオーガはより一層大きく見え、大剣を振り下ろす迫力は半端ない。
ブルーオーガは透かさず大剣を振り上げ連続して攻撃を繰り出す。巨躯だが動きは素早く隙が無い。しかもただ力任せに攻撃しているわけじゃなく、その剣捌きはちゃんとした剣技に思える。
このブルーオーガは普通に強い。しかしアイリスは薄紫の綺麗な超ロングヘアを乱すこともなく余裕で打ち返して捌く。
ゴーレムのオーガは一呼吸入れる必要もないので休みなく大剣を高速で繰り出し続ける。
防御は楽々してるけど、流石に反撃するのは難しいのかな、とか考えた瞬間、アイリスの体が残像でも重なったようにブレて見えた。すると突然、何が起こったのか分からないが、大剣を持つブルーオーガの腕が切断されて吹き飛ぶ。
「うわっ⁉ スゲー、まったく見えなかった」
と声を出した時には勝負は決まっていた。ブルーオーガは腕だけじゃなく鎧ごと全身を斬り刻まれており、バラバラに崩れ落ちてすぐに泥のように溶けた。
「にゃっ⁉ アイリスちゃん凄いのにゃ、いつの間にか攻撃してたにゃ」
「相変わらず恐ろしい奴だ」
クリスと違って戦闘経験豊富なスカーレットにはアイリスの凄さと怖さが伝わっており、尻尾が垂れ下がり険しい顔になっている。
ただ動くスピードが速いだけなのか、戦士の剣技か特殊スキルなのかさえ分からない。アイリスが伝説級の冒険者だと知らない者が見たら唖然とするしかないだろう。
もうね、アイリスさんがチートすぎてゴーレムの強さがまったく発揮されない。本当は物凄く強いはずなんだけどね。恐らくタイマンとかじゃなく上級の冒険者がパーティーで戦う相手だと思う。
ゴーレムを倒すと直径1メートル程度の魔法陣が現れ、ご褒美のレアアイテムが召喚された。二体目だし期待できる。
闘技場に居るアイリスがアイテムを手に取って、いったん俺のところへ持ってきた。
「おぉ、デカい魔石か。色々と使えそうでワクワクするな」
アイテムは完全な球体でソフトボールぐらいある赤い魔石だ。これは魔法の杖とか大剣に取り付けて売れそう。
鑑定眼では売買価格は不明だが、スーパーレア・魔石ランクA、と明記されている。魔力ありで特殊能力は当然、魔力強化・増大効果だ。
確か魔石のランクはEからAの五段階で、ランクAは一番上で入手困難だから高値が付く。
てか異世界に来てスーパーレアとか燃えるし萌えるぜ。なんていい表記だ。そして響きなんだろ。すっげぇ楽しい。
「でかしたアイリス。次もあるなら頼んだぞ」
「はい。お任せください」
またまた頂きました、頼もしい、お任せ。でも鎧とか装備は斬り刻まないでほしいかな。まあ大きい鎧は装備できる人間いないし、ドロドロに熔かして原料にするから問題ないけどね。拾い集める面倒な作業もクリスの仕事だし。
「出たのにゃ、次の魔法陣なのにゃ」
キタキタキターー‼ 今日はレアアイテム祭りじゃい‼
何戦まであるのか知らないけど、召喚されたのはまた3メートル級のオーガ型ゴーレムだ。今度は体が赤いオーガで両手に剣を持っている。今やチートの代名詞の二刀流できたか。こりゃ絶対に強い。体には今までと同じ軽装備の鎧を纏っている。
警戒すべきは剣の大きさだ。さっきの奴は大剣だったけど、レッドオーガは扱いやすいノーマルサイズの両刃の剣だ。と言っても巨躯のゴーレムの普通サイズは俺たちからしたら大剣だけどな。三体目だし達人レベルの剣技や特殊スキル、魔法も使ってくるはずだ。
レッドオーガはいきなり魔力全開の本気モードで、全身からオーラの如くまがまがしい魔力が放出されている。
ヤバすぎる。上級の冒険者でも簡単には近付けないだろ。でもアイリスは相変わらず静かで無表情だ。微動だにせずフル装備にもならない。
これは楽勝って事でいいんだよな。ロープレなら終盤のステージボスだと思うんだが。
レッドオーガが攻撃を仕掛けるためにカッコいい中二な構えを見せるとその瞬間、剣から凄まじい炎が噴き出す。
「なっ⁉ 炎の剣だと」
超カッコいいんですけど。二刀流シビれるぜ。しかもあの状態で斬られたら炎系の攻撃魔法効果が発動してダブルのダメージになりそう。
とか思ってオーガの方ばかり見ていたら、アイリスが空気読まずに先制していた。
ちょっ待てよ、先に攻撃したら一撃で終わるんじゃね。
アイリスは剣先をオーガに向けて真っすぐ突き出し、無駄なく瞬間的に魔力を高め、その場にとどまり攻撃を繰り出そうとした。
「聖剣の
出たっ‼ 唯一無二の聖剣スキル‼
逃げてぇ、オーガさん逃げてぇ‼ それ死んじゃうやつだから。
次の瞬間、アイリスの剣が光り輝いたかと思えば閃光が迸り、剣からは大きな光の剣とでもいうべきものが重なっており、刃の部分が長く伸びて既にオーガの体を鎧ごと縦に真っ二つに刺し貫いていた。
更にアイリスは手を緩めず、一歩踏み込んだかと思えばもうその場にはおらず、駆け抜けたようにオーガの後方に居た。この時にオーガは数えきれないほど斬られており、バラバラになって崩れ落ちた。
「ははっ……無双だな」
てかマリウスさんよぉ、育てすぎですよ。強すぎるのって鬼畜なんだと分かりましたよ。それ程の超絶無敵無双っぷり。
俺はチート超人だけどパワーと防御力だけだからアイリスと戦ったら普通に秒殺される。
これは誰も勝てんぜ。まともに戦えるとしたら例のあの人、暴君エルフの金色の破壊神だけかも。
「必殺の一撃からの連撃で秒殺か……」
さっきのブルーオーガより見せ場がない。レッド可哀想すぎる。中二なカッコイイ構えをしただけとか普通に泣ける。まあ聖剣スキルを使わせたんだから凄いと言っておこう。
いやマジでレッドは強いやつだし、俺が戦ってあげた方がよかったかも。面倒だけどそう思うぐらいアイリスの強さは次元が違う。ゲームで例えるならバグキャラだけど、偶然じゃなく人為的に生み出されているのが凄いところだ。ただクソゲーですけどね。
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