第二部 四章「二つ名の奴隷冒険者と賢者の試験場」その②



「あの、あるじ様、お話があるのですが」

「なに、中に入る手順の事か?」

「いえ、違います。馬に乗っていた女性の事です。恐らく知っている方なのですが……」

「知り合い? さっきの人って人間だよね。アイリスは百年以上石化してたわけだし、人違いだろ」

 人間の寿命は向こうの世界と同じぐらいだし、何百年当たり前に生きる人外ならともかく、人間ではありえない。

「私もそう思ったのですが……」

「アイリスが石化する前の記憶で、その女性は何歳ぐらいだったの?」

「正確には分かりませんが、二十代でした」

「なら最低でも百二十歳以上になるし、普通は生きてないだろ。それに見た目も百歳とかじゃないし」

「はい、あるじ様の言うとおりです。でも、だからこそ気になります。あのお方に何があったのか」

 辻褄が合わないが、アイリス的には確信があるようだ。

「あのお方って、気になる言い方だな。仮に知り合いとして、何者なの?」

「賢者様も一目置いていた二つ名の冒険者で、ケイティ・ミラー様です」

「二つ名の冒険者……嫌な予感しかしないなぁ」

 とりあえず一通りの話を聞いたところ、そのケイティは、氷炎ひょうえん魔弓まきゅう使い、と呼ばれていて、弓の名手で上級職の魔道弓士まどうきゅうしらしい。

 二つ名のマジックシューターとか超カッコいい。因みに魔弓は魔剣の弓バージョンだ。庶民には到底買えないお高い物で、使いこなせれば攻撃力はエグいとのこと。

 父親の勇者タケヒコとは違う勇者パーティーにいて、魔王討伐経験もある伝説級の冒険者だ。ガチで強くて知略に長け、マリウスが何度もスカウトしたほどだ。ただ全部断っている。きっとケイティは見抜いていたんだろう、あの二人が底なしのお調子者だと。つまり人を見る目があり、本当に頭のいい人と分かる。

「あるじ様、実は人間の老いが止まる方法があります。主従の契約と呼ばれる呪いに近い魔法を受ければ、その時点から老いが止まります」

「主従って、もしかして奴隷みたいなものなんじゃないの」

「はい、その通りです」

「マジかよ……」

 人間が人間を魔法の契約で縛り奴隷のように使う場合もあるんだな。なんだかヘビーな話になってきたぞ。どうやら国によっては禁呪で、その魔法を扱える者もほとんどいないらしい。

「あの年齢で契約をしたなら、何か普通じゃありえないことがあったんだろうな」

「人間が相手の場合、主従の契約は受ける方が認めないと発動しません。だから無理矢理でないのであれば、理由を知りたいのです」

 合意がないとダメでも、脅されて仕方がなくって事もある。世の中悪い奴っていっぱいいるからね。

「アイリスの気持ちは分かったけど、いったい何十年、魂を束縛されているのやら。ケイティって人の体は大丈夫なのかな」

「そこも気になっています。老いが止まっているのは外見だけで、体の内部は確実に老いて衰えていきます」

「えっ⁉ じゃあ中身は百二十歳以上ってことになるぞ。てか立ってるだけでも凄い事だろ」

「魔法や魔道具で無理矢理に身体強化していると思われます」

「そっか、そういう裏技があるんだよな」

「あるじ様、ケイティ様と話す許可をいただけないでしょうか」

 アイリスはどうしても何があったか確かめたいようだ。まあ当然といえば当然だよな、生きてるはずのない人と出会ったんだし。

「なら確かめてみようか」

「はい、お願いします」

「ただなぁ、いますぐ近付くのは面倒な事になりそうだし、夜になってあの嫌な感じの男が寝てからにしよう」

「はい」

「色々やるのは明日の朝からってことで、まずはゆっくり休める場所を探そう」

「はいにゃ、クリスチーナにお任せなのにゃ」

「じゃあクリスに任せるよ」

「にゃにゃん⁉ ご主人様に任されたのにゃ。凄く凄く嬉しいにゃ」

 クリスは本当に嬉しそうに小躍りしている。てかさっさと行きなさいっての。

「スカーレットは奴らの様子を見てきてくれ。近付き過ぎないようにな」

「御意」

 スカーレットはすぐに門がある方へと移動する。命令に忠実で動きに無駄がない。ほんと犬系は頼りになる。

 クリスはコロッセオに沿って謎の一行とは逆方向に移動し、俺とアイリスは後ろに続いた。

「にゃっ、ご主人様、開けた場所があるのにゃ」

「そだね。ここにしようか」

 五分程度歩いただけだが、二十メートル四方に開けた場所を発見した。

 後ろはコロッセオが壁になって安全だし、横と正面だけ気にすればいいから、休憩だけじゃなく野宿するにも適している。今は植物に侵食されているがその辺りには石畳が残っており、遺跡となる前は広場だったと思う。

