第二部 四章「二つ名の奴隷冒険者と賢者の試験場」その③



 さて半獣人冒険者たちのバトルの方だが、ぱっと見はまだ激しいものではない。

 相手はマリウス定番のゴーレムで、大きなハンマーを持っているトロール一体だ。

 パーティーは戦士・戦士・魔道士・ヒーラーって感じでバランスは良さそう。戦い慣れてるし中級の冒険者だろう。それに四対一だから楽勝のはず。

 前衛の戦士二人は黒髪の犬系半獣人で軽装備の鎧に長剣というノーマルタイプ。左右に分かれ隙を見て攻撃している。

 普通にヒットしてるけどライフは少しずつしか削れてないみたいだ。俺なら一撃なんだけど、これが普通の戦いなんだな。それともマリウスのゴーレムが本物のトロールより遥かに強いのかも。

 戦士二人が素早く間合いを開けると、そこへ赤髪の猫系半獣人の魔道士がファイアーボールを撃ち込む。動きの遅いトロールは仁王立ったまま直撃を食らう。だがその爆発はショボく思えた。いやまあ、その程度が普通なんだろうけど。

 因みに魔道士は大きな魔石の付いた杖を持っていて、上下とも黒い服を着ていた。後方にはロングヘアの金髪で狐系半獣人のヒーラーがいる。白を基調とした服装で、魔石の付いたロッドステッキを装備していた。

 戦いやすいように全員フードマントは付けていない。だからイケメンな顔がよく見える。てか誰得だよ。男のケモ耳とかモフモフ尻尾なんて興味ねぇんだよ。

「おっ、ゴーレムぐらついてるぞ」

 どうやらファイアーボールが少し効いたようだ。確実にライフを削ったぞ。これは剣より魔法攻撃が有効だろ。

 その事を冒険者たちも分かっており、黒髪犬系戦士二人が牽制して隙を作りだす。この時、後方の金髪ロン毛の狐系ヒーラーが、何やら魔法を使った。すると赤髪猫系魔道士の魔力が一気に高まった気がする。恐らく一時的に魔力をアップさせる補助系魔法だと思う。

 魔道士は更に魔力を高めカッコよく杖をかざす。これは間違いなく必殺技だろ。

「メガ・ファイア‼」

 ファイアーボールより遥かにデカく、直径70センチ程の火球がゴーレムに向けて放たれる。

 爆裂系魔法の火球が直撃するとファイアーボールの数倍の大爆発が起こり、炎と煙で視界が閉ざされ爆風が離れて観戦している俺たちのところまで達した。

 爆煙が消えると既にトロール型ゴーレムは泥のようになり地面に広がっていた。

 中々いいコンビネーションだった。けど倒したのはトロールだし、まだまだ強いのが次から次に出てきそう。

 いまの相手に本気で戦ってたっぽいし、大丈夫かな。少し心配になってきた。ヘタしたら死ぬんじゃねぇの。マリウスのゴーレムは甘くないからな。

「クリス、あのトロールハンマー、あいつらいらないだろうし、後でこそっと拾っておこうか」

「はいにゃ。お任せなのにゃ」

 どうやらトロールを倒したぐらいじゃアイテムは出てこないみたいだ。まあ強さを試されてる試験なわけだし、ご褒美なしが普通だよな。

 そして魔法陣が現れ次はリザードマン型ゴーレムが召喚された。軽装備の鎧とノーマルの槍を持っている。

 強敵っぽいがこのリザードマンも、四人はなんとか撃破した。しかし俺はそのバトルに違和感があった。

 次に召喚されたのはワーウルフ型ゴーレムで、スピードが速く鋭く大きな爪が武器となる。更に口から魔法攻撃の如くフレアやブリザードを吐き出す。

 四人は可なり疲労しているし、これは無理かもと思ったが、このゴーレムも倒してしまった。

 だが戦いを見ていて違和感の正体が分かった。ゴーレムは冒険者に大ダメージを与えられるのに攻撃しなかったり、相手に合わせて待ったりしていた。つまり間違いなく、バトルで死人が出ないように手加減している。更に最後は負けてあげてるし。

