第六章 「漆黒の魔剣使いとボス戦と裏ボス戦」





 西のダンジョンへの移動中、先輩冒険者のスカーレットに色々と質問してバトルやダンジョンで注意すべき点などをそれとなく訊いた。

 スカーレットは盗賊でレベルは20。バランスのいいパーティーなら中ボスと戦える強さだと思う。なので心強い存在だ。しかしその心強さを全て帳消しにする天然星人が我がパーティーにはいる。

 気になるのは商人のレベルがバトルでどのぐらい上がるかだ。戦闘に向いている冒険者系の職業じゃないから、自分メインのバトルで得られる経験値で一気に上がるかもしれない。スゲー楽しみ。ただゲームみたいにレベルアップ音はないらしいから淋しいぜ。

 馬車にいる間に俺とスカーレットはステイタスを出しパーティー設定をした。この設定をしていればバトルで得られる経験値が振り分けられる。

 二人とも前衛でバトルすれば均等に振り分けられ、後衛で回復や補助担当なら振り分けられる数値は少なくなる。更に後ろに位置してバトルに参加しなければ、予備兵力扱いでほとんど経験値は入らない。

 それから程なくしてダンジョンへ無事に到着した。たぶん一時間ぐらいだったと思う。

 その場は森林で既に何台もの馬車が止まっている。周りは冒険者のパーティーだらけだ。これはテンション上がる。

 戦士に魔法使いに僧侶など、皆ちゃんとした装備で一目で冒険者と分かる。普通なのは俺たちぐらいだ。てか俺、ジーパンにTシャツ姿ってスゲー恥ずかしい。冒険者を舐めるな、って怒られても仕方がないところだ。

 でも今の俺は冒険者じゃなく商人なんだよな。商人なのにモンスター狩りに来てるとか噂になるから言えないけど。

 とにかく冒険者系の職業の人たちとは現場ではあまり関わらないようにしよう。

 ダンジョンの入口は巨大な洞窟で、次々にやる気に満ちた冒険者パーティーが入っていく。それに続くように俺たちも入口に近付いた。

「あっ⁉ あれは……」

 驚いて思わず声が出た。

「どうかなさいましたか、ご主人」

「いや、何でもないよ」

 まず間違いない。入口付近の人だかりの中央に居る奴が、噂の二つ名、漆黒の魔剣使いだ。マジで一目で分かった。

 二つ名の冒険者は長身で190センチはある。白人系で精悍な顔立ちのイケメン。金髪のショートヘアで瞳はブルー、歳は二十五ぐらい。そして一目で分かった理由の装備が凄い。ヘビーな全身鎧と大きな盾は当然のブラック。アクセントにパーツのフチの部分は赤色で、それがクールに見える。とにかく物凄くカッコいい。

 腰には魔剣らしきものがあるが大剣ではなくただの長剣、いわゆるロングソードだ。柄の上の部分には赤い魔石がはめ込まれている。少しだがまがまがしい気配と魔力を感じる。

 まさかいきなり会ってしまうとは。俺が変な奴を引き寄せてるってことはないよな。

 ここは初心者ダンジョンだが最近は奥に行けば強いモンスターとエンカウントするようになったとサクラが言ってた。だから上級の冒険者がいるって訳だな。

 とりあえずアンジェリカみたいにバカじゃないことを願おう。冒険中にダンジョンごと破壊とかそんな無茶は止めてほしいものだ。流石に超人の俺でも生き埋めにされたら助からないもんな。

「私は誰とも組まない。一人で戦うのが性に合っているから」

 二つ名が苦笑いして、そんなことを言っているのが聞こえた。声までイケメンかよ。もう主人公にしか見えませんよ。

「おおっ、カッコイイ」

「流石二つ名の戦士」

「一匹狼とか最高」

「あまりに強すぎて、一人じゃないと巻き込んでしまうからだきっと」

 取り囲んでいた連中が次々に称賛する。たぶん全員初心者だ。

 関わり合いたくないので、ちょっとカッコよさに見とれたけど、足早に移動してダンジョンに突入した。

 さあやるぞ、やってやるぜ‼

「そだ、クリスさん、色々と気を付けるように」

「はいにゃー」

 満面の笑顔でいい返事。うん、返事だけはいい。でも分かってないだろうな。だってバカなんだもん。

「壁とか含めて変なところは触らない、踏まない、ズッコケないでよろしく」

「はいにゃー」

「ご主人、この猫、全然わかってません。迷子にしてここに捨てていきましょう」

「スカーレットちゃん酷いのにゃ」

「うむ、前向きに検討しよう」

「にゃっ⁉ クリスチーナはいい子にするのにゃ。だから捨てないでほしいのにゃ」

「冗談だっての。とにかくお前は真ん中を普通に歩け。それでもトラップ発動するなら仕方がない」

「はいにゃー」

 うん、やっぱり分かってないや。まあスカーレットが居てくれるから大丈夫かな。

 洞窟系ダンジョンの中は普通なら真っ暗だが、魔法の力で火の玉が現れ自分たちの周辺は明るくなっている。ただ俺は魔道具である仮面を付けているので暗くても夜目がきく状態だ。

 進んでいくと三本に分かれた道があり、クリスにどこがいいか聞いた。

「右の道がいいのにゃ」

 普通に考えれば反対の左か真ん中の道を行くのが正解だが、今回はモンスターに遭遇しなければならない。なので右に行くのが正解のはず。

 それに正規ルートで進んだらモンスターは居ないと思う。既に何組ものパーティーが先行しているからモンスターは倒されているはずだ。

「よし、右に行こう」

「わーいわーい、クリスチーナの意見が役に立ったのにゃ。嬉しいにゃ」

「はしゃぐなバカ猫。ご主人は運の無いお前が選んだ方ならモンスターが居ると思っただけだ」

 流石スカーレットさん、考えを見抜いてらっしゃる。

「にゃっ、そうだったのにゃ。でもクリスチーナは嬉しいのにゃ。運が無いことも役に立ったってことなのにゃ」

 そうとも言えないことはない。馬鹿と鋏は使いよう、ってやつだな。

 それにしても天然キャラって前向きだよな。折れないもん。ある意味メンタル最強なのかも。

 で、右に行ったのだが、まだモンスターは出てきていない。それから二度、二又の分かれ道をクリスに選択させて進んだ。すると天井が高く広い空間に辿り着く。大きさは学校の体育館ぐらいで、魔法の火の玉が上部に幾つも現れ全体を明るく照らす。

「冒険者は来てないか。って行き止まりかよ。でも今までの経験からして隠し扉かトラップがあるとみた」

「はい、私もそう思います」

「にゃっ⁉ 足元に踏みたくなるような石があるのにゃ」

「それ絶対にトラップだろ。勝手に踏むなよ」

「三歩下がって座ってろ、バカ猫」

 スカーレットは眉間に皺を寄せて牙を剥き威嚇した。

「にゃん、スカーレットちゃん怖いのにゃ」

 そう言いながらクリスは後退るが二歩でコケて豪快に尻餅をつく。その時クリスのお尻の下からガコンという音がした。

 はいもうそれトラップゥゥゥゥゥゥッ‼ さっそくデカ尻で発動させちゃったよ。ホンとどこまでも裏切らずお約束だな。

「なにやっているバカ猫‼ あっ⁉」

 スカーレットは激怒してクリスに詰め寄ろうとした。だがクリスが発見した踏みたくなるような石を自分で踏んでしまい驚きの声を上げた。

 その石は見事にトラップで、ガコっと音がして地面に沈んだ。

 しっかり者のスカーレットさんまでもがまさかのイージーミス。どうやらクリスの天然ドジっ子スキルは伝染するようだ。まったくもって天才とは恐ろしい。

「あわわわわっ、あの、その、ご、ご主人……」

 スカーレットは思いがけない失態で、今にも泣きそうな顔で振り返りオドオドしている。

「スカーレットちゃんが踏んだらダメな石を踏んじゃったのにゃ。力一杯踏んじゃったのにゃ」

 クリスさん説明乙。大事なことなので二回言いました、ってか。

「う、うるさいうるさいうるさいっ‼ お前のせいだバカ猫‼」

 スカーレットは顔を真っ赤にして恥ずかしさを誤魔化すように吠えた。

 その時一番奥の左右の壁が激しく揺れ動きゆっくり横にスライドしていく。どうやら隠し扉のようだ。前にもあったが、こりゃモンスターが出てくるな。

「別にいいんだけどね。ホンといいんだけど、もう少し気を付けようよ」

 モンスタートラップだから問題ないけど、あまりにもお約束すぎる。テンション低くて疲れてる時なら精神的ダメージ大きいかも。

「申し訳ありません、ご主人。どうかお気のすむまでお仕置きしてください」

 スカーレットは半泣き状態で四つん這いになってマントを捲りお尻を突き出す。

 いやいやいやいや、今からモンスター出てくるとこ‼ なにやってんのもう。ちゃんとバトルしようぜ。緊張感なさすぎだ、このヘッポコパーリィーは。

「にゃん、お仕置きは全部クリスチーナが受けるのにゃ。それはクリスチーナの大事なお仕事なのにゃ」

 はいそこ黙りなさぁぁぁい。てかお仕置き受ける仕事ってなんだよ。そんなこと人に聞かれたら白い目で見られるだろ。どんだけ鬼畜なご主人様なんだよ。

 で、クリスはスカーレットの横で同じように四つん這いになり、叩いてくれと言わんばかりにデカ尻を突き出している。

 なんなのこの子たち、お仕置きがご褒美にしか思えないよ。それにまだハードル高すぎるプレイだっての。

「お仕置きは無し。ミスはバトルで挽回しようぜ。さあ来るぞ、集中しろ。あとクリスは後ろに下がってろ」

「御意」

「はいなのにゃ」

 スカーレットは気持ちを切り替えすぐに立ち上がり、愛用のロングナイフを魔法の道具袋から取り出して構えた。流石に戦い慣れている。

 クリスは元気なく残念そうに言って後ろへと下がった。この変態ドM奴隷は前のご主人様に調教され過ぎだっての。ちょっとジェラシー感じるじゃねぇかよ。

 既に隠し扉は全開しており、ぞろぞろとゴブリンの群れが扉の中から現れる。

「んっ⁉ 前に見たのと色が違う」

 現れたゴブリンは身長100センチぐらいで尖った鼻と耳、目は赤く狂気的で全身が緑色のスタンダードタイプだ。体は小さいが手足には鋭い爪があるため注意しないといけない。

 扉から出てきたゴブリンは20匹ってとこだな。じりじりと間合いを詰め今にも飛び掛かってきそうだ。

 こっちも既に刃渡り30センチあるダガーナイフを抜いて戦闘態勢は整っている。

「ご主人、このゴブリンは一番低級の弱い奴らで、攻撃は噛み付きか爪で引っ掻くかです。スピードもパワーもないので一気に殲滅しましょう」

「了解。じゃあ戦闘開始だ」

 言うと同時に動き先制したのはゴブリンの方だった。だがスカーレットは猛然とダッシュし、手前にいたゴブリンを切り裂いた。

 早い、流石レベル20だ。低級相手だし圧倒的だ。こりゃトロトロしてたら全部スカーレットが倒してしまう。気合い入れて頑張らねば。

 ライフがゼロになるダメージを負ったゴブリンはその場で爆発するように、ボンっという音と白い煙をモクモクだし消滅した。すると煙の中から何かが地面に落ちる。

 目線をやり確認すると、それは一円玉より少し小さい感じの小銅貨だった。これは倒した時にゲットできる原料か。ならばこのゴブリン達は魔人か魔王が作った魔造モンスターだ。

 魔造は斬られても血を出さないし臓器とかもないと聞いている。実際にいま斬られた奴は出血していなかった。

 モンスター製造に様々な鉱石を使うのは知っていたが、金銀銅貨をそのまま使う場合もあるんだな。その方が俺としては有り難い。まさにゲーム感覚で一気にテンション上がる。

 全部がお金じゃないだろうし、小銅貨は一枚で百円程度だけど、倒せば目の前にチャリンチャリン落ちてくるならスゲー楽しい。

 とか考えてたら眼前にまで迫られ、ゴブリンが容赦なく襲い掛かってくる。

「おらっ‼」

 反射的にナイフを振り下ろす。実力というより偶然直撃し、ゴブリンは煙を出して消滅した。

 こいつら弱い、いくらでも倒せそう。面白くなってきたぜ。しかも煙の中から出てきたのはまた小銅貨だ。

 少し心配してたけど前にモンスターと戦った時と同じで、斬った感触を気持ち悪く思わないし嫌悪感もない。これなら普通に戦っていける。

 ははっ、超ヤベぇぇぇ、ゴブリンが金に見えてきた。こうなったらもう、狩って狩って狩りまくりのゴブリン祭りじゃい‼

「おわっ⁉」

 また考え事してたら先制されてしまった。ゴブリンがジャンプして襲い掛かり胸元辺りに爪を振り下ろす。

 しかしスピードが遅いので難なく反応し、俺のナイフが先にゴブリンを切り裂く。そして煙を出して消滅し、またも小銅貨を残した。

 危ない危ない、テンション上がりすぎだっての。力が弱くても首をやられたら致命的なダメージを負ってしまう。素人なんだから気を付けねば。

 って今更だが、冒険に来てるのにポーションとか薬草みたいな回復系のアイテム持ってくるの忘れてるじゃん。スーパーウルトラミスだろ。自分が超人だから基本をつい忘れてしまった。しっかり者のスカーレットが持ってることを願おう。いやきっと持ってるね、持ってるに違いない。だってできる子だもの。

 スカーレットの方を見ると既に十匹は倒している。美人で強いとか素晴らしいね、我が家の忠犬は。

「よし、俺も本気だすか」

 テンションが上がってる状態で深く考えず、全身に力を入れて踏ん張りダッシュするように前進しようとした。すると足元の地面が軽く陥没した。

 えっ⁉ マジかよ。今のでパワー出しすぎなのか。力加減がどんどん難しくなる。

 動きを止めず流れのまま踏み込み眼前のゴブリンを斬った。当然のように一撃でゴブリンは消滅したが、斬撃が衝撃波のように飛んでいき、後ろにいたゴブリン達を数メートル吹き飛ばす。

 軽く振ったつもりだけど凄いパワーが出た。危ないぞこれ。前にスカーレットが居なくて良かった。

 しかし軽く振って衝撃波出せるなら、速攻魔法みたいに使えるじゃん。バトルのバリエーションも広がる。

 この後は一気に低級のゴブリン達を斬りまくり殲滅した。と言っても、ほとんどスカーレットが倒したけどね。

「ふぅ〜、なんとか無事にファーストバトル終わったな」

「はい。お疲れ様でした、ご主人」

 スカーレットは尻尾をブンブン振って、褒めてほしそうな顔でこっちを見ている。

「スカーレットは凄いなぁ、よくやった」

 仕方がないから褒めて頭を撫でてやった。すると気の抜けた幸せそうな顔をして、泥酔したようにフニャフニャした感じになった。

「凄いのにゃ。あっという間だったにゃ」

 バトル中はクリスのこと忘れてたけど、どうやら我が家の猫は無傷のようだ。

「クリス、ゴブリンを倒した時に出た原料がいっぱいあるだろ、それ全部拾い集めてくれ。これから原料集めはお前の仕事だぞ」

「はいにゃ、お任せなのにゃ」

 そだ、商人レベルを確認してみよう。ステイタスがどこまで上がるか楽しみだ。なんと言ってもゴブリン20匹分だからな。最低でもレベル一つぐらいは上がるだろ。

 ステイタスを確認したら、なんと一気に3まで上がっている。経験値をスカーレットと半分に分けているが、低レベルの間は簡単に上がるようだ。

 でも商人のステイタスにはガッカリする。レベル上がってもただの村人Aのままだし。HPもMPもそのままで身体能力もほぼ変わらない。まさかここまで普通とはな。そりゃ誰も商人で冒険者しないわけだ。

 ただそれなら商人スキルの鑑定眼は使えるようになったのでは、と思ったが、まだちゃんと発動しない。

 まあ今はこれでいい。とにかくバトルで簡単にレベル上げができる事が分かったのが大きい。

「ご主人様、全部集めてきたのにゃ」

「ご苦労さん」

 クリスが拾い集めた原料は、運がいい事に全て小銅貨だった。やったね、このまま使える。20枚だから二千円ゲットだ。

「クリス、道具袋預けるから腰に巻いておけ。それで拾った原料は中にどんどん入れていこう」

「はいにゃ。お任せなのにゃ」

 ただの雑用だが、自分のやるべき仕事が見付かってクリスは凄く嬉しそうだ。こういう時に素直に表情や動きに出すのが半獣人の可愛いところなんだよな。

「しっかしテンション上がるなぁ。もう少し強い奴らなら、金貨とか宝石も出るんだよな」

「はい、普通に現れます。原料は本当に様々で、銀食器や金の置物、時には珍しい武器や魔道具の場合もあります」

「それそれ、楽しみなのは。ボスクラスの魔造モンスター倒せば伝説の武具が手に入る、みたいなの超燃える」

 さーてと、強いモンスター求めてガンガン行くぜ。

「ご主人、ゴブリンが出てきた扉ですが、左右ともに通路があります」

「クリス、どっちだ」

「左がいいのにゃ」

 ということでモンスターが居るだろう左へ進んだ。すると五十メートルほど歩いただけで、また先程と同じぐらいの広い空間に出た。

「おっと、今回はいきなり敵いるじゃん。しかも強そうだ」

 広い空間の真ん中あたりに冒険者を待ち構えるようにモンスターが仁王立ちしていた。

 そいつは体毛の無い緑色の体で身長は二メートル、ボディービルダーのようにゴリゴリのマッチョだ。特に上半身が異常に大きく腕が太い。顔はゴブリンと似ていて鼻と耳が大きくて尖り、瞳は赤く狂気的に光っている。服は着ていないが獣の皮のような物を腰に巻いている。手には大きくて重そうなハンマーを持っていた。

 マジで破壊力ありそうなハンマーだ。レベルの低い冒険者なら一撃で終わりそう。

「ご主人、あれはトロールです。とても力の強いモンスターなので、接近戦は注意が必要です」

「パワー系か、まあ俺も自信あるけどな。スカーレット、ここは任せろ」

「御意」

 超人パワーを見て知っているからか、スカーレットは素直に従い後退した。

 先に動いたのはトロールだった。怖い顔でこっち見てるなと思ったら透かさず突っ込んでくる。しかしスピードは遅い。逃げようと思えば普通に逃げられそうだ。

「それじゃあ力くらべといきますか」

 ダガーナイフを鞘に戻し格闘勝負を選択した。一応は理由があってのことだ。自分の超人パワーが完全にチートなのは分かってるけど、バトルで防御力がどれだけ上がってるか試しておきたい。だからパワー系のトロール相手は都合がいい。

 トロールは一直線に間合いを詰めると片手で軽々と大きなハンマーを頭上まで振り上げる。

 トロールの体、特に上半身と腕は近付くと半端なくデカく見える。自分が普通の人間だったらと思うと超怖い。

 トロールは容赦なく脳天目掛けてハンマーを振り下ろす。

 速さが凡人でもこれだけ動作が大きければ回避はできる。だが、あえて躱さないし反撃もしない。防御力が超人かどうかここでこの瞬間に試す。

 普通の奴らが見たら正気の沙汰ではないだろうが、全身に力を入れて踏ん張り、迫りくるハンマーを左手の手首から肘までの前腕で受け止め防御する。

 ハンマーと腕が激突すると強烈な打撃音が轟き、ちょっとした痛みとともに衝撃が全身に広がる。その衝撃は地面にも流れひびが入っていた。

 ビビりのはずなのに不思議と恐怖を感じなかった。超人パワーを使い慣れて自信があるからだろうけど、流石に無茶な方法だった。少しズレたら顔面直撃だし。そう考えると今更だが怖くなってきたかも。

「ははっ、なんともないぞ」

 ステイタスでHPを確認してもまったく減ってない。商人になっても超人ボディーは健在。よし、実験終了。ここからは反撃だ。

 軽く右の拳を握り眼前のトロールの腹にパンチを入れる。するとトロールの体がくの字に曲がり後方へ吹き飛び、地面に落ちる前に爆発するようにモクモクと煙を出し消滅した。

「なるほど、今のでも力入れ過ぎか」

 バトルでテンション上がってるから微妙な力加減が難しい。

「あっ⁉ ハンマーそのままじゃん」

 トロールハンマーが消滅せずに残っている。これって戦利品として貰っていいんだよね。職業戦士で体のデカい人になら売れるでしょ。熔かして原料にしてもいいし。

「あの一撃を軽々受け止めるとは、流石です、ご主人」

「本当にご主人様は凄いのにゃ。あとコレ、拾ってきたのにゃ」

「それトロールの原料か。やった、またお金じゃん」

 クリスが持っているのは百円玉程度の大きさの中銅貨二枚だ。一枚が千円ぐらいだから二千円ゲットだ。

 トロール結構凄いぞ、ゴブリン20匹分だからな。もしかして低レベル冒険者には強敵だったのかも。

 てかこのダンジョンのモンスター造った奴、原料を集めるの面倒臭いから簡単に手に入る硬貨を使ってるんじゃないの。

「クリス、これからは原料だけでなくモンスターが残した武器とかも回収するぞ」

「はいにゃ。お任せなのにゃ」

 ハンマーは重くてクリスには持てないので俺が拾って、今はクリスの腰に装備している魔法の道具袋に入れた。このハンマーのように凄く大きくても魔法の力で収縮して吸い込んで収納するからホンと便利だ。

 とりあえずトロールを倒したのでステイタス確認だ。もう期待はしてないけど。

 おっ、レベルがまた一つ上がってる。これで商人レベル4だ。もうスキルの鑑定眼使えるかも、と思ったが、スカーレットのロングナイフを見ても発動はしていない。まだまだ修行がたりないようだ。

 その時、何者かの強い気配を感じ奥へとつながる通路に目をやる。するとトロールらしきモンスターが一匹現れた。

 さっきの奴とは少し違う。このトロールは気配とかオーラ的ものが俺TUEEEって主張している感じだ。

 体の色は濃い緑で、肩や胸、腕など上半身に軽装備の鎧を纏っている。下半身も獣の皮の腰巻ではなく、昭和のプロレスラーが穿いてたような黒パンツ姿だ。手にはゲットしたのと同じハンマーを持っている。