 それから三十分してスカーレットが偵察を終えて帰ってきた。

「あいつら手順が分からず、門を開けれないんじゃないの」

「はい、ご主人の予想通りです。試行錯誤していましたが、開く気配はありません」

「あの男、短気そうだしブチキレて、門に攻撃命令とか出しただろ」

「はい、その通りです」

「ははっ、超強力な結界があるから無駄なのにな。ただ可哀想なのは半獣人の冒険者たちだ。どうせあの威張った男にいびられてるんだろ。「この役立たずが」とか怒鳴られて。見なくても手に取るように分かる」

「流石ご主人、まったくもってその通りです。あの男、イライラしていて怒鳴り散らしていました」

「まあ今日は無駄な努力をしてもらおう。そだ、アイリスの知ってる門の開け方ってどうするの?」

「はい、まずは」

「あっ、ちょっと待って、今は何も聞かないでおくよ。答えを知らない状態で、明日どんな感じか見てみたいから、その門を」

 これまでの傾向から、どうせ単純なものだろうし、ちょちょいと解けるかもしれない。だから謎解きゲーム感覚で挑戦してやる。

「はい、分かりました」

 それから俺たちはその場で火を起こしテントを張り、本格的にキャンプの用意をした。

 既に仮面を取ってリラックスしており、クリスの作った軽食を食べながらくつろいだ。

 夜になるまでの間にコロッセオと周辺の遺跡を探索したが、ここが大きな国だったのは間違いない。何がどうなって滅んだのやら。国対国、人と人との戦いか、それとも魔王にやられたのか、こういう遺跡を見るたびに考えてしまう。

 滅んでいるんだから、多くの命が失われた悲劇が起こったんだろうけど古代遺跡とかってロマンを感じる。こういう感覚って男だからなのかなぁ。あとお宝があるかもしれないしワクワクする。

 そうこうしているうちに時間は流れ夜になり、盗賊スキルが使え隠密行動に向いているスカーレットを偵察に出した。

 チャンスがあれば訳を話してケイティだけを連れてくるように、と言ってある。主っぽい男は自分一人だけ豪華なテントで寝てそうだから、気付かれることはないだろう。

 問題は半獣人の奴隷冒険者だ。寝ずに番をしろと命令されてるだろうから、何人かは間違いなく起きている。だからもめ事にならないか心配だ。やはり一緒に行けばよかったかな。

 とか考えながらハラハラドキドキしていたら、スカーレットがケイティを連れて帰ってきた。といっても今の段階では本物か分からないけど。因みにケイティかもしれない人は馬には乗っておらず、スカーレットと一緒に徒歩できた。

