第五章 「情報と影響と熱気」




 日本では無職の自宅警備員だった俺がついに、商人の街ゴールディ―ウォールにて住む家を手に入れた。賃貸だし謎の植物もいるけど、とにかく異世界で頑張ったことを父さんに話したい気分だ。あの後すぐに再婚して幸せにやっているのかなぁ。

「ご主人、日が暮れてまいりました、これからどうなさいますか」

 スカーレットに言われ何気なく空を見上げたその時、庭や家の周りの外灯に自動で明かりが点る。

 これまでの町でもそうだったが、暗くなると外灯や屋内の廊下などは魔法の力で自動的に点く。部屋や風呂、トイレも人が入ると明かりが点き、消したい時はスイッチがちゃんとある。まったく魔法のアイテムは便利だ。商人になったわけだし、いつか便利グッズを作って売りたいと思う。ただこれらは魔力が切れたら使えないので、魔力が蓄積された魔石や封印石を交換しなければならない。

 因みにまだ庭におり謎のマンドラゴラのセバスチャンと一緒にいた。

「そうだなぁ、とりあえず家の中をチェックしますか」

「はいにゃ」

「御意」

 家の中に入ってから「もうマントは着てなくていいよ」と言ったら二人はマントを脱いだが、下半身丸出しの問題児がいるの忘れてた。

「バ、バカ猫、堂々と見せるんじゃない」

 スカーレットが慌ててクリスの股間をマントで隠した。

 こうしてあらためて見ると、これどんな鬼畜な状況だよ。凄い光景だよホンと。

「どこかで服とか下着買ってやるから、それまで俺のパンツ穿いてろ」

 もう一つ黒のボクサーパンツを取り出しクリスに渡した。

「はいにゃ。ご主人様のパンツだから、とっても嬉しいにゃ」

 その様子を見てスカーレットは羨ましそうにしていた。

「なに、お前もパンツ欲しいの?」

「なっ⁉ ななななっ、何をご主人⁉」

「なにって、パンツ欲しそうな顔してたから。クンクン匂いを嗅ぎたいんだろ、クンクン」

「そ、そんなはしたないこと思うわけ、な、ないじゃありませんか」

 赤面して挙動不審になってるくせに相変わらず素直じゃないな。

「本当にクンクンしたくないの? 今なら特別に穿いてるパンツをあげるぞ。凄い匂うしクンクンしほうだいだ」

「あわわわわわっ、に、匂いが染み込んだご主人のパ、パンツ」

「クリスはクンクンするよな」

「はいにゃ。クンクンするのにゃ。ご主人様の匂い大好きなのにゃ」

「まあ欲しくないならいいんだけど」

「あの、その、ほ、欲しいです」

「えっ、なんて? よく聞こえないなぁ、声が小さすぎて」

「ほっ、欲しいです‼ スカーレットはご主人のパンツが欲しいです、クンクンしたいです‼」

「よし、素直でよろしい。後で本当にあげるからな」

「はい……嬉しいです」

 恥ずかしがってる犬系半獣人の女の子、なんて可愛いんだろ。てか楽しすぎる。なんだか俺、随分とご主人様に慣れてきたかも。でも凄いバカなやり取りしてるよな。

「ほほう、アキト殿はかなり変態な御主人様のようですね」

「おわっ、セバスチャン⁉」

 気付かなかったが後ろにセバスチャンがいた。家の中までついて来てたのかよ。今の会話を聞かれてたとか恥ずかしすぎる。

「って服着てるじゃん⁉」

「えぇ、着ろというので着てきました」

 いつの間に何処で着替えたんだ。土の中? 地面の下に部屋とかあるのかな。

 その服装は白い長袖ワイシャツに蝶ネクタイ。濃紺のベストとズボンで黒いエナメルシューズ。どこからどう見ても普通の服装だ。もう人間にしか思えない。しかも超美形だから完璧すぎて眩しいぜ。

