第二部 二章「ダンジョン合宿と謎の石像」その①
商人の街ゴールディ―ウォールの中心部から離れた場所に訳ありの家を借りた、俺こと鈴木秋斗の朝は普通じゃない始まり方をする。
この家の庭に住んでいる謎の人間型マンドラゴラのセバスチャンの分身体ともいえる、子供の姿をしたコセバス達に起こされ、無理やりセバスチャンのお茶に付き合わされるからだ。
コセバスは六〜七歳ぐらいの白人系の美少年と美少女だ。全員同じような可愛い顔をして執事服とメイド服を着ている。髪や瞳の色はセバスチャンと同じ緑系で、くりっとした大きな目が可愛い。髪型は執事の方がショート、メイドの方はロングヘア。
掃除や洗濯をしてくれるから本当にありがたいんだけど、いまだに何体いるか分からないほどウジャウジャいるので、たまに気が滅入る。
何故かクリスはコセバス達と仲が良くて、一緒に掃除したりしている。更にクリスだけが、それぞれの見分けがついていた。
因みに家は一軒家で庭が広くて塀で囲まれている。道に面している建物の一階は店舗になっており、作りは二階建で部屋は一階に店舗とは別に一つ、二階に六つ、一階にキッチン、トイレ、大きなお風呂、倉庫がある。
俺はセバスチャンと朝のお茶をして、クリスの作った朝ご飯を食べた後、一人で鍛冶屋に出かけた。
今日の服装は、袖が黄色の白いラグランTシャツで、定番の青いジーパン、靴はいつも通り魔道具のスニーカーだ。装備はウエストポーチ型の魔法の道具袋とダガーナイフ、ダークグレーのハーフマントである。
鍛冶屋は街の中心部から離れた山手にあり、一度だけ寄ったことがある。
幾つか工房がある名の知れた鍛冶屋で、建物は大きな平屋だった。午前中から既に何人もの職人が作業していて活気がある。
俺はその場を取り仕切っている鍛冶屋の三代目社長である男性に声をかけた。
名前はジャックといって、歳は二十代半ばぐらいで長身の細マッチョイケメンだ。黒髪の短髪ツンツンヘアで、瞳は青く褐色の肌、服装は白い半袖シャツに黒のカーゴパンツ、靴はブーツを履いていた。
どういう訳か最近、主人公級のイケメン出現率が急激に上がっている。
何なのコレ、女神の嫌がらせですかコノヤロー。もうガチでイケメンはお腹いっぱいなんだよ。ただジャックは他の奴らと違い、今のところ訳ありはなく普通の人っぽいので安心している。
それから応接室に通され、そこでゆっくり話すことになった。まあ俺は一応、客だからね。
「前に話した通り、冒険者相手の店を開店させるには商品が不足しているので、ここで大量に作ってほしいんですけど」
「それは賛成できないな。こっちとしては大量発注は儲かるからありがたいけど、この街で大量生産できる普通の武具を売っても、客となる冒険者は来ないよ。理由が分かるかい?」
「……同じ物を売ってる店が、他にいっぱいあるから、かな」
「その通りだ。いま小さな店が客を呼ぶには、量や値段より質と思う。いかにレアな武具やアイテムを用意できるかが、商人の腕の見せ所だ」
言われてみれば確かにその通りだ。俺の店は中心部から離れているし、商品が良くないと来てもらえないよな。
大量生産品を何個か安く売っても儲からないし、大きな店が更に安くしたらもう勝てない。
SNSもないし簡単に宣伝できないから、レアな商品を取り扱って地道に口コミでいい店だと広げていくしかない。
「助言ありがとうございます。早く店を開店させたくて、焦って冷静じゃなくなってました」
「みんな初めはそうだよ。まあ俺としては、君の店が上手くいくように協力させてもらうよ」
「あの、ジャックさんはなんでそんなに良くしてくれるんですか?」
「アキト、君の事はエマから聞いているよ、恩人だってね。俺はこの街で生まれ育ったけど、父や祖父はアリマベープ村の出身なんだよ」
「あぁ、そういうことですか。なんか気を使わせてすみません。でも、これからもよろしくお願いします」
以前色々あって村が消滅したときに復興資金としてお金を寄付したんだよな。しかもかなり大きな額だ。それがこんな所で役に立つとは、やはり日頃から良いことはしておくものだね。
「こちらこそよろしく。アキトはいい常連客になりそうだしね」
「そうなるように頑張ります」