「スカーレット、よくやった。お前は本当にできる子だ」

 マジで頼りになります。なのでご褒美で頭を撫でてあげた。すると興奮して赤面しながら尻尾をブンブンと激しく振った。

「ケイティ様が私の存在を感知して近付いてくれたので、話すことができ上手くいきました」

「来てくれたってことは、二つ名冒険者、ケイティさんなんだな」

「はい。そのようです」

 この時、俺とスカーレットのやり取りを、ケイティは優しい表情で見ていた。

「初めまして、ケイティさん。俺は冒険者のアッキーです」

 今は仮面をつけていないが最近使い始めた冒険者名を名乗った。

「私はケイティ・ミラー。こんなお婆さんだけど冒険者よ。ところであなた、異世界の人かしら。召喚された勇者ってとこかな」

 ケイティは穏やかな笑顔で言った。不意を突かれた感じでドキッとしてしまった。

「そんなのいきなり分かるんですか?」

「えぇ、分かるわよ、奴隷との接し方でね。きっとあなたにとってその子たちは奴隷ではなく、仲間とか家族なんでしょうね」

 ケイティはまた微笑みながら穏やかに言った。声は歳を感じさせない綺麗なものだ。

「俺が異世界からの召喚勇者か何かは秘密だけど、奴隷たちの事はあなたの言うとおりです」

 三人の方を見ながら言ったら、クリスとスカーレットは号泣した。アイリスも凄く嬉しそうな顔をしている。

「ケイティ様、ご無沙汰しております。もう一度会えて嬉しいです」

 アイリスが一歩前に出て話しかけた。そのアイリスをケイティは数秒ほど凝視した後、ニコっと微笑んだ。

「マリウスが残した最強の剣と聞いて、すぐにあなただと分かったわ、アビゲイル。いえ、今はアイリスという名だったわね。とにかく、私も会えて嬉しいわ」

 アビゲイル。それがマリウスから与えられたアイリスの昔の名前のようだな。

 もう二人が知り合いであるのは間違いない。だがそれは同時に、ケイティが主従の契約で精神と体の自由を縛られている可能性も高くなった。

「本当に……本当に何もかもが懐かしい」

 ケイティは感慨深く言って、笑顔のまま一筋の涙を流した。

 その様子を見て、これまでケイティが辛い状況にあったと理解した。アイリスもそれに気付き、いまにも泣きそうな顔をしている。

「はい、懐かしく思います」

 アイリスは泣くのを我慢しているように少し声を震わせ言った。

「時間がかかったようだけど、新しい素敵な主に出会え、元に戻れてよかったわ」

「はい。ありがとうございます」

「あなたが石化したことを、そのいきさつをマリウスから聞いた時、私はあのバカを本気で怒ったのよ。男っていくつになっても子供なのよね。あと乙女心が分かってない」

 アイリスはケイティの言葉に、ただ満面の笑みで返した。

 てか胸がズキズキするぜ。男を代表して謝っておきます。マジでサーセンっす‼ ただ悪いのは全部マリウスですけどね‼

「あのぉ、ケイティさん、今どういう状況なのか知りたいんだけど。アイリスが心配してるんですよ、あなたが主従の契約で奴隷になったんじゃないかって」

「……そうよね。人間の私がまだ生きているなんて不自然なことだし、既に老いているとはいえ途中で老化も止まっている。少し考えれば主従の契約をしたと分かるわね」

「ではやはり契約を……ケイティ様、訳を聞いてもいいでしょうか」

 俺も聞きたい、高齢の二つ名冒険者が奴隷契約をした理由を。

「もう五十年にはなるかしら……そんな昔の話でいいなら語りましょう」

「はい、お願いします」

 これは長くなりそうだ。しかも号泣必至な悲しくヘビーな物語で間違いない。

「じゃあケイティさん、こっちに座ってください。美味しいお茶でも入れますから」

 キャンプの準備は何でもあるナナシ屋で万全で、コンパクトな椅子も壊れたときように余分にある。

 まずは全員座ってクリスが用意したお茶を飲んで一息ついた。

「猫ちゃんの入れた紅茶、美味しいわね。いれ方もちゃんとしているし」

「ありがとうございますにゃ。褒めてもらえてうれしいにゃ」

 クリスが入れたお茶は我が家に生息する謎の植物、マンドラゴラのセバスチャンから貰ったものなのだが、これが普通に美味しい。

 このお茶には心を落ち着かせる効果があると、セバスチャンは言っていた。ケイティにはリラックス状態で話してほしいから最適だ。

「どこから話そうかしら……いざ話すとなると難しいわね、自分のことなのに」

 ケイティは少し間を取ってから話し始めた。頭の中で色々と整理していたのだろう。

「知っての通り私は二つ名の冒険者で、若い時は戦いに明け暮れていた。きっとこのまま戦い続ける人生なんだろう、と思い始めた時に運命の人と出会った。結婚して戦いから離れ、娘が生まれ人並みの幸せを手に入れたわ。たまには手伝い程度に冒険者をすることもあったけど、平穏に時は流れた」