 てか空気を読むゴーレムってなんだよ。そんな微調整までできるとは流石伝説の賢者だ。でもそろそろ激強ゴーレムが出てくるはずだ。と思い見ていたら、次が召喚される前に、どこからともなく天の声の如くマリウスの声が聞こえてきた。

「ここから先は命懸けとなる。手加減も魔法の効果もない。覚悟のない者は立ち去ることだ。だが勝つことができたなら、その強さに見合う対価を手にするだろう」

 なるほど、ここからがガチバトル、本当の賢者の試験なわけだな。

 こりゃワクワクするぜ。対価ってことはレアアイテムだろ。伝説の魔道具とか魔剣が出てくる可能性あるんじゃないの。

 とりあえずイケメン四人衆は頑張らずにギブアップしてほしい。普通に無理だと思う。まあそれを主のクラウスが許さないだろうが。ただそうなると、次に出てくるのは二つ名の冒険者ケイティってことになる。魔弓での戦いがどんな感じかじっくり見たい気もするけど、いったいどうなるのやら。

 挑戦者に考える時間を与えるためか、次のゴーレム召喚まで三分ほどの間があった。

 イケメン四人衆の前に召喚されたのはオーガ型のゴーレムで、対峙していなくてもヤバそうな気配が伝わってくる。

 オーガはゴリゴリのマッチョ体型で身長は三メートルはある。髪のない頭部に大きな角が二本あり、体は焦げ茶色、目は他のゴーレムと同じで暴走状態のように赤く光っている。

 ゴツゴツしたゴーレムボディーには軽装備の鎧を纏い、右手には大きく重そうな黒い八角形の金棒を持っている。これで殴られたら一撃死亡でミンチになるのは間違いない。

 やはりオーガは鬼って感じで、顔も般若とか明王みたいに怖い。

「あいつら普通に戦ったら死ぬだろうな」

 ゴーレムから発せられる魔力は凄まじく、誰に言うでもなく声に出して呟いていた。

「はい。あのゴーレムは全員のレベルが30以上でないと勝てません」

 俺の独り言にアイリスがそう返した。

「となると、ケイティの出番か……」

 バトルが始まると果敢に犬系の戦士二人が斬り込む。だがオーガは透かさず金棒を振り回し近付けさせない。

 さっきまでのゴーレムは受け主体だが、このオーガ型は自分から間合いを詰めて攻撃を仕掛け、まるでモグラ叩きでもしているようにガンガン金棒を叩きつけている。

 ギリギリで戦士二人は回避しているが、いつ直撃を食らってもおかしくない。このオーガはスピードもそれなりにあるからな。

 しかしまあ、なんて狂気的な戦い方だよ。三メートル級の大きさだし普通に怖いよ。

 魔道士が爆裂系の魔法を隙を見て撃ち込んでるけど、金棒で叩かれて役目を果たせず無意味に爆発するのみ。頑張ってるのは分かるけど、ボス戦専用の必殺技とかレアアイテムないのかな。

 だがその時、四人がフルボッコ状態になる前にケイティが動く。

 立ち上がったケイティは闘技場に降りるのではなく、まずは階段を上り後方で観戦している俺のところへ来た。

「そろそろ出番のようだから言っておくわね」

 ケイティはニコっと微笑んでから言った。見たところ緊張はない。むしろリラックスしているように思える。

「私の体はもう限界を超えている。全盛期の半分どころか、まともに戦うことすらできないと思う。だから……」

「手出しするな、助けるなってことですね。例え死ぬとしても」

 ケイティの瞳に決意や覚悟を感じた。だからアイリスは何も言わなかった。そしてケイティはただ優しく微笑み返した。俺にはその皺だらけの顔がとても美しく見えた。

 ケイティは若々しく見えるほど颯爽と階段を下りて軽やかにジャンプして闘技場に入ると、すぐに右手薬指の封印石の指輪から魔弓を出現させ左手に握った。

 魔弓は白と金を基調としたカラーリングで重厚な作りだ。魔力アップの赤い魔石がボディーの上下に付いている。

 これはビジュアルがカッコイイ。でも弦はないしどこにも矢を持っていない。恐らく矢も弦も攻撃する時に魔法の力が発動して現れるんだと思う。つまり魔力が尽きなければ矢はなくならない。