 今度の奴は確実にレベルが上だ。ただプレッシャーは感じない。この世界に来てから勝手にどんどん強くなっているから、危機感知能力がおかしいのかも。

 ここは気を引き締めていかねば、油断大敵だ。調子に乗って魔王のところまで行って予想以上に強くてフルボッコ食らうって、ゲームではテンプレだからな。俺はそんな馬鹿な真似はしないぜ。まずは地に足付けて商売とレベル上げだ。って、ついさっきバカな実験やったばかりだけど。

「ご主人、あれはハイトロールです。物凄く強いわけではありませんが、初心者ダンジョンに出るモンスターではないはずです」

「それほど奥に来てないし、このダンジョンで何か異変が起こってるのかもな」

 サクラ情報ではここが怪しいと言っていた。原料が硬貨のモンスターって、誘拐されたロイ・グリンウェルが造ってたりして。先のこと考えたら嫌な予感で胸がざわざわする。

「こいつも俺がやる」

 そう言って前に出るとハイトロールは怒れる闘牛の如く突進してくる。二メートルのマッチョのくせに動きが速い。

 あっという間に眼前に迫ったハイトロールは素早くハンマーを振り上げ、ロックオンした脳天に容赦なく打ち下ろす。

 さっきのトロールとスピードは違うが同じ動きだったので、先読みして素早く後方へと回避した。

 凄まじい勢いで打ち下ろされたハンマーは空を叩き地面に激突した。すると轟音とともに地震のように空間が揺れ、大きく足元を陥没させた。

 スゲーパワーだ。地面が月のクレーターみたいになってる。上級冒険者でも直撃受けたらヤバいかも。

 さてどうするか、ナイフを抜くかパンチでいくか迷うところだ。まあ剣術も格闘も素人なんだから、どっちでも同じかな。

 攻撃コマンドを決めかねていたらハイトロールは空気を読まず突撃してくる。しかもさっきより踏み込みが速い。だがまた同じように眼前でハンマーを大きく振り上げた。

 舐めているのか攻撃パターンが少ないのかは分からないが、単調だったので思わず正面にいるハイトロールの腹にパンチを入れた。たぶんノーマルを倒した時より強めに。するとまさかの状況になった。パンチの威力が強すぎて、ハイトロールの胴体が大穴が開いたように吹き飛び、その後に煙を出し消滅した。

「あれ? 簡単に倒しちゃったなぁ。もっと強いかと思ったけど」

 雰囲気だけの見掛け倒しだよ、あまりにも手ごたえがなさすぎる。

「ハイトロールは防御力も高くそれなりに強いはずです。簡単に倒せたのは、ご主人の強さが遥か上をいっていたからです」

「ご主人様は凄いのにゃ。お忍びだけど伝説の勇者なのにゃ」

 そういえば、そんなおもしろ設定を口にしたことがあった。おバカなのに変なことはちゃんと覚えてるな、我が家の猫は。

 それにしても超人パワーがどんどん鬼畜なことになってる。本当に気を付けないと誰かを巻き込んでしまう。特訓が必要かもしれない。

「ご主人様、戦利品を持ってきたのにゃ」

「あっ⁉ やった銀貨じゃん。やっぱあいつ強かったんだな」

 ハイトロールが残した原料は銀貨一枚だった。一万円ぐらいの価値だからトロールの五倍だ。こりゃ思ってたよりサクサクと大金稼げそう。

 ここでステイタスを確認すると四つも上がっておりレベル8になっている。ハイトロールの原料と経験値スゲーよ。ゴブリンみたいに群れでいてほしい。

 レベル上げは一日にして成らず、って思ってたけど超人には関係ない。地道に努力することの大切さを忘れてしまいそうだ。

 まあハイトロールが低レベル冒険者には本当に強敵ってことだな。恐らくパーティーで取り囲んで戦う相手だ。

 でもレベルは上がったけど身体能力はほぼ変わらない。しかしついにスキルの鑑定眼が使えるようになった。

 まずはハイトロールが残したハンマーを拾い鑑定眼で見る。


 【販売価格・?】

 【買取価格・中銅貨二枚〜三枚】

 《魔力・特殊能力なし・ノーマルタイプ》


 ステイタス画面から確認できる、これは便利だ。レベルが上がればもっと詳しい情報が分かるようになる。職業商人がやっと楽しくなってきた。

 しかしトロールのハンマーがそこそこ高く売れるのが驚きだ。ただ問題なのは需要と供給なんだよ。デカい武器を使う目立ちたがりの戦士が多くいないと売れないもんね。

 あと販売価格が不明なのは店によって値段が違うからだと思う。人間が造った商品じゃないし、定価がないから値段は自由ってことでしょ。

 因みにスカーレットのロングナイフは販売価格が金貨二枚、買取は金貨一枚だ。けっこういい武器持ってるなって思った。だって俺のダガーナイフ、販売は銀貨一枚、買取は銅貨一枚だし。まあ拾ったものだけどさ。

 ハンマーに限らずモンスターの武器をゲットできるわけだし、値段が分かるようになったいまバトルが更に楽しくなる。

 売買できない時は自分で使うか物々交換、それか誰かにあげても捨ててもいい。どうせタダだし。

「スカーレットも経験値入ってるだろ。レベルは上がったか?」

「いえ、残念ながらそのままです」

「そっか、レベル20だし、その辺りからは簡単には上がらないよな」

 商人レベルが一気に上がるのもそろそろ終わりかも。

「よし、更に強いモンスターを探しにもっと奥まで行くぞ」

「はいにゃー‼ 魔王と戦うのにゃ」

「魔王が相手でもご主人なら勝てるかと」

「はははっ……」

 やだもうこの子たち、おバカすぎる。本当に分かって言ってんのかな。てかツッコミ入れませんからね。

「あの、ご主人、少し前から後ろに気配を感じるのですが、どうしましょう」

「なにっ⁉ まさかアンジェリカか⁉」

 後方を確認すると何者かが岩陰に隠れているのが分かった。

「あれは……」

「匂いからしてあのエルフではありません」

「そだね。っていうか色々見えてるね」

 もう一目で誰か分かるよ。物凄くデカい盾が丸見えなんすけど。関わり合いになりたくないのに、何故お前がそこにいるんだよ。ただ最悪の方じゃないから良しとするけど。

「なに隠れてんの、出てきたら。漆黒の魔剣使いさん」

 声をかけると岩陰から例の二つ名の男が現れる。

 近くで見るとこの人ほんと主人公級の金髪イケメンだな。しかも身長190はあるし黒い全身鎧や盾もカッコいい。有名な二つ名だしチートな主人公補正あるんじゃないの。

「そ、その……」

 二つ名は何やらモジモジしている。よく分からないけど面倒臭そう。

「ご主人、この御方はご主人とお友達になりたいのでは」

「ははっ、真顔で何言ってんだよ。面白過ぎるだろそれ」

 思わず笑ってしまったが、二つ名を見るとまんざらでもない顔をしている。やっぱ俺には何か変な奴を引き付ける特殊能力があるのかも。怖いからそんな能力いらないんですけど。

「あの、君って凄く強いんだね、驚いたよ。あんな風に素手でハイトロールを倒す人なんて初めて見た。しかも一撃だし」

「たまたま運が良かっただけですよ」

「あれが運……おもしろい言い方をするね。職業はモンクか武闘家アルティメットファイターかな。それとも新しい職業のデストロイヤーとか」

「え〜っと、それは秘密です」

 何そのデストロイヤーって、そんな職業あったんだ。超強そう。

「じゃあ名前は?」

「アキト様なのにゃ」

「こらこら、勝手に言うんじゃないよ。仮面つけてる意味ないだろ」

「バカ猫、ご主人に迷惑をかけるな」

「うううっ、ごめんなさいなのにゃ。クリスチーナはダメな子なので、お仕置き受けますのにゃ」

 クリスは半泣き状態で透かさず四つん這いになりお尻を突き出す。

「知らない人の前でお尻を出すんじゃないよ。俺が変だと思われるだろ」

 我が家の天然猫娘は自分の名前も簡単に言っちゃったよ。

 まあクリスの場合は問題ないか。この世界の人間は半獣人奴隷の事なんか気にもしないし名前も憶えないだろうから。

「そうか、秘密か。なら聞かなかったことにする。で、どう呼べばいいかな。因みに私の名はレオンだ」

 名前までカッコいいぜ。それよりこの流れ、仲良くなる感じなんですけど。ダッシュで逃げようかな。

「呼び方……」

 考えてなかったけど、あだ名とかでいいのかな。って引きこもりでリアル友達いなかった俺にあだ名なんてないじゃん。なんという悲劇。悲しすぎるぜ。

「名前も職業も秘密とは、訳ありのようだね」

「訳ありなのにゃ。ご主人様はお忍びの勇者なのにゃ」

 こらこらこらこら、口が軽いんだよこの天然星人は。

「だから個人情報を漏らすんじゃないよ」

 しかも誤報だし‼

「にゃっ⁉ またやっちゃったのにゃ」

「いい加減にしろバカ猫‼」

 スカーレットはクリスのお尻に噛み付きお仕置きした。もうこの流れ何回目だろう、既にテンプレだ。

「勇者……どうりで強いわけだ。ならば勇者殿と呼ばせてもらおう」

 どうすんだよこれ、もう完全に信じちゃったよ。冗談なんですけど。

 天然おバカキャラに不用意に勇者とか言ったのがイージーミスだ。

「いや、その呼び方はちょっと。というより絶対にやめてほしいかな。あっ、そうだ、アッキーって呼んでくれればいいです」

「アッキーか、分かった。これから勇者殿のことはそう呼ぶとしよう」

 思わず出たけど、ゲームやる時の名前なんだよな。まあ、あだ名っぽいしいいか。

「それよりアッキー、このダンジョンおかしくないかな。確か初心者専用と聞いてたんだが」

「最近変わったみたいですよ」

 二つ名の冒険者が初心者ダンジョンに何しに来たんだろ、謎すぎる。

「そうなんだ、知らなかったよ。トロールでも驚いたのに、まさかハイトロールが出るなんて」

「驚く? 何か問題ありましたっけ。二つ名の魔剣使いなら簡単に倒せるでしょ」

「えっ、あぁ、まあね」

 なんだろうレオンのこの態度は。オドオドというかソワソワというか、よく分からないな。でもレオンの表情とか態度って漫画とかアニメで見たことある。隠し事とか嘘をついている奴がバレそうになって緊張している感じだ。

「あのさぁ、私も君たちについて行っていいかな。じゃ、邪魔はしないから。本当に後ろで見てるだけだから」

「さっき入口辺りで偶然聞いたんだけど、誰とも組まないって言ってたよね」

「そ、そうだったかなぁ、聞き間違いじゃないかな」

 なにこれ面白い。スゲー焦ってるよ、汗かきすぎだろ。分かりやすい人だ。こういう性格の人って優しくていい人なんだよな。

「レオンさん何か隠してるよね。話すなら考えるよ」

「……わ、分かった。勇者殿になら全てを話せる。でも秘密にしてくれるかな」

「勿論です」

 しまった、またしてもウルトライージーミス‼ 自分から聞いてどうすんだよ。もうお約束の面倒臭そうなの始まったよ。

「実は二つ名などで呼ばれているが、私は全然強くないんだ。一度たりとも強いモンスターと戦ったこともない」

 これって、運がいいのか悪いのか分からない勘違い系のよくあるパターンかな。

「弱そうには見えないけど。凄い装備だし、その魔剣も本物でしょ」

「あぁ、本物だ。でもこんなのお金を出せば誰でも買えるから」

 はい出た金持ち思考。それだけの重装備だもの、そりゃ持ってるよね。

「鎧とか盾はそうだとしても、魔剣だよ魔剣。使いこなすにはそれなりの実力がいるでしょ」

「そんな事はない、これは低級の名もない魔剣だから。とにかくお金でどうにかなるんだよ」

 そんなにセレブなのかよ。まったくもって羨ましい。

 しかし魔剣って簡単に買えるし使えるんだな。ちょっとレオンの装備を鑑定眼で見てみよう。

 だが残念なことに今のスキルレベルではレオンの装備は不明としかでない。恐らくトンでもなく高価だ。

 話からしてレオンって超お金持ちのお坊ちゃまなんじゃね。

「私は凄く臆病というか、慎重な性格なんだ。だからまずは防御重視で装備を強化していた。だがそのせいで凄く目立ってしまって、いつも上級者と勘違いされてしまうんだ」

 レオンは温厚で気弱そうな性格みたいだし、オドオドしてる間に周りが勝手に騒いで最後まで否定できなかった、って感じだな。しかも主人公風のイケメンだし、勘違いする奴らの気持ちもわかる。

 でもこの違和感は何だろう。装備とか関係なく弱そうに見えない。職業に何か秘密があるのかな。

「レオンさんって魔剣持ってるけど職業は剣士なの、それとも戦士?」

 まさかレベル99まで極めて二つ目の職業ってことはないよね。

「私はずっと戦士だよ」

 ですよねぇ。装備見れば聞くまでもなかった。

 因みに剣士は剣技を極める者で剣の特別なスキルが使え、バランスよくステイタスが上がる。戦士はパワーと防御力が上がり、剣や槍、斧に棍棒などパワー系の武器が使い熟せビッグシールドも片手で扱える。ヘビーアーマーとかプレートアーマーみたいな全身鎧も装備可能だ。ただ武器ごとの特別な大技などは使えない。

 となると、気になるのはレベルだよな。

「戦士のレベルってどこまで上がってますか?」

「30だけど」

「えっ、30⁉ それ凄いじゃないですか。全然弱くないでしょ。胸張って上級の冒険者だと名乗っていいレベルですよ」

 違和感はレベルのせいだったんだ。レベル30の戦士でこのフル装備なら一人でステージボスと戦えそうじゃん。

「いや、違うんだ。レベルなんて関係ないよ。先に言ったじゃないか、私は強いモンスターと戦ったことはないと。そんな臆病者を上級の冒険者とはいわないよ」

「でもレベルが証明しているじゃないですか。伊達じゃないでしょ、レベル30の戦士は」

 レベル30だぜ、上級モンスターを狩りまくらないとそこまで上がらないだろ。何か裏技があるのなら別だけど。

「私は……本当に本当に慎重な性格なんだ。基本的に低級モンスターのスライムやゴブリンとしか戦ってない。強いモンスターが出る時もあるけど、いつも運よく逃げられるんだ」

「んっ⁉ ってことは、ザコだけでレベル30まで上げたってこと?」

「ま、まあ、そうなるかな」

「マジですか……それ」

 超絶スゲーー、凄すぎる‼ こいつ天才だ。本物の努力の天才。っていうか変態だろ。低級モンスターどんだけ狩ったんだよ。狩られた奴らがかわいそうに思えてくるよ。

 てか初心者冒険者のために低級モンスターは残しておけよバカヤローが。お前の近くにいた初心者の奴ら困ってたんじゃないの。そもそもなんでそこまで臆病な奴が冒険者やってんだよ、村人やれ村人。その地道さがあれば冒険者以外ならなんでも成功するだろ。

「ご主人、世の中は広いですね。このような冒険者がいるとは」

「凄いのにゃ。なんだかよく分からないけどレオン様は凄いのにゃ」

「あの、アッキー、私はいま半獣人に褒められているのかけなされているのかどっちなんだろ」

「素直に褒めているんですよ。ある意味、本当に凄いですからね」

「そう、ならいいけど」

「レオンさんの性格からして冒険者に向いてないと思うけど、なんで冒険者やってるんですか? そのうち死ぬかもしれませんよ」

「それは……すまない、秘密だ。まあくだらない理由だから気にしないでくれ」

 そう言った時のレオンの顔は深刻そうだった。その訳ありは絶対に面倒臭い事だから、これ以上は聞かずにおこう。

「分かりました、もう訊きません」

「えっ、聞かないの……」

 レオンは残念そうな顔をして小声で言った。

 って聞いて欲しいのかよ、面倒くさいなぁもう。理由に関してはスルーが得策だ。このまま話を変えて放置してやる。

「でも装備が凄いとかそれだけの勘違いでは二つ名の冒険者までにはならないよね。どういう経緯でここまで成り上がったの」

 とか聞いてはいるが想像はつく。俺のこれまでの旅が関係してそうなんだよな。

 ここでクリスとスカーレットに余計なことは喋るな、と耳打ちする。

「冒険者になってからずっとそうなんだけど、何かあるたびに関係ないのに私の手柄になるんだ。特にモンスター討伐などは」

「ははっ、やっぱそのパターンか。誰かが強いモンスターを倒した時にたまたま側にいて、周りにいた他の冒険者が勘違いした、ってことね」

「流石勇者殿、いやアッキー、話が早い。その通りなんだ」

 アニメとかマンガ好きの日本人なら誰でもわかる、それテンプレすぎるから。ただそのイケメンぶりと装備なら勘違いもするぜ。

 本当にこんな面白いラッキーマンいるんだな。やはりファンタジー世界の住人は侮れない。

「最近は勘違いが特に酷くて困ってるんだ。北のジャングルで上級モンスターが倒されたときも、たまたま近くにいて私が倒したことになってるし、その後の砂漠の盗賊も、サンドブールの町に居ただけなのに、やはり私が退治したことになってる」

 クリスはポカンとしていたが、俺とスカーレットは何も言わず目だけ合わせた。

 うん、間違いなくそれやったの俺だね。ややこしくなるから絶対に言わないでおこう。

「本当にどうなっているんだろう」

 レオンは困惑した表情で言った。可哀想に、こういうのって自分じゃどうにもできないからな。しかも性格が真面目だからその状況を利用して楽しめない。

「まあ今更違うとは言えないよね。ご愁傷様です」

 きっとそういう星のもとに生まれているんだろうな。宿命とか運命ってやつだ。諦めるしかない。

「それで、その、アッキー、先程の答えは……」

「あぁ、一緒に行動するってやつね」

 想定外の強いモンスターが出るから一人で帰るのが怖いんだな。

「レベル30なら戦えば強いってことだし、一人で大丈夫でしょ」

「いや、そんな事はない‼」

「逃げ運もあるんでしょ」

「それはこれまでの事で、次は逃げられないかもしれない‼」

 おいおい、語尾にキリッが聞こえるぐらい、はっきりと情けないことを清々しく言いきったな。ある意味男らしいぜ。

「俺たちもっと奥に行ってからしか帰らないけど、それでいいなら一緒に来たら」

 そう言ったらスカーレットが嫌そうな顔をした。足手まといが増えるんだしスカーレットにしたら当然だな。

「ありがとうアッキー、同行させてもらうよ」

 変なオマケが付いてしまったが、何かあったら守らなきゃならないのか。考えただけで疲れるなぁ。俺の方が素人なのに。

 いやまあ展開によっては別に途中で捨てていっても問題ないよな、遊びに来てるんじゃないんだから。冒険バトルは命懸けだし、ここに居る以上は死ぬことも覚悟の上のはずだ。

「それじゃあ気を取り直していきますか」

「はいにゃ」

 クリスは元気に返事したがスカーレットは近付いてきて、なにやら小声で話しはじめた。

「ご主人、実はもう一人、後方に居るようです。気配の絶ち方からしてかなりのつわものかと」

「えぇ〜、まだ居るのぉ」

 もうヤダこのパターン。変な人はいりませんよ。お腹いっぱいだからね。

「例のあの人じゃないだろうな」

「匂いからして違うと思います」

「それならまだいいけど」

 考えてみればあのかまってちゃんの暴君エルフが、いつまでも隠れているわけないよな。

「少し距離はありますがどうしましょう。悪い気配はしませんが」

 隠れているってことは、俺たちかレオンを監視しているのか?