 冒険者として活躍した後にスローライフを手に入れたんだな。ここまでは理想の展開といえる。

「娘が成長して普通に結婚し、孫娘も生まれ、その孫もまた無事に成長して美しい大人の女性になった。本当に幸せだった」

 孫が大人になっている時点でケイティは七十代の今の姿だ。ここから何かが起こるんだな。聞くのが少し怖い。

「そんなある日、誰も予想していなかったことが起こったのよ。領主の伯爵家の息子が、孫のサラを見初め無理矢理に愛人にしようとした」

 スゲーテンプレのヤバいのキターーーっ‼ もう絶対悲劇しか起こらないし。てかサラさん全力で逃げてっ‼ 貴族とか関わっちゃダメなやつだよ。

「拉致に近い状況で屋敷に連れていかれたけど、既に愛する人がいたサラは、本気で拒んで逃げようとした。だけどその時に、伯爵家の息子に怪我をさせてしまったらしいの」

 うわぁ〜、超よくあるやつ。普通に怪我してないだろそのバカ息子。絶対に嘘だよ。貴族とか権力ある奴のオハコの卑怯な手だよ。

「領主の伯爵は激怒して、サラを処刑すると言い出したの。でもその時に私が絶対に断れない提案を持ちかけてきた……」

「それが主従の契約ですね。サラの罪を許す代わりにってとこでしょ」

 はいキタ胸糞展開。終わったことだが過去に行って関係者全員ぶっ飛ばしてやりたいぜ。

「えぇ、そうよ。年老いたとはいえ二つ名の冒険者を家臣にできれば、箔が付くとでも考えたんでしょうね。ただそのお陰でサラは助かったわ」

 断っていたら一家全員が罪人として酷い目にあっていたかもしれない。だからケイティは受けるしかない。なんて卑怯な奴らだ。

 一連の流れが計画された罠にしか思えない。もしかしたらサラが目当てじゃなく、ケイティが狙いだったのかも。流石にそれは考えすぎか。

「私は元凶である伯爵の息子、グレゴリーと契約したけど、家族は全員国外追放にされ、会うこともできなくなった。でも生きていてくれたら、それだけで、それだけで……よかったの」

 ケイティは表情を大きく崩すことなく、悲しみの涙を流した。その涙は裏に深い意味があるように嫌な予感を感じさせた。

「まさかその後に、家族に何かあったんじゃ」

「……死んだわ、全員」

「なっ、なにが……」

 俺は言葉に詰まり、ケイティもすぐには話し出さなかった。

 間を置いた後の話では、別の国へと移住するための旅の途中でモンスターに襲われ、家族が全員死んだとのこと。

 なんて悲劇だよ。てか都合よくモンスターに襲われて全滅って、怪しすぎる。口ぶりからしてケイティも疑っているはずだ。でも主従の契約のせいで動くことができず、真相は闇の中に葬られた。もう悪い展開のテンプレてんこ盛りすぎる。

「聞かされた時には絶望したわ。そして死のうと思った。でも魂を契約で縛られ、自殺することもできなかった。それからダラダラと生き続け、あっという間に五十年……」

 それだけ長い間、老いた体に鞭打ち冒険者としていいように使うなんて情け容赦ないぜ、その伯爵とやらは。

「ケイティ様、辛い話をさせてしまい、申し訳ありませんでした」

 アイリスは大きな瞳に涙を浮かべながら悲しい表情で言った。

「みんな可哀想なのにゃ」

 感情豊かなクリスはずっと号泣している。

 スカーレットは何も言わなかったが、悔しそうな顔をしていた。

「でもやっと、自由になれるかもしれない」

 ケイティは夜空を見上げながら爽やかな感じで言った。

「自分で死ぬことはできなくても、戦って死ぬことはできる。それが唯一の救い」

 死んで自由になるなんて悲しすぎる救いだ。

「ここまで運よく生きてきたけど、きっと今の私が本気で戦っても、マリウスの用意した戦士には勝てないはず。だからここで死ぬことができる」

「ケイティ様……」

「そんな悲しい顔をしないで、アイリス。死ぬことが今の私にとって幸せなことなんだから」

「でも……他に方法は」

「いいのよ、何もしなくて。早く家族のところへ行きたいと願っているのだから」

 アイリスは何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。それはケイティから人生を終わらせる覚悟を感じたからだと思う。