「あなた達は邪魔だから外に出ていなさい」

 ケイティの言葉に素早く反応し、四人の半獣人冒険者は近くの観客席に避難した。

 一対一だがどんな戦いになるんだろ。弓使いってパーティーの後衛で中長距離が得意だから、間合いを詰められ接近戦になったらヤバいはずだ。

「アイリス、どう見る」

「今のケイティ様の魔力では、魔弓の真の力は引き出せないと思います。でも通常の攻撃が強力なのでダメージは与えられるはずです。問題はその攻撃をどれだけ放てるかだと」

「連射できれば勝機ありか」

 あのオーガゴーレムのライフや防御力数値がどのぐらい高いかも勝敗を分けそうだ。

 それにだ、まだゴーレムはスキルや魔法を使ってない。マリウスの作った物だし使えると考えた方がいい。空を飛んで空中戦もできる可能性すらある。

 オーガはケイティをロックオンすると、大きな角がある頭を突き出し猛牛の如く突撃した。

 直線移動だけかもしれないが、巨躯とは思えぬスピードだ。だがケイティの表情に焦りはない。

 ケイティが魔力を高めると魔弓に光の弦が現れ、それとほぼ同時に水色っぽい輝きの光の矢が魔弓に装備された。

 ケイティは透かさず弦を大きく引き、光の矢を撃ち放つ。しかし相手にではなく進行方向の地面に向けて撃った。

 光の矢が直撃すると一瞬で地面が三メートル四方に凍り付く。その氷をダッシュ状態で踏んだオーガは見事に滑って、ヘッドスライディングするように転んだ。

 オーガは勢いそのままに転んだ状態で突っ込むがケイティは既に左へと回避しており、この隙に間合いを開ける。

 スゲーな、流石二つ名冒険者、戦い慣れてる。あのオーガが遊ばれてるように見える。

 オーガはすぐに立ち上がるが、ケイティは魔力を高め次の攻撃を仕掛けていた。

 魔弓から放たれた水色がかった光の矢は彗星の如く尾を引き、起き上がりざまで隙だらけのオーガの胸の中心に直撃した。

 光の矢はボディーに刺さるのではなく閃光を放ち弾けて消滅する。その瞬間、オーガの全身が凍り付いた。

 更にケイティの攻撃は続き、赤色がかった光の矢を撃ち放つ。

 凍り付いて動けないオーガに矢が直撃すると今度は爆発した。魔道士のファイアーボールよりは大きな爆発で威力がありそうだ。そして炎と煙がオーガを包み込み視界が閉ざされた。

 やっぱ半端ねぇ。二つの属性の技を簡単に使い分けている。氷炎の魔弓使いと称されるだけある。

「フリーズ・アローで動きを止めて、ファイアー・アローで止めを刺す。ケイティ様が得意とする連続技ですが、上級モンスターと同等のゴーレムを倒す事はできません」

 アイリスは俺の方を向いて自分から話し出した。それはきっと、何とか助けられないか、と言いたいんだと思う。

 でもアイリスもそれが無理だという事は理解している。だからはっきりとは言わない。

「もっと上位の技か魔法が必要だな。少しライフを削った程度か」

 まあそれでも、あの流れるような連続技は凄いんだけどね。

 ほとんど戦う力が残ってなくてアレだもの、若い時はどんだけ強かったんだよ。

 流石魔王討伐パーティーの伝説級冒険者、年老いても貴族が家来にしたくなるわけだ。

 オーガは氷結から解き放たれており、金棒を振り回して爆煙を吹き飛ばし姿を現す。

 ほぼノーダメージに見えるほど超元気だが、実際はどの程度HPが減ったのか知りたいところだ。

 ケイティは最後の力を振り絞るように魔力を高めファイアー・アローを連射する。

 連続して爆発が起こるので、ぱっと見では凄まじい攻撃であり、ケイティ無双状態だ。だがオーガのクソ硬いゴーレムボディーは破壊されない。それどころか一歩ずつ前進して間合いを詰めている。

