終章 「ふと夜空を見上げると」
西のダンジョンを後にして、馬車に揺られ街に到着したのは黄昏時だった。やることが色々あるが、まずはアンジェリカを警戒しながら寄り道せず家に帰る。
移動中スカーレットが教えてくれたんだが、俺たちの様子を探っていた誰かは、馬車でダンジョンを離れた時から居なくなったらしい。そうなると、理由は分からないが目当てはレオンと思われる。とにかく俺に関係ないなら深く考える必要はない。
そして無事に帰り着いたらすぐ風呂に入った。タコモンスターの墨で気持ち悪いからとにかく頭や体を洗いたかった。
入念に全身を洗いサッパリしてから湯船につかる。
「あぁ〜、気持ちいぃぃぃっ、やっぱお湯につからないと疲れが取れないよなぁ」
「そうですね。お湯につかるのは気持ちいいですよね」
「だよなぁ、っておわっ⁉ セ、セバスチャン、いつの間に」
また気付かぬうちにセバスチャンが一緒に風呂に入っている。
こいつ気配を消す天才かよ。超A級の暗殺者になれるっての。てか近いんだよセバスチャン。
「お帰りなさいませ、アキト殿。冒険の方はどうでしたか」
「色々ありすぎたけど、上手くいったよ」
どうしよう、今このタイミングでロイの事を正直に話すか。いや、この場合は嘘も方便だよな。本当の事を言うのはやめよう。ただ後々の事を考えてロイが死んだことは伝えておこう。
「あのさぁ、ロイ・グリンウェルの事なんだけど……」
「もう亡くなっていましたか、わたくしのマスターは」
「えっ、いや……そ、それは……」
「いいんですよ、本当の事を言って。もしかしたら亡くなっているのではないかと、覚悟はしておりましたから」
セバスチャンは優しく微笑み穏やかに言ったが、その表情は寂しげに見えた。
「ロイは誘拐とかじゃなく、どこかの国に植物の研究者として雇われることになってたらしい。それで研究に使うための珍しい植物を探しに出かけた時に、旅先で病気になって亡くなった。ということだ」
上手く嘘をつけただろうか。とにかく真実は知らない方がいい。セバスチャンには記憶を失っている時のロイとの思い出だけでいいはずだ。それに悪党とはいえ止めを刺したのは俺だし、一緒に住んでいるのにギクシャクしたくない。最悪は敵討ちで命を狙われるかもしれない。こいつは気配なく近付く天才だし、本気で狙われたら回避できないでしょ。
「やはりお亡くなりに」
「日帰りの予定だったんじゃないかな。それとサプライズ的な何かを考えていたと思う。だからセバスチャンに何も言わず出かけたんだよ」
「……調べていただきありがとうございました」
セバスチャンは徐に立ち上がると力なく発し、風呂場から出て行った。
まだ生きていて行方不明だと、ずっと心配してなきゃいけない。だからこれでよかったんだよ。
一人になって少し長めに湯につかった後、風呂から出てジーパンと白のTシャツに着替えた。クリスから魔法の道具袋は受け取っていたので、別のスニーカーを出して履く。あのタコのせいで服も靴もドロドロだよ。次に似たようなモンスターと戦う時は気を付けよう。
この後は二人が待っているダイニングルームに向かう。因みに我が家に入った時、もうコセバス達の姿はなく庭で眠りについていた。
「俺は用事があるから出かけてくる。二人はその間にお風呂にでも入っててくれ」
「はいにゃ。お食事の準備もしておくのにゃ」
「行ってらっしゃいませ、ご主人」
出かける前に、いつでも自由に買い物できるように魔法の道具袋を持っているスカーレットに少しお金を渡しておいた。
そして情報屋のサクラに料金を払うために街の中心部へと向かう。しかし中心部へ歩いていくにはちと遠い。次の冒険でもっと稼いで小型の荷馬車でも買おう。
途中で商人の馬車に乗せてもらい程なくして中心部へ到着した。だがサクラを探したが居なかったのでナナシ屋に買い物に行った。
店ではクリス用の魔法の道具袋を買った。少し大きめのキャメル色のボディバッグ型だ。あと自分用にフードなしのシンプルなハーフマントを買ってその場で纏った。長さは背中が隠れる程度で短く、動きやすくて剣を振っても邪魔にならない。色はダークグレーで炎と風の耐性がある。
買い物を終えた後はサクラを探すために夜の街に出る。情報屋には縄張りがあるので初めて会った場所へ行くとタイミングよく発見できた。
「旦那、お帰りなさい」
「よう、待ってもらってたお金、いま払うよ」
買い物して情報料を払ってもまだまだお金がある。ホンとお金って不思議だよ、持ってるだけで精神的に落ち着く。ただ調子に乗るとすぐに無くなるのがお金だ。商人なんだしお金の事はシビアにならないと。