 俺もこのままでいいのかと思うが、何もしてあげれることがない。何かしてもそれは有難迷惑だと思う。

「これで私の昔話は終わりよ。そろそろ戻るわ。あのお坊ちゃんに気付かれたらうるさいし、あなたたちに迷惑がかかるから」

「あの男も貴族なんですか?」

「あの子はクラウス・ベルガーって名前で伯爵家のただの家臣よ」

「偉そうだから貴族かと思ったよ」

「昔はあんな感じじゃなく、優しい子だったんだけどねぇ。誰と出会い何があって変わったのやら」

 ケイティはしみじみと言った。

 クラウスは三十代ぐらいだから、ケイティが昔から知ってて当然だな。地元の友達や先輩に主人、そのどれかか全部に悪い影響を与えられたのかもな。人格形成をする若い時の環境はホンと大事だよ。引きこもりの俺にはそういう人間関係ないんだけどね。

 しかし、たかが家臣のくせに人間の特権階級を偉そうに振りかざし、威張っているとは許せん奴だ。と思ったけど、この世界では普通のことか。

 因みにクラウスは冒険者の戦士でレベルはそこそこらしい。だが実戦経験はほとんどない。パーティー設定をしているため周りの奴隷冒険者が頑張りレベルだけは上がっている。後方の安全な場所で高みの見物しているだけの典型的な偽物冒険者だ。

「賢者の遺産がどうのこうの言ってましたけど、伯爵家の家臣がケイティさんや冒険者を連れてこの場所に来た本当の目的ってなんですか?」

 貴族なら金を出せば何でも手に入るだろうし、わざわざ家臣を動かしたのには裏がありそう。

「伯爵のグレゴリーが何かを探しているのは確かだけど、それが何かは聞かされていないわ」

「そうですか……」

 ケイティ達は既に半年以上は旅をしていて、はじめは半獣人の奴隷冒険者が三十人いたらしい。他にも兵士ではない人間のスタッフがいたが、モンスターや樹海の魔獣にやられたみたいだ。

 話を聞いてると、人数的にはちゃんとした部隊だよな。まあ指揮官が無能なので全滅寸前だけど。

 これだけの人数を動かしているわけだし、伯爵の探し物には大きな秘密がありそうだ。てか冒険者が三十人とかボス戦でもやるつもりかよ。しかも何人死んでんだよ。ここまでの冒険過酷すぎだろ。

「アイリス、今日は本当にあなたに会えて良かったわ」

「はい。私もです、ケイティ様」

「じゃあ、また明日ね」

 笑顔でそう言って、名残惜しそうに振り向くこともなく、ケイティは帰った。本来いるべきではない場所に。

 いまこの場に居る全員がモヤモヤしている。もしかしたら明日、ケイティは賢者の試験とやらで死ぬかもしれない。というか死ぬ気だ。

 どうにもならないからもどかしい。ただ今は流れを見守るしかない。

 その夜はクリスでさえ口数少なく静かで空気が重かった。色々と考えすぎてあまり眠れず、夜明け前には起きた。

 テントから外に出ると既に三人とも起きており、主の俺を守るように側にいる。きっと三人とも寝ていないのだろう。

「よし、暗いのはもう終わりだ。ここからはいつも通りいくぞ」

「はいにゃ」

「御意」

「……」

「アイリス、ケイティのことだけど、何かできることがあるのなら手助けする。何もないなら見守る。それでいいよな」

「はい」

 アイリスはいつも通りの無表情と小さな声で返事した。

 それからかなり早めの朝食をゆっくりと食べ、キャンプの後片付けをして出発の準備を終えた。

 まず日が昇って朝になってからスカーレットを偵察に出す。後々の事を考えて用心深く、貴族の家臣に顔を覚えられないように俺とアイリスは仮面を装着した。

 程なくしてクラウス一行が活動を始めたのを確認したスカーレットは報告に戻ってきた。

 俺たちはクラウスが陣取っているコロッセオの門がある場所へ向かう。だが近付き過ぎないように距離を取って森の中から様子を窺う。まあ向こうに犬系半獣人がいるので近付いたことはバレているはずだ。

「相変わらず無駄なことをしてるな」

 半獣人冒険者たちは結界魔法で守られている城門の如き大きな観音開き式の門に猛攻撃していた。

 その後方でクラウスは腕組みして険しい顔で仁王立っていた。ケイティはまだ動いておらず後ろに控えている。

 何度か繰り返せばバカでも無理だと理解できるのに、クラウスは攻撃命令を出したままだ。ひたすら無駄な攻撃を繰り返してたらダメージなくても疲れてぶっ倒れるだろ。見てたらほんと可哀想になる。