誰か村を破壊したアンジェリカさんに言っておいてくれ。日頃の良きおこないの大切さを。てか女神、あんたの仕事だと思うぜ。
「で結局、レアな武器というか、売れ筋のものってどんな商品なんですか?」
「最近の流行りは大剣かな。召喚勇者たちが何故か大きな武器を持つから、冒険者たちも真似て持ちたがるんだよ。使いこなすのが難しいのに」
アニメ、漫画、ゲームとかの影響だろうけど、召喚者の気持ちスゲー分かる。俺も大剣持ちたいし。だってカッコいいんだもの。
しかも勇者どもは召喚の時に女神から主人公補正を色々と与えられてるし、大型の武器でも魔剣でも簡単に使いこなせるんだろうな。それを真似てる補正のない冒険者たちが可哀想になるぜ。きっとバトルで苦労してるはずだ。
「ただ大剣であっても普通の物じゃダメだ。今は値段が高くても、魔力を増幅させるような魔石が付いているか、剣自体が特殊な金属で作られていないと売れない」
「魔石って高いし、レアな武器作りは簡単にはいかないですね」
「まあね。ただ魔石よりもモンスターを閉じ込めた封印石を使う方が支流になりつつある」
封印石はごく一部のダンジョンの下層部分にしかない特殊なクリスタルを加工したもので、まだ謎多きレアアイテムだ。
使い方も様々で、モンスターや魔獣、攻撃や回復魔法を封じたりもできる。そして封じた力を使うこともできた。
便利なので封印石自体が高く、封じている中身によっては大金が稼げる。しかし封印石に何かを封印できるのは、賢者や勇者、聖騎士に大魔道士など、上級職でレベルの高い者だけだ。
「封印モンスターが炎を操るもので、その封印石が組み込まれた武器は、使い手に魔力があれば職業がほとんど魔法の使えない戦士でも、剣に炎を纏わせ操れる、って事ですよね」
「そう、だから人気がある。ただ出回っている武器の多くが、それほど強い力はないけどね。とはいえモノによっては魔剣に匹敵する場合もある」
「結局、封印石も高いんですよね」
「モノによるかな。魔石も封印石も質が大切だ。まあどういう武器を作るかはアキトしだいだけど、売れる物はお金がかかるということだ。でも考え方によっては、お金を出せばいい武具が作れる。そしていい武具は高くても売れる。だから最終的に必ず儲かる」
「勉強になります。とにかく焦らず、今はもっと資金やレアな金属、アイテムを手に入れることを考えます」
「それがいい。商品の発注はいつでもできるし」
やはり物資も経験も知識も、色々と足りなさすぎる。ただジャックとの出会いは大きなプラスだ。
エマさんにナナシ屋のオヤジさん、それに情報屋のサクラ、この街に来てからいい人たちと知り合えている。
「あと盾も大きいのが流行りだけど、鎧は軽装備系が人気だな。これも勇者たちの影響だ」
「なるほど。確かに大きい盾を持ってる冒険者っていっぱいいますね」
「因みに魔剣とか聖剣も作れるぞ」
「それそれ、それ聞きたかったやつ」
「鍛冶屋にも職業レベルがあって、名人とか名工の称号を持つ者だけが、特殊な技法で作れる。でも原料を入手するのも難しい事だけど」
「ジャックさんは作れるの?」
「残念ながらまだ無理だ。でもいつかは作れるようになってみせるよ」
「じゃあ俺はその時までに、レアな原料を手に入れておきます」
この時、今の自分に何が足りないのか、何をするべきなのかを考えていた。
答えは簡単である。これまでと何も変わらない。訳あり超人の俺にできるのはバトルだ。
モンスターバトルをしてレベルを上げていれば、勝手に開店資金と商品の武具を作るための原料も手に入る。
ということで、いま俺がするべきことは、短期集中ダンジョン合宿だ。遠出になっても上級のダンジョンに行く。当然、今日これからだ。
鍛冶屋を後にして、街の中心部にあるなんでも売ってる店、ナナシ屋に向かった。
アンジェリカに見つからないかヒヤヒヤだったけど、なんとか無事にナナシ屋まで辿り着いた。だがその時間帯はオーナーのオヤジさんは居なくて、他の村人A的な男性店員だった。基本的にオヤジさんは夜遅くに居ることが多いらしい。
ここでダンジョン合宿に行くための準備として、薬草や様々な回復薬、状態異常を治すアイテム、それに調理具やテントや寝袋など、キャンプ用具を色々と買った。