「あの、さっきのやり取り冗談だから」

「その変態さ、なかなかにわたくし好みでございます」

「そ、そうなの……」

 ヤダもう怖いんですけど、その意味ありげな目が。

 それからモヤモヤしながら家の中を見て回った。西洋風の部屋は広々していてベッドやクローゼット、棚などがあり申し分ない。

 この時まだセバスチャンがついて来ている。こいつは何がしたいんだろ。ただ家の中はセバスチャンによって掃除されており、凄く綺麗な状態だった。

 キッチンには調理器具や食器が充実し、魔法のアイテムである冷蔵庫や水が出る蛇口まである。更に洗濯機みたいなものまであった。

 これらの魔法を使った便利グッズはやはり召喚勇者たちの影響だろう。あと風呂とトイレにも魔法は使われている。トイレは洋式だが汚物が流れる下水管があるわけではなく、ボタンを押して水を流すと転送魔法で施設に集められて処理される。砂漠の町サンドブールのトイレも同じシステムだった。

 この家の風呂は家庭用ではなくかなり大きく、浴槽は十人ぐらいは入れる。鏡とシャワーが付いてる体を洗う場所も四つあった。因みに浴槽にお湯を溜めるのもシャワーを出すのもボタン一つで操作できる。これらも水道管があるのではなく転送魔法で水が運ばれる仕組みだ。

 魔法の便利さ神レベルすぎる。別世界の物と魔法をここまで見事に融合させる天才がいたとは驚きだ。

 肝心の一階店舗スペースは一番広い作りで奥に倉庫部屋があり、その部屋の半分は巨大な金庫になっている。商売をするうえでこの金庫は助かる。魔法の道具袋のような特殊空間収納は便利だけど本体を盗まれたら終わりだからな。

「じゃあ部屋を決めようか。俺は階段上がって一番奥の部屋。向こう側の左がクリス、右の部屋がスカーレットな」

「えっ⁉ 私たちが人間の部屋を使ってもいいのですか?」

 スカーレットの驚き方からして、奴隷は母屋以外の場所に住むのが普通みたいだ。

「まあいいだろ。部屋はあまってるし、ここには俺たちだけだから、他の人間に迷惑掛からないし」

「わーいわーい、クリスチーナの部屋なのにゃ。ご主人様と一つ屋根の下で寝れるのにゃ」

「ご主人、ありがとうございます。スカーレットは幸せ者です」

 スカーレットは涙ぐみながら片膝を付いて言う。いちいち大袈裟だけど尻尾を振ってて可愛いなぁ。

「あの、セバスチャンは部屋とかはいらないんだよね」

「はい。わたくしの部屋は庭ですから。お気遣い感謝いたします、アキト殿」

 とりあえず聞いてみただけだが、家の中で一緒に住むとか言われたら困るところだった。でも前の家主の部屋は話の流れ的に、そのままにしておかないといけない。帰ってきたら一緒に住むことになるのかなぁ。なんだかまたモヤモヤする。

「そういえばお腹減ったよな、晩御飯どうしようかな」

「実は先程ご主人と別行動をとった時に食材を買っておきました。私は少しお金を持っていましたので」

「ドジっ子連れてアンジェリカから逃げながら買い物もしてくるとか、いやもう流石と言うしかないよ、スカーレット」

「ご主人に喜んでいただけて嬉しいです。これからも尽力いたします」

 我が家の犬は頼もしいぜ。この街では買い物も簡単ではないらしいからな。表通りの店では奴隷は買物できないうえに、裏通りでも一部の店でしか無理だ。

「スカーレットちゃん凄いのにゃ。後はクリスチーナにお任せなのにゃ」

 いつも通り自信満々だけど本当に料理できるのかな。ドロドロの紫色したカオスな物体を生み出すのだけはやめてくれ。

「ほら、食材だ。作れるものなら作ってみろ」

 キッチンに移動しスカーレットは魔法の道具袋からパンと野菜、肉など食材を取り出す。クリスへの対抗心むき出しで不機嫌そうな顔をしていた。

「ここは調味料もナイフも鍋もなんでもそろってるのにゃ」

「がんばれクリス、期待してるぞ」

「お任せなのにゃ」

 クリスは壁に掛けてあったブラウンのエプロンを付けた。

 何もできない俺たちはダイニングのテーブルに移動して料理を待つことにする。長方形のテーブルにはイスが六つあり、俺は一番手前に座った。スカーレットは遠慮してなかなか座らなかったが正面に座らせた。