 門を開けるための手順があるの知らねぇのかよ。ケイティならそんなこと知ってるだろうから、クラウスが聞く耳持たぬって感じか。

「……やっぱ聞いておくかな。アイリス、門の開け方ってどうするの?」

「はい。実は簡単で」

「ご主人、ケイティ様がこちらへ来ます」

 スカーレットがアイリスの言葉を遮り言った。

「えっ、あぁ、そうなの」

 確認すると確かにケイティは一人でこちらに向かって来ている。

「見ての通り、私たちは中に入れないのだけど、アイリスなら門を開ける方法を知っているでしょ。だから教えてもらえるかしら。勿論、主であるアッキーの許可があればだけど」

「まあ別に……いいですけど」

 いま聞こうとしていたとこだし、どうせ俺たちが先に入るわけにもいかないから、教えるのは問題ない。ただアイリスは色々と複雑な気持ちだろうな。

 そもそもコロッセオに入って賢者の試験とか遺産があるのかも疑問だ。

随分と昔の話だから。

 既にマリウスは居ないし……やっぱ何もないわけないか。わざわざ仕掛け付きの地図を残したり、コロッセオに魔法結界を張ってたりするし。

 流れ的に激ヤバなバトルがあってレアアイテムをゲットできるはずだ。そしてクラウスたちが先に入っても、何もゲットできないと思う。マリウスがアジトに用意していたゴーレムとか激強だったし。てか普通の冒険者じゃアレに勝てないからね。恐らくここも無理ゲーのはずだ。

「ありがとう、助かるわ。本当は昨日会った時に聞いておけば良かったんだけどね」

「アイリス、話の続きしてくれ」

「はい。門の横の壁に格子の付いた箱があるのですが、気付きましたでしょうか」

「えぇ、あったわね。二十センチぐらいのものが」

「そこに金貨を三十枚入れれば、門は開き中へ入れます」

「あら、随分簡単ね」

 おいマリウス、流石に簡単すぎるだろ。っていうかある意味では簡単じゃねぇけど。通行料が高すぎる。なんなの金貨三十枚って。一枚の価値が三万円ぐらいだよ。つまり入るだけで九十万円‼

 ボッタくりだよボッタくり。中でそれ以上のお宝ザックザクなら分かるけど、そんな保障ないし。更に命懸けのバトルやらされるんでしょ。

 その金貨って、マリウスが居ない今はどうなるのかな。スゲー貯金額になってそう。マリウスは流石にもう死んでるだろうし、後で色々探して頂いて帰ろうかな……その場合は泥棒になるのだろうか。