 てか防御力高すぎるだろ。いくら下級の技でももう少しダメージ負えっての。

 ケイティの事情を知っているだけにもどかしい。本当なら一撃で勝てるはずなんだよ。

 爆煙でオーガの視界が閉ざされている隙に、ケイティは一気に魔力を高めた。なにか大技を繰り出すつもりかもしれない。

「なんだ⁉ ケイティの体が光ったぞ」

 と思ったら光に包まれたケイティは一瞬で二つに分かれ、光が消えると二人に分身していた。

「魔道具のドッペルゲンガーを発動させたと思います。あれもケイティ様がよく使う戦法です」

 ナナシ屋のオヤジさんから分身アイテムの事は聞いて知っていたけど、見るのは初めてだ。

 影じゃなく実体があるから攻撃ターンは二連続だし、これは強力だ。

「ケイティ様のドッペルゲンガーは普通に売っている物とは違い上位具なので、本来の魔力であれば十人以上に分身できます」

「それは凄いな。でも今は二人が限界か……」

 マジかよ。十人以上とかヤバすぎるだろ。その人数で一斉に大技繰り出したらマップ兵器じゃん。ドッペルゲンガー恐ろしすぎ。

 まあその分リスクもある。発動時と発動中に魔力を一気に消費するし、分身体のダメージも本体に吸収される。分身が瀕死のダメージを負えば本体も危ないという事だ。しかも意思を持って勝手に動くわけじゃなく、本体が思念で操らないといけない。これが物凄く難しいと聞いている。つまり停止している状態での攻撃ならいいが、回避や防御になると足手まといでしかない。超攻撃特化の諸刃の剣である。本来なら前衛で誰かが戦っていて、後衛から繰り出す技だ。タイマンバトルではリスクが大きい。でもケイティは死んでもいいと思っているからこの技を発動させたんだろう。

「アイス・ランス‼」

 二人になったケイティは時間差で水色がかった光の矢を撃ち放つ。

 光の矢は放たれてすぐに大きくなり、まさに氷でできた大槍に変化し、爆煙を吹き飛ばしオーガに突撃する。だが、偶然か見切ったのか分からないがオーガは金棒を横薙ぎに振ってアイス・ランスを粉砕した。