この後は市場へと移動し、日持ちする食料を買い込みすぐ家に帰った。
ダイニングルームにクリスとスカーレット、それにマンドラゴラのセバスチャンも呼んで話を始める。
「俺はこの場所で店を始めるわけだが、開店には資金と商品が足りない。なのでレベル上げも兼ねて、また冒険に行く。今度は上級ダンジョンに挑戦だ」
「はいにゃ。クリスチーナは頑張るのにゃ」
今日のクリスは髪の毛と同じオレンジ色のブルマを穿いている。見慣れない色のせいか凄くセクシーに感じた。後はいつもの白い体操服、靴下は白、上履き風の靴を履いている。
「ご主人のお役に立てるように頑張ります」
スカーレットの服装は、黒いミニのタイトスカートにダークブルーのキャミソールと、黄色のスカーフ、ニーハイは黒とグレーのボーダー柄で、冒険者用のブーツを履いている。
「おう、頼むぞ二人とも。でだ、いきなりだけど今から行く。だから準備してきて」
「はいにゃ」
「はい。すぐに済ませます」
「ということは、泊りがけになるわけですね」
ただ椅子に座っているだけなのに、何故か優雅に見えるセバスチャンは、コセバス達が用意したお茶を楽しみながら徐に言った。
セバスチャンの見た目は二十代半ばの白人系の男性で、横分けのサラサラヘアは緑髪、目は切れ長、瞳は神秘的なグリーン、超美形で精悍な顔立ち。身長は180センチあり細マッチョ体型。
本当なら露出度の高い変態丸出しの格好だが、俺が服を着てくれと頼んでからはちゃんとしている。服装は白い長袖ワイシャツに紺色の蝶ネクタイ。濃紺のベストとズボンで黒いエナメルシューズだ。
普通の服を着ていたら、少女漫画に出てくるイケメンキャラなんだよな。まあ人間じゃなくモンスターに近い謎の生物だけど。
「たぶん一週間は帰らないと思う。なのでセバスチャンにはこれまで通り留守番をお願いする」
「アキト殿、承知いたしました」
セバスチャンは微笑みながら穏やかに言った。
クリスとスカーレットは自分の部屋に魔法の道具袋を取りに行って、旅支度を済ませた。
スカーレットはいつも手に付けている指の部分がない革の手袋をして、やる気満々の顔をしていた。スカーレットはご主人様に尽くす事に喜びを感じる犬系だから、早く役に立ちたくて仕方がないんだろうな。
そして二人とも身を隠すためのマントを纏い、既にフードもかぶっている。
俺は前もって買っておいた回復薬や食料を二人に渡した。調理道具とキャンプ用具は家事担当のクリスに持たせる。
「よし、じゃあ出発だ」
「はいにゃー」
「御意」
家を出た後は途中で馬車に乗せてもらい、街の中心部までやって来た。
俺たちはいつも通り身元がバレないように仮面をつけ、アンジェリカに気を付けながら裏通りをコソコソと移動する。
この時に、一週間ほど冒険に行くから連絡は取れない、と書いたレオン宛の手紙をギルドの掲示板に張り付けておいた。
それからはいつも通り馬車を手配して、まずは初心者冒険者が集まる北の森の狩場へと向かう。
三十分ほどで到着し、ここからは森の中を歩いて移動する。馬車は片道だけの契約なので、俺たちを運び終わるとすぐに街へと帰った。
「もうマントは脱いだら、暑いし」
「はいにゃ」
「はい、そうします」
二人はマントを脱いで魔法の道具袋に入れた。
本当は暑いとかは関係ない。ただ俺的に、耳と尻尾が見えてる方が可愛くていいからだ。でも誰が見てるか分からないから、三人とも仮面は付けたままにする。
問題はここからだ。上級冒険者向けダンジョンの場所は、この森から北西に丸一日進んだところにある。だからモンスターを倒しながら、それなりの距離を歩かないといけない。しかも正確な場所が分からないから迷子になる可能性もある。
とにかく今は進むしかない。それなりに有名なダンジョンらしいので、近付けば他の冒険者もいるだろうから、後は同伴させてもらう作戦だ。
そしてたまに出てくるスライムやゴブリン、植物系の低級モンスターを倒しながら森の中を日が暮れるまで歩いた。
「今日はここでキャンプだな」
「はいにゃ。すぐにテントや食事の用意をしますのにゃ」
「ご主人、私はこの辺りを見回ってきます」
「あぁ、じゃあ頼むな」