「殺気とかないなら放置していいんじゃないの」

 なんて誰が言うか‼ 意表を突いて猛ダッシュし、さっき通ってきた通路に戻る。

「こっちから行ってやんよ」

 後に回すと凄く疲れそうなので、面倒ついでに誰か知らないけど正体暴いてやる。

 だが通路を数十メートルほど戻っても誰もいない。逃げられたか。

「気配は完全に絶っていますが、まだ近くに居ると思います」

 俺の動きに合わせてダッシュし、すぐ後ろに居たスカーレットが言う。

「おおぉぉぉいっ‼ 居るの分かってるぞ、分かってるんだからな、お前が誰かも全て分かってるぞ、逃げても無駄だ、出てこいコノヤロー、何もかもお見通しなんだよ‼」

 通路の奥に向けて大声で言った。恐らく聞こえているはずだ。

 言ったことは嘘だけども、これで自分の存在がバレているのが分かっただろうし、しばらくは近付いてこないだろう。

「ご主人、私が仕留めてきましょうか」

「いやいいよ。それより先に進もう」

「御意」

「はいにゃー」

 出遅れていま追いついたクリスがタイミングよく返事した。ホンと可愛いだけで冒険には役に立たないよ。

 クリスに女神の祝福で職業を与えたら少しは変わるのかな。いまいち想像できないし、どの職業が合うのかも分からない。

 しかしもっと役に立たないかもしれないのがレオンだ。今やっと追いついてきた。

「なっ、なにかあったのか、アッキー」

「いや、勘違いだったみたい」

 それから俺たちは強いモンスターを求め更に奥へと通路を進む。するとすぐに下層へと続く階段があり用心しながら下りた。

「ご主人、奇跡ですね」

「あぁ、奇跡だな」

「にゃん?」

 クリスとレオンは会話の意味が分からずポカンとしてたが、本当に奇跡だ。だってこの階段、けっこうな長さだったよ。なのに何事もなく下りきれたんだぜ。これを奇跡と呼ばずになんという。こっちはトラップ発動すると思って一段目から心の準備してたからね。

 だがしか〜し、そんな奇跡が続かないことを俺は知っている。さあバッチこいやトラップ。どんなお約束でも跳ね返してやるぜ。

「にゃん? この壁に押したくなるようなでっぱりがあるのにゃ」

 おっ、さっそくドジっ子スキル発動ですかクリスさん。ってそれ絶対に押すなよ。

「はははっ、そんなの罠に決まっているだろ。触るんじゃないぞ」

 レオンはイケメン特有のキラキラオーラを放出しながら爽やかなスマイルを見せて言った。

 実際にはオーラなんて見えないが、ひがみのせいかはっきり見える気がするんだよ、少女漫画のイケメンが背景に纏う煌びやかな効果が。

「こっちの壁のでっぱりだが、これはいかにも罠に見えるが実はそうではないのだ」

「凄いのにゃ。見ただけで分かるなんて天才なのにゃ。レオン様はベテラン冒険者なのにゃ」

 我が家の猫はなかなかにおだて上手だ。レオンは褒められて嬉しそうな顔してやがる。

「まあ見ていなさい」

 レオンはドヤ顔で壁のでっぱりを押して見せた。

 おいおい大丈夫かよ、と思った瞬間、そのでっぱりはガコンっと音を出し押し込まれる。

「えっ⁉」

 レオンは鳩が豆鉄砲を食ったように、きょとんとして俺の方を見た。

 って「えっ」じゃねぇよ。やっちゃうのお前かぁぁぁいっ‼ もう一人ドジっ子いたぁぁぁぁぁっ‼

 なんなのこいつら、どんな思考してんだよ。ホンと天才って理解不能だよ。

「グラグラ揺れてきたんですけど。確実にトラップ発動したんですけど」

 お約束すぎるだろコノヤローが。どっちにしても覚悟してたからいいんだけど、これはヤバめのやつがきそうな予感。

 それにしてもレオンは、これでここまで生き抜いてきたとはな。どんな冒険をしてきたんだろ。自叙伝が出たらマジで買って読むよ。

「アッキー、どうしよう」

「これもうどうにもならないやつでしょ」

「にゃははははっ、レオン様は面白いのにゃ」

「そ、そこの猫、わ、笑うな‼」

 レオンは顔を真っ赤にして大きな盾ごと腕をバタバタさせた。その照れ隠しの動き面白いけど今はそれどころじゃない。

 このトラップ地震みたいに揺れているけど何が起こるんだ。間があるのが気味悪い。

「アッキー、なぜ君はそんなに普通なんだ、怖くないのかい?」

「いやまあ、普通に焦ってますよ」

 砂漠のダンジョンがトラップ地獄だったし、それで慣れたから平然としてるように見えるのかも。

 それよりレオンさん焦りすぎの汗かきすぎ。自分でトラップ発動させといて、どんだけビビってんだよ。なんか腹立ってきた。

「ご主人、奥の方から凄い地響きが」

「この揺れと音、巨大な扉が開いた、そんな感じだな。上級の強いモンスター来るんじゃないの」

 間違いなく何かが襲ってくる。正面からのプレッシャー半端ないぜ。

 通路全体が揺れ、壁の岩が削られるような音が迫ってくる。もしかして巨大モンスターなのかも。

「クリス、ちょっとこっちへ」

「はいにゃ」

 クリスに持たせている魔法の道具袋から、ゲットしたトロールハンマーを一本取り出した。迫ってくるモンスターが巨大なら、ナイフよりハンマーの方が戦いやすいはずだ。

 右手で大きなハンマーを持ち、何度か素振りしてみる。本当なら凄く重くて扱えないだろうが、超人の俺にとっては剣道の竹刀程度だ。

「よし、これ使える」

「す、凄い力だね。そのハンマーを片手で軽々と扱うなんて」

「えっ、別に軽々ってわけじゃないですよ。普通に重いかな……」

 あまり超人パワーを見せない方がいいんだが、そんなこと言っている場合じゃないよね。今は仮面で顔を隠しているから良しとしよう。

「うわっ、でたっ⁉」

 通路の奥にモンスターの姿が見えた。やはりギガとかメガ系の巨大モンスターだ。

「ご主人、あれはダンジョン・ワームです。でもあんなに巨大なものは見たことありません」

 そのワームは名前の通りミミズみたいな感じで通路を埋め尽くすほど巨大だ。

 ボディーは紫色で赤く光る丸い目が左右に三つずつあり、正面には大きく開いた口が見える。その口にはホホジロザメみたいな鋭い歯が剥き出していた。

 いくら超人でもあの歯に噛まれたら終わりだ。これは今までのように簡単にはいかないかも。ただ巨大モンスターを見ても恐怖で体が動かないなんてことはなく、不思議と冷静だ。

「大丈夫、俺がやる。三人とも階段の真ん中あたりまで逃げろ」

「御意」

「はいにゃ」

「お、お前たちは何故そんなに普通でいられるんだ。あれはどう見ても、上級かそれ以上のモンスターだぞ、おかしいだろ」

「ご主人が大丈夫と言ったら大丈夫なのです」

「レオン様、早く逃げるのにゃ」

 レオンは戸惑いと恐怖で少し体が固まったようだが、素直に命令に従い階段まで避難した。

 ワームはその巨体で壁を削りながら猛然と迫り眼前まで来た。こりゃ凄い迫力だ。鋭い歯とか関係なく丸飲みにされそう。この位置で戦ったら正面に口があるわけだし本当に食われてしまうかも。

 こいつの頭に一撃入れるには大ジャンプすればいいが天井が邪魔だ。ここは階段を利用しよう。

「さあついてこい」

 その場から階段まで猛ダッシュしたら作戦通りワームは追ってくる。階段を十段ほど駆け上がり透かさず方向転換した。

 ワームは階段のすぐ下まで迫っており、計算通り頭上に空間ができている。よし、このタイミングだ。

「一撃勝負だ‼」

 自分の方が高い位置からジャンプして巨大ワームの頭の辺りにハンマーを叩きこむ。

 逃げ場がないのでこの一撃で倒せなかったら食われてしまう。なので最大出力ではないが少し強めに叩いた。

 シリコーンゴムの塊を攻撃したようなグニャリという感触だが、同時に打撃特有の手応えもあった。その証拠にワームは断末魔の叫びをあげた。

 ワームの頭部は地面を陥没させてめり込み、すぐにボンっと爆発するようにモクモクと大量の煙を出して消滅した。

「ははっ、このハンマー気に入ったかも」

 売ってよし使ってよしだな。しかしトロールハンマーぐらいでこの威力なら魔剣とか使ったらどうなるんだろ。借りて使ってみようかな。

「お見事です、ご主人」

「ご主人様は凄いのにゃ。ここからはクリスチーナのお仕事なのにゃ」

 クリスはそう言った後にワームの原料を拾いに行った。偉いぞクリス、言われなくても仕事をするとは。

「す、凄すぎる。勇者の力がこれほどとは……」

 レオンは小刻みに震えながら俺を見て驚愕している。

 ちょっとやりすぎたか。やはり力を見せすぎると後で面倒だ。噂ってすぐ広がるし尾ひれがつくからな。

「レオンさん、俺の強さの事は秘密ですよ。誰にも言わないように」

「あ、あぁ……分かった」

 まだ放心状態なんだがそこまで驚くことなのかよ。上級冒険者の戦いはもっとトンでもなく派手なんじゃないの。攻撃魔法とか必殺技的な剣技があるわけだし。

「いくらなんでも驚きすぎですよ。レオンさんも一応はレベル30の戦士で魔剣使いなんだから、本気だしたら凄いはずでしょ」

「そうかなぁ。だといいんだけど」

 レオンは人が良さそうなのでペラペラ喋ったりはしないと思うけど、問題なのは後方で隠れている奴だ。何者か分からないけど、どうにかして撒けないものか。

「ご主人様、金貨三枚あったのにゃ」

「マジで⁉」

 やったね。あの程度で金貨三枚かよ。いきなり九万円ゲットだぜ‼ もっと出てきてくれ。てかトラップ発動させたレオンに感謝だな。ホンとグッジョブですよ。

 ただこれだけの額ってことは巨大ワームが上級ってことだよな。やはりこのダンジョンで何か悪巧みが起こってる可能性大だ。

 あまり関わり合いになりたくないけど、金になるなら今は有り難い。なんといっても貧乏だから。

「よしっ、テンション上がってきた。次だ次、どんどん狩りまくるぞ」

「御意」

「はいにゃー」

「…………」

 一人元気なく沈黙しているが、ハンマーを装備したままでワームが来た通路を奥へと進む。

「あっ、これさっきのでっぱりなのにゃ。レオン様が罠だから触るなと言ったけど、きっとこれは罠じゃないのにゃ」

 とクリスが言うのが後ろから聞こえ立ち止まった。さっき巨大ワームが通ってもトラップ発動しなかったわけだし大丈夫なのかな。

 まあいくらお約束製造機のクリスさんでも流石にそれ、お触りしないよね。俺もう振り向かないよ。信じてるから。

「そうかもしれないな。私の間違いを認めよう」

 ちょっとまてぇぇぇいっ、ミスして意気消沈なの分かるけど、そこ認めないとこでしょうが。

「両方とも罠ということもあるのでは」

 スカーレットさぁぁぁぁん、ナイスアシスト。頼りになるぜ。

「ふっ、分かってないな、これだから素人冒険者は困る」

 ちょっ、レオンさん何言ってんすか。もうついさっきの自分忘れちゃったの。記憶力をどこに落としてきたんだ。

「左右の壁の同じ場所に罠があるなどセオリーではない。よし猫、押してみろ」

「はいなのにゃ」

 やっぱそうきたか。信じた俺がバカだった。

 で、クリスがでっぱりを押すといつも通りのガコン音がして奥に押し込まれる。

「あっ⁉」×2

 あっ、じゃねぇよ、この天然ブラザーズが。責任取れないくせに何故押した。

 レオンがここまでおバカだったとは想定外だ。バカが二人もいたらグダグダすぎて手に負えないぜ。

 そしてトラップはすぐに発動し、いま下りてきた階段の上の方で何か巨大な物が落ちたような轟音がする。

「アッキーすまぬ、またしてもはめられた」

「って誰にだよ‼」

 天然って学習しない生き物なんだと改めて思い知ったよ。

 でだ、何が起きたかというと、階段から巨大な岩の玉が猛然と転がり落ちてくる。

 はいキタお約束ぅぅぅっ、これ前に何度も見た定番のやつぅぅぅっ‼

「ちょっ、アッキー、なぜ逃げないんだ⁉」

 レオンはビビッて逃げようとしているが、大きさ的に逃げるところなんてない。しかも転がるスピードも速いからすぐに追いつかれる。

「一撃で砕く。破片が飛び散るから、二人ともレオンさんの後ろに隠れてろ」

「御意」

「はいにゃ」

「えっ、私の」

「そのデカい盾は飾りじゃないでしょ。さあいきますよ」

 その場で踏ん張って眼前に迫った巨大な岩の玉にパンチを入れる。

 直撃と同時に凄まじい破壊音が轟き、打ち上げ花火のように破裂した岩が四方八方に飛び散る。

 これまで何度も岩を破壊しているが、今回も楽々で一撃勝利だ。とはいえ少し体に岩の破片が当たってしまった。けど防御力が異常に高いから当然ノーダメージ。心配していたTシャツも破れたりせず無事で、後ろに居た三人も無傷だ。

 こういう時はレオンのビッグシールドや全身アーマーは役に立つ。戦士なんかやってないで防御特化のクルセイダーとかシールダーやればいいんだよ。ただ今みたいにボッチだと意味ないけど。

「ははっ、もう笑うしかないよ、あんな大きな岩を素手で破壊するなんて……そんなことあるの?」

「レオン様の気持ちは分かります。が、見てのとおりです」

「ご主人様にとっては普通の事なのにゃ」

 普通とか言ってんじゃねぇよ。誰のせいですかコノヤロー。何度も言うけど超人の俺じゃなかったら死んでるからね。

 それからもクリスは触って踏んでお尻で押して次々にトラップを発動させた。更にもう一人の天才、レオンもデカい盾をあっちこっちに引っ掛けぶつけトラップを発動させた。

 落とし穴に矢に槍に、もうお腹いっぱいですよ。ワザとにしか思えないけどワザとじゃないんだよな。天然ってなんて恐ろしい生き物なんだろ。

 ただモンスタートラップも多かったのでお金はいっぱい稼げた。まあワームの後は低級のゴブリンばかりだったけど。

 因みにさっき巨大ワームを倒した時にレベルが11にアップしていた。勿論商人だから身体能力はほぼアップなし。

 そんな天才たちの夢の共演で生まれた奇跡の時間が、いや、カオスな時間が一時間ほど続いた時、前方から冒険者と思われる男女の悲鳴が聞こえてくる。

「何かあったみたいだな。声の大きさからしてすぐ近くだ」

「い、行くのかい、助けに」

 レオンが弱々しく言った。

「当然行くでしょ。強いモンスターがいるかもしれないし。今はそれが目的だからね」

「そう、だよね……」

「心配しなくても、いざという時は助けますよ。二人も頼んだぞ。あっ、ごめん、一人だった」

「承知いたしました」

「にゃっ⁉ 酷いのにゃ。クリスチーナが数に入ってないのにゃ」

「お前はとにかく全力で逃げるように。自分の事だけ考えてよし」

「はいにゃ。お任せなのにゃ。クリスチーナは見事に逃げるのにゃ」

 スゲー自信満々で言ってるけど、全然頼もしくないからね。バトル時は存在を忘れるほどの空気キャラで、そもそもいつも捕まってるし。

 この時まだレオンは不安そうな顔をしていた。レベルを30まで上げた上級か中級の冒険者だし、これまでの経験からなにか嫌な予感がするのかも。

 そこから走って移動するとすぐに開けた空間に出る。体育館四つ分の大きさで既に魔法の力でライトが点いており昼間のように明るい。そして十人以上の冒険者と大きめのモンスターがいた。

 モンスターは気配からしてワームより上級と思う。が、いま気になるのはモンスターの後方の地面だ。移動用と見て取れる大きな魔法陣が光り輝いている。

 冒険者たちに襲い掛かっているモンスターは一体で、ボックス系のワゴン車なみに大きく、見た目はカバっぽい四足歩行型だ。体の色と瞳は濃い赤で、背中には恐竜のようなヒレと太く長い尻尾がある。

 スピードが速く体当たりや尻尾を振り回し冒険者を吹き飛ばしていた。更に口を大きく開けて炎まで噴いている。

 こりゃ低級の冒険者には無理な相手だ。でも今のところ死人は出てないみたいでよかった。この場に居る奴らはちゃんとしたパーティーを組んでて防御や回復系がいる。王道バトルをやってて羨ましいぜ。

「誰かあのモンスター知ってるか?」

 すぐに近付かず、まずはバトルの様子を観察した。

「見たことはないが、あれが普通のレベルでないことは分かる」

 レオンは眉間に皺を寄せた険しい顔で言った。顔だけ見るとイケメンで頼もしいのに足は小刻みに震えていた。せっかく声までイケメンなのに残念過ぎる。でも結局は女子にモテるんだろうけど。

「私も知らないモンスターです。恐らくご主人でないと倒せない高レベルかと」

「クリスチーナもしら」

「黙れバカ猫、お前の情報はいらない」

「にゃっ⁉ それは酷すぎるのにゃ、スカーレットちゃん酷いのにゃ」

「いやまあ、いらないけどね」

「にゃんっ⁉ ご主人様まで。これはお仕置きを受けるしかないのにゃ」

「どんな思考回路してんだよ。とりあえずケツを出すなケツを」

 目の前でバトルやってるのにどこまで緊張感ないんだよ、我が家の猫娘は。

 それにしてもあのカバモンスター、冒険者を吹っ飛ばしたあと放置してるよな。普通なら止めを刺すために追いかけていくだろ。まるで後方の魔法陣を守るガーディアンのように見える。その事に冒険者たちは気付いてないようだ。攻撃魔法が使えるんだから距離をとって戦うか、追ってこないんだから逃げればいいのに。

 勝てると思ってるのかな。どれも低レベルのパーティーっぽいし、戦うだけでいっぱいいっぱいで冷静に考えられないのか。

 ここで冒険者たちが漆黒の魔剣使い、レオンさんに気付く。

「やったぁ、助かったぞ、レオンだ‼」

「ほんとだ、レオンだ‼」

「ありがてぇ、俺たちを助けに来てくれたんだな」

「二つ名の力を見せてくれ」

「素敵、レオン様の雄姿が見られるわ」

 苦戦していた冒険者たちは一気にテンションが上がる。

 そりゃこの場面での登場なら期待するよな。だってもう「まてぇい‼」とか「そこまでだっ‼」とか言って助けにくるヒーローカットインだもの。

「流石二つ名、大人気ですな」

「ど、どうしよう、アッキー」

 レオンは皆の前だから表情は崩さず、すがるような眼をして呟く程度に発した。

「とりあえず他の奴らは邪魔だな。レオンさんは俺のやることに上手く合わせてください」

「えっ、なに、何が始まるの?」

「オドオドしないでドヤ顔で、カッコよくポーズ決めててください」

「分かった、こ、これでいいか」

 レオンは胸を張って少し足を開いて右手を腰にそえて立った。表情も精悍でまさに威風堂々の言葉が当てはまる。裏事情を知ってても本当にカッコよく見える。

「スカーレット、お前のスピードであのカバみたいなの引き付けて時間稼いでくれ。その間にみんなを逃がす」

「御意」

 一言発するとスカーレットは疾風の如く動き、カバモンスターを牽制に行った。

 その場から少し前に出て他の冒険者たちに大声で話しかける。

「みんな、あれは上級のモンスターだ、ここは漆黒の魔剣使い、レオンに任せて逃げるんだ‼」

「えっ、私に、ちょっとアッキー」

 レオンは俺にだけ聞こえるように弱々しく小声で言った。

「合わせてって言ったでしょ。ほら、カッコいいポーズちゃんと決めて」

 こっちも小声で返す。てかレオンさん、意図が分かってないじゃん。

「なにしてる、みんな早く逃げろ‼ お前たちが居たらレオンさんが魔剣を使えないだろ。魔剣の力の巻き添えを食らわないように、通路の奥まで逃げるんだ‼」

 ここで止めの一言をレオンに言わせれば完璧だ。

「レオンさん、決め台詞言って」

「なにを言えば、ってこれ、また私が勘違いされるんじゃ」

「もうされてるんだから、ここで伝説が一つ増えるぐらい今更いいでしょ。なんでもいいから早く言ってよ」

 俺たちは少し早口で小声で会話する。それにしてもレオンはホンと面倒臭い人だ。

「みんなを怪我させるわけにはいかない、ここは私に任せろ‼」

 レオンは一歩前に出て力強く言った。そうそうそれよそれ、スゲーカッコいい。もう間違いなく主人公だよ、見た目だけ。

 そしてやはり二つ名の言葉には重みがある。俺が言ってもすぐに動かなかった冒険者たちが一斉に逃げ出した。

「分かった。そういうことならそうさせてもらうぜ」

「ありがとうレオン。後は頼んだ」

「やはり魔剣の力は凄いようだな、見られないのが残念だ」

 冒険者たちは逃げる際に声をかけていき、レオンはドヤ顔で見送った。

 てかイケメンっていいよね、立ってるだけで絵になるし。まあ別にそれほど羨ましくは……やっぱ羨ましいかも。

「さてと、こっからは俺の仕事だ。スカーレット、もう下がっていいぞ」

「御意」

 スカーレットは無理をせず牽制に徹して無傷で戻ってくる。

「よくやったな。本当にお前は頼もしい」

 そう言いながらスカーレットの頭を撫でてやった。

「あわわわわっ、も、もったいないお言葉」

 スカーレットは赤面してあたふたした後、可愛らしくモジモジした。それを見ていたクリスが透かさず頭を撫でてほしそうに下げる。

「お前は何もしてないよね」

「にゃん⁉」

「下がれバカ猫‼」

 スカーレットはクリスの頭にパンチしてツッコミを入れた。我がパーティーは相変わらず緊張感がない。

「よし、気合い入れていきますか」

 この赤いカバモンスターは間違いなく今までで一番強い。恐らくダンジョンのボス的存在だ。といっても恐怖を感じる程のプレッシャーはない。バトルに慣れて自信がついたからか普通にやれる気がする。

 ハンマーを片手で持って肩に担ぎ、ゆっくりと歩き間合いを詰める。

 モンスターは威嚇したりせず冷静に観察していた。普通のモンスターなら空気を読まずがむしゃらに突撃してくる。やはり今までとは違うようだ。一定の距離に近付かない限り攻撃してこない。

「来ないなら、こっちから行くぞ」

 正面から猛ダッシュしてモンスターが動き出す前にジャンプする。そしてハンマーを持つ右手を大きく振りかぶってモンスターの額辺りに振り下ろす。

 だがハンマーが当たるより速くモンスターは俊敏に横回転し、太くて長い尻尾を鞭のようにしならせ攻撃してくる。

 攻撃体勢だったので防御できず尻尾の直撃を食らった。更にジャンプしていたこともあり踏ん張ることができず、トラックと衝突したように軽々と十メートル以上飛ばされ地面に何度も叩きつけられた。

「ご主人⁉」

「ご主人様⁉」

「だっ、大丈夫かアッキー⁉」

「お、おう、大丈夫大丈夫」

 まさかの直撃を食らってしまった。ちょっと痛かったしヒリヒリするけど大きなダメージはない。

 クソっ、失敗だったか。流石に正面からは舐めていた。でもバトル素人で商人の俺には魔法も剣技もスキルもないから、結局は力任せにいくしかない。

「あぁ〜あ、やっちまったよ」

 お気に入りのTシャツがボロボロのビリビリになってしまった。また一枚、向こうの世界の貴重な物資が天に召されることになるとは。まあ油断した俺が悪いんだが、このカバ許さん。

 すぐに立ち上がり、Tシャツと呼べなくなった物を引きちぎり地面に叩きつけた。因みにこの時、仮面は取れていなかった。流石に魔道具だ。しかもフィットしているので付けていること自体忘れていた。

「このカバヤロー、敵討ちだ‼」

 吹き飛ばされた時に手放していたハンマーを拾い、また懲りずに正面から突撃する。今度は食らわずにカウンターとってやる。

 間合いを詰めるとモンスターが先に動く。先程と同じように横回転し、尻尾で攻撃してくる。

「ワンパターンなんだよ‼」

 ハンマーをテニスのラケットのように片手バックハンドで振って、迫りくる尻尾と激突させて受け止めた。この時、甲高い金属音が鳴り響き周りの空間がビリビリと震えた。

 今ので尻尾が破壊されないとはなかなかの硬さだ。やっぱ強いぞカバモンスター。

「今度はこっちの番だ」

 更に間合いを詰めモンスターの横っ腹辺りにハンマーを振り下ろす。

 モンスターはその巨躯からは想像できないほどの速さで回避し、空振ったハンマーは地面を大きく陥没させた。

「コノヤロー、速いじゃねぇかよ。マジで残像見えたぞ」

 パワーとスピード、防御力もある上級モンスターとか、もう原料が楽しみだ。またモンスターが金に見えてきた。

 今度はカバモンスターのターンで透かさず逆回転し、また尻尾で攻撃しようとしている。普通なら回避か防御だろうが、俺はそこから踏み込んだ。

「させるかよ」

 モンスターは回転途中で後ろを向いており、振り下ろしたハンマーはタイミングよく尻尾の付け根に直撃し、粉砕するように断裂させた。

 モンスターが痛そうに叫び、ちぎれた尻尾はモクモクと煙を出し消滅する。血が出てないし間違いなく魔造で決まりだ。

 ダメージを負ったモンスターだが痛みで動けないなんて事はなく、透かさず俺の方を向き口を大きく開こうとした。これは炎を吐いて攻撃するつもりだ。さっき冒険者たちとの戦いを見てたから、大体の攻撃パターンは分かっている。