 キッチンからは上機嫌なクリスの鼻歌とリズミカルな包丁の音が聞こえてくる。

「わたくしはこの辺りで失礼いたします。食事はとりませんので」

「まあ植物だもんな」

「その通りです、アキト殿。わたくしは基本的に水分だけしか口にしません」

「水だけ? お茶は飲むんだよな」

「はい、紅茶をいただきます。マスターがいた時はお酒も飲んでいました。いずれご一緒しましょう。ではご機嫌よう」

 見た目はほぼ人間の謎のマンドラゴラのセバスチャンは、モデル張りのカッコいいウォーキングで庭に帰った。いったい何者なのか。

 悪い奴ではなさそうだけど、その不気味さは底が知れない。アンジェリカ程ではないが特別な存在の力を感じる。

 因みにあの服、魔道布まどうふという特殊な布で作られており、着たまま土に潜っても汚れないとのこと。

 程なく、キッチンから良い匂いがしてくる。これは普通に美味しい食べ物の匂いですよ。

「期待できそうだな」

「匂いだけでは信用できません。バカ猫が作っているのをお忘れなく」

「とか言って、お前さっきからお腹ギュルギュルいってるぞ」

「はわわわ、ち、違います、これは、その……」

 スカーレットは赤くなった顔を両手で覆いモジモジしている。

 こいつも天然のいいね職人だな。ケモ耳と尻尾付いてる半獣人、可愛すぎて萌え死寸前だ。

「お待たせなのにゃ。クリスチーナ特製、ベーコンたっぷりシチューなのにゃ」

 クリスは手早く料理を作った。慣れた感じもあるし本当に得意だったようだ。

「おぉ、見た目は完璧。凄いじゃんクリス。見直したぞ」

 テーブルにはシチューとパン、それにサラダまである。この時スカーレットのお腹は、グギュルルルッとこれ以上ないぐらいの音を出して空腹をアピールした。

「ははっ、凄い音だな。俺の腹もさっきから鳴りっぱなしだ。さっ、食べようぜ」

 クリスはスカーレットの横に座り、三人同じテーブルで食事を開始した。たぶんこの光景をこっちの世界の人間が見たら怒るんだろう。

 郷に入っては郷に従えだしバレないようにしないと。俺が責められる以上に二人が辛い思いをするかもしれない。

「美味い‼ このシチュー美味いよクリス」

 お世辞抜きで本当に美味しい。この世界の料理は向こうの世界の影響を受けている風であなどれない。レベル高い。

「ご主人様のお役に立てて嬉しいのにゃ。まだまだいっぱいあるにゃ」

 クリスは満面の笑みで喜んでいる。こんな特技があるとは、人は見かけによらない。いい勉強になった。

 しかしスカーレットは食べる時はワイルドだ。食いしん坊キャラのようにガツガツ食う。それに比べてクリスはスプーンを丁寧に使い音を立てず上品に食べている。

 クリスはおバカなドジっ子だけど気が利くところもあるし、小さい時から奴隷教育を受けていてよく尽くすいい子だ。ただ冒険には連れて行きたくないけど。

「あぁ〜美味しかった。お腹いっぱいだ。ありがとうな、クリス、スカーレット」

「ご主人のために当然のことをしただけです」

「そうなのにゃ。これからは毎日ご主人様のために作るのにゃ」

 いい子たちすぎて泣けてくる。この二人と知り合えてラッキーだった。

 この時、何気なく、というかごく普通に水の入ったマグカップを手に取る。だがその瞬間ガチャっと音が鳴りカップを握り潰した。

「えっ、力入れてないのに」

「大丈夫ですか、ご主人」

「にゃにゃっ、大変なのにゃ」

「大丈夫、怪我はしてないよ。ちょっと力入れ過ぎたかな。このカップ、ヒビが入ってたのかも」

 なにこれ、どうした俺。日常生活での超人パワーの制御はできてたはず。とはいえこの世界に来てから急激にパワーアップしたのは事実。まさか今この瞬間も超人レベルが上がっているのか。

 冷静に思い返しても、やはりあり得ないような力になっている。普通に考えて素人がダンジョン攻略したり、あんな大きな、しかも特別硬い岩をパンチ一撃で簡単に破壊できるわけない。