「はい、確かに頂きました。今後も御贔屓に」
「利子代わりに、いい情報を教えてやるよ。今なら街の奴らは知らないから、金になるかもよ」
「旦那の表情から察するに、なにか裏のある情報みたいですね。楽しみです」
「裏のことは分からないけど、西に現れたっていう新しい魔王がいただろ、あれな、数時間前に漆黒の魔剣使いが倒したぞ」
「えっ⁉ す、凄い、本当にまだ広まっていない情報だと思います」
サクラは驚いて少し大きな声で言った。
「いい情報だろ、サクラにだけ特別だぞ」
そう言いながらサクラの頭をなでなでした。
なんだかサクラは妹みたいな感じで可愛いんだよなぁ。俺の体にドワーフの血が入っているから近しく感じるのかも。
で、イチャイチャしていたその時、まさかの非常事態が起こる。
「ちょっとアキト、どこに行ってたのよ」
そう、暴君アンジェリカ様の降臨である。ってまたお前か‼
ガチで疲れてるのに魔王より厄介な破壊神の相手とか無理ゲーですよ。もうこの時点でお腹痛い。
「ど、どこって……ダンジョンだけど」
「なんで私を置いていくのよ」
アンジェリカは詰め寄りフグのように頬を膨らませ拗ねている。可愛いけど可愛くないんだよコノヤローが。
「なんでって言われても」
「普通は声ぐらいかけるでしょ」
普通ってなんだよ普通って。一般常識ないくせに普通とか言ってんじゃねぇよ。お前に普通の何が分かる。あっちこっちで暴れまくりやがって、お前に普通を語る資格はない。
「そ、そうっすね」
「じゃあ今から一緒に、もう一回行くなら許す」
なにこいつバカなの。日が暮れてるのに行くわけないだろ。今帰ってきてヘトヘトなんだよ。お前の命を狙ってる復讐者と戦ったからな。
大陸渡ってまでバカみたいに破壊活動してんじゃないよ。その尻拭いを俺がしたんだぞ。心から感謝して金貨千枚払えっての。
「え〜っと、それは……」
「なによ、歯切れが悪いわね。さあ行くわよ」
今ここでそんなアグレッシブさいらねぇ。仮に行くとしても一緒に行くわけないだろ。お前の頭の中で何がどうなって仲間になってんの。
このストーカーエルフ、早く姉ちゃん探しに行けっての。何回このツッコミ入れさせんだよ。
その時、何かが投げ込まれ周囲が煙で包み込まれる。この煙幕は、サクラの煙玉か。
サクラさん、ナイスタイミング。後でたっぷりとお小遣いをあげよう。
「なっ、なによこれっ⁉ また逃げる気ね‼」
アンジェリカが言った時、既に俺とサクラは走り出していた。
情報屋みたいな危ない仕事をやっているだけあって、サクラは逃げ慣れている。俺が困っているのを見て透かさず煙玉を使うとは本当に空気の読めるいい子だ。
「旦那、情報ありがとうございます。僕はこのまま情報屋ギルドに行ってきます。また近々お会いしましょう」
「おう、またな」
一気に広がった煙幕の中を駆け抜け見事に逃げ切った。そのまま走り続け街はずれまで来てやっと立ち止まり休憩した。
それにしてもあのストーカーエルフ、やっぱり探してやがったか。暇人にもほどがある。可愛いエルフさんなのは認めるが、関わり合いたくはない。何故ならアレの中身は本物の化け物だからだ。
俺の訳あり超人パワーはこの世界に来てから上がっている。だから自分が強くなればなるほど相手の強さもなんとなく分かる。アンジェリカから感じる強さは別次元といえるほど凄いものだ。魔王を倒したというロイなんか、アンジェリカと比べたらザコですよザコ。
普通にその存在が怖い。女神エルディアナには怪物を作り出した責任を取ってほしい。この世界の住人全員が思ってるはずだ。
そんなことを考えながら家へと歩き出す。ふと夜空を見上げると、大きな満月が美しく輝いていた。
「この世界にも月があるんだな……って物凄くデカくね?」
その満月は向こうの世界の倍ぐらい大きく、夜空に輝く星たちも、信じられないぐらい夥しい数で綺麗だ。
今まで月の大きさにすら気付かなかったのは、色々と余裕がなかったんだな。新しい事を知るたびに、本当に異世界に移住したんだなと、しみじみと思う。そしてこの先どんな人生になるのか考えるとドキドキワクワクしてくる。勿論、不安なこともいっぱいあるけどね。
とにかく訳あり超人の俺は、最高に楽しい異世界生活を満喫している最中だ。
『訳あり移住編』 END
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