 しかしまだ二の手がある。もう一発のアイス・ランスはオーガのがら空きの胸に直撃し、そのまま突き刺さった。

 これは流石に大ダメージだろ、と思ったがオーガは刺さった氷の槍を左手の拳で叩いて粉砕する。

 全然効いてねぇ〜、防御力とHP半端ない。しかも胸と背中のダメージの傷があっという間に修復された。ただ鎧は穴が開いたままだ。

 次に仕掛けたのはオーガの方で、魔力を高め金棒を地面に叩きつけた。すると地面が巨大な針のように次々に突き出てケイティに襲い掛かる。

「あれは地系統の技、アース・ニードルです」

 アイリスの説明が入った時、オーガは更にもう一発地面を叩き同じ技を出した。

 ケイティは分身を消して透かさず回避する。でも魔力を使い過ぎて既に疲労困憊だ。動きが遅い、どう見ても躱しきれない。

 この時、隣に居たアイリスが動くのを我慢するように俺の手をギュッと掴んだ。

 次から次に無数に突き出て襲い掛かるアース・ニードルは容赦なくケイティの体を数か所刺し貫く。

「何をやっている、このバカ者がっ‼」

 クラウスが立ち上がり叫ぶように言った。

「ヤバい、腹をやられた。致命傷だぞ」

 俺も立ち上がり声に出して言っていた。

 肩、腹、足を刺された状態でケイティは宙に持ち上げられている。出血がひどく意識があるのかもわからない。

 地面を針山の如く盛り上がらせたアース・ニードルは、役目を終えて溶けるようにゆっくりと元通りの地面に戻り、ケイティは瀕死の状態で地面に倒れた。

 ゴーレムのオーガに情けなどなく、止めを刺すためケイティに近付く。ノーガードであんな巨大な金棒で叩かれたら死に様が無残すぎるだろ。

「やっぱほっとけねぇ。アイリスはオーガをやれ。俺たちはケイティを助ける」

 既に動き出し階段を駆け下りながら言った。

「はい」

「御意」

「はいにゃ」

 アイリスは誰より先に闘技場に入りオーガの前に立ちはだかる。

 一番遅かったのは俺で、ケイティの側に辿り着いた時には後ろで凄い音がした。

 振り返ってアイリスの方を見るとオーガは秒殺されており、泥のようになって地面に広がった。

 アイリスは剣を持っているけど、いったいどんな剣技を繰り出したのやら。

 とりあえずゴーレムさん乙です。まあ仕方がないよ、相手が悪かった。とか言ってる場合じゃない。ケイティはいままさに死にそうなんだよ。どうするのが正解なんだ。

 俺の手元には黄金のエリクサーがある。この大怪我も治せるはずだ。でも本人がそれを望んでない。

「ご主人様、何か召喚されるのにゃ」

 クリスに言われ確認したら小さめの魔法陣が現れ光の柱を上げていた。

 命懸けのガチ試験のゴーレムを倒せば、強さに見合う対価が得られると言ってたから、何かアイテムが召喚されるんだな。

「んっ……あれは」

 召喚されたのは二十センチ程の大きさで、鮭を銜えた銀色の熊、ってそれ魔法合金の熊の置物かよ。二個目なんですけど。

「おおっ、やったぞ、ついに見つけた。あれこそが賢者の加護‼」

 クラウスがテンション高めで言った。

 こいつの探してた物がマリウスの熊だと。貴族が大掛かりに部隊を派遣して探すって、スーパーレアアイテムってことだよね。やはり何か凄い使い道があるんだな。

 でもこんな物のためにケイティが命を落とすなんて納得できない。

 クラウスは闘技場に入り自ら熊の置物を取りに行こうとした。だがその時、透かさず何者かが先に回収した。それは勿論、我が家の愛猫であり家事担当兼原料回収係のクリスチーナだ。ホンと回収するのは得意だよな。

「なんだお前は、それを渡せ、私の物だ‼」

「これはゴーレムを倒した人のものにゃ。だからご主人様に渡すのにゃ」

「黙れっ‼ 半獣人如きがこの私に逆らうなど許さぬぞ‼」

 クラウスはブチキレ鬼の形相で叫んだ。スゲー迫力だ。

「にゃっ、こ、怖いのにゃ」

 クリスは怒鳴られ本気でビビってその場で一時停止状態になった。ブルブル震えて耳がペタンと手前に下がってイカ耳状態だ。

 クラウスは剣を引き抜き躊躇いなくクリスを斬ろうとした。

 頭にきていた俺は、気が付いた時にはクリスに振り下ろされた剣を素手で掴み止めていた。

「なっ、素手だと⁉」

「いい加減にしろよ。これ以上怒らせるな」

 そのまま剣を強く握ると簡単にへし折れた。

「ば、化け物か……」

 クラウスは驚愕して後退った。だがすぐに精神的に立ち直り睨み返してきた。

「分かっていないようだな。この私に逆らうという事は、貴族である我が主に弓を引くも同然。貴様やその家族もただではすまぬぞ」

「なにが貴族だ、知ったことか。直接会って話を付けてやるよ」

「ふんっ、なにをバカなことを」

「どんなに偉いか知らねぇけど、俺は王様が相手でも、納得できないなら頭は下げないし、戦うのなら正面から受けて立つ」

「ふはははははっ‼ 無知とは恐ろしいな。お前のようなバカの相手はしてられん。さっさと賢者の加護を渡せ。ならばこの場だけはその無礼を許してやろう」

「……お前にくれてやってもいいが条件がある」

 いま突然いい考えが浮かんだ。超スーパーレアアイテムの黄金のエリクサーがあるんだから、何とでもなるはずだ。勿論このエリクサーが蘇生すらできてしまう本物であればの話だが。