二人とも自分がやる事を分かってて頼もしいぜ。
特に冒険ではド天然ドジっ子のクリスだけど、家事やその他の事は意外にそつなくこなす。奴隷歴が長いので、ベテラン家政婦のようで助かっている。
クリスは俺が買っておいた魔法のランプを出して灯りをともし、慣れた感じでテントを張った後、持ってきた材料で手早くホットドッグを作る。それを三人で美味しく食べた。
「明日も歩くことになるから早めに寝よう」
「ご主人はお休みください。私たちは見張りをします」
「眠たくなったらテントの中で交互に寝たらいいからな」
そう言ったけど、ここはモンスターが出る場所だから、恐らく二人とも寝ずに見張りをすると思う。
半獣人は二日とか三日寝なくてもなんてことないが、本当に尽くしてくれるいい子たちだ。
俺は二人のおかげで朝までぐっすりと眠れた。といっても早くに寝たので明け方には起床した。
時間がもったいないのと、体力が有り余っていたので起きてすぐに出発する。因みに仮面は三人とも付けていない。もう少しダンジョンに近付くまでは必要ないだろう。
休みなく三時間ほど歩いたところで、そろそろ朝食にしようかと考え出した時、後ろでクリスの悲鳴が聞こえた。
俺とスカーレットが同時に後方を確認すると、クリスは木の根に躓いてバランスを崩し転んでいた。
「大丈夫か、クリス」
「はいにゃ。大丈夫なのにゃ」
元気に立ち上がったクリスだったが、たった一歩で他の根に躓き、今度は前のめりに眼前の木に頭をぶつける。
はい出ましたお約束の奇跡。なんなのこの天才ドジっ子は。今ここでそんな天然スキル発動しなくていいよね。
だがその時、ガコン、というトラップが発動するような音がした。
「えっ、なに、なになに、怖いんだけどその音」
「ご主人、バカ猫が頭をぶつけた場所が、仕掛けのように凹んでいます」
「なんでだよっ⁉ どういう意味があんのそれ、まさかトラップじゃないよね」
おいおいおい、モンスターが出るとはいえ、ここは普通の森の中だろ。誰かが作った仕掛けなんだろうけど、本来は見つけちゃダメなやつで間違いない。てか絶対に発見できないし普通は。恐るべし天然星人。
「なにも分かりませんが、とりあえずバカ猫を殴っておきます」
スカーレットはそう言って、頭をぶつけた後、地べたに座っているクリスの頭を強めに叩いた。
「ふにゃんっ⁉ スカーレットちゃん凄く凄く痛いのにゃ」
「口答えするな、反省しろバカ猫」
俺は二人に構わず凹んだままの木を確認する。
木には拳が入るぐらいの正方形の穴がぽっかりと開いていて、その中に十五センチ程のシルバーの大きな鍵が置いてある。
手に取って穴から出すと、すぐに仕掛けが発動して穴がふさがって元通りの普通の木になる。
うわぁ〜ヤバい、思わず手に取っちゃったよ。これ絶対に訳ありだよね。ゲームとか少年漫画なら、勇者が賢者とかに導かれて冒険や修行の中で発見する重要なアイテムでしょ。この世界の場合は女神に召喚された勇者たちってことだけど。
なんかほんと我が家の猫がすみません、って感じなんだが。仕掛け作った人に心から謝りたい気分だ。
「鍵があるということは、近くに扉か何かがあるのでしょうか」
スカーレットが俺の手にある鍵を見て言った。
「どうだろうな……全然関係ないところの鍵かもしれない」
昔のロープレとかなら、隠されている地下牢や城に入るための隠し通路の扉の鍵ってのがテンプレだけど、この鍵、発見した者が持ってていいのかな。
「クリスチーナは分かったのにゃ。それは大きな大きな宝箱の鍵なのにゃ」
「で、その宝箱はどこにあるんだ、クリスさんや」
「ん〜っと……たぶん、あそこなのにゃ‼」
クリスは辺りを見渡した後、自信満々に普通の茂みを指差した。
よくもまあ適当に指差せたな。しかもドヤ顔付きかよ。
「な訳ないだろ、バカ猫‼」
スカーレットがクリスのお尻に蹴りを入れながらツッコミを入れた。
「酷いのにゃ、きっとあそこにあるのにゃ」
クリスはそう言って茂みに向かって走り出す。だがお約束の三歩で転んだ。クリスはこの時また木に頭から激突した。するとまさかのガコン音がする。
ですよねぇ〜、そりゃ一回で終わりませんよね。だってレベルMAXのド天然星人だもの。