「お前のターンはないんだよ‼」

 高く振り上げたハンマーをモンスターの額にぶち込むと、凄まじい打撃音がして空間全体がグラグラと揺れた。

 直撃したハンマーはモンスターごと地面を陥没させてめり込む。そして大ダメージを負ったモンスターは煙を出し消えた。

「よっしゃー、完全勝利‼」

 ってことはないか。一撃食らって貴重なTシャツがご臨終だし。でもド素人丸出しの戦い方で、今までと同じように簡単に勝ってしまった。

「お見事です、ご主人」

「ご主人様はカッコイイのにゃ」

 後方に居た三人が駆け寄ってきた。我が家の犬と猫は嬉しそうだが、レオンは困惑するような、何とも言えない表情をしている。

「あの、アッキー、本当に体は大丈夫なの?」

「問題ないですけど」

「問題ないのが問題のような……アッキー、君はどんな体をしてるんだ」

 レオンが驚くのも無理はない。鎧や盾を装備してない状態での一撃だったからな。骨や内臓がやられたりするのが普通だ。

 嘘でいいから痛がって薬草とかポーションを使った方がよかったかも。まあ持ってないけど。

「鍛えたんですよ。それはもう、思い出したくもない地獄の猛特訓を何年もしたから」

 思わず嘘をついてしまった。何年も引きこもってしてたのはゲームばかりだ。ある意味では地獄の日々とも猛特訓とも言えないことはない。

「何年も鍛えた体には見えないけど」

 ですよねぇ〜。普通の体型ですもんね。スポーツとかすらやってませんから。でも不思議とガリガリでもぽっちゃりでもないんだよな。

「アッキーのステイタスが気になるんだが、教えてもらえないかな。冒険者歴や今のレベルを」

「そういうのは秘密でお願いします。それ次に言ったら、ここに捨てていきますよ」

「わ、分かった。もう聞かない。だから置いていかないでくれ」

 ははっ、焦り方が面白い。あたふたして汗かきすぎだっての。

「ご主人様、金貨拾ってきたのにゃ」

「おっ⁉ やっぱワームより凄いことになってるじゃん」

 謎のカバモンスターの原料は金貨五枚だ。つまり十五万円ゲット、おいしすぎる。

 次にステイタスを確認したらレベルも13に上がっていた。

 簡単簡単、どんどん商人レベルが上がっていく。普通ならこのスピードで上がるとかありえないだろ。商人は年月かけて地道に経験を積んで上げていく職業だからな。

 とにかく今日は色々と楽勝だ。でもダンジョン冒険やバトルがこんなに楽しくていいのだろうか。体が超人で死を感じることがほとんどないから、今のところゲームをやってる感覚になる。

 この後はクリスに持たせてる魔法の道具袋から白Tシャツを取り出して着た。この時ふと思う、金が簡単に稼げるのも分かったし、必要はないけど鎧とか買って装備しようかなと。だって冒険なのにTシャツ姿とか味気ない。やっぱ形から入らないと。その方が楽しめるはずだ。なによりカッコいいし。

 バトルが終わり静かになったので、程なくして通路の奥に避難していた冒険者たちが戻ってくる。

「流石二つ名のレオンだ、あのモンスターを一人で倒すなんて」

「素敵、レオン様」

「やはり見たかったぜ、漆黒の魔剣使いの戦いを」

「ありがとうございます、レオンさんは私たちの命の恩人です」

「なにかお礼をさせてくれ」

「レオン最高‼」

「二つ名の最強はレオンで決まりだ」

 などと冒険者たちは次々にお礼や称賛を口にした。レオンの方を見るとなにやら申し訳なさそうな顔をしていた。

「レオンさん、この人たちに帰るように、うまく言ってください」

「あ、あぁ、分かった」

 他の者に聞こえないように小声で会話した。

「みんな、聞いてくれ。この辺りはもう上級モンスターが現れる、だから今すぐ引き返すんだ」

 流石主人公級イケメン、絵になってるし威厳がある。何故だか対処の仕方の慣れてる感が半端ない。結局レオンは勘違いされるのを楽しんでたんじゃないの。

「レオン様はどうするんですか? まさか更にダンジョンの奥へ」

 魔女帽子をかぶった黒魔道士風の小柄な女の子冒険者が言う。コスプレみたいでかわゆい。

「当然だ、どんなモンスターも私を止めることはできない」

 レオンは仁王立ちで力強く発した。いやマジでレオンさんカッケーっす。いま背景にドドンって効果音が見えた気がしたよ。

 低級の冒険者たちはそのカッコよさに歓声を上げる。なるほど、こうやって作られていくんだなピエロって。いや違った、伝説とか英雄って。

 そしてみんなお利口さんで、レオンの指示に素直に従いその場から上層階へと引き返した。

「ちょっとレオンさん、あの冒険者たちと一緒に帰ったら。俺はまだまだ先に行くよ」

「いやそれは……だって途中で上級モンスターと戦いになる可能性もあるし。アッキーといる方が安全のような気がする」

「そ、そうっすか。まあ別にいいですけど」

 もう正体バレてるから完全に開き直ってるよ。ある意味清々しい態度といえる。

 てかこの人は本当に低級モンスターとしか戦う気ないな。でもなんだろう、何故か突き離せない不思議な雰囲気を持っている。残念な子、特有のスキルでも働いているのかな。

 我が家の猫もそうだけど、ウザかったりするのに無視できなくて、ついつい構ってしまう。ただなぁ、この二つ名はそのうちパーティーに入れろとか本気で言ってきそうなんだよな。あぁやだやだ。考えただけで面倒臭い。

「ご主人、進むにしても通路や階段はないようです。まあ隠し扉があるかもしれませんが」

「そうか。じゃあここからは、あの魔法陣を使うようだな。あれって移動用のだろ」

「はい、そのようです」

 ダンジョン内で怪しく光るその魔法陣は、俺がこの異世界に来た時に使ったものと似ている。どうやらいつでも魔法が発動するみたいだ。

 この魔法陣が初心者ダンジョンに上級モンスターが出るようになった事と関係しているはずだ。あとセバスチャンのマスター、ロイ・グリンウェルにも。

「どこかにあるモンスター工場からこの魔法陣を使って送り込んでいる。俺はそう予想するけど、どう思う?」

 スカーレットの方を見て言った。だが透かさず返事したのはクリスだ。

「絶対にそうなのにゃ。それしかないのにゃ。クリスチーナもずっと前からそう思ってたのにゃ」

「ずっと、っていつからだよ」

 思わず天然ボケにツッコミを入れてしまった。なんだろこれ、ツッコミ入れたら負けたような気分になる。

「黙れバカ猫。そもそもご主人はお前になど意見を求めていない」

「にゃん、スカーレットちゃん酷いのにゃ。相変わらずの怒りんぼさんなのにゃ」

「誰のせいだバカ猫‼」

 スカーレットはクリスのお尻を蹴っ飛ばし言った。

「話がよく分からないが、これだけ大きな魔法陣を定着させて維持するには強大な魔力が必要だ。恐らく魔人族だろうな」

 レオンは眉間に皺を寄せた険しい表情で魔法陣を見ながら言う。

 確かロイを誘拐したのは魔王配下の魔人族という情報だった。やれやれだぜ。まったくもって嫌な予感がする。でも何故だか金の匂いもする。俺の職業が商人だからだろうか。

「俺たちはこの先に何があるか確かめに行くけど、レオンさんはどうしますか?」

「い、行くよ、勿論行くとも」

「でも魔人族どころか、魔王が出てくるかもしれませんよ。冗談抜きでいま帰った方がいいかも」

「ははっ、お、脅かすなよアッキー、流石にこんなところに魔王は出ないよ。まあ魔人族の戦士がいたらそれだけで怖いけど」

 レオンさん足が震えてますよ。魔人族は本当に強いらしい。でもモンスターじゃないから原料とかはないんだよな。ただ倒せば経験値は入る。それにトロールのように武器などがあればゲットできる。

 どこに行ってどうなるのか分からないけど、今は怖いよりもドキドキワクワクの方が大きい。

「さあ、行こうか」

「御意」

「はいにゃー」

「お、おう」

 四人のヘッポコ変則パーティーは無謀かもしれないが、勢いと軽いノリのまま魔法陣の中に入った。

 移動専用の魔法陣は強く輝くと同時に光の柱を上げる。次の瞬間にはもう出口となるどことも知れぬ魔法陣に移動していた。その場所は洞窟系ダンジョンの中ではなく巨大な岩山が聳える峡谷だった。時間は正確に分からないが昼過ぎぐらいで空は晴れている。

「こりゃ凄い眺めだ」

 空を見上げるように巨大な岩山に目をやる。まさにテレビで見たグランドキャニオンみたいだ。

 今いたダンジョンより西の方にこういう場所があると聞いていたが、西ってことはもしかして、本当に新しい魔王の領土に来てしまったのかも。

 とりあえずロイ・グリンウェルが魔王やモンスター製造と関係していないことを願うよ。

「人間の寄り付かない場所って嫌だよね。強い魔人やモンスターとかの根城がありそうで」

 レオンは辺りを見渡した後、不安そうな顔で弱々しく発した。

「モンスターは居てくれていいんだけどね」

 今のところ生物の気配は全くしない。凄く静かで不気味な感じだ。

 その場は岩山に左右から挟まれており正面に一本の道しかない。移動魔法陣は行き止まりにあったので俺たちは道なりに進んだ。するとすぐに道を完全にふさぐ大きな門のついた城壁っぽいものが現れる。

 観音開き式の門は閉ざされているが、兵士やモンスターなど門番になるものは居ない。

「ご主人、お気を付けください。何者かの匂いがします」

 鼻の利く犬系半獣人のスカーレットは険しい顔で言った。その時、城壁の見張り台らしき場所に人影が見えた。

「何者だ、貴様たちは‼」

 猛々しく発せられたその声の主を見上げる。そこには全身が濃い水色の肌をした身長二メートルはあるだろう男がいた。

「アッキー、魔人族だ」

「あれがそうか……見た目は強そうだな」

 姿は人型だが噂通りゲームや漫画に出てくる悪魔キャラっぽいから一目で分かる。

 その魔人は背中の黒く大きい蝙蝠羽を広げると宙に浮かび、仁王立ちの状態でゆっくりと俺たちの前に降りてくる。

 髪は黒く四方にはねた感じの無造作ヘアで、頭の左右に白い角がある。顔は北欧系のイケメンで瞳と白目の部分は色違いのグリーン、歯にはヴァンパイアのような牙があり耳はエルフ程は長くないが尖った感じだ。体はムキムキのマッチョで完璧な仕上がり。足首辺りからは恐竜のような感じで、三又にわかれた足指には大きく鋭い爪がある。

 素人冒険者の俺でも強い魔力を感じる。やりがいありそうで面白くなってきた。けど、こいつの服装がヤバい。昭和のプロレスラーの定番、黒パンツ一丁だ。その上にドクロのついた太いベルト、両手首と足首に赤い魔石のついたリストバンドぐらいの金のブレスレットとアンクレットをしている。恐らく魔石は魔力アップ系のアイテムだが、見たところ武器は持っていない。

 ってまたパンツ一丁のイケメンキャラが出てきたよ。あと登場人物のメンズ率が急に増えてる気がする。

「ふはははははっ、我が名はイスカンダル、この場を任されし者。そう、将軍と言ってもいい存在だ」

 うわぁ〜、いきなり高笑いからの聞いてないのに自己紹介だよ。しかも名前と性格もテンプレっぽい。もう分かっちゃったよ、こいつ超絶ウザい奴だ。

「なんだか怪しい感じなのにゃ」

 ははっ、初対面でいきなりクリスに言われたら終わりだな、イスカンダル将軍。

「ご主人、奴は嘘をついていると思われます。魔王軍の将軍がアレということは」

「激しく同意」

「確かにそう思える。将軍が一人でこんなところに居るはずがない」

 レオンの言ったことはもっともだ。普通なら自分の軍があるはず。今のところただの門番にしか思えない。

「なっ、なにを好き勝手に言っておるんだお前たちは。怪しくもなければ嘘も言っておらぬ。私は強く美しい誇り高き魔人族、イスカンダル様だ。いずれは大魔王になる男だぞ」

「いずれねぇ。じゃあ今は?」

 相手するつもりはなかったけど、思わず意地悪な質問をした。

「いま? それは……まあ雇われではあるが」

「雇われの門番なのにゃ」

「誰が門番だっ‼ 失礼だな君は、口の利き方に気を付けたまえ‼」

 イスカンダルは少し赤面して慌てた感じで否定した。しかし流石クリスさん、空気読まずにそれ言っちゃいますか。俺も空気読まずにいきなりやってやろうかな。一撃で終わりそう。

 このイスカンダルって魔人族のキャラ設定はもう理解した。プライドが高くナルシストで自分勝手の自己中、で高笑いばかりする嫌な奴、なのに憎めない、って感じだろう。どこにでも出てくるよね、こういう奴。

「貴様たちは何者で何をしに来た」

「一応は冒険者で、色々と訳ありで先に進みたいんだけど」

「ふははははっ、バカめ、行かせるわけなかろう。通りたければこのイスカンダル様を倒すことだ。まあ天地がひっくり返ろうと無理だろうがな」

「じゃあ戦うとしますか、イスカンダル将軍」

「ふっ、よかろう、相手になってやる。さあ、かかってこい」

 そう言ってイスカンダルは飛び上がる。

 ちょっと待て、飛ぶのかよ。反則じゃないけど俺のハンマー意味ないんですけど。しかも空から攻撃魔法とか使われたらヤバい。さっき隙だらけの時にやっておけばよかった。

 どうしようかな、一か八かハンマー投げたら当たるかな。とりあえず、まずは防御といくか。

「レオンさん、そのデカい盾、借りていいかな」

「分かった。怪力のアッキーなら使いこなせるはずだ。存分に使ってくれ」

 レオンから黒いビッグシールドを借りて左手に持った。本当なら凄く重くて使えないだろうが、あまり重さは感じない。

「ご主人、魔人族は戦いの中で変身して更に強くなるものもいます。油断はできません」

「了解だ」

 こりゃ思ってたより簡単にはいかないかも。初めてのボス戦ってとこかもな。

「三人とも、安全なところまで下がってくれ」

「御意」

「はいにゃー」

「後は任せたぞ、アッキー」

 おいおいレオンさんよぉ、そのイケメンボイスで、今まで頑張ってたけどここからは任せる、みたいな言い方するなよ。ホンの少しだけムカッとしたぞ。

「まずはその実力を見せてもらう。こちらから行くぞ、冒険者」

 先制はイスカンダルで、上空から放たれた矢のように一直線に突撃してくる。

 近付いてくれるなら有り難い。ハンマーの間合いに入れば一撃で決めてやる。

「おらあっ‼」

 馬鹿正直に正面上から迫ってくるので、タイミングを合わせハンマーを振り抜く。

「なっ⁉」

 ハンマーが直撃したと思った瞬間、空を叩きそのままの勢いで大きく体勢を崩し転びそうになった。

「残像か⁉」

 マジかよ、気付かなかったぜ。このスピードは厄介だ、まったくついていけない。

「ふははははっ、バカめ、後ろだ後ろ」

 せっかく後ろを取ったのに攻撃しないとは随分と余裕だな。まあこいつの場合はバカなだけだと思うけど。ただそのバカか余裕のおかげで今は助かった。

 そういえばこいつ、バカデカいハンマーを片手で軽々扱っているパワーに驚いてない。魔人族にとってこの程度なら普通ってことか。

「どんどんいくぞ、冒険者」

 7、8メートルの高さにいるイスカンダルは、右手の拳を握り力をためるように少し後ろに引くと、俺に向かってパンチを繰り出す。

 まさか腕が伸びるのか、と思った瞬間、本当に伸びてミサイルの如く凄まじい速さで向かってくる。だが反射的に盾を前に出して防いだ。

 盾から伝わってくる衝撃は凄まじく、パワーがあるのも分かる。超人じゃなかったら吹き飛ばされていた。

 この時イスカンダルは正面から消えておりまた見失った。

「バカめ、隙だらけだぞ、仮面の小僧」

 また後ろか。こいつ本当に速い。でも余裕見せすぎだろ。強烈なパンチを背中か後頭部にぶち込めば大ダメージを与えられたかもしれないのに。俺の体が異常に防御力の高い超人だと知った時に、驚くより後悔するだろうな。

 とにかく余裕見せてるうちに勝負決めないと。しかし空を飛ぶ敵とどう戦うか。こうなったらデカい岩でも投げて撃ち落とすか……そだ、岩だよ岩。いっぱいあるし使えるっての。

 この後もイスカンダルは高速で飛び回り、少し接近しては腕が伸びるパンチを繰り出しすぐに離れる、ボクシングのヒットアンドアウェイ戦法で攻撃してくる。

 後ろを取られないように気を付けながら盾でパンチを防ぎ、少しずつ岩のあるところまで移動する。その岩は縦長系で三メートル程あり、イスカンダルが正面から迫ってきたときにハンマーでフルスイングして、小さく砕いた岩を弾丸みたいに飛ばしてやる。

「食らえっ‼」

 タイミングを見計らい作戦通り岩をハンマーで破壊した。

 凄まじい破壊音と共に砕かれた岩がマシンガンから放たれた弾丸の如く襲い掛かり、イスカンダルに次から次に命中した。

「おわっ⁉ いたたたたたたっ⁉」

 よし、大成功だ。でもこの程度ではダメージを負ってない。今も普通に宙に浮いている。

「ふははははっ、岩を飛ばすとは、そんな面白い攻撃をしたのは貴様が初めてだ」

「油断大敵だぜ、イスカンダル将軍」

 岩で地面に撃ち落として一撃で止めを刺す予定だったんだけど、さて次はどうするか。

「同じ手はもう通じぬぞ」

「それはどうかな」

 バカは自分の失敗をすぐに忘れるからな。

「ふふっ、貴様のその盾が邪魔だな」

 イスカンダルは口元に狡猾な笑みを浮かべて言うと、空から何かを撃つように右手を開いて俺に向けた。その右手からは凄まじい炎が噴き出し火炎放射の如く一直線に襲い掛かってくる。

 透かさず盾を突き出し防御する。この盾は体が全部隠れるぐらい大きいから炎だろうと問題ない。

 しかし凄いのは魔力を高めたり詠唱したり、技の名前を言ったりせずにいきなり炎を作り出し攻撃したことだ。本当に魔人族は基本スペックが高く強いようだ。

「凄い炎の量だ。これいつまで続くんだ」

「ふははははっ、ドロドロに熔かしてやるぞ」

「大丈夫だアッキー、その盾には炎耐性がある」

 後方からレオンが言うのが聞こえた。値段は伊達じゃないぜ。ナイス耐性、超有り難い。よく見たら盾にぶつかった炎がこっちに巻き込んでこずに逆方向に弾かれている。

「だとさ、将軍殿。炎は無駄だぜ」

「耐性か。それで熱くならず、いつまでも持っていられるわけか」

 イスカンダルは潔く炎の放出を止めた。だが口元の狡猾な笑みはそのままだ。

「ならば爆裂系魔法ではどうかな」

 ついにくるか攻撃魔法。しかも爆裂系。かなり怖いけど強力な盾があるし超人ボディーだから大丈夫なはずだ。

 イスカンダルは魔力を高めながら上昇していく。高まり強大になった魔力はオーラのように全身から噴き出している。マジで凄まじいプレッシャーだ。

 火炎放射を放つ時と同じようにイスカンダルは右手を向ける。すると手の平の前方に炎の玉が現れ勢いを増しながら巨大になっていく。

「では、いくぞ」

 魔力と炎の塊と思われる玉は直径二メートルはあり、下から見るとまるで太陽がもう一つあるみたいだ。なにこれ超怖いんですけど。思ってたより迫力半端ない。

「ファイアーボール」

 その聞きなれた言葉と同時に容赦なく炎の玉は弾丸の如く放たれる。

 嘘だろ⁉ あれがただの初心者攻撃魔法のファイアーボールだと。使い手のレベルが高ければあんなことになるのかよ。

 逃げ出したいけど逃げるところはない。この盾と自分の体を信じて受けきるのみ。

 ハンマーを足元に置き両手で盾を持って踏ん張った瞬間、盾にファイアーボールが直撃して大爆発を引き起こす。その衝撃は今まで感じたことのない強烈なものだった。だがなんとか吹き飛ばされずにとどまっている。

 仮面のおかげで爆煙の中でも目は開けていられる。が、何も見えないし煙を吸い込むので息もできない。いま分かるのは火傷もなくノーダメージだということ。この盾スゲーよ、びくともしない。