「はははっ、条件ときたか。金でも欲しいか。まあ話ぐらいは聞いてやろう。笑えるかもしれん」

 とか言ってるけど、こいつは絶対に熊の置物が欲しいわけだし、どんな条件でも吞むはずだ。

「ご主人、もう次の魔法陣が現れています」

 逸早くスカーレットが気付き言った。

 この場に居れば次から次にゴーレムが召喚されてしまうってことだな。

「みんな、外に出るぞ」

「はいにゃ」

「御意」

「はい」

 クリスは俺に熊の置物を手渡すと指示する前に動いて、スカーレットと二人でそっとケイティを持ち上げ運んだ。

 俺たちがコロッセオの出入口である門に近付くと自動的に扉は、入った時とは逆に外に向かって開いた。

 まずは外に出てケイティを地面に寝かせた。まさに虫の息状態だ。

「貴様らが何者で、どういうつもりか知らないが、何をしようとソレはもう助からんぞ」

 追いかけてきたクラウスが、本当にケイティのことなどどうでもいいような口調と表情で言った。

 因みにクラウスの後ろには、ちゃんと四人の半獣人冒険者もついてきている。しかしクラウスとは違い、四人はケイティを心配しているように見えた。

「この人はもうすぐ死ぬ、その前に主従の契約を解除してやれ。それが条件だ」

「ははっ、どんな条件かと思えば、そんなくだらぬことか。だが、それは無理だ。私が契約者の主ではないからな」

「何か方法はないのか。この人を自由な体にしてから死なせてやりたい」

 と、表向きは言っておこうか。今ここでケイティは死ぬけど死なせるつもりはない。

「よし、いいことを教えてやろう。死ぬ前に自由にはなれないが、死ねば自動的に契約は解除される。晴れて自由の身というわけだ」

「そうか……完全なる死が、呪いのような契約を消すんだな」

「あぁ、そうだ。契約が解除されるのが条件ならば、もうこれでいいはずだ。早く賢者の加護を渡せ」

「もう一つの条件だ。ケイティは俺が埋葬する。ここに置いて行ってもらうぞ」

「どういう関係かは知らないが、まあ好きにしろ」

「交渉成立だ。ほら、持っていけ」

 魔法合金でできた熊の置物をクラウスに投げ渡した。

「ふふふっ、あっははははっ‼ やっと手に入れたぞ。このクラウス・ベルガーが手に入れたのだ‼」

 高笑いするクラウスの瞳は狂気に満ちていた。いったいなんなんだよ、その熊さんは。

「あるじ様、ケイティ様の心臓が止まりました」

 ケイティに寄り添うアイリスが泣きそうな声で言った。仮面で見えないが大きな瞳を潤ませていると思う。

「大丈夫、俺にいい考えがあるから」

 アイリスに近付いて、クラウスには聞こえないように小声で言った。

「死んだか……」

 クラウスはケイティが死んだことを確かめるために凝視した。その表情からは憐れむ様子はない。

「もうこんなところに用はない。今すぐに帰るぞ」

 クラウスは目的を達した余韻に浸ることもなく素早く撤収し、その場から立ち去った。

 俺はこのタイミングで仮面を取って鞄に収納し、アイリスにも仮面はいらないと指示した。

「アイリス、そんな顔をするな。忘れたのか、俺たちにはマリウスの残した黄金のエリクサーがあるって事を」

「ではケイティ様は生き返れるのですね」

「あぁ、死んですぐなら蘇生できるはずだ。しかも一度完全に死んでいるから、主従の契約は解除された状態でだ」

 とはいえ生き返っても年齢的に寿命が尽きてすぐに死んでしまう可能性もある。更に主従の契約から解放されても、生きていることを望んでくれるかが分からない。物凄いおせっかいな気もする。