先程と同じように仕掛けが発動し、木は凹み隠し空間が現れた。
……もしかしたら製作者的に、すぐ近くにもう一つ仕掛けがあるなんて思わないだろう、って感じのひっかけだったのかな。
真意は定かでないが、我が家の天才が色々とすみません。ホンとクリスさん空気読もうぜ。
「ご主人、木の中には同じような大きさの金色の鍵がありました」
確認しに行ったスカーレットが鍵を取って俺のところに持ってきた。
「似たような鍵か……」
一つゲットした後にもう一つ探させるイベントで、さんざん色々な場所を探したあげく「結局ここに戻ってくるのかよ」っていうツッコミを、仕掛けの製作者はしてほしかったのかも。流石に考えすぎかなぁ。
とりあえずもう一度、心の中で謝っておこう。ホンと我が家の猫がすみません。
「宝箱じゃなくて鍵だったのにゃ。でもやっぱりあったのにゃ」
「黙れバカ猫」
「クリスさん、今はそこから動かないように」
「はいにゃ」
満面の可愛い笑顔で元気よく返事したけど、動くなって言われた意味、分かってないよね。
「あれ? これは……」
金と銀の二つの鍵を見ていると形の不自然さに気付く。
「この鍵、二つで一つなんじゃないかな」
「本当ですね。ぴったりと合いそうです」
二つの鍵を合わせてみると、合体するようにカチっとはまり一つの鍵となる。だがその瞬間、鍵は光り輝き俺の手から離れ宙に浮いた。
「なっ、なに始まるの⁉」
鍵からは魔力が感じられ、真下の地面に移動用の魔法陣が現れた。
これは二つの鍵が合体したことで、仕込まれていた魔法が発動したってことか。
「鍵を揃えし者よ、正しき心を持ち、力を欲するならば、先に進むことを許そう」
鍵から何者かの声が聞こえてくる。それは成人男性の声だ。
なんだかますます勇者のテンプレイベントみたいになってきたんですけど。このまま放置して帰るのはありなのだろうか。その場合、この鍵はずっとここに浮いたままになるのかな。試してみたいけど、これを放置したら人として鬼畜だよな。流れのままに行くしかないか……。
「ご主人、どうなさいますか」
「いま欲しいのは開店資金であって、力とかはいらないんだよなぁ」
「ご主人様ご主人様、きっと大きな宝箱がいっぱいあるのにゃ」
動くなと命令していたんだが、クリスはそう言いながら近付いてきた。
「ってコラ⁉ お前いまどこに居るんだよ。もう魔法陣の中に入ってるじゃん」
「にゃん⁉」
魔法陣はクリスに反応し、輝きを強め光の柱を上げる。
「仕方がない、行くぞスカーレット」
「御意」
俺たちもすぐに魔法陣の中に入る。そして次の瞬間、今いた場所と同じような森の中に移動した。
「勝手なことをするなバカ猫‼」
スカーレットはクリスのお尻を蹴り飛ばした。
魔法陣は消えたが鍵も一緒に移動していて、まだ宙に浮いて光っている。
「にゃっ⁉ ご主人様、あそこに何かあるのにゃ」
クリスが見ている方向には、高さ二メートル半はある石像が立っていた。
豚のような顔で人型の体、あれはオークの石像だな。
しかし本当によくできている。筋肉隆々で軽装備の鎧とバッファロー角の兜を身にまとい、柄の長い両手持ちの巨大な斧を持っている。こりゃ迫力あるぜ。
「鍵を石像に入れれば門番が動き出す。倒す事ができれば、試練への道を開く」
また鍵が光を強めそう言葉を発した。
なるほどな。まだ強さが足りない場合は戻ることもできるわけだ。
で、レベルを上げてまたここに来て、勝てるまで戦えっていう、レトゲー勇者のテンプレイベントだな。
「ご主人様、石像の胸の真ん中に、鍵を入れる穴があるのにゃ」
クリスがオークの石像に近付き言った。
「面倒そうだけど……いい事あるかもしれないし、やってみるか」
「ご主人なら、簡単に勝てると思います」
「ははっ、俺もそうだと思う」
問題なのは、本当は簡単に勝っちゃいけない場面かもしれないってことだ。
まあ俺は主人公補正のある召喚勇者じゃないし、空気読まなくても知ったこっちゃないけど。
「この鍵、触ってもいいんだよな」
宙に浮いている鍵を掴み取り、オークの石像のところまで行き、胸の真ん中の鍵穴に突き刺すように入れる。
鍵は強烈な閃光を迸らせ、石像と共に光の塊になり融合した。