「あっ⁉」

 煙が晴れてきて気付いたが、大事なTシャツとズボンが黒くなってるじゃねぇかコノヤロー。

「もう怒ったぞ、フルボッコにしてやる」

 独り言を発しながら足元のハンマーを拾いあげ強く握った。

「ふははははっ、よくぞ耐えた。ほんの少し驚いたぞ。そのパワーと防御力、認めてやろう。喜んでもいいのだぞ、このイスカンダル様が褒めているのだからな」

「えっ、なんて? よく聞こえない」

 爆音のせいで少し鼓膜をやられたかも。聞こえにくいぜ。この時、俺を心配か応援してる三人の声が後方から微かに聞こえた。

「ふっ、面白い奴だ。強いのに動きは素人だし、空も飛べなければ剣技も魔法も使えないとは」

 イスカンダルがそう言ったのがギリで聞き取れたけど、そりゃだって、商人ですから。

「なにか問題あるのか、それが」

「ふふっ、問題はない。ただ面白いから、お前の間合いで戦ってやろう」

「いいのかよ、そんなに余裕で」

 やったラッキー。近付いてくれるなら仕留めるチャンスだ。

「どのような戦い方でも、このイスカンダル様に死角はない」

 イスカンダルは俺に合わせて地上に降り接近戦に切り替えた。

 どんな風に戦うのかと思ったら、イスカンダルの両手が野球のグローブをはめた程に大きくなり、爪が鋭い牙のように伸びた。

「じゃあ有り難く、こっちからいくぜ」

 先制してハンマーを振り下ろす。だがイスカンダルは回避する様子を見せず、ハンマーを左腕の前腕部分で受け止め完全に防御した。

「マジかよ」

 これまで戦ったモンスターとは強度が違う。片手で軽く振っただけで本気ではなかったが、やはりあなどれない奴だ。

「何を驚いている。まさかこの程度で倒せると思ったのか、このイスカンダル様を」

 雇われで勝手に将軍とか言ってるけど、強さは本物の将軍級かも。

 次はイスカンダルのターンで、両腕を振り回し盾の上からでも鋭い爪で掻きむしるように激しく連打してくる。

 本当に盾を借りてて良かった。この冒険で盾が一番役に立ってるかもな。だが攻撃はどんどん激しくなっていき、素人では攻め込む隙がない。

 でもイスカンダルがバカなので助かっている。あれだけのスピードがあるんだからフットワークを使って揺さぶれば、簡単に体勢も崩せるし後ろだって取れる。

 相変わらず余裕があるってことなんだろうけど、いま正面に居る間に勝負を決めてやる。あの伝説の裏技を使う時がきた。まさか自分で使うなんて考えもしなかった。そう、対バカ専用必殺奥義を。

 行くぜ、イスカンダル、悪く思うなよ。

 まずバックステップして間合いを取り、布石としてハンマーを投げつける。当然簡単に避けられたが、まさかの行動にイスカンダルの思考は一瞬混乱したはずだ。

「自ら武器を捨てるだと……」

「あっ⁉ なんだあれはっ⁉」

 ここが勝負のポイントだ。俺は明後日の方向を向いて指差し大声で言った。

 そう、誰もが知ってる必殺技、気をそらせ作戦。カッコよく言えば視線誘導だ。

 これはバカに絶大な効果がある高難易度の技で、使うタイミングが難しいのだ。なんてことはない、誰でも使えるお手軽な技だ。日本の文化となったマンガ、アニメ、ゲームの長い歴史の中で作られた、バカには回避不能な必殺技。

「えっ⁉ なに?」

 突然の事でイスカンダルは驚き釣られ、思わず攻撃をやめてその方向を見る。

「隙だらけだ‼」

 容赦なくイスカンダルのボディーにパンチを食らわせる。当然この一撃で終わらせるつもりなので強めで繰り出す。だがイスカンダルは吹き飛ばされずその場にまだいた。岩を砕く俺のパンチに耐えるとは大した奴だ。しかし体をくの字に曲げ苦しんでいる。

「なかなか強かったぜ、イスカンダル将軍」

 止めのパンチを顔面に入れてイスカンダルを城壁まで吹き飛ばし激突させた。

 イスカンダルの体は城壁の一部を破壊して向こう側へと貫通した。この時、後ろの方で三人が嬉しそうに騒いでいる声が聞こえた。

 勝負が終わったか確認するためにハンマーを拾った後、城壁の崩れた部分を通って移動する。

 地面に大の字状態で仰向けに倒れているイスカンダルを確認すると、ただ気絶しているだけに見えた。なんだかすぐに跳び起きそうだ。因みに口から血が出ているが、魔人族の血は青色をしている。

 さてどうするか。魔人族はモンスターじゃないから原料はゲットできないし、別に息の根を止めなくてもいいよな。その場合バトル後の経験値は入らないのかな。

「止めを刺しましょうか、ご主人」

 すぐ後ろに来ていたスカーレットがクールに言った。

「う〜ん……悪い奴じゃなさそうだけど」

 迷っていたその時、イスカンダルが目を覚まし土煙を舞い踊らせ勢いよく飛び上がる。

「お前、凄いな。ぜんぜん元気じゃん」

 本気でそう思う、呆れるほどタフな奴だ。もしもこいつが頭のいい戦士ならこの勝負はどうなってたか分からない。

「な、なんという神がかり的で秀逸な技を……貴様は天才か‼」

 えっ、なに言ってんのこの人、笑えないよ。ただ卑怯なだけの技なんだけど。もうバカを突き抜けてるよ。我が家の猫といい勝負だ。

「まだやるのか、将軍殿」

 見た感じダメージは大きいけど、バカだから襲い掛かってきそうだな。

「ふはははははっ、なかなかやるではないか、冒険者。だが、まだまだだな。このイスカンダル様と戦うには十年早い。そう、十年早いのだ。まあ今日のところはこのぐらいで許してやろう。ありがたく思えよ」

 イスカンダルは好き勝手言って最後にまた高笑いをした後、疾風の如くその場から消え去った。

「んっ? これは逃げたのか……」

「逃げましたね」

「逃げたのにゃ」

「見事な逃げっぷり」

 捨て台詞残して逃げるとか、どこまでもテンプレキャラだな。またすぐに現れそう。

 逃走されたけど勝ったわけだし、経験値が入ったかステイタス確認してみる。だが残念なことに入ってなかった。こりゃ戦い損だ。

 相手が負けを認めるか息の根を止めないと経験値は入らないってことか。そうなると魔人族とのバトルは面倒臭いな。

「あいつ、けっこう強かったよね」

 レオンの方を見て言った。

「けっこうじゃなく物凄く強かったと思うけど。恐らく上級魔人だ。なのにダメージなく勝ってしまうとは、本当に何者なんだアッキーは」

「ご主人様は勇者なのにゃ。だから誰が相手でも絶対に負けないのにゃ」

「黙れバカ猫、ご主人が秘密だと言っただろ」

 スカーレットはクリスのお尻を強めに蹴っ飛ばした。ナイスツッコミ、そして教育的指導。

「レオンさん、詮索するならここに捨てていきますよ」

「ま、待ってくれ、悪かった、ついうっかりして聞いてしまった」

「冗談ですよ」

 感情を乗せずクールに言った。

「あの、冗談言ってる風には聞こえないんだけど」

 レオンは本気で焦り冷や汗をかいている。仮面のせいで俺の表情が読めないのもあるがビビりすぎでしょ。だがここで止めの一言だ。

「時に好奇心は身を滅ぼす、かもしれませんよ」

「あぁ、覚えておくよ」

 魔人族や上級モンスターとの戦いを連続して見たからか、レオンは俺の強さや存在に恐れを感じている。てかそんなに凄い戦いだったっけ? 最後は卑怯な手で勝っただけなんだが。

「恐縮しないで下さいよ。とりあえずこの盾、助かりました。流石二つ名が持ってる盾って感じで凄いですよ」

 レオンの緊張を和らげるために軽い口調で言って盾を返した。

 盾ってゲームとかじゃただ防御の数値を上げるアイテムって感じで気にしてなかったけど、実戦では役に立つ。

 防御力が高い超人が値段の高い特殊な盾を装備したら最強かも。とにかくもっと盾と盾使いは見直されるべきだな。

「これは魔法の力が宿った盾だからね、ダメージを負っても自動修復するんだよ」

「魔法の盾スゲー。ってことは、やっぱりその盾、お高いんでしょ」

「まあ、それなりにね」

 頑張って稼いで近いうちに買ってやるぜ。

 で、この後はまた壮大な峡谷の風景を見渡しながら道なりに進んだ。

 程なくすると巨大な岩壁が現れ行き止まりになった。だがその岩壁の一部は巨大な彫刻のように掘られ、太くて長い柱や窓のようなものがあり、城の入口のように見えた。

 エジプトに似たような遺跡がありテレビで見たことある。外から見た感じでは遺跡系ダンジョンではなさそうだ。

 正面真ん中に大型のコンテナトラックでも通れる程の扉のない大きな入口があり、トンネルのようにずっと奥まで続いている。

 向こう側に通り抜けるための通路っぽいけど、ここが魔王の前線基地、というかモンスター工場の可能性がある。

「ご主人、大変です。物凄く嫌な臭いがします」

「ついにここでアンジェリカが……」

 それだけはやめてくれ、と女神様に願おうとしたとき、聞き覚えのある高笑いが辺りに響き渡る。

「ふはははははっ‼ 待っていたぞ黒鬼くろおに

 はい出ましたイスカンダルさん。ってお前か、ビビらせやがって。まだ構ってほしいのかよ。今このタイミングで出てこられてもウザいだけだっての。

 空高くにいたイスカンダルは偉そうに腕組みした状態でゆっくりと降りてきて眼前に着地した。

 いきなり近い。それに隙だらけだし。まだ舐められてるな俺。いや、こいつの場合はバカなだけか。

「なんだよその黒鬼って。勝手にあだ名付けるな」

 黒髪に黒い仮面、更に黒い盾、だから黒鬼になったのか? 仮面には小さい角が二本あるから確かに鬼みたいだけども、こいつに付けられたあだ名っていうのに抵抗がある。

「我がライバルよ、レベルアップした力を見せてやる。さあ、かかってこい。今日こそ決着をつけてやるぞ」

 おいこらライバルってなんだよ。そういうのお腹いっぱいなんだよ。なんで単純おバカってすぐにライバルとか言い出すんだよ。こいつもアンジェリカみたいにストーカーになるの?

「今日こそも何も、ついさっき戦ってボコられただろ。まだ痛いはずだよね。ヒリヒリズキズキするよね」

「何を言っているのかさっぱり分からない。理解不能だ」

 真顔で言ってんじゃねぇよコノヤロー。ガチで舐めてるな、やっちまうか。ってダメだダメだ、落ち着け俺。バカを相手に腹を立ててもこっちが損するだけだ。

「ふははははっ、さっそくいくぞっ‼」

 なんなんだよこいつ、元気すぎるっての。

 イスカンダルは超強気で「かかってこいやっ」と言わんばかりに両手を横に大きく広げる。だが突然に、刃の部分が大きな斧が二本現れその両手に握られた。

「なっ⁉ どこから出したそれ」

「ふははははっ、バカめ、こんなことで驚いているのか。無知も甚だしい。ライバルとして情けないぞ黒鬼」

 って今度はイスカンダルの体に装備された状態で、ダークブルーの鎧と兜が瞬間移動したみたいに現れる。

「また出たっ⁉」

 腕の部分はない上半身だけの鎧で普通にカッコいいデザインだ。兜もヘルメットタイプじゃなく顔が出ており赤い魔石が付けられている。魔人で初めから大きな角があるからよけいにカッコよく見えた。

「今のは上級魔人の特殊能力だ。収納アイテムがなくても自分だけの魔法空間を自在に使える」

 レオンさん説明乙。

 魔人族の基本スペック高すぎる。ただ、せっかくやる気満々で凄い武器や装備を出したけど、相手するの時間の無駄だしまた必殺技で終わらそう。

「あっ⁉ なんだあれはっ⁉」

 今度は前もって気をそらせる攻撃はせず、さっきと同じように明後日の方向を向いて指差し大きな声で言った。勿論これは、対バカ専用必殺奥義だ。

「な、なんだなんだ?」

 イスカンダルは二度目なのに見事に釣られ指差す方を見た。今なら小学生でもパンチが当たるぐらい隙だらけだ。

 そして容赦なく、軽くジャンプ気味にステップして長身のイスカンダルの顔面にパンチを入れる。すると踏み潰された蛙のような声を出し豪快に吹き飛び岩壁に激突した。

 イスカンダルは陥没した岩壁の中央にめり込み気絶している。強めに殴ったし当分は起きないはずだ。

「こいつバカですね」

「おバカさんなのにゃ」

「バカだな」

 後ろに居た三人が次々に言った。

 ごめんな、こんな簡単に終わらせて。少しだけ悪いと思ってるからね。でも恥ずかしいからライバルとか言うのはやめてくれ。

「ハンマーを使わないとは、ご主人は相変わらずお優しい」

「そうかな……」

 ハンマーで叩いてもよかったんだけど、それは可哀想かなと思いやめた。力加減が分からないから本当に死んでしまいそうだし。

「ご主人様ご主人様、大きくてカッコいい斧が二本も手に入ったのにゃ」

 うほっ、ナイスですよクリスさん、意外としっかり者。まさかこの隙に拾いに行ってたとは。既に魔法の道具袋の中に入れてるから、いまイスカンダルが起きてもバレない。

「ま、まあ貰ってもいいだろ、倒したわけだし。戦利品ってやつだ」

 とか話してたらイスカンダルが目を覚ます。マジですか、もう目が覚めるのかよ。こいつのタフさ凄すぎる。

「ふふふふふっ、あっはははははっ、やるな黒鬼。二度も同じ攻撃を食らわせるとは、流石我がライバル」

 めり込んでいる岩壁から、イスカンダルは宙に浮いたまま脱出し豪快に笑って言った。余裕を見せているつもりだろうが、物凄くフラフラなんですけど。

「お前、本当に強いな。認めるよ」

 バカだけどね。おバカさんだけどね。いやホンとバカだけどね。

「ふはははははっ、当然だろ。このイスカンダル様は大魔王になる男。生まれた時から強く、そして最強なのだ。黒鬼よ、今日はこのぐらいで許してやろう。生きていることを喜ぶがいい」

 そう好き勝手言って、また高笑いしながら飛んで逃げて行った。

「あれがいつか大魔王になれるのなら、ご主人は今すぐになれますね」

「そうだな。なってもいいかな」

「大魔王なのにゃ‼ ご主人様は勇者をやめて大魔王になるのにゃ」

「よし、俺は大魔王になる‼」

「あの、ちょっと、笑えないからやめようよ」

 レオンは冷や汗だらだらで俺たちの悪ノリを止めた。

「どう考えても冗談でしょ」

「じょ、冗談ねぇ」

 色々秘密だし仮面で表情も分かりにくいから怪しくて怖く思うのかな。レオンがビビりというのもあるが、強すぎる超人パワーが原因だ。

 この後は恒例のステイタス確認をするが、やはり経験値は入っていない。あのバカを倒したら本当はどのぐらい経験値入ってレベル上がるのか気になってきた。

 気絶させたぐらいじゃ完全に倒したと認めてくれないとかジャッジがシビアすぎる。テンカウントで勝ったことになるように、誰か女神様に言ってくれ。

 そしてここからはついに、魔王のモンスター工場かもしれない場所に突入する。

 巨大な岩山の中の通路は高速道路のトンネルのように大きく、炎ではなく光系の魔法の力で明かりはついていた。

 岩山を削って作った地面や壁は、洞窟系のダンジョンほどデコボコしておらず普通にすいすい歩ける。そんな通路を百メートルほど進んだところで円形の空間に出た。

「なにここ、スゲー広い」

 まさに野球のドーム球場並みの大きさで、天井も凄く高い。

「何もないし行き止まりなのにゃ」

 クリスが辺りを見渡し言った。

「罠もなさそうです、ご主人」

 スカーレットはいち早く行動し、近くの地面や壁の様子を調べて戻ってきた。

「アッキー、何もないわけじゃなさそうだぞ。あれを見てくれ」

 レオンが焦った様子で言って空間の奥の方を指差す。

 確認すると移動用と思われる魔法陣が地面に現れていた。更に次から次に同じ魔法陣が現れる。

 魔法陣は全部で十個出現して一斉に光の柱を上げて発動する。次の瞬間一つの魔法陣から二十匹、全部で二百匹のゴブリンが現れた。役目を終えた召喚魔法陣はすぐに消滅する。

「うわぁ〜、流石にこれだけいたら気持ち悪いな」

 一番低級の緑ゴブリンだし何匹いても脅威じゃない。塵も積もれば山となる、こりゃ小銭祭りだ。

「レオンさん、ゴブリン相手なら戦えるんじゃないの」

「勿論だ。一緒に戦わせてもらおう」

 その装備と顔と声で堂々と胸張って言うと、レオンは本当に超カッコいいんだよな。

「と言いたいけどアッキー、これ多すぎないかな。こんなにいっぱい相手したことないんだが」

 レオンさん情けない半泣き顔しないでよ。せっかくのカッコよさが台無しだ。

「俺たちが前で戦うから、後ろに行った奴だけ任せます」

「そ、そう。それならなんとか」

 大丈夫かなこの人。ゴブリンに囲まれてフルボッコとかやめてよね。

「おっ、キタキタ楽しみなの」

 レオンはついに名もなき魔剣を鞘から抜いた。

 見た目は普通の長剣だが刃の部分からは魔剣らしく、少しだが魔力が黒い炎のように放出されている。その光景を見て思う、盾+鎧+魔剣+イケメン、このコンボ最高最強だろ、とな。

 何度も言うが間違いなく主人公だよ。弱いわけがない。てか弱かったらダメだろ。だから個人的にレオンには頑張ってほしい。俺の中のオタク魂が本物の二つ名に育てたいと叫んでやがる。育成ゲームって面白いんだよなぁ。昔からロープレやる時なんかも時間かけて地道にキャラを育てるの好きだったんだよ。機会があれば鬼軍曹となって猛特訓してやりたいぜ。って言っても素人冒険者ですけどね。

「さあ来るぞ、気合い入れていこう」

「御意」

「はいにゃー」

「お、おぉー」

 俺とスカーレットは二百匹のゴブリンの群れに突っ込み先制攻撃を食らわせる。

 まずハンマーを力任せに振り回し前に居た奴らをぶっ飛ばす。当然一撃で討伐し、モクモクと煙を出し原料になった。どうやら今までと同じで貨幣が原料に使われているようだ。倒せば倒すほど直接お金が入るからこれはテンション爆上がりだ。

 スカーレットの方は愛用のロングナイフで既に俺より多くゴブリンを倒しており、消滅する煙がいっぱい見えた。

 後ろをちらっと確認したら、レオンがちゃんとゴブリンを斬り倒していたので安心した。

 やはりザコ狩りでレベル30は伊達じゃない。ザコ相手なら本気で強いし戦い方も様になっている。そんなレオンを一生懸命クリスが後ろで応援していた。不思議な光景で、なんだか切なく情けない気持ちになった。

 なにバトル中にテンション下げてくれてんだよこいつら。状態異常の魔法かっての。もう後ろを見ないようにしよう。

 それから短時間で簡単に、三人合わせて五十匹ほど倒した。しかしこのゴブリンの群れは、やはり侵入者をもてなすオードブルのようだ。

「ご主人、また新しい魔法陣が現れています」

 スカーレットに言われ周囲を確かめると三つ魔法陣があり、既に光の柱を上げていた。その魔法陣からは五匹ずつハンマーを持ったノーマルのトロールが出現した。

 トロールが十五匹、こりゃ金になる。もうなんでもいいからどんどんこい、祭りじゃ祭り、現金掴み取り祭りじゃい‼

「トロールは俺がやる。二人はゴブリンを」

「御意」

「りょ、了解した」

 凄い状況になってきた、もうバトルロイヤルみたいじゃん。だがトロールごときじゃフルコースのメインディッシュには役不足だ。

 もったいぶってないでメインこいよ‼ でもイスカンダルさん以外でお願いします。

 ここからはもう夢中でハンマーを振り回し、手当たり次第にトロールとゴブリンを撃破した。バトル中盤で流石にスカーレットとレオンに疲れが見え始めたが、俺は全然元気なので最前線でハンマーを振り続けた。もうどれだけの数を倒したか分からない。だけど眼前のモンスターの数は激減していた。

「これで最後だ‼」

 レオンは勇ましく言って魔剣を振り下ろし、ラストのゴブリンを仕留めた。ホンとここだけ見たら超カッコいい勇者っす。

「やれやれだな」

 仲間三人の無事を確認したら自然とその言葉が発せられた。っていつの間にかレオンの事まで仲間と思ってしまった。

 ここで気が付いたことがある。超人パワーと頑丈さの他に、体力も普通の人間以上にあるんじゃないかということに。これだけの数と戦ってそれ程ヘトヘトになってないからな。

「ご主人、まだ終わっていません、足元を見てください」

 スカーレットの言葉を聞くと同時に地面を見る。すると巨大な移動魔法陣が現れていた。

「これは……デカいの来るぞ」

 すぐに移動して魔法陣内から外に出る。その瞬間、魔法陣は光の柱を上げた。

 召喚されたのは巨大な海洋生物系モンスターだ。っていうかタコだタコ。ぱっと見は高さ五メートル、横は二十メートルって感じでボディーは紫色、足は二十本ぐらいありそう。

 海洋生物系のビッグモンスターってゲームでは強いんだよな。特にレトロなやつではヤバい。船を手に入れた後とか調子乗って遠くまで行きすぎてよくボコられたっけ。

 でも巨大なタコって、どこの世界でもテンプレなんだな。そのうち出てくると思ってたよ。もしかしたら次はイカかも。

「こいつがメインディッシュか」

 ここまでのバトルでテンション上がってるからか不思議と感じないが、恐らく凄いプレッシャーを放っているはずだ。その証拠にクリスとレオンは物凄くビビっている。

 この大きさだし上級の冒険者パーティーでも戦わないのが得策だろう。まあ離れて戦える魔道士の攻撃魔法があれば別かもしれないけど。

 さてと、デカいうえにヌメヌメのうにょうにょだしどう戦おうか。とりあえず足を一本一本破壊していくか。

「足いっぱいあるし、何してくるか分からない。三人とも危ないから下がっててくれ」

 そう言った瞬間三人が返事するより早くタコモンスターが先制した。足の一本を鞭のようにしならせフルスイングする。

 反射的に迫りくるタコ足にカウンターでハンマーを叩きつけた。大きな打撃音と同時に直撃した部分がえぐれるように破壊され、千切れて残った足は煙を出し消滅する。

 よし、いけるぞ、足はなんとかなりそう。問題は胴体部分だ。かなり近づかないと攻撃できない。けど上級のモンスターは裏技とか持ってそうだし安易に間合いを詰められない。

 足を一本失っているモンスターだがお構いなしに同じ攻撃を、今度は何本もの足で連続して繰り出してくる。こっちも同じようにハンマーを力任せに振り回し応戦する。気が付けば一気に四本の足を破壊していた。

 運も味方している。これは楽勝かも、と思ったその時モンスターはいきなり墨のようなものを勢いよく大量に吐いた。

「ヤバっ、毒じゃないだろうな」

 散布された墨は黒い霧になり辺りを覆い完全に視界を奪う。だが真っ暗になったわけではなく、うっすらと眼前だけは見えている。墨の中に居たのは俺だけで、三人は指示通り後方へと逃げていた。