「じゃあ私たちは先に行かせてもらうわ」

 ケイティは門の開け方を教えるためにクラウスの側に移動した。このタイミングで俺たちはケイティの後ろにくっついて行って門に近付いた。

「そいつらから有益な情報は聞き出せたか」

 クラウスは相変わらず偉そうに立っており、後方で高みの見物をしていた。そして奴隷冒険者たちに結界への攻撃停止命令を出してから言った。

「えぇ、彼らは知っていたわ」

「ほう、それは意外だったな。では全てうまくいった後に褒美をやろう。楽しみにしておけ」

「そりゃどうも」

 仮面で分からないだろうが無表情でそっけなく返した。

 ケイティから情報を聞いたクラウスは、その単純さに高笑いした。

「そんなことでよかったとはな。時間を無駄にしてしまった。この程度の情報を入手できないとは、本当に使えない奴らだ」

 クラウスは半獣人の奴隷冒険者たちの方を見て険しい表情で言った。

 いやいや、使えないのはお前だからな。みんな頑張りまくってるし。疲労している姿を見ればそれがよく分かる。

 みんなマジで乙。でもここからが本番なので、死なないように頑張ってくれ。できれば危なくなったらクラウス放置で逃げてほしいよ。

「ケイティ、金貨を入れて門を開けろ」

 ケイティは無表情で頷いた後、封印石の指輪から硬貨が入った袋を出して門に近付く。

 袋はパンパンで、硬貨が百枚以上は入っているはずだ。あれが全部金貨なら凄い額だけど……普通に金貨っぽい。

 門の横の壁には確かに箱が、というか日本人の俺には賽銭箱に見えるものが設置されてある。

 ケイティはジャラジャラと一気に三十枚の金貨を流し入れる。

 流石に貴族の家臣だ、簡単に金貨三十枚払っちゃったよ。俺なんて持ってても嫌だし。てか一般人なら誰でも躊躇う金額だよな。

 そういえば金貨を入れる時に結界は発動してなかった。どういう微調整か知らないけど、魔法ってほんと万能ですな。

 いや、魔法というよりマリウスがチートなのかもしれない。色々と知るたびにそう思う。

 金貨を確認した門は客を迎え入れるようにゆっくりと左右同時に奥へと開く。

「よし、一人は馬を見ておくために残れ。後の者は先に行け」

 クラウスは用心深く自分が先行せず、トラップがあってもいいように半獣人たちを先に行かせた。

 半獣人たちが何事もなく奥へと進んだので、クラウスも歩き出す。だがすぐに立ち止まった。

「ケイティ、この門はどれぐらいで閉じる」

「通過する者が居なければ、すぐに閉じると思うけど……まあ数十秒というところでしょ」

 その言葉を聞いたクラウスは狡猾な笑みを浮かべ俺の方を向いた。

「金貨を払ったのは私だ。中に入りたいなら門が閉じた後に自分で払ってこい。まあ金があればの話だがな」

 クラウスはそう言って嫌味に高笑いし、コロッセオの中へと歩き出す。

「ケイティ、お前は門が閉まったのを確認してからこい、分かったな」

 ケイティは無言で頷いて答えた後、俺たちの方を見て、やれやれ、って顔をして和ませた。

「ごめんね、そういうことだから」

 殿のケイティは優しく言葉を掛けて歩き出し、門を通過してから一旦その場で立ち止まり、門が閉じるのを待った。

「どうしますか、ご主人。無視してこのまま中へ入るのもアリかと。入り方を教えたわけですし」

 スカーレットが言うように貸しがあるから通過してもいいんだけど、あのムカつく高笑い顔を見た後だと、なんとなく嫌なんだよなぁ。それに絶対グチグチ嫌味なこと言われるし、無理矢理だとケイティが怒られるからな。とか考えてたら、門はゆっくりと動き出し完全に閉じた。

「まあ、仕方がないか」

 この時、一人残った戦士っぽい半獣人冒険者は、命令通り馬の警護のために野営していた場所に戻り、俺たちからは見えなくなった。

「あの、あるじ様、実はもう一つ秘密の手順があります。その方法なら金貨一枚で門を開けることができます」

「おぉ、マジか」

 どうやらさっきのは一般人が入る時のやり方で、他に仲間内だけの方法があるようだ。まあそれでも金がいるけど。

「じゃあアイリスがやって見せてよ」

 そう言ってアイリスに金貨一枚を手渡した。

 アイリスは賽銭箱の前に移動すると、まずは金貨を入れる。そしてパンパン、と手を二回叩き合掌すると目を閉じ、何やら物凄く棒読みで言葉を発した。

「シケンニウカリマスヨウニ、ヒッショウ」

 って合格祈願かよ‼

 なにが「試験に受かりますように、必勝」だよ。てかタケヒコか、タケヒコのくだらない案がまた採用されたのか。

 面白がって適当やってんじゃねぇよ。もっと異世界風の中二病こじらせたカッコイイ感じのとかあるだろ。

 しかしこんな手順でちゃんと門は開いた。

「アイリスちゃん凄いのにゃ。簡単に結界を解除したのにゃ。天才にゃ」

「流石だな、頼りになるねぇ」

 褒められたアイリスは少し照れくさそうにモジモジしている。

「さっ、行きますか」

「はいにゃー」

「御意」

「はい」

 まずはクラウスたちが受けている賢者の試験とやらの見学だ。

 コロッセオの内部は外側と同じで壊れておらず新築のようで、中からでもその巨大さが分かる。本当にドーム球場ぐらいあるかも。

 真っすぐ進めば中央の闘技場に出るみたいだが、俺たちは回り込み客席の方へ行った。

 客席からは広大なスペースの闘技場がよく見え、既にクラウスの奴隷冒険者たちが試験バトルを始めていた。

 クラウスとケイティは野球場で言えばレフト側のベンチがある辺りでバトルを見ており、俺たちは少し離れてその上の方の段の客席で見学することにした。

 クラウスはすぐに俺たちに気付き険しい顔で睨んできた。勿論こういう面倒そうな奴は相手しない。無視するのが一番いい。まあ仮面してるし睨み返しても分からないけど。



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