 確認できるステイタスは商人の基本設定なので本来の自分の強さが分からないし、これからはもっと力加減に気を付けないと。

 何故ここまで凄いパワーアップが起こってるんだろ。女神に勇者召喚されたんでも異世界転生したんでもないから、もしかしたらそこに理由があるのかも。超変則的に異世界に入り込むなんて無茶苦茶だもん、体に異変が生じる可能性もある。早くレベルアップしている超人パワーに慣れないと大変な事になりそう。

「あのさぁ、これからちょっと出かけてくるから」

「はい、それではすぐに用意いたします」

 スカーレットは飼い主と散歩に行こうとする犬の如く尻尾を振って、魔法の道具袋からマントを出そうとする。

「待て待て、二人は留守番だ。俺一人で行く」

 スカーレットはシュンとしてフワフワの尻尾は元気なく垂れ下がった。

「あの、どちらにお出かけですか?」

「場所は決めてないよ。ゴールディ―ウォールの夜の顔を見ておきたいから、街をぶらぶらしてくる。あと情報収集も」

「ご主人、ご用心ください。まだあのエルフがいるかもしれません」

「そうだな、それ忘れてたよ」

「やはり私も一緒の方が。近付いてくれば匂いで分かりますので」

「心配性だな、大丈夫だっての。そうだ、風呂でも入れておいてくれ。帰ってきたら入るから」

「はいにゃ。クリスチーナにお任せなのにゃ」

「じゃあ行ってくる」

 魔法の道具袋を装着して街の中心部へ徒歩で向かう。

 とにかく夜の街を確認しておかないと。同じ街でも昼と夜は居る人間も商売も雰囲気や治安も変わるはずだ。

 一時間ほどで中心部に辿り着くと、まだ早い時間ということもあり人通りも多く賑やかだ。魔法の力で街灯も点いてるし、思った以上に表通りは明るい。

 この街は独立しているわけではなく、南の大国ギュスターの領土で、国の兵士が警備している。

 てか情報屋ってどこにいるんだろ。ゲームとかなら酒場やカジノに居そうだが。普通に考えて表通りには居ないよな、裏通りの路地裏を歩いてみよう。

 路地裏を歩き始めて五分程で声をかけてくる者がいた。その声は夜の街には似つかわしくない小さな女の子みたいなものだった。

「旦那、ちょっと旦那」

「俺のこと?」

「はいそうです。お見かけしないお顔ですし、最近この街に来たんじゃないですか。まだ贔屓の情報屋が決まってないなら、ぜひお願いします」

 さっそく情報屋キターーっ‼ 流石商人の街だ、って情報屋? 子供のようにしか見えないんだが。

 現れたのは小学四年生ぐらいの可愛い顔した小さな女の子だ。ショートカットの髪は薄いピンク色で、丸くて大きな瞳はブルー、肌は色白。よく見たらエルフのように長くないけど耳の先が少し尖った感じだ。