 やっぱ上級モンスターは攻撃パターンが一つの単純バカじゃなかった。前方に気配はするけど、あれほど巨大なタコの姿が本当に見えなくなった。

 その場に居るのは危険と思い霧の中から逃げようとしたが、突然タコの足が眼前に現れる。猛スピードで襲いくる一撃を回避できず直撃を食らい信じられないほど勢いよく吹き飛ばされ、霧の範囲を突き抜け遥か後方の壁に激突して地面に落下する。

「いってぇ〜、やってくれたなタコヤロー」

 タコ足の一撃と壁に激突したのと両方ともそこそこ痛かったぞ。ただステイタスを見たらHPは減ってない。自分で言うのもなんだが、これで1すら減らないとか防御力神レベルだな。打撃のダメージじゃまったく死ぬ気しねぇ。

「ご主人、お怪我は」

「運よくどこも怪我してないよ。それよりあの黒い霧、厄介だな」

 すぐに立ち上がりタコモンスターの姿を隠す黒い霧を見つめた。

「にゃにゃっ、ご主人様、真っ黒なのにゃ」

「おわっ、ほんとだ。シャツとジーパン、スニーカーまで墨で黒くなってる。あのタコめ許さん」

 これ洗っても無理っぽい。Tシャツやられるの何枚目だよ。ご臨終のペース早すぎるっての。スニーカーなんて買ったばかりなのに。まあ魔道具だから簡単に汚れは取れるらしいけど。

「でもどうやって攻めようかな。遠距離攻撃できたらなぁ」

「そんなに強いのに剣技や攻撃魔法を使えないのか?」

「まあ……色々と訳ありなもので」

「あっ、聞かない約束だったな。そうだ、じゃあアッキー、私の剣を使ってくれ」

 そう言ってレオンは魔剣を前に出した。

「えっ⁉ いいの?」

「勿論だ。この魔剣は持ち主を選ばないし、アッキーの強さなら本当の意味で魔剣を使いこなせる。だから使ってくれ」

「分かった、有り難く使わせてもらうよ」

 スゲーーーっ、ド素人冒険者の商人なのに魔剣で戦える。テンション超爆上がりだ。すぐにハンマーをレオンに渡し魔剣を受け取った。

「おっ、握り心地は良いね。それに軽い」

 やれる気がするぅぅぅぅぅっ‼ 更にテンションアップ。

「にゃん⁉ ご主人様、黒い霧の範囲が広がってきているのにゃ」

「完全に視界を奪ってから俺たちをやるつもりだな」

 足を何本か破壊されてから考えるようになってやがる。タコのくせに生意気な。

「レオンさん、時間がない。魔剣の使い方、簡単に説明して」

「その魔剣は使い手の強さに合わせ魔力を生み出す。つまり強ければ強いほど扱える魔力が強大になる」

 それってトンでもないような気がする。俺自身に魔力が無くても職業やステイタスに関係なく、ただ純粋に強ければいくらでも剣が魔力を作り出す。どんな変換や制御システムか分からないが、超人パワーとは相性最高の夢の武器かも。

 でも魔力を使った分だけ体力を消耗するので無制限に使えるわけではないとのこと。気を付けないと魔力の使い過ぎで疲労困憊し、戦えなくなってしまう。

「使い方は簡単で、ただイメージすればいい。それだけで魔力の強弱を自在に制御できる」

 なるほど、イメージか。って言われても魔力を使って発動させる魔法も知らないし、魔力自体がどの程度のパワーかも分からない。

 慣れるまで手探りでやるしかないか。ちょっと何が起こるか分からないから怖い。

「で、遠距離攻撃はどうするの?」

「それもイメージだ。使いたい強さの魔力を剣から放出させ、モンスターに向かって振り抜けばいい。その時に斬撃を飛ばすイメージをすれば、技として形となる」

「わかった、やってみる」

 簡単そうで難しそうだが、もうやるしかない。墨の黒い霧は眼前まで迫っている。

 数歩前に出て魔剣を構える。そして炎が大きく燃え上がるイメージをした。すると魔剣はイメージにシンクロし、魔力を黒い炎のように刃全体から勢いよく放出した。

「すっ、凄いぞアッキー、なんて魔力の量だ」

「まだまだぁ、もっといける‼」

 調子に乗って更に強く大きい炎をイメージする。

「アッキー、無茶をするなっ」

「大丈夫だって、まだ全然本気じゃない……と思ったけど」

 魔剣はイメージを遥かに超える凄まじい魔力を放出している。黒い炎と化した魔力は剣の長さの三倍以上になった。

「おいアッキー、本当に大丈夫なのか、凄いことになってるぞ」

「も、問題ない。暴走はしてないと思う。このままいく」

 正直ビビってるし周りの空間ビリビリ震えてるけど、手に負えない感じはない。とはいえ、見た目はキャンプファイヤーに油を注いだ大炎上状態だ。

 このまま斬撃を自分なりにイメージして剣を振ればいいんだよな。

「やってやるぜっ、おらぁ‼」

 マンガやアニメでよく見るような三日月形の斬撃をイメージして、力を込めて魔剣を振り抜く。

 その瞬間、巨大な三日月形の斬撃が本当に撃ち放たれ、眼前まで迫っていた黒い霧を吹き飛ばし猛然とモンスター目掛けて突き進む。

 黒い炎の塊のような巨大な斬撃を繰り出した時、反動が凄まじい衝撃波となり襲ってくる。超人パワーがなかったらその場に踏み止まれずに飛ばされていた。

 魔力で作られた斬撃はタコモンスターに直撃すると、切り裂くのではなく爆裂魔法のように大爆発した。

「うおっ、マジかっ⁉」

 強烈な爆音が轟き岩山全体が大きく地震のように揺れ、俺たちがいる空間は炎と煙が埋め尽くし、爆風が怒れる龍の如く荒れ狂う。

 この時モンスターの気配は消えていた。間違いなく倒したはずだ。てか魔剣スゲーよ、威力半端ない。

 しかし俺としたことがウルトライージーミス。斬撃を放つ時、カッコいい技の名前を言うの忘れた。なんてこったい。

「みんな大丈夫か」

 まだ煙が充満してて視界が閉ざされているが、後ろでゲホゲホ発しているから生きてはいる。

「はいにゃ、クリスチーナは大丈夫なのにゃ」

「ご主人、スカーレットも無事です」

「アッキー、私も怪我はしていない」

「そうか、よかった。とりあえず、煙がおさまるまでその場で待機な」

「御意」

「はいにゃ」

「了解した」

 程なくして視界が少し回復したところで三人が近付いてきた。

 既にモンスターは消滅しており、地面やその周りは爆発で大きく削れていた。まさか上級と思われる巨大系モンスターを一撃で倒せるとは。

「なあアッキー、こいつら爆発の時、私の後ろに隠れたんだがどう思う。私を盾にしたんだぞ」

 その重装備ですから緊急時は反射的にするでしょ普通。

 因みに俺の方は魔剣から放出されるトンでもない魔力がバリアーのように爆風と炎を防いでくれた。今は魔力は沈黙して、ただの剣の状態だ。

「そりゃまあ……偶然ですよ偶然。そうだろ二人とも」

「勿論偶然です」

「偶然なのにゃ」

「……なんだか納得できないなぁ」

「にゃは、そんなことよりみんなススだらけなのにゃ」

「お前のせいだバカ猫、全部お前が悪い」

「にゃにゃん⁉ スカーレットちゃん酷いのにゃ。クリスチーナは何もしてないし、何もできない子なのにゃ」

 クリスさん、聞いてるこっちが悲しくなるよ。

「お前たちうるさいぞ。それよりアッキー、無茶をしすぎだ。生き埋めになるところだぞ」

「申し訳ない、気を付けます」

 魔剣がここまで凄い力を発揮するとは。これは周りに人がいたら使えないかも。ただ調子に乗ったけど本気ではなかった。魔力制御が分からないから、一発目は軽くやったつもりなんだよ、俺的には。

 魔剣は使い手の強さに比例して魔力をいくらでも大きくするのだが、俺の強さってどんだけチートなんだろ。限界数値を冒険者レベルとかで知りたいぜ。もしかして、また力が上がっているのかも。

 しかし流石に魔力を使い過ぎたかも。少し疲れた気がする。この疲労が魔剣に体力を食われたってことか。

「本当に驚いたよ。使い手が変わればこうも違う物になるとは」

「レオンさんはただ、本気を出して戦ってないだけですよ。いざ上級モンスターと戦いになったら、同じようなことができますよ」

「いや、それはない。私ならすぐに逃げているはずだ」

「だからたまには戦いましょうよ、レベル30なんだから」

「それは無理だろ」

 ホンとこの人、俺の前では開き直ってるよ。潔すぎだろ。正体隠してたのが本当にストレスだったんだろうな。

 でも戦えば絶対に強いはずなんだよ。気持ちの問題で変わると思う。そもそもザコだけ倒してレベル30とか、めっちゃバトル好きじゃないと無理でしょ。更に魔剣付きのフル装備だからね。

「レオンさん、この魔剣ってランクが低いようなこと言ってたけど、値段はどのぐらいするの?」

「……それは金貨千枚ぐらいかな」

「千枚⁉ 高っ、なにそれ、魔剣ってそんなに高かったんだ」

 金貨一枚が三万円として、千枚だから三千万円かよ。

 都心じゃなかったら新築マンション買えるんじゃないの。やはりレオンはお金持ちのお坊ちゃま確定だ。ザコ狩りでレベルを上げられたとしても大金を稼ぐのは無理だろうからな。

 しかしランクが低い名もない魔剣でこの値段。上級の魔剣っていったい幾らなんだよ。億越えとか普通にありそうだし、どれだけの攻撃力があるのか考えただけで恐ろしい。更にチートな特殊能力もあると予想される。

 怖いけどワクワクもする。いつかは自分専用の魔剣が欲しい。今日の冒険での稼ぎから考えても、頑張ったら買えそうな気がしてきた。

「ご主人様、お金や武器を拾ってきたのにゃ」

 レオンと話している間にクリスとスカーレットは広範囲に落ちている原料を拾い集めてきた。

「ご苦労さん。あのタコのモンスターの原料はどうだった?」

「爆風で飛ばされていましたが、金貨が四つありましたので、恐らくそれかと」

 スカーレットの説明を聞いて少しがっかりした。

「金貨四枚か……デカいだけかよ」

 さっき戦った赤いカバで金貨五枚だから、あれよりレベル低いモンスターってことなのか。

 まあ巨大なだけで攻撃は単調だし、それほど強くなかったけどね。と言ってもぶっ飛ばされたし一番苦戦したかも。魔剣がなかったら簡単には倒せなかった。やっぱ相性ってやつがバトルにはあるんだな。勉強になった。

「あの、レオンさんの取り分って、どのぐらいですか?」

「いや、別にお金はいいよ。役に立ってないし」

 悲しいけど自覚はあるのね。でもレオンの装備は大活躍だけど。

「じゃあ有り難く、全部貰っておきますね」

 ゴブリンは小銅貨だから二百枚で二万円、トロールは中銅貨二枚だから十五匹で三十枚の三万円、タコが金貨四枚で十二万円、計十七万円。

 一回のバトルでこの額なら上出来だ。今日だけでかなり稼げた。当分は家賃と生活費の心配しないですむし、色々と買い物できる。

 因みに我が家の犬と猫は凄く重いのに頑張ってトロールのハンマーを十五個、ちゃんと拾って魔法の道具袋に入れていた。

 てかハンマーだらけだ。一回の冒険で十七個ゲットだけど、ここまで簡単に入手できるなら街の武器屋には腐るほどあるんだろう。やはりハンマーは熔かして原料にするのが正解だ。

 そだ、ステイタスの確認だ。デカいタコも倒したし、レベル上がってるだろ。

 確認すると商人レベルが一つ上がって14になっている。あとパーティー設定しているスカーレットもレベルが一つ上がって21になっていた。

 一息ついていると、空間の真ん中あたりに移動魔法陣が現れる。

「嘘だろ、まだ続くのか」

 レオンが呆れ口調で言った。

 だが魔法陣からは何も送られてこず、ただそこに存在し、怪しく光っている。

「ご主人、これは何でしょう。意味があるように思えますが」

「どうやらパーティーに招待してくれるみたいだな」

 この魔法陣を使ってこっちに来い、そう言われている気がする。

「アッキー、それって罠だと思うが」

「その可能性もあるけど、この先でボスが待っていると思う」

「魔王なのにゃ、魔王がいるのにゃ」

「黙れバカ猫、はしゃぐな」

「にゃん、スカーレットちゃん顔が怖いのにゃ」

 クリスがそう言うとスカーレットは透かさずお尻を蹴っ飛ばした。口は災いの元だよクリスさん。いつになったら学ぶのさ。

「ステージボスがイスカンダルとして、この先に居るのは裏ボスかな」

「あの魔人より強い奴が出てくるのか……」

 レオンさんなにビビってんすか、どうせ戦うの俺じゃないですか。

「そうだアッキー、また魔人が出てくる可能性もあるし、私の盾も貸すよ」

「それは有り難いです」

 遠慮なくレオンから盾を受け取る。ついに魔剣と盾を装備だ。

 テンション上がるぅぅぅ。これよこれ、冒険者やってる気分になる。できれば全身鎧も借りたいよ。レオンのは様々な耐性だけじゃなく、魔法の力で温度調整されるから灼熱極寒関係なく装備できる高級品だ。いつか儲けて買ってみたい。

「ここからは一人で行きます。本当にボス戦になった時に、誰かが近くに居たら危ないので」

「ご主人、私は大丈夫です、戦えます」

「クリスチーナも一緒に行きたいのにゃ」

「ダメだ。誰も連れて行かない。誰かが側に居たら本気で戦えない。まだ魔剣を制御できないから」

「……御意」

「はいなのにゃ」

 二人は元気なく耳と尻尾を下げて返事した。

「レオンさん、二人を連れてこの岩山から出て、ダンジョンに移動できる魔法陣のところまで下がっててください」

「わかった、そうしよう。つわものにしか分からない、危険な気配を感じるんだな、アッキー」

「まあ、そんな感じです」

 この先には本物の怪物がいる気がする。いや、絶対にいる。もしかしたら魔王かもしれない。

 ちょっと怖いし不安もあるけどいまドキドキワクワクしている。俺ってこんなに肝の据わった奴だったんだな。自分で驚くよ。バトルで無双してお金をいっぱい稼げたからテンション上がっておかしくなってるのかも。

「じゃあ行ってくる」

 魔法陣の中に入ると魔法が発動して光の柱を上げ、どこかへと一瞬で移動させられた。

 送られた場所は大きな培養菅が左右に何十個も立ち並ぶ、薄暗くてひんやりしている研究室だった。その培養菅の中は緑、青、赤、紫などの培養液と製造途中のモンスターらしき物が入っている。様々な大きさの培養菅の上には巨大なパイプ配管が張り巡らされ、培養菅から木の根のように出た配管やケーブルで繋がっている。

「ここヤバい場所だな」

 辺りを見渡しながら自然と出た言葉だった。

 この研究室はドーム球場ほどあるさっきまで居た空間と同じぐらい広く天井も高い。壁や地面の感じからして恐らくまだ巨大な岩山の中で、今まで居た場所の上か下の階と思われる。

 とにかく不気味なんだが、ここが予想していたモンスター工場で間違いなさそうだ。つまりロイ・グリンウェルがどこかに捕まっているかもしれない。面倒だけど助けて連れて帰れば、セバスチャンの依頼の方は一件落着だ。ただ恐れているのはその後の事だ。もしかしたらロイとも一緒に住むことになるのだろうか。

「よく来たね、冒険者殿」

 気配なく突然正面に現れ言ったのは、見た目が人間の男性だった。俺は驚いて思わず後退る。が、その者の顔を見て更に驚く。

「いや、冒険者というより、異世界から召喚された勇者の方かな」

 凄く穏やかな喋り方でフレンドリーなんだが、なんだよこいつの顔、まさか……ロイ・グリンウェルなのか?

 顔と声、体つきまでマンドラゴラのセバスチャンにそっくりだ。もしもこいつがロイなら、自分をモデルにしてセバスチャンを作ったに違いない。

 髪は金髪で瞳がブルー、ちゃんと服を着ているところはセバスチャンとは違う。勿論、頭にタンポポは生えていない。

 服装は白いワイシャツと黒いズボンと靴で、医者とか博士みたいな丈の長い白衣を着ている。

 あと気になるのは見た目の年齢だ。六十代と聞いていたのに二十代半ばにしか思えない。どういうカラクリなんだ。

 てかまたイケメンが現れたよ。もうイケメンはお腹いっぱいっす。

「人の顔を見て、何を驚いているのかな、勇者殿」

「いやいや、勇者とか冒険者じゃないので」

「ほう、ならば何者がここへやって来たのでしょうか、教えてもらえるかな」

「何者というか……商人ですけど、なにか?」

「ふふふっ、面白いことを言う」

 まあデカい盾と魔剣を持ってるんだから普通は冗談と思うよね。笑われて当然ですな。

「あれほどの数のモンスターを倒したとはいえ、ここへ一人で来るとは、よほど自分の強さに自信があるんですね。やはり勇者殿かな」

「俺が何者かはなんでもいいよ」

「私的にはなんでもよくないのです。君がこの場に居るということは、イスカンダルという魔人を倒したということだね。あれは残念ながら頭の方は悪いが、それなりに強いんですよ」

「何が言いたいんだよ」

「見たところ、イスカンダルを倒せる風には思えなかったもので。何がどうなって君がここに居るのか理解不能なのです」

 こいつ、俺の戦いを見ていたわけじゃないってことか。

「いま自分で言ったじゃねぇかよ、あいつはバカだってな」

「ふむ、なるほどねぇ……それでもまだ、理解できませんね」

「色々と運が良かった、と言っておこうかな」

「運ですか……あの魔人は運では倒せませんよ。上級の冒険者パーティーが何組かいても厳しい相手ですから。しかも試作品とはいえ、運で私の作ったモンスター達を倒したというのかな」

 喋ってる内容が完全に敵側なんだけど、名前を聞くのが怖いぜ。っていうかこの人、工場長なんですけど‼

「……そういうことですか。分かりましたよ、あなたの正体が」

「えっ、しょ、正体って、なに?」

「黒い髪に黒い仮面、黒い服装と黒い盾、そして魔剣、最近よく噂を聞く二つ名の冒険者、漆黒の魔剣使いとは君の事だね」

「いやいやいやいや、違うから、それ絶対に違うから‼ そこ勘違いされたくないところだから‼」

 確かに色々と黒いけど人違いですから。服が黒いのはタコモンスターの墨のせいだし。

「その見た目で魔人や上級モンスターを倒したのなら、漆黒の魔剣使いで間違いないはず。ちょうど会いたいと思っていたんですよ」

「人違いだっての。てかなんで二つ名なんかに会いたいんだよ。基本危ない奴ばっかだと思うけど」

「理由はね、君が私の邪魔ばかりするからだよ」

「はぁ? 訳が分かんないけど」

「なら教えてあげよう。まず一つ目は」

 何個もあるのかよ。今日のバトル以外では身に覚えないんだが。

「砂漠を越えた先にあるジャングルのダンジョン。私はそこで第三研究所を造る予定だった。故に冒険者たちが入り込めないように、門番となる強いモンスターを配置しておいた。が、君に倒された」

 ……それって巨大な猪型のモンスターのことか。確かに俺が倒したけど、表向きにはレオンがやったことになってる。

 って事はアレ、魔造の上級モンスターだったのか。だったら高価な原料ゲットできたんじゃないの。知らない事とはいえ惜しいことをした。

「二つ目は砂漠のダンジョンだ。ここは第二研究所として既に手を入れていた。下層部へ行けないように数々のトラップを仕掛けていたのに、その全てを君が破壊してルートを作った。既に冒険者だらけと聞いている」

 スカーレットが言ってたな、ダンジョンを改造してる奴らがいるって。あの極悪トラップ地獄はこいつの仕業だったんだな。しかし言われてみれば確かに邪魔ばかりしてるかも。

「そして今日もまた私の邪魔をする。本当に困った人ですよ、漆黒の魔剣使いさん」

「だから違うって」

「何か名乗れない訳があるみたいだね」

 なにこれ、まだ続くのその話。掘り下げられても困るんだけど。

「もう俺の事はどうでもいいよ。それより、あんたもしかして、ロイ・グリンウェルって名前じゃないのか」

「ほう、私の名前を知っているとは」

 やっぱそうだったか。これで人探しは完了だが、ここからはスゲー面倒なことになりそう。この先の展開が読めない。既にカオスだよ。ただただ嫌な予感しかしない。

「俺はここに、マンドラゴラのセバスチャンに頼まれて、あんたを探しに来たんだ」

「セバスチャン……そういえばそんな者がいましたね。今まで忘れていましたよ。あの街でのことは、思い出したくもない悪夢ですから」

「え〜っと、状況が分からなくなってきた」

 ロイは誘拐されて嫌々モンスターを作ってたんじゃなさそう。それにもう街に戻るつもりはないみたいだ。

「君が知っているロイ・グリンウェルとは、いったいどんな人物か、教えてもらえるかな」

「どんなって、確か別の大陸で魔道士やってて、どこかの国に雇われて、ゴーレムとかモンスターの研究をしてた。でもその国が魔王との戦いで滅びかけたから逃げたんだよな」

「ほほう、よく調べてありますね。で、その後は?」

 ロイは楽しそうにニヤニヤと怪しげな笑顔を見せている。薄気味悪いし普通に怖い。

「だからディアナ大陸に逃げてきて、南にある商人の街、ゴールディ―ウォールに住み着いた」

「私はそこで何をしていたんでしょうね」

「変な生き物の研究とか、花屋?」

「ふふふっ、あっははははははっ‼ そう、その通りだ。私はそんな馬鹿なことをして時間を無駄にしていたんだよ」

 なんだよこいつ、いきなり人が変わったように険しい顔して激情的になったぞ。

「まったくもって悪夢だ。思い出すと虫唾が走り怒りが込み上げてくる」

 ロイは眉間に皺を寄せた怒りの表情で言った。その瞳には憎しみによって生まれた狂気が満ちている、そんな風に感じた。更に全身からオーラのようにまがまがしい魔力が放出されている。こいつもうヤバい奴で確定だろ。いつでも戦えるように心の準備だけはしておこう。