石像の光が消えると石化が解けており、動くオークになっていた。だが普通のモンスターじゃない。
体は茶色くて少しゴツゴツしている。これは泥が固まった感じだ。ってことは、こいつオーク型のゴーレムか。瞳はバーサーカー状態で赤く光っていてやる気満々だ。それなりに強い魔力も放出している。だけどプレッシャーは感じない。
これまでの経験からいって、ハイトロールより少し強い程度だ。と思うんだけど、所詮は素人感覚だからなぁ。ここは油断せずに気合いを入れていこう。奇跡的に突然発生した訳の分からないイベントだし。
「二人は後ろに下がってろ」
「はいにゃ」
「御意」
二人が素早く後退すると、オークゴーレムはその場に残った俺をロックオンして斧を高々と振り上げると、そのまま振り下ろし襲い掛かってきた。
一撃目はゴーレムの動きが大きかったので、素人でも回避することができた。
空を切ったゴーレムの巨大な斧は、地面を豆腐の如く簡単に粉砕しえぐった。
「さっそくバトル開始か。じゃあ斧には斧で勝負だ」
以前に戦った魔人族のイスカンダルから盗んだ、いや、落ちていたのを拾った斧を一つ、魔法の道具袋であるウエストポーチから出して構えた。
これも刃が大きな斧だが、取り出すまでは小さくなっているので簡単に出し入れできる。
この時、既にゴーレムは次の一撃を繰り出しており、瞬時に元の大きさに戻った斧で受け止めた。
凄まじい激突音が轟き、衝撃が体を伝い足元の地面を陥没させる。だが、はっきり言ってこの間のボスバトルに比べたらなんてことはない。これは一撃で終わりそうだ。
この先に試練がどうのこうのと言ってたし、これはまだ本番じゃないだろうから、もう倒してもいいよな。
オークゴーレムの斧を力任せに弾き、体勢を崩した隙に一歩踏み込み斧を振り下ろす。
相手が超人パワーの俺じゃなかったら、鎧と頑丈そうな体で大きなダメージを負わなかったかもしれないが、イスカンダルの斧は容赦なくゼリーでも切るように鎧ごと真っ二つにした。
流石に上級魔人、イスカンダルさんの斧だけはある。トンでもない切れ味だ。
ライフがゼロになる大ダメージを負ったゴーレムは、魔造モンスターのように煙を出して消えたりせずに、体がドロドロに溶けて地面に泥の如く広がった。
ゴーレムの体は溶けたが、鎧や兜、斧はその場に残っている。
これはラッキーだ、貰って帰るとしよう。ただ鎧を破壊してしまったのはマイナスだった。まあ熔かして原料にするからいいけどね。
商人の鑑定眼では鎧や兜は普通の鋼のようだが、柄の長い両手持ちの斧の方は、今の商人レベルでは鑑定できない。これは特殊な金属が使われている可能性がある。つまりは高値で売れるはずだ。
「お見事です、ご主人」
「ご主人様は今日も凄いのにゃ。一撃なのにゃ」
クリスはそう言って喜びながらも自分の仕事は忘れず、落ちているゴーレムの装備を拾って、魔法の道具袋であるボディバッグの中に収納した。
だが両手持ちの大きな斧だけは、超人パワーの俺ならバトルで使えそうなので自分の鞄に入れた。
てかゴーレムって倒しても原料とか手に入らないみたいだ。更に悪しき存在が作った物じゃないからか、経験値も入ってないっぽい。
「え〜っと、これからどうなるんだ……えっ⁉」
自分の斧をポーチに入れた後、辺りの様子を確認して驚く。
「なにこれ……いつの間に」
いま俺たちの前方には、ぱっと見では全貌が分からないぐらい巨大な岩山が存在している。
といっても高さはそれほど驚くものじゃない。十四階建ての街でよく見るマンションぐらいだ。四十メートルぐらいかな。
恐らくイベントキャラのゴーレムを倒したことで結界が解かれ、今まで見えなかった岩山が姿を現したんだと思う。
「ご主人、あそこに中へ入る入口があります」
それは岩山をくりぬいたトンネルで、軽自動車なら通れる大きさだ。
「きっと大きな宝箱はあの先にあるのにゃ」
「黙れバカ猫。あってもその宝箱はトラップだ」
クリスは随分と宝箱にこだわっているけど、スカーレットが言ったことが正しいと思うぞ。
「鍵は試練への道とか言ってたな。まあここを進めってことか」
鍵に辿り着くまでの全貌が分からないけど、ここまでは凄く大掛かりなイベントだよな。これ本当にこのまま進めて大丈夫なんだろうか。また心配になってきた。