 半獣人みたいにケモ耳や尻尾はない。だが短めのグレイのマントを付けてフードをかぶっている。見た目は人間だが、どうやら別種族のようだ。

 マントの下の服装は白いTシャツにベージュのハーフパンツ、靴はハイカットのスニーカーみたいなものを履いている。腰にはウエストポーチ型の魔法の道具袋を付けていた。

「俺は秋斗っていう商人で、この街には今日来たばかりだよ。それより君、人間じゃないのか?」

「僕はドワーフなんです」

 うほっ、僕っ子だ。ってマジでドワーフかよ。俺は人間とドワーフのハーフだし同族じゃないの。ちょっと感慨深いものがある。

「名前はあるの?」

「ありません」

 で、色々と身の上話を聞いたんだが個人情報なので有料ですと言われ中銅貨一枚とられた。この街はやはり侮れない。

 話によると元々は奴隷だったが旅の途中で主人が死んでしまい自由になったとのこと。その後はこの街に来て住み着き情報屋になったらしい。

 この子、三十歳以上だけど、ドワーフはエルフ同様に寿命が長いためまだ子供みたいだ。

「そだ、名前付けてやろうか」

「えっ⁉ 名前を……」

 一瞬だけ驚いた顔したけどすぐ興味津々で目をキラキラさせている。小動物みたいで超可愛い。やっぱり奴隷にとって名前は特別なんだな。

「心配するな。名前を付けたからって奴隷になれなんて言わないし、金もとらないよ。ただ贔屓の情報屋になるなら名前が無いと不便だろ」

「凄く嬉しいのですが、本当に名前をいただいていいのですか?」

「あぁ、任せとけって。いい名前を考えるよ」

「はい、お願いします。どんな名前になるか楽しみです。でも旦那は変わっていますね、会ったばかりのドワーフに名前を付けるなんて」

「そうかなぁ。まあよく言われるかもな」

 それから考えに考えて思いついたのは、日本では王道の名。

「よし決めた。お前の名前は、サクラだ」

「サクラ……それが僕の名前」

「そう、サクラ。俺の生まれ育った国で一番愛されている木の名前だ。綺麗な花を咲かせるんだけど、お前の髪の色とよく似てる」

 花言葉とかは知らないけど、見た目と合ってるからバッチリでしょ。

「ありがとうございます。まさか名前が持てるなんて感激です。本当に生きててよかったです」

 サクラという名になった情報屋は涙ぐみながら言った。なんとも大袈裟だけど、奴隷にとっては人間から名前を貰うのは嬉しい事なんだよな。クリスやスカーレットも同じように感動してたっけ。

「よかった、喜んでくれて」

「旦那、サクラに何でも聞いてください。勿論お金は貰いますが、安くしておきます」

「ははっ、やっぱとるのかよ。しっかりしてるな。一人で生きてるだけはある」

「情報だけでなく相談事もいつでもどうぞ。秘密は絶対に漏らしませんから」

「口は堅いか。ならば訊こう。その、なんだ、あれだよあれ、男性御用達のそういう店はあるのかな?」

「勿論ありますとも。ありとあらゆるマニアックなものが」

「た、例えばどんな店があるんだ。人間以外の店もあったりするの?」

「少ないですがあります。異世界から召喚された方々は、そちらを好む場合が多々ありますので。それで旦那は、どのような店がご希望で」

 やはりそうか。向こうの世界の奴らは、っていうか召喚勇者どもは異世界の夜を楽しんでるんだな。

 しかし見た目が小4の女の子相手に何を話してんだか。我ながらバカすぎる。まあ実際は年上だけども。

「べ、別にいまはいいんだよ、また今度たのむな。ただサクラ君、どうやら君とは長い付き合いになりそうだ」

「はい、そうなるようにいい情報を誰よりも早く正確にお伝えします」

「うむ、頑張ってくれたまえ。特にそちらの店の情報は、内容や料金設定まで事細かに頼むよ」

「承知しました」

 サクラは屈託のない笑顔を見せている。てかごめん、こんな変態が名前付けちゃって。

「じゃあ話を変えて最新の情報を教えてくれ」

 いきなり脱線してしまったが、ここからはちゃんとした情報を手に入れよう。

 で、サクラから様々な最新情報を買ったのだが、それらは俺に関係ある事ばかりで驚いた。

 まず情報その1は、北の小さな村が大量に発生した謎の巨大スライムに襲われたが、そこへ金色の破壊神が現れスライムごと村を消滅させた、というもの。死者はおらず温泉が湧いた事まで知れ渡っている。既にこの街から大工職人や様々な商人が向かったらしい。村の警護に雇ってもらうために冒険者たちも動いている。

 都会の情報屋網スゲー、テレビもネットも携帯もないのに、あっという間に噂が広がっている。

 情報その2は、砂漠のダンジョンで何者かが夥しい数の極悪トラップを破壊した、ということだ。そのおかげで今まで行けなかった下層部分を冒険できるようになった。これはもうスカーレットがアジトにしていたダンジョンのことだろう。ドジっ子スキルMAXのクリスさんが、ことごとくトラップ発動させたもんな。それを全部クリアしたのは俺だけど。ホンと超人じゃなければ無理ゲーだったよ。なにやら下層部には様々な鉱石や珍しいモンスターがいるらしく盛り上がり始めている。

 情報その3は、砂漠より北のジャングルで、冒険者を手当たり次第に狩っていたボス級モンスターが倒されたということ。そのモンスターは巨大で漆黒ボディーの猪系だ。

 はいそれ俺っすぅ。成り行きで異世界移住したての超人が訳も分からずぶっ飛ばしました。

 それでエリアのボスモンスターが居なくなって遠回りしなくてもジャングルを抜けていけるようになり、尚且つそのモンスターはダンジョンの入口辺りを根城にしていたので、居なくなった今は自由に入れる。