「おっと、これは失礼した。少し取り乱してしまったね」

 我に返ったように平静を取り戻し、ロイは魔力の放出を止めて真顔になった。

「君はわざわざ私を訪ねてきてくれたわけだし、本当のことを話してあげよう。真実とは、なかなかに面白いものだよ」

 これって冥土の土産に話してあげよう、っていうテンプレの死亡フラグなんですけど。聞き手と話し手どっちのパターンもあるよね。俺がモブならヤバかったが、ちょっとロイさん大丈夫なの、漫画やアニメじゃマジで死んじゃうやつだよ。ほぼ回避不能だからね。まあ俺には関係ないからいいんだけど、ってそんなわけない。だって今ここに居るの二人だけなんだから、フラグを成立させる死刑執行人は俺じゃんか。

「さて、何から訂正しようか……」

 やだもう無理。このタイミングでノリノリのロイさんの話を止めるとか無理ゲーすぎますよ。まったく空気の読めないおバカのクリスを連れてくればよかった。後はイスカンダルがまた現れて、この場の雰囲気とか流れを壊してくれたら有り難い。でも必要な時に天然って来ないんだよな。

「さっき君が話したことは、とある国に雇われて研究していた、というところまでは事実だ。でもね、国に攻めてきた魔王とその軍なんていなかったんだよ。だってあれは、私がやったことだからね」

 また怖いことを言い出したぞ。しかも言った後に高笑いしてやがる。

「私はね、自分の作ったモンスターがどのぐらいの完成度、そして強さか試したかったんだよ。だから魔王の噂を流し国をかく乱させて、自分のモンスターを次から次に攻め込ませた。それはもう滑稽だったよ。兵士も冒険者たちも、何も知らず必死に戦っていたからね」

 おいおいマジかよ。話がヘビーすぎるだろ。

「魔王の名は本当にいい隠れ蓑になった。驚くほど自由に行動できたし、何もかも思うとおりに事は進んだ」

 誰か助けてぇぇぇぇっ。もう話し聞きたくないんですけどぉ。

「だがっ‼ あと少しで国一つを滅ぼせる、という時に、あの忌々しい金髪のエルフがどこからともなく現れた」

 えっ、金髪のエルフ? なんだか嫌な予感しかしませんよ、その先の話は。まさかあのお方がそんなところにまで絡んでいるとかないですよね。

 うん、ないない、ある訳がない。そんな偶然あってたまるか。

「まさに金色の破壊神、圧倒的だった。簡単に私のモンスター達は壊滅させられた」

 キターーーーっ‼ 出ちゃいましたかその二つ名が。

「更に研究所までもが破壊され、私自身も死にそうになった」

 もう笑うしかないよ。あの暴君エルフがまさかの救世主って。

 知ってか知らずか、いやまあ知らずの方だけど、あいつのご乱行もたまには役に立つんだな。てかロイさんや、よく生き延びれたな。あんたもしぶといこと。

 しかしディアナ大陸に来た、というか逃げてきた理由がアンジェリカにフルボッコにされたからとか普通に泣ける。まあ悪人だから同情の余地はないか。自業自得だな。ホンとアンジェリカさんお仕置き乙。

「分からないのは、奴が何のために戦ったのかだ。情報では金で雇われたわけでも知り合いがいたわけでもなかった。なのに何故、たった一人でモンスターの大軍と戦うのか」

 なに言ってんのこいつ、あの暴君の行動に意味とか考えがあるわけないじゃん。正義も悪もない、ただ暴れたかっただけだし。機嫌が悪くてむしゃくしゃしてたんだろ、どうせ。

「なんとか一命をとりとめた私は再起を図るためこの大陸に来た。その後すぐ、とある国に狙いを定め、研究者として取り入ろうとした」

 また同じことをしようとしたのかよ。回りくどいことしてないで、さっさと魔王を名乗ったらいいのに。まあモンスター作るにも金や人手が必要なんだろうが、基本的に裏でコソコソやりたいタイプなんだろうな。いま喋ってる時は、まさに陰謀とか策略とか好きそうな顔してるし。

「うまくいきかけていたある日、その国はドラゴンを操る魔人に襲撃された。だがそこへまた、あの金色の破壊神が現れた」

 ははっ、スゲーな、あいつどこまでも絡んでくるじゃん。流石真正のストーカーだ。

 もうアンジェリカ絡みの事は聞きたくないし聞かなくても、ウルトラハードな悲劇が起こったのが分かる。

「ドラゴンと魔人と破壊神が戦った時に私は逃げ遅れ、また死にかけた」

 国が襲撃された時にアンジェリカが来たってことは、街中で戦ってたわけだし、考えただけで恐ろしい光景だ。いったいどれだけの人が亡くなったんだろ。

 アンジェリカが今も無事でいるってことは、その戦いでドラゴンと魔人のコンビに勝ったんだな。ホンと恐ろしい子。

 それにしても立て続けのストーカー被害、これはあれかな、日頃の行いが悪いからってやつだね。女神様はちゃんと見てるよ。

「運が悪く頭部にダメージを負ったせいで、名前と日常生活に必要なもの以外の記憶を失った」

「えっ⁉ それって記憶喪失」

 どこまで運がないんだよ。やっぱ悪いことしてるからだって。悪の栄えたためしなし、とはよく言ったものだ。

 だがそうなると、アンジェリカが悪ではなく正義になってしまう。ただ考えてみると、アンジェリカが暴れた後って結果的に良いことが起こってる気がする。二つの国は滅ぶことなく救われ、消滅したアリマベープ村は温泉が湧いたし……まさか本当に救世主?

 いやいやいやいや、ないないない、絶対にない。もしもそうなら俺が女神のところに行って説教してやるぜ。

「記憶を失った私は別人のようになり、目的なく旅を続けゴールディ―ウォールに辿り着いた」

「それで色々あって花屋になったわけだ」

 たとえ記憶が無くてもモンスターとか変な生物を作ることはなんとなく覚えてたんだな。それで生まれたのがセバスチャンというわけか。

 悪人の時に作った生物じゃないから、セバスチャンは悪い影響を受けず温厚で優しい奴になったんだと思う。

「だがある日、取るに足らない出来事で、私は記憶を、自分を取り戻した」

 話によると、庭でロイが躓いて倒れそうになり、それを支えようとしたセバスチャンと頭と頭がぶつかり、その衝撃で記憶を取り戻した、とのこと。ってこらセバスチャン、前に記憶飛んだのこれじゃんか。全部お前のせいかよ。スーパーミラクルな頭突きかましてんじゃねぇ。

「忌々しい破壊神め、奴のせいで時間を無駄にしてしまった。この私が花屋をやりながら穏やかな時間をすごすなど、考えただけで胸糞悪い。これ以上ない屈辱だ」

 もう顔が別人だ。鬼のような形相で怖いっての。

「しかもあのエルフはまた私の邪魔をした。試作品だったが画期的な新型スライムを村ごと薙ぎ払った」

 えっ、アレって……。

「実験のために解き放ったばかりだったのに、まったくもって許せん」

 いやそれ村人のセリフだから。突然大量のスライムがアリマベープ村に現れたのは、そういう理由だったのか。

「あのスライム達は、コアを持っている個体が倒されない限りすぐに復活する。ほぼ無敵状態であり、攻撃を受けるたびに増殖していく」

「それは確かに画期的かもね」

 でもチート火力で一撃だったけど。残ってた一匹はもしかしたらコア持ちだったのかも。そうなら止めを刺してなかったら増えてたってわけか。

 アンジェリカが一撃で決めてなかったら、俺とスカーレットだけで大量にいた特殊なスライムを倒せただろうか。普通に考えて無理だよな。だって復活して増殖していくんだから。コアを持った奴は前線に居ないだろうし。そう考えると俺はあの時アンジェリカに助けられたのかも。

 ちょっと頭痛くなってきた。アンジェリカ関連で深く考えるのはやめだ。ここで話しの流れを変えよう。

「で、記憶が戻ったからさっそく魔王に取り入ったわけか」

「その通りだ。国でもよかったのだが、魔王と名乗る者が近くにいたので利用してやろうと思ったんだよ。本来は人間がモンスターを作るなど不可能だが、私はそれを可能にした。だから魔王も面白がって簡単に仲間にしてくれたよ」

 魔王が人間信じちゃダメじゃん。イスカンダルもだけど、魔人族って基本バカというか天然なのかよ。

「不可能なのにどうやって作ったんだよモンスター」

 ここスゲー気になる。俺もゲーム感覚でモンスター作ってみたい。それに商売にもなりそう。

「まだ十代のころだった……」

 ロイさんノリノリだな。それ話してくれるんだ。

「遺跡系ダンジョンへ行ったとき、仲間が連れていたバカな半獣人奴隷が次々にトラップを発動させ死にそうになった」

 ははっ、なんだよそれ、俺の冒険と一緒じゃん。どこにでもいるんだな、クリスみたいなド天然半獣人。

「だがその半獣人のお陰で隠しルートなども発見し、偶然に偶然が重なり見つけてしまったのだよ、伝説の大賢者、マリウスの書物を」

 んっ、待てよ……クリスはセバスチャンと会った時、見たことある顔だと言っていた。それに東の大陸にも行って遺跡系ダンジョンで冒険したとかなんとか……。

 まさかまさかのクリスチーナ本人なのか⁉ てかそんなドジっ子半獣人がそうそう居るわけない。やはり我が家の愛猫、クリスなんじゃないの。だとしても、だから何なんだよって話だが、こんな事あるの⁉ マジビックリした。

「それは何種もあるうちの一つだったが、ゴーレムやモンスターの製造方法が記されていた」

 どこで絡んでなんてことしてくれてんだよ我が家の猫は。全ての原因、元凶じゃねぇかよ。なんかもう繋がりすぎて怖いよ。

「他人の技術ってことか」

「だとしても、簡単なことではない。私だったからこそ、作ることができたのだ」

「自分が天才だといいたそうだね」

「そういうことではない。私はその奇跡の技を知った時、魂が熱くなり震え、闇に飲まれるのを感じた。心の底から魅了されたのだ。ふふっ、誰にも分からないだろうね、あの日あの時の感動は」

 もう顔がヤバいっての。完全にマッドサイエンティストだよ。

「誰よりも研究に没頭できたから完成したってことか」

「理解してくれたようだね」

 本があっても俺じゃ無理っぽいな。てか大賢者、物騒なもの残すなよ。悪用されてるだろ。

「長くなってしまったが、これが真実だ」

 うん、本当に長い。ここに来てからの会話だけで、アニメなら一話分ぐらいあるんじゃないの。

 でも流石にアンジェリカやクリスが登場したのは驚いた。俺のこれまでの旅も色々と関係していたし。とりあえずロイにはアンジェリカが知り合いだとは内緒にしておこう。

「本当のロイ・グリンウェルが、とことん悪党なんだと分かったよ」

「それはよかった」

 こりゃセバスチャンには言えないな。さて、これからどうするか……ってどうなんのこの後は。

「あのさぁ、街に戻らないのはそっちの勝手だけど、魔王軍に残るのなら問題があるんだけど」

 放置してたらゴールディ―ウォールに攻め込んでくるかもしれない。街にはアンジェリカがいるわけだし、戦いになったら何もかも消滅してしまう可能性がある。せっかく住むところを見つけたのに、こいつらのくだらない喧嘩で壊されてたまるかっての。

「魔王軍か、ははっ、そんなものもう何処にもないよ。魔王は死んでしまったからね」

「し、死んだって、どういう……魔王が?」

「あの人、色々とうるさいから、ちょっと小突いてやったんだよ。そしたら死んじゃったよ」

 おいおい、どういうことだよ。本当のカオスなんですけど。今すぐ帰りたい。

「魔王を簡単に倒せるほどの魔道士だったの?」

「まさか。私は冒険者としては二流の魔道士だったよ。ただ、今の私はもう人間ではないからね」

「……随分と怖いこと言いますね」

「私はあの破壊神にこの手で復讐するために、人であることを捨てた。今の私は魔人やモンスターとの融合体。そう、女神も含め、私は全ての生物を超越した存在になった」

 ロイは言い終わると同時に高笑いした。なんだかもうただただ面倒臭いぜ。どこのテンプレのボスキャラだよ。

 アンジェリカさんご指名ですよ。ホンといますぐここに来て責任取れっての。

「金色の破壊神と戦う前に、私のモンスターを倒した君には、ここで死んでもらおうか」

 そう話しながらロイは全身から抑えきれず漏れ出すように、まがまがしく強大な魔力を放出している。

「やっぱそういう展開か」

「やっと設備が整って順調にモンスターが造れるようになったところで、別の二つ名が現れ邪魔をするとはね」

 だからさぁ、ちょっと訳ありな新米商人だっての。

 しかしこれからモンスターを大量生産するつもりだったのかよ。本気で軍を造るつもりだな。あぁ怖。なんで俺はこんな面倒なことに関わっちまったんだ。やっぱ猫か、猫を助けたせいか。

「もうそれ、呪われてるんじゃないの」

 って俺の方が呪われてるよ。猫の呪いだよ。

「なるほど、呪いか。ならば呪いの元を一つずつ、この世から消していくとしよう。勿論、最初は君だよ、漆黒の魔剣使い」

 ははっ、もう訂正するのも面倒だ。

 ここでロイが一気に魔力を高めて放出した。これは凄い、トンでもない魔力を感じる。今までのモンスターやイスカンダルと比べても桁違いといえる。

 放出される魔力が衝撃波となって周囲に襲い掛かり、立ち並んでいる大きな培養菅を破壊する。俺も踏ん張ってないと吹き飛ばされそうだ。更に空間全体がビリビリと震え、天井や地面も大地震のように揺れている。

 てか研究室を自分で破壊してますけど、それはいいのかよ。俺が先に壊してたらスゲー怒られそうなんだが。

「真の姿を見せてやろう」

 そう言った瞬間からロイの体がどんどん大きくなっていく。

 筋肉が盛り上がり服も靴も全て千切れ飛ぶ。そして体の色がグリーンに変化して肌の質感も硬そうになる。瞳は赤く白目の部分は黒くなり、髪は抜け落ち顔は白人美形の原型なくドラゴンのようで、頭の左右と正面に角がある。背中には大きくて黒い蝙蝠の羽、尻には恐竜を思わせる太い尻尾が生えた。ふくらはぎ辺りから下の足は恐竜っぽい感じだ。

 大会中のボディービルダー並みの完璧な肉体美で、身長が三メートルぐらいまで巨大化している。眼前にすると威圧感が半端ない。でもなんだかカッケー、ガチの変身だよ。姿は魔人族とリザードマンを合わせたっぽい。

 厄介そうなのが、体に埋め込まれている赤い魔石だ。恐らく魔力を増幅させるものとみた。胸の真ん中に大きめの魔石があり、その上に小さいのが二つずつ、腕や脚の側面に三つずつ、丸みのある両肩にも付いている。

 セバスチャンには悪いけど、ロイを連れて帰るのは無理だ。本物の悪党だし既に人間でもない。流れ的にここで倒す事になる。まあ俺が勝てたらだけど。ロイは魔王を簡単に倒したみたいだし侮れない。

「ほう、私のこの姿、そして圧倒的な魔力を前にしても臆する事がないとは、流石二つ名の冒険者だ」

「普通にビビッてますけどね」

 不思議な感覚だ。本気で怖いはずなんだけどワクワクしてる。

「では行くぞ、漆黒の魔剣使い」

 はいはいもうそれでいいよ。向こうの世界に居た時の俺は、無職のヒキオタって二つ名だし、それに比べりゃ中二全開でカッコいいよ。

「一撃で決めてやろう‼」

 ロイは一歩踏み込み上から叩きつけるようにパンチを繰り出す。

 スピードは普通の人間レベルの俺は回避できないと判断し、盾を前に出して踏ん張り、猛然と迫るパンチを正面から受け止めた。

 凄まじい衝突音が轟き、衝撃で足元の地面がひび割れる。だが盾も体も無事だ。凄い衝撃だったけど普通に耐えれた。

「なっ⁉ 受け止めた……だと」

 ロイさんけっこう驚いてるな。でも見た感じ半分以下の力だろう。

「ならば、これでどうだっ‼」

 今度は魔力を上げてマジパンチっぽいのを連続して繰り出してきた。

 下手に回避せずその場で踏ん張って同じように盾を突き出し防御する。

 三メートルの巨躯から荒々しく叩きつけられたパンチは本当に凄まじい威力で、盾が割れるんじゃないかと思った。とどまっていられず踏ん張ったまま地面を削りながら後ろへと押される。でも買ったばかりのスニーカーは壊れていない。流石に魔道具だ。

「何故だ……」

 パンチを撃ち続けていたロイは、驚愕した顔で動きを止めた。

「たかが人間が、何故立っていられる」

「色々と訳ありなもので」

 余裕の笑みを見せ言ってやった。

 たぶんカッコいい場面のはずだ。アニメとか漫画なら、ここで終わって次週へ、って感じだろ。まあ主人公とかイケメン限定かもしれないけど。

 因みに何十発のパンチが繰り出されたか分からないが、盾は最後まで受けきり役目を果たした。本当にありがとう盾、お前だけは期待を裏切らない最高のパーティーメンバーだ。デカい神棚を作って祀りたいし、萌え擬人化してフィギュアになった時には必ず買おう。

 で、驚き止まっていたロイは、背中の羽を広げふわっと少しだけ宙に浮くと、俺を睨みつけたまま後退し距離をとった。

「じゃあ次は、俺のターンだ‼」

 まだ魔力制御に慣れていないが使いたい強さの魔力をイメージした。すると魔剣は反応し、魔力を生み出し刃から黒い炎のように放出させた。

 透かさず正面に居るロイ目掛けて魔剣を振り抜く。魔剣からはイメージ通り巨大な三日月形の斬撃が飛び出し、放たれた矢の如く凄まじいスピードで襲い掛かる。

 その斬撃に込めた魔力はタコモンスターを倒した時の半分ぐらいの強さだ。

「私も同じように受け止めてやるぞ‼」

 宙に浮いていたロイは地面に降りたあと、防御のために両腕をクロスさせて前に出した。

 魔力の塊である黒い斬撃はロイに命中すると大爆発する。一気に炎と煙が空間を包み込み視界を奪い、爆風が研究室の様々な設備を容赦なく破壊した。

 魔力を抑えたつもりだけど思ってたより凄い爆発になった。やはり魔剣の扱いは難しい。

 爆煙が少し薄れるとロイの姿が確認できた。魔王を倒したぐらいだし、流石にこの程度では終わらない。

「軽く出した斬撃がこの威力か……」

 ロイは大ダメージを負ってはいないが片膝を地面についていた。

 素直に飛んで逃げればいいのに意地を張るから痛い目に合うんだよ。イスカンダルもそんな感じだったけど、これって強い奴のテンプレの病気みたいなものか。

 まあ受けてはね返して圧倒的な力の差を見せつけたいんだろうけど、超人相手だと裏目に出るんだよな。なんだか反則してるみたいで申し訳ない気持ちになる。

「まだ俺のターンだ、連続で行くぞ」

 さっきと同じぐらいの魔力を込めた斬撃をイメージして、右上から魔剣を振った後、連続で左上からも魔剣を振る。二発の斬撃はイメージ通り飛び出しバツ印のように見えた。

 ロイは羽を広げ素早く飛び上がり直撃寸前で回避した。斬撃はそのまま飛んでいき奥の壁に激突して大爆発し、岩壁に大きな穴をあける。この爆発で天井や地面など空間全体に大きく深いヒビが入った。

 これはちとヤバい。下手したら自分の攻撃で生き埋めになるかも。長引かせるのは得策じゃない。本気の一撃で決めるか。

「魔力を瞬時に高めそれほどの斬撃を連続で出せるとは、流石に魔剣使いと称されるだけはある。だが連続で技を出せるのは、こちらも同じことだ」

 ロイは天井近くまで飛び上がりながら魔力を高める。そして両手の平を俺に向けて突き出す。すると手の平の前に、物凄く強大な魔力を感じる巨大な炎の玉が作り出される。

 これはあれか、ただの初心者攻撃魔法だけど魔人が使えば上位魔法級の威力になっちゃうよ、っていうファイアーボールか。

「食らえっ‼」

 ロイが言い放つと同時に魔力の塊である巨大な炎の玉は、猛然と落下し襲い掛かってくる。

 見上げていると太陽が落ちてくるように見えた。だがイスカンダルとの戦いで似た経験をしているのでそれほど恐れはない。

「撃ち落としてやる」

 斬撃を小さくイメージしてファイアーボールに向けて魔剣を振り抜く。

 イメージ通りに飛び出した斬撃は見事にファイアーボールと激突すると互いに大爆発した。

 よし、上手くいった。ホンと飛び道具使えるって最高だな。魔剣様様ですよ。だがロイは巨大なファイアーボールをやけくそのように何発も撃ってくる。

「無駄だっての」

 こっちも斬撃を撃ちまくり応戦し、全て空中で爆発させた。

 なんだかシューティングゲームやってるみたいで楽しくなってきた。でも次から次に大爆発が起こるのでその場は凄惨な光景になり、もうぱっと見では研究室とは分からない。と言うより煙と炎しか見えない状態だ。

「あっ、しまった⁉」

 何やってんの俺。さっきから斬撃何発も撃ってんのに、またカッコいい技の名前言ってないじゃん……てか全然思いつかないけど。

 とかバカなこと考えてたら、ロイはこれまで以上に魔力を高めていて、なにやら必殺技を出そうとしている。

「メテオ・ディザスター‼」

 ロイの前方にファイアーボールっぽいものが十発以上現れ、まさに流星のように一斉に落ちてくる。

 これはもう全部は撃ち落とせない。と、普通なら思うけど、俺は普通じゃなくて訳ありなのさ。

 魔力の強さは今まで通りだけど斬撃のイメージを巨大かつ横長にして、縦横斜めに連続して放つ。落ちてくる無数の炎の玉と中間地点で激突した巨大な斬撃は、物の見事に爆発させて無効化した。

 またしても大成功だ。魔剣のスペック高すぎて笑えてくる。流石金貨千枚、三千万の実力は伊達じゃない。

「おわっ⁉」

 天井からデカい岩が落ちてきた。この空間ヤバいかも。ダメージが大きすぎて崩れそうなんだが。

「やってくれるな、漆黒の魔剣使い。魔法攻撃が通じないなら剣で勝負をしてやる」

 ロイは急降下して猛然と襲い掛かってくる。この時に突然、魔法の道具袋から取り出したように、どこからともなく大剣が現れる。

 出た、魔人族のチートスキル、どこでも兵器。便利なんてものじゃない、その魔法空間反則だろ。更にロイは体に取り付けていた魔石を全て体内へと取り込んだ。すると次はシルバーの全身鎧を装備した状態で呼び出す。