「凄いのにゃ。ケイティ様は自由なのにゃ」

「なるほど、いい考えというのはそういう事でしたか。流石ですご主人」

 ただ問題は、この黄金のエリクサーとやらをどの程度使えばいいかだ。

 普通のエリクサーも使ったことないし、一回の使用量が分からない。誰も持ってないレアアイテムだし、できれば節約したいんだが。って言ってる場合じゃないか。

 とりあえず飲むのは無理だから、上から体にかければいいんだよな。

 ちょこっとでいいのか体全体にかけるのか、やはり悩みどころだ。全体なら丸々一本は消費することになる。

「アイリス、蘇生させる場合、どのぐらい使えばいいのか知ってるか?」

 ウエストポーチの魔法空間から十五センチ程の透明な瓶に入った黄金のエリクサーを一本取り出した。

「普通のエリクサーのことしか分かりませんが、その瓶の量で怪我も治癒した状態で蘇生します」

「じゃあこれ全部使ってみるか」

 仰向けに寝かせたケイティの顔から足の方まで黄金のエリクサーをかけてみる。

 瞬時にアイテムの力が発動し、ケイティの全身は光の粒子に包み込まれる。だがそれは数秒の事ですぐに光は薄まりケイティの姿は見えるようになった。

「おっ⁉ 傷がなくなってる」

 一瞬で傷が治ったみたいだけど、体はまだ光った状態でケイティは目覚めていない。蘇生には少し時間がかかるのかもしれない。

「あるじ様、おかしいです。普通のエリクサーならもう蘇生が終わり目覚めているはずです。こんなに時間はかかりません」

「そう言われてもなぁ。体が光を帯びたままだし、力が発動している状態だよな。これは見てるしかないんじゃないの」

 まさか寿命が尽きていて復活できないとかあるのか?

 お調子者が作った物だし心配になってきた。やはり使用量に問題があったのかも。

 普通のエリクサーと同じ分量だと多すぎたんじゃなかろうか。てかどうなるんだその場合は。マジで怖くなってきた。変なことにはならないでくれよ。

「ご主人様ご主人様、ケイティ様のお顔が、少し若くなったように見えるのにゃ」

「なにっ⁉」

 クリスに言われて全員がケイティの顔を覗き込むように見て確かめた。

「た、確かに、そう見える」

 これは黄金のエリクサーによる若返りの特殊効果なのか。だとしたらマリウス凄すぎるだろ。

「ご主人、ケイティ様の顔がどんどん若返っていきます」

 スカーレットが言った時、既に四十代ぐらいの見た目になっていた。そして更に若返っていく。

 顔だけじゃなく体も若返っている。手や首の皺が消えていく。

「おいおい、そろそろ止まってくれ」

 ヤバいヤバいヤバい、絶対に量が多すぎた。どこまで若返るんだ、赤ん坊とかはやめてくれよ。

「にゃにゃっ、光が消えていくのにゃ」

「あるじ様、ケイティ様が目覚めました」

「おっ、おう……そうみたいだな」

 ってどうすんだよこれ、見た目が完全にJKなんですけど。若返りすぎて年下みたいになっちゃったよ。

「私は……生きている……」

 まだ状況を理解していないケイティはゆっくりと立ち上がった。

「ケイティ様、本当に良かった」

「アビゲイル……」

 まだ呆然としているケイティは、自然とアイリスを昔の名前で呼んでいた。

 今のケイティの身長は165センチ程で白髪は美しいアッシュグレーに変化している。体型は基本的にスレンダーなままだが、胸は重力に逆らいツンと突き出てその存在を主張していた。巨乳ではないかもしれないが、Cカップはある立派なものだ。更に15か16歳の女の子らしく、色白のお肌はムチムチピチピチしている。濃い青色の瞳には生命力が満ち溢れ、切れ長の目が特徴的だ。

 どうやら俺は超絶クールビューティーを爆誕させてしまったようだな。

 いやまあ、この世界に一人美人が増えたことは喜ばしいけどね。ただ精神年齢はすごーく上の大人の中の大人だけど。



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