 とにかく冒険者や商人たちのテンションはMAXで熱気が凄いとのこと。偶然だろうがどれも俺が関係していてなにかしら影響が出ている。

「あのジャングルには珍しい食材がありますし、ダンジョンには武具や装飾品にできる良質な鉱石や金属があるはずです。これは久しぶりにお祭騒ぎになりますよ。旦那も乗り遅れにならないように、またとない稼ぎ時です」

「そうだな。俺も駆け出しだけど商人だし」

「でも凄いですよね、ボス級と言われていたモンスターを倒すなんて。きっと有名な勇者様に違いないですよ。一度でいいから本物の勇者様に会ってみたいものです」

 サクラは目をキラキラさせて遠くの空を見ながら言った。なんだか勇者を物凄く美化した妄想してません。猪モンスター倒したの無職のヒキオタだからね。まあガッカリするから言わないでおくけど。それに有名になると出生の秘密のこともあるし色々と面倒が増えそうだ。

 ただこれからモンスターを倒してレベル上げしていくわけだし、普通にしてたら目立つよな、この超人パワー。なにか考えないと。

 そうだ、バトルとか冒険者やってる時は仮面をつけて正体がバレないようにしよう。

「勇者ねぇ……情報屋が会ったことないのは変じゃないか。召喚勇者っていっぱいいるんだろ」

「何人も会ってはいますが、魔王討伐を目指している本物の勇者様はごく一部です」

「なるほど、そういうことか。まあ人それぞれだよな。魔力があるから召喚されたんだろうけど、戦いに向かない性格の人もいるし」

 強い正義感があるとか中二病じゃないと、ある日突然召喚されてもガチでバトルはやらないよね、って話だな。身近では父親がいい例だ。

 この後は行方不明のセバスチャンのマスター、ロイ・グリンウェルの情報をサクラに聞いた。だが残念ながら今はないとのこと。

「旦那、すぐに情報を手に入れますので、少しの間お待ちください」

「分かった、ただ無茶はするなよ。別に急ぎじゃないから」

「はい。承知いたしました」

 サクラは見た目と違って使える情報屋だ。はっきりいって頼もしい。悪い奴らも大勢いるだろうし、いきなり出会えたのは運が良い。

「サクラも大変な仕事をしてるよな、女の子なのにさ。ホンと偉いと思うよ」

 何気なくそう言ったが、サクラは少し驚いた顔をした。

「あの、アキトの旦那、ぼ、僕、男なんですけど」

「はあっ⁉ 男、お前が男⁉」

「はい、男です」

「そんなわけないだろ、どこからどう見ても女の子だろ。しかも美少女」

 嘘だろ。まさかまさかの男の娘なのか?