まあ少しはドキドキワクワクするけど、ざわざわがおさまらない。誰かのために用意されたっぽいし、絶対に余計なことしているよね。
「ご主人様、行かないのにゃ?」
「黙れバカ猫、ご主人はいま思考なさっているのだ」
「……流れのまま先に進もうか」
「御意」
「はいにゃー」
結局は考えたところで的確な答えは出ない。情報がなさすぎる。イベントを発動させたのなら最後まで付き合って責任とるのが人の道だな。
ということで、俺たちは用心しながらトンネルに入り進んだ。
魔法の力で明かりは点いている。一直線の通路なので遠くの方に出口の光が見えていた。
百メートル以上は進んで、やっと外に出る。するとそこは巨大な岩山に囲まれた空間だった。
「空が見えてる……」
深い谷底のような感じで様々な植物に覆われ、その場はジャングル状態だ。そこから奥に進むと神殿系の遺跡があった。
見上げるほど大きな柱が並んでいて、まるでパルテノン神殿みたいな造りだけど、これは遺跡系ダンジョンってやつだと思う。
まさか奇跡的な偶然が重なり遺跡系の隠しダンジョンを見つけてしまうとはな。もうクリスさんのドジっ子ぶりが可愛いレベルを突き抜けすぎて怖いっす。
「ご主人様、石碑があるのにゃ」
神殿遺跡の二十メートル以上手前には二メートル程の高さの石碑があり、何やら文字が刻んである。
「我が最強の剣、ここに眠る、と刻んであります」
スカーレットは読んだ後、仕掛けがないか石碑とその周りを確かめた。
最強の剣とかワクワクするぜ。ちょっとテンション上がってきた。
普通に考えたら魔剣か聖剣だもんな。俺が使えなくても、召喚勇者に鬼畜な値段で売ってやる。例え売れなくても店に飾ってあるだけで話題になるはずだ。
「どうやらあの遺跡の中に剣があるみたいだな」
でも色々と試練という名の極悪トラップがありそうだ。
「ご主人様、この石像カッコいいのにゃ」
石碑の五メートル先、つまり奥にある遺跡との間に、140センチ程の女の子戦士の石像がある。その足元は様々な花がいっぱい咲いていた。
「この可愛い感じはドワーフっぽいな」
超ロングヘアで服装はロリータファッション、その上にプレートアーマーを装備している。兜はレオンと同じで、額と側面と後頭部だけで顔や頭は出ている流行りのタイプだ。
しかしよく見たらクオリティが凄い。これ作った奴は間違いなく天才彫刻家だ。鎧も細部に至るまで彫られている。
これを店の前に置いたらいい看板代わりになる。魔法の道具袋に入ったら持って帰ろうかな。
でも有名な人の作品だと後々泥棒扱いされて面倒なことになりそう。まあどうするかは、帰る時までに考えよう。
「ご主人様ご主人様、遺跡の中はモンスターの石像がいっぱいなのにゃ」
一足先に遺跡を見て帰ってきたクリスが言った。
「勝手にウロチョロするな、バカ猫」
スカーレットは俺が言いたいことを代言してくれた。
「スカーレットちゃん怒ってばかりなのにゃ。アンジェリカちゃんと一緒でぷんぷこぷんで怖いのにゃ」
「誰のせいだこのおバカ猫」
「とりあえずクリスさん、危ないから俺かスカーレットの側から離れないように」
「はいにゃー」
クリスは元気よく満面の笑みで返事した。
「ご主人、このバカ絶対に分かってません」
「だろうな」
「にゃん?」
クリスは首を少し傾け、何か? と言わんばかりの顔をしている。
ホンと可愛くなかったら、ここに捨てていくところだよ。
「さあ気を引き締めて行こうか」
「御意」
「はいにゃ」
目的地とは違うけど、意味深なメッセージと隠しダンジョン、こりゃもうここを本気で攻略するしかないだろ。
神殿のような遺跡の正面には階段があり、立ち並ぶ巨大な石柱を見上げながら中へと入った。
内部は既に魔法で明るくなっており、広い空間で面積はサッカーフィールドの半分より少し小さい感じだ。
天井が高いので開放感がある。しかしぱっと見、先に進む扉や通路はどこにもない。
だがクリスが言ってたように、この空間には様々なモンスターの石像が何体もあちこちにある。
ゴブリンにトロール、リザードマンにドラゴン、ワーウルフ、オーガなどだ。
恐らく原寸大で、円の台座に乗っていて、まるでチェスの駒のようだ。