 鎧カッケー、まさにドラゴンの戦士、超絶強そう。

 ロイは眼前に着地すると同時に両手で持った大剣を振り下ろす。三メートルの巨躯が繰り出す大剣の迫力は凄まじいものがある。チート超人じゃなかったらチビってるところだ。

 臆することなく盾を突き出し大剣の一撃を受け止める。甲高い金属音が空間を突き刺すように轟き、体にズシっと重い衝撃が伝わる。そして足元の地面が陥没した。

「やはり受け止めるか。ならばその盾を破壊してやる」

 ロイは容赦なく連続して大剣で盾を斬りつける。しかしその攻撃は大振りかつ単調で、素人でもカウンターを合わせられそうだ。

「いまだっ‼」

 ロイが大剣を振りかぶった時に盾を引き、振り下ろされるタイミングに合わせ魔剣で斬りにいった。

 魔剣と大剣が衝突した瞬間、鍔迫り合いにはならずロイの大剣が真っ二つに折れて吹き飛んだ。

「バ、バカな、化け物かお前は」

 ロイは隠すことなく驚愕と恐怖が入り混じった表情を見せた。って言っても顔がドラゴンみたいだからそこまで表情ないけど。

 驚いている隙をついて斬りかかる。が、ロイは俊敏に飛び上がって逃げた。ここが勝負のポイントと見た。タコモンスターを倒した時よりも大きい魔力で一撃勝負だ。

 魔力を炎に見立て大きく強く激しく燃え上がるイメージをした。魔剣はそのイメージに反応し、魔力を黒い炎のように放出する。だが明らかに今までと違う。魔剣を持つ右手前方が、刃から噴き出す黒い炎で覆われる。

 自分で出しといてなんだが、凄まじい魔力が伝わってくる。まるで暴れる猛牛の角を握ってるみたいだ。こりゃ本気で強く握ってないと、魔剣が手から吹き飛んでいく。

 このまま斬撃を出したらどんな威力になるのか分からないけど、自分のチートにビビってる場合じゃない。ここは思い切りやってやるぜ。

「これで終わりだっ‼」

 巨大な三日月形の斬撃をイメージして、飛んで逃げて距離をとったロイ目掛けて魔剣を振り抜く。

 その瞬間、広い空間全てを切り裂くような巨大な斬撃が放たれ、凄まじいスピードで襲い掛かる。

 何だよコレ、イメージより遥かに凄い斬撃なんですけど。

「魔力には魔力だ、受けきってやるぞ‼」

 ロイは瞬時に魔力を高め全身に纏うように放出すると、両手を突き出し自分から斬撃に突っ込む。

「うおおおおおおっ‼ 人間ごときに負けるわけがない‼」

 半狂乱状態なのか、ロイは眼前に広がる巨大な斬撃に臆することなく、自分の魔力をその体ごとぶつけた。

 だが一秒たりとも止めることはできず、そのまま一気に押し込まれる。

「この私が……死ぬ……」

 岩壁に激突した瞬間、斬撃は想像を絶する大爆発を引き起こす。

 その場で踏ん張り反射的に盾を前に出して身を守った。自分でもビックリするほどの爆発だ。ガチで死を感じるぐらい怖い。チートもここまでいくとただのヤバい奴でカオスすぎる。

 爆煙で何も見えないが普通の人間なら立っていられないぐらい爆発の衝撃で大きく揺れ続け、強烈な地響きがしている。

 この時、既にロイの気配は感じられなかった。爆発の中心点にいたわけだし、恐らく消滅したと思われる。てか本当にやっちまったよ。なんだか胸の辺りがモヤモヤする。悪党とはいえ元は人間だし後味が悪い。でも、ただそれだけだ。この世界に来てからどんどん今までの常識が薄れて、こっちの感覚に慣れていっている。

 程なくして煙が晴れてくると眼前の光景に驚愕した。正面奥の岩壁、というか巨大な岩山の中腹から上部が、全てごっそりと爆発で消し飛んでいる。いま俺の目には外が、青空が見えていた。

「はははっ……もう笑うしかねぇよ」

 自然と力ない笑いが出て呆れ口調でそう言った。

 魔力を強くイメージしすぎたのか……恐ろしい威力だ。まだ本気とか全開というレベルじゃなかった。恐らくもっと上の力がある。

 魔剣と超人パワー怖っ。下手したら街ごと破壊しかねない。戦闘経験が少ないうちは魔剣とか使わない方がよさそうだ。アンジェリカみたいに破壊神とか呼ばれるの絶対に嫌だし。

「ん……あっ⁉」

 ある事に気付き驚愕した。借り物の魔剣に大きくヒビが入ってる。更に刃がボロボロに欠けていた。ちょっ、これ、どうすんだよ。

 何でこんな事に。俺の強さがチートすぎて、魔剣が制御できる魔力の許容範囲を超えてしまったのか?

 べ、弁償……金貨千枚とか破産&借金の地獄のコンビネーションなんですけど。

 いや待て、これ全壊じゃないし修理すればなんとかなるだろ。盾も傷だらけでへこみもあるけど、魔法の力で自動修復するとか言ってたし、魔剣もそんなお助け能力あるはずだ。まだなんとかなる、人生諦めるな、逃げる道はある。

 それよりも今はロイの事だよ。止めを刺してしまったし、セバスチャンにどう話そうか。

「はぁ、色々と気が重い」

 とりあえず人間かモンスターか魔人族か、どれに分類されるのか分からないけど敵を倒したわけだし、ステイタスを確認する。

 レベルが二つ上がって16になっていた。なるほど、経験値が入ったのなら、ロイは既にモンスターか魔人扱いになってたわけだ。

 ただここで一気に二つ上がるとは、ロイは本当にボスクラスだ。まあ魔王を倒したって言ってたしな。って待て待て、魔王どんだけ弱いんだよ。やっぱ真正の魔王じゃなく、自分で勝手に名乗ってる奴の強さはあてにならない。

 しかしせっかくレベルが上がっても、新しい魔法もスキルもなければ身体能力も上がってない。分かっていても淋しいレベル上げだ。でもこれだけのハイペースで商人レベルを上げている奴はいないだろう。

 このまま一気に夢の大商人になってやる。まってろ男のロマン、異世界風俗&カジノ営業許可‼

 この後は帰るために下への移動用魔法陣や通路を探した。が、今のところ見当たらない。さて、どうやってこのバカデカい岩山から下りようか。

 困りながら遠くの空を見ていたら、何かが空を飛んで近付いてくるのが見えた。

 鳥? 飛行機? いや、あの見覚えのあるシルエットは、ってまたお前かイスカンダル‼ どこまでもかまってちゃんだな。アンジェリカ級の出現率だ。まだ鎧を装備したままだし警戒してるみたいだな。

 ちょっと待てよ、あいつ本物のバカだし、これは脱出に使えるかも。

 イスカンダルは上空からこちらを確認した後、安全と思ったのか、ゆっくりと降下して俺の前に悠然と立った。

「黒鬼、先程の大爆発は貴様がやったのか?」

「あぁ、そうだけど」

「えっ⁉ ……ええぇ〜」

 イスカンダルは本気で驚いた後、困惑した表情になった。そりゃ驚くよな。巨大な岩山の中腹から上部が爆発で消滅しているし。

「ふっ、さ、流石、我がライバルだ。このぐらいはやってもらわないと。で、本当に本当に貴様がやったのか?」

「そうだけど、なにか?」

「そ、そうか……ははっ、流石、我がライバルだ」

「それさっきも言っただろ」

 なに焦ってんだ、落ち着きなさすぎだろ。別に襲い掛からないっての。

「ということは、あの男を倒したんだな」

「ロイ・グリンウェルの事ならそうなるな」

「貴様、よく倒せたな。あれを人間一人で倒すとは」

「強かったよ、本当に。でもイスカンダル程ではなかったかな」

 天然対策マニュアルがあるならば、ここで使うのは必殺おだて作戦、のはずだ。上手く乗せて下まで運んでもらおう。

「なにっ⁉ い、今、なんと言った黒鬼」

「だから、トンでもなく強かったけど、イスカンダル程じゃなかった、って言ったんだよ」

「ふははははははっ⁉ よく分かっているじゃないか黒鬼、その通りだ。その通りなのだよ」

 天然って何故か同じ言葉を繰り返すよね。ダチョウ並みに脳が小さいから、言った瞬間に忘れてしまうのかな。

「俺が戦った中ではイスカンダルが一番強いよ。最強だな。それに自由自在に空を飛べるし、ホンと凄いよ」

「ふははははっ、凄くて当たり前だ。なんといってもイスカンダル様だからな」

 簡単簡単、さっそくノリノリだよおバカさんは。このまま言いくるめてやる。

「一度でいいから空を飛んでみたいよなぁ。飛んでる感覚でいいから味わってみたいなぁ」

 普通の奴なら白々しいと思うところだが、いま目の前に居るのは超ド天然、餌に食いつくのは間違いない。

「なんだ黒鬼、そんなに空を飛びたいのか。仕方がない奴だ、私がその願いを叶えてやろう」

 はい釣れた。空飛ぶタクシーいっちょ上がり。

「あざっす、イスカンダルさん。流石次期大魔王。でも大魔王に甘えすぎるのも悪いので、下まで降りるだけでいいっす」

「ふははっ、それだけでいいのか」

「もうそれだけでいいんです」

 盾を持っている左手を寄せて脇を締め、そこに魔剣を挟んだ。そして宙に飛び上がったイスカンダルの左の足首を、右手を上げて掴む。

 イスカンダルは俺をぶら下げたまま軽々と上昇した後、ゆっくりと前方に進みながら峡谷の底へと下りていく。

「スゲー、飛んでるよ。気持ちい〜」

「ふっ、こんな事で大喜びだな。これだから人間というやつは」

 利用されていることに気付いてないイスカンダルは上機嫌で言った。

「一つ聞きたいのだが、私の斧を知らぬか?」

「なにそれ、知らないけど」

「貴様と戦った時に出したはずなのだが、どこにも見当たらぬ」

「そんなの持ってたっけ? なかったと思うけど」

「そうか、私の思い違いか。いったいどこでなくしたのやら」

 我が家の猫が盗みました、とは言えない。てか盗んだんじゃなくあくまでも拾っただけだから、ギリギリセーフってことでお願いします。

 それから遊覧飛行を楽しみ、遺跡のような岩山の入口に無事到着した。

「ありがとうな、イスカンダル。楽しかったよ」

「今日は特別だ。いいか黒鬼、次に会った時は必ず貴様を倒す」

「あぁ、次に会ったらな」

「さらばだ、我がライバルよ」

 そう言ってイスカンダルは空高く舞い上がり、疾風の如く彼方へと消えた。ここだけ見たら、なんて爽やかなライバル関係だと勘違いする奴がいそうだ。とにかくもう危険人物認定してますから、見つからないようにしよう。

「ふぅ〜、ちと疲れたな」

 思わずため息が出てしまった。魔剣にかなり体力を食われた気がする。少し休みたいけど先にみんなと合流するか。

 あの強烈な大爆発を見ただろうし心配してるはずだ。三人にはどんな風に見えてたんだろう。

 少し早歩きで来た道を戻り、すぐに城壁を通り抜け行き止まりの魔法陣があるところまで帰ってきた。ダンジョンに帰れるか心配だったけど、まだ移動用の魔法陣は消えてない。これは助かった。

「お帰りなさいませ、ご主人」

「ご主人様、お帰りなさいなのにゃ」

 二人は嬉しそうに駆け寄ってきて満面の笑顔で迎えてくれた。

「アッキー、先程の爆発は、まさか魔剣によるものなのか?」

「えっ……まあ、そうかな」

 ですよねぇ、早速その話しになるよね。魔剣を壊したことは素直に言って謝ろう。

「予想通りあの先にボスがいて、色々あってバトルになったけど、レオンさんの魔剣と盾のおかげで勝てました」

「そうか、役に立ってくれたか。それにしても物凄い爆発だったぞ。空に巨大なキノコ雲が見えたからな。いったい何がどうなったら、あれ程の爆発が起こるんだ」

「相手の魔力が凄かったから、魔剣が頑張ってくれたのかも。ただ、活躍した魔剣と盾がボロボロになってしまって。あの、ほんとごめんなさい」

「えっ? ボロボロって」

 恐る恐る魔剣と盾を手渡した。

「本当だ、これは凄い。魔剣がこんな風に傷つくのを初めて見たよ」

「な、直ります、それ」

「あぁ、大丈夫だと思う。魔剣などの特殊な武具を修復する店があるから」

「それはもしかして、お高いんでしょうか」

「そうだなぁ、ここまで壊れていたら、金貨五百枚はいるだろうね」

「五百っ⁉ そんなにかかるの……」

 オーマイガー‼ 誰か嘘だと言ってくれ。

「あの、レオンさん、いまお金があまりなくて払えないんですけど、48回ぐらいの分割払いでいいでしょうか」

「はははっ、そんなのいいよ、勇者のアッキーからお金なんか取るわけないだろ」

「マジですかっ、超絶神なんですけど‼」

 レオンさん中身もイケメンすぎる。真正セレブオーラが仏の光背の如く放出されてて眩しいぜ。

 ホンとこの人の金貨五百枚をなんとも思わない経済力、憧れるっす。

「あの、アッキー、お金は必要ないけど、その代わりに一つお願いがあるんだが」

「えっ、お願い……ですか」

 やっぱりなにもないとかそんな都合のいいことあるわけなかった。でも金貨五百枚の代わりだし、どんな願いも断りませんよ。

「実は込み入った訳があり、私は冒険者として旅をしているんだ。いま詳しくは話せないが、とあるアイテムを入手しなければならない」

 うわぁ〜、テンプレっぽいのきちゃったよ。

 指定のアイテムをゲットしたら、かぐや姫みたいな美女と結婚できるとか、王位継承とかそんな感じじゃないの。

 平穏無事にずっとスローライフを望んでるわけじゃないけど、そろそろゆっくりしたい。だから超面倒臭いよ、本気で関わり合いたくない。

 国家、戦争、陰謀とか、トンでもなく大きい事に巻き込まれそうな気がしてきた。

「アイテム探しの手伝いをしろってこと?」

「そういうことになるかな。簡単には入手できない物だし、他に狙っている者もいるはずだ。だから強い仲間が必要なんだ」

 レオンは真剣な表情で言った。余程の訳ありなんだろうけど、訳ありだから嫌なんだよなぁ。

 レオンと一緒に居たら目立つし、俺の訳ありの訳を探られるのが怖い。強い人を紹介したら見逃してくれるかな。それならぜひアンジェリカ様が一押しなんだけど。勿論、俺流の取扱説明書も付けよう。ダメ元で、ちょっと話してみようかな。

「あの〜、レオンさん、強い人が必要なんでしょ。俺より強くて頼りになる人、紹介しましょうか」

「いや、それはいい。私はアッキーが気に入ったんだ。使命の事がなかったとしても、私はアッキーと冒険がしたい」

「そ、そうですか」

 逃げれねぇぇぇぇっ。スゲー力強くて真っすぐにこっち見て言われた。

「アッキー、それほど大きく考えないでくれ。別にパーティーに入れろと言っているんじゃないんだ。有力な情報が手に入った時に、冒険に同行してくれればいい。勿論料金の方も奮発するつもりだ」

「えっ、お金出るの?」

「私がアッキーのパーティーを、護衛に雇うと思えばいい」

 なるほど、護衛の仕事か。それは考えてた商売だし、ありっちゃありだ。ただレオンのは大仕事になりそうだけど。

「まあ、たまになら」

「よし。交渉成立だな」

 レオンが爽やかな笑顔で差し出した手を握り、力強く握手してしまった。因みに護衛の料金は、その時に何日間とか仕事の内容で決めることになった。

 問題なのは街で連絡を取る手段だ。俺が身元を秘密にしてて家とか教えないからだけど。

 それで話し合って決まったやり方は、レオンが出入りしている冒険者ギルドの掲示板でのやり取りだ。そのギルドの建物の一階は酒場も兼ねていて、しかも半獣人も入れる。だから俺たちがこまめに行って、掲示板にレオンからの張り紙がないかを確認する。まあ我が家には犬と猫がいるから毎日の仕事として任せるとしよう。

「そだ、スカーレット、俺がさっきボス級のやつ倒したから、レベル上がってるんじゃないの」

「確認します……はい、一つ上がって22になっています」

「やったな。この調子でどんどんレベル上げていこうぜ」

「はい。全てご主人のおかげですが、これからも頑張ります」

 スカーレットは嬉しそうに尻尾を振ってハキハキと言った。なんか可愛いから頭をなでなでしておこう。するとスカーレットは更に喜んで、空でも飛ぶつもりですか、ってぐらいプロペラの如く尻尾を高速で振った。

「スカーレットちゃん羨ましいのにゃ。クリスチーナもお役に立ってレベル上げしてみたいのにゃ」

「それは無理だ。何故ならバカだからだ」

「うむ、同意しよう」

 スカーレットとレオンは容赦なく真顔で言った。

「にゃにゃん、二人とも酷いのにゃ」

 クリスは眉毛を八の字にして悲しそうな顔をした。

「ははっ、そんな顔するなよ。近いうちに、クリスに合う職業を探しておくよ」

「わーいわーい、嬉しいのにゃ。クリスチーナは頑張るのにゃ」

 まったくもって期待してないけど、今回の冒険でまとまったお金も入ったし、無駄遣いになっても問題ない。

 俺とスカーレットが頑張ったら勝手にクリスのレベルも上がるし、そしたらスキルとかも増えてパーティーレベルも高くなる。こんなに簡単にレベルが上がると知ってたら、クリスにも職業を与えておけばよかった、と今は後悔している。

「よし、今回の冒険はこれで終わりだ。魔法陣が消えないうちに向こうのダンジョンに戻ろう」

「御意」

「はいにゃー」

 そしてダンジョンへと無事に戻った。

 そこからはスカーレットのスキルのおかげで簡単にスタート地点の出入口に辿り着いた。その盗賊スキルは『足跡』というもので、自分がダンジョンの何処をどう動いたかが分かる。なので来た道を迷わずに帰れた。

 ただダンジョンに戻るとまた後方に誰かいると、スカーレットが臭いで探知した。何者なのかは分からないが、今は疲れているから放置する。

 戻ってすぐに人気者のレオンは他の冒険者たちに取り囲まれた。ダンジョンに現れた謎のボス級モンスターを、既にレオンが倒したと噂は広がっており、冒険者たちのテンションは高かった。

「さっき西の峡谷の辺りで凄い爆発があったけど、あれもレオンなんだろ」

 レオンを憧れの目で見る戦士系の男性冒険者が言った。

 どうやら空に上がった巨大なキノコ雲は見えていて、この辺りも爆発で地震のように大きく揺れたようだ。

「えっ、いや、あれは……」

 レオンが否定しようとしたので透かさず退路を断つ。

「その通りですよ皆さん。漆黒の魔剣使い、レオンが魔王を討伐したんです。いや〜、あの魔剣の一撃は凄かった」

 そう言った瞬間レオンを取り囲んでいた冒険者たちがテンションMAXの歓声を上げ、拍手喝采が舞う。

 思った以上に皆のテンションが高いのでビックリした。やはり魔王討伐というのは凄い事なんだな。

 盛り上がる中、俺はレオンと目を合わせ、みんなの夢を壊しちゃいけないよ、レオンさん。いや、漆黒の魔剣使い。という感じのことをアイコンタクトで伝えた。

 恐らく伝わっているはずだ。その後、恨めしそうな目をして苦笑いしてたし。

 ホンと身代わり乙です。改めてお礼が言いたい。ありがとう、レオン。ありがとう、漆黒の魔剣使い。そしてこれからも目立つことは身代わりよろしくお願いします。

 とにかくこれでダンジョンのボスと魔王を倒したのは、二つ名冒険者レオンということになった。

 色々な嘘や勘違いがあるけど、本当に西に現れた魔王は消えたわけだし、まあこれでいいでしょ。

 しかし魔王討伐となれば、レオンは他の二つ名より格上と言ってもいいはずだ。そのうちアンジェリカ級の有名人になったりして。

 残念なのは、ロイにフルボッコにされた魔王は新参者なので、どこの国からもまだ冒険者ギルドに討伐依頼がきておらず、懸賞金が出ないということだ。今回はタイミングが悪かったと諦めるしかない。そもそも倒すどころか見たことすらないし。

 魔王には興味あったしどんな感じか一目でいいから見たかった。まだ魔王城がロイに破壊されずに残っているなら、ぜひ行ってみたい。

 弱いとはいえ仮にも魔王の城、お宝やレアな武具があるかもしれない。近いうちに場所を調べて行くのもありだな。

「俺たちは先に帰るとするか」

「御意」

「はいにゃ」

 ここにレオンを放置して、来た時と同じ馬車に向かった。

 一応は、じゃあまたね、って感じでレオンに手を上げて挨拶はした。てか物凄く盛り上がってて近づけない。

「ふうー、疲れたなぁ」

 馬車に乗り込み座ると急に疲労感に襲われた。

「クリス……」

「はいにゃ」

「俺がこんなに疲れているのは誰のせいだと思う?」

「それは……分からないですにゃ」

「お前のせいだバカ猫」

「スカーレットさん正解‼」

「はにゃっ⁉」

「ご主人、このバカ猫が悪いのです。ここに捨てていきましょう」

「あわわわわわっ、とりあえずお仕置き受けるのにゃ」

「コラコラ、ケツを出すなケツを。冗談だから」

 本当は冗談じゃないけどね。何十年前か知らないけど、お前が過去にやらかしたドジのせいで、みんな色々と大変な事になったんだからな。

 ロイだって大賢者の書物を手に入れなければ狂わなかったかもしれない。まあいまさら言っても仕方がないけど。

 そして馬車が街に向かって動き出したらすぐに眠っていた。

 魔剣を使い過ぎたせいか思った以上に疲れており、クリスとスカーレットの呼ぶ声で起こされた時にはゴールディーウォールに到着していた。

 今日は本当に予想外の事ばかりで疲れましたよ。変な因縁に巻き込まれたり、複雑そうな厄介ごとと関わってしまった。

 けどレベル上げや金銭的には実りがあり、最終的には無事に帰ってこれたし楽しい冒険だった。



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