 いやいやいや、これは違うだろ。いくらなんでも男の訳がない。顔や声、身体つきだけじゃなく雰囲気や肌の質感とか全部が女と示している。

「嘘をつくのはいけないことだよ。てかさっき個人情報だから有料とか言って金とったよな。本当のことを言いなさい。ちゃんと秘密にするから」

 きっと危険な商売だから男と言っておいた方が安全なんだろう。うん、そうに違いない。

「本当に男です。男なんです」

「ほう、どうやら君は、俺を怒らせてしまったようだな。そこまで言うなら見せてもらおうか、その男とやらの証拠を」

「しょ、証拠って何ですか……」

「それだっ‼」

 ビシっとサクラの股間を指差す。

「そんなの無理ですよぉ。お金貰っても嫌ですからね」

 サクラは本気で嫌そうな顔をして、いつでも逃げれるように斜に構えている。

「何故だ。男同士ならいいだろ。まったくもって問題ない。さあ、お兄さんに見せてみなさい」

「僕は男同士でも嫌なんです」

 サクラは身の危険を感じたのか逃げ出そうとした。

「待てい‼」

 先読みして動きサクラがダッシュする前に肩を掴んで捕まえた。

「まだまだ動きが甘いよ、サクラ君」

 変態テンションがMAXになり冷静さを失ったこの時、予測しなくてはならなかった災厄に見舞われる。

「あわわわわっ、な、なにやってるのよ⁉ この変態が‼」

「うわっ⁉ アンジェリカ‼」

 イチャイチャして騒いでたら見つかった。こいつ、こんな時間まで探してたのかよ。それなら超怖いんですけど。

「アキト、あんたがド変態なのは分かってたけど、町中で少女のズボンを脱がそうとするなんて鬼畜にもほどがある。犯罪よ犯罪。この世界のために、やはり成敗してやる」

 よく言うぜ。世界のためとか言うなら成敗されるのはお前の方だろ。とはいえ誤解されても仕方がない状況だ。

「こらこら、剣を抜こうとするのは止めなさいっての。魔力も上げるんじゃないよ。はっきり言って誤解だから」

「この変質者が、なにをどう見間違えれば誤解になるのよ。往生際が悪いわね」

「そんじゃこいつ見てみろよ」

 サクラの両肩を後ろから掴んだままアンジェリカの方へグイっと突き出す。

「どう見ても女の子にしか見えないだろ。でも男だって言い張るから確かめようとしたんだよ」

「はあ⁉ この子が男? そんな訳ないでしょ。ドワーフの女の子じゃないの」

「だよな。誰だってそう思うよな。でも絶対に男だっていうんだよ。そんなの納得できないだろ」

「おいお前、嘘をつくんじゃない。お前は女だろ」

 アンジェリカは周囲の空気を凍り付かせるような威圧感を発し、サクラを睨み付けて金縛り状態にした。まさに蛇に睨まれた蛙だ。背景にゴゴゴの効果音が見える。もう魔王を名乗った方がいいんじゃないの。その方が分かりやすい。

 それにしても簡単だぜ。さっそく餌に食い付いてくれた。このままうやむやにして隙を突いて逃げよう。家を知られるわけにはいかないからな。

「僕は……僕は男です」

 ガクガク震えながらもサクラは言い切った。

 スゲーなサクラ。この状況で男とまだ言うか。本当に男なのかと思い始めたぞ。まあ男の娘でも可愛いからいいんだけど。そもそもなにムキになってるんだ。

 ただサクラよ、そういう意地が押し通る相手じゃないんだよ。何せ二つ名の破壊神だからね。なんだか巻き込んでごめん。凄く悪い事した気になってきた。

「な訳ないだろ。私に嘘をつくとは許せん。女子供国王だろうとぶっ飛ばす」

 アンジェリカの迫力と魔力の大きさにサクラは今にも腰を抜かし失禁してしまいそうだ。

「サクラ、この御方は伝説の魔法剣士、あのアンジェリカさんだ。分かるよな、あの、方だ」

「えっ⁉ あの……」

 サクラはアンジェリカの正体を知った瞬間、更に顔色を青ざめさせた。

 ある意味レベル1で魔王とエンカウントした状況だもん、こりゃ精神的ダメージトラウマ級かも。

「嘘はダメだよ嘘は。さぁ、本当のこと言ってみよう。じゃないとこの街ごと消滅するかもよ」

「そんなこと言われても」

「おいドワーフ、もう一度だけ聞いてやる。お前は女だよな」

「ぼ、ぼぼぼ、僕は、お、男です‼」

 サクラは目を閉じて上を向き、ビビりながらも最後は強く発した。

「ふざけんなっ‼ 私は嘘をつかれるのが嫌いなんだよ。だったら脱がせて確かめてやる」

 暴君アンジェリカはサクラともみ合いになりズボンを脱がそうとする。

 完全に我を忘れている。さっきの俺、こんな感じだったのか。恥ずかしいぜ。人の振り見て我が振り直せ、だな。ホンと勉強になりました、アンジェリカさん。

「おーい、アンジェリカさんや、それもう変態の俺と同じことやってますよ、いいのかよそれで」

 サクラが可哀相になったので、ここらで止めに入る。ここまで粘るならもう男でいいや。

「はっ⁉ つい興奮してしまった、私としたことが。って誰がド変態のお前と同じだ‼」

 あぁ同じじゃないさ。全然違う。言っておくが、お前は変態とか変質者みたいなくくりじゃないんだよ。この裏ボスの極悪大魔王が。

「なんだその目は。アキト、死んだ魚のような目で私を見るな」

「別に。いつもこんな目ですけど、なにか?」

「くそっ、こんなバカげたことに乗せられてしまうとは。やってくれたなアキト、流石私のライバルだけはある」

 なにそれ、意味わかんないんですけど。どういうタイミングでライバルとか言ってんのこの子。ただ恥ずかしいのをそれっぽい言葉で濁そうとしてるだけだよね。ホンとそういうのやめてくれるかな。あとストーカーも止めて。