ゴブリンなら大人の男が何人かいれば動かせるだろうけど、ドラゴンとかオーガはデカいから無理だと思う。まあ普通の人間ならだけど。
「この石像たちには意味があるはずだ、調べてみよう。あと床と壁もな」
「はいにゃ」
「御意」
ロープレやりこんでるヒキオタ舐めるなよ。製作者の意図など何もかもお見通しだ。
まず石像を調べたが、これといって怪しいところはなかった。しかし空間奥の隅の床に、円く凹んでいる部分を発見した。
「大きさ的に、ゴブリンの石像と同じだ。たぶんここに移動させろってことだな」
「クリスチーナにお任せなのにゃ」
クリスは真ん中あたりにあるゴブリン像に走っていき、持ち上げて運ぼうとする。
「小さなゴブリンなのに凄く重いのにゃ。びくともしないにゃ」
「石の塊なんだから、重くて当たり前だ。ご主人の邪魔をするな」
それで俺がゴブリンの石像を一人で持ち上げて床の円い部分に置いた。
すると仕掛けが発動し、地響きがして奥の壁の一部が横にずれて通路が現れる。
「ご主人様、見て見て、大きな宝箱にゃ、やっぱりあったのにゃ」
クリスは大喜びで宝箱に走って行こうとする。だが俺は強く発して呼び止める。
「待て、行くな‼」
クリスはビクッとしてその場で停止した。
「まずはよく見ろ。一直線の通路でたった五メートルで行き止まりだ。その壁の前に宝箱、それでイベントが終わりってことで、誰もが今のクリスのように食いつく。でも普通に考えたらこれで終わりの訳はない」
「にゃん?」
なんか全然わかってないな。どう説明すればいいんだろ。
「いいかクリス、一番小さくて動かしやすいゴブリンで簡単に正解なんてないだろ。他に石像がいっぱいあるのに意味がなさすぎる。つまりその宝箱は絶対に罠だ。断言してもいい」
「にゃん⁉ すぐにそんなことまで分かるなんて、やっぱりご主人様は凄いのにゃ、天才にゃ」
「流石でございます、ご主人」
「ま、まあな。このぐらい楽勝だ」
あの宝箱が本物偽物とか関係なく、開けたら次のステージに進めない、という意地悪なひっかけだと思う。そんな気がしてならない。
で、この後はもう一度他の石像を調べた。するとドラゴンとトロールの台座に矢印があるのに気付いた。
俺たちが入ってきた場所を正面入口とするなら、トロールの像は正面を向いており、矢印は右を示している。
これは石像を右に移動させるか右を向かせるかのどちらかだが、置く場所が指定されてないので、これは向きを変えるのが正解だ。
俺はトロール像の台座を持って横に回すように動かし、右を向かせた。
数秒後、先程と同様に仕掛けが発動し、地響きがして開いていた壁が閉じて、その少し横の壁が動き別の隠し通路が現れる。
「ご主人様、今度は奥まで続いているのにゃ」
「でもまだ行くなよ。ドラゴンの像が残ってる」
「はいにゃ。クリスチーナはお利口さんだから動かないのにゃ」
「お、おう」
「自分で言うなバカ猫」
スカーレットの的確なツッコミが入ったところで、入口近くの一番大きなドラゴンの石像の側に移動する。
台座に印されている矢印は円になっている。これは像をその場で一周回せという事だと思う。
ドラゴンの種類は分からないが、高さは七メートルはあり、大きな尻尾や羽がある。
これを動かそうと思ったら、人間が何十人もいるはずだ。でもここに来るのは数人の冒険者パーティーと考えると、いくらパワー系の戦士がいるとしても動かすのは無理だ。
つまり魔法かアイテムかその他の方法が必ずあるはず。ただ俺は仕掛けの製作者の予想を超える超人パワーがあるから、普通に一人で動かせてしまう。
ホンとすいません。俺は主人公補正ないから裏技という事で許してくださいね。
てか考えても正解が分からないんだよなぁ。本当は色々と情報やアイテム、仲間を手に入れた状態でここに来るんだと思う。偶然に辿り着いちゃったから準備不足すぎる。
ということで、俺は台座をしがみつくように持って、カニ歩きで力任せに石像を回していく。
ドラゴンの像が一周すると、また仕掛けが動く音がした。しかし音がする以外は何も起こっていない。
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