「ここまで男って言うんだから、俺は信じることにするよ。それにさっきもみ合いになった時に、手が股間に触れたんだけど、アレがあったような気がする」

 手が触れたのは嘘だけど、アンジェリカを納得させるために仕方がない。この時サクラは顔を真っ赤にしてモジモジしていた。

「待てアキト、アレがあるからって、こっちの世界では男とはかぎらないからね」

「えっ⁉ なにそれアンジェリカさん⁉ どういうことなのアンジェリカさん⁉」

「ちょっ、なに食い付いてんのよ。超キモいんですけど」

「そこ物凄く大事なとこだろっ‼」

「あぁもう、うるさいよ変態、顔近付けるな、うっとうしい」

「これセクハラとかじゃないからね、純粋な好奇心だからね」

「ウザいんだよクソ変態、必死すぎだっての。なにフガフガ鼻息荒くしてんだ」

「で、どうなのサクラさん。男なの、女なの、それとも両方なの。両方でも色々なパターンあるからね。さぁお兄さんに言ってみなさい」

「だから男ですって。旦那はいま信じるって言ったじゃないですか」

「いやまあそうなんだけども……やっぱ脱いで見せてくれない」

「よし、私も手伝うぞ」

 アンジェリカはノリノリでサクラが逃げないように腕を掴んだ。これもう最強の極悪コンビの誕生だな。逆の立場だったら超絶怖いぜ。

「嫌ですよぉぉぉっ、やーめーてぇーー‼」

 夜の街にサクラの叫びが響き渡ったその時、大勢の警備兵がやって来る。

「お前たち動くな。そこでなにをやっている‼」

 騒いでいたのもあるけどアンジェリカが魔力を上げたせいだ。いやそうに違いない。やはりこやつは疫病神だ。

「やばい、騒ぎ過ぎた。こりゃ逃げないと」

 俺とサクラが逃げようとした時、アンジェリカは国王軍の兵士など知ったことか、と言わんばかりに仁王立ち迎え撃とうとする。

 なに考えてんだ、だから嫌なんだよこいつ。街ごとは止めてくれ。てかこの後どうなんの、怖っ。

「ここは僕に任せてください」

 サクラは魔法の道具袋から野球ボールぐらいの玉を出し、透かさず数メートル先の地面に強く投げつける。球は爆発するように弾けモクモクと辺り一面に煙が広がる。

「煙玉か、やるなサクラ。よし、この隙に逃げるぞアンジェリカ」

「なぜ私が逃げなきゃいけないのよ」

「いいから逃げろ」

 アンジェリカの手を掴みその場よりダッシュで逃げる。放置したら戦いになって街がどうなるか分からない。

 まあ名前を言ったら兵士もビビって逃げるかもしれないけど、一緒にいた俺まで仲間だと思われたら嫌だから、やはり逃げるのが得策だ。しかし煙が途切れる前にアンジェリカの手を放し、気配を絶って逃げた。

「コラーー‼ どこ行ったアキト‼」

 煙の中でアンジェリカの声を背に俺は女神に祈った。もう二度と見つかりませんように、と。

 それから闇にまぎれ入り組んだ路地裏を駆け抜けて完全にアンジェリカと警備兵をまいた。

 立ち止まり一息入れていたら、後ろで人の気配がしたので振り返る。

「旦那、ご無事でしたか」

「あぁ、サクラのおかげだ。さっきは変なことしてごめんな。冗談だから」

「本当にもうやめてくださいよ」

 サクラは怒ったフグのように頬を膨らませ言った。てかその顔や仕草が可愛いから女の子に見えるんだっての。

「ははっ、分かった、もうしない」

 どうやらアンジェリカを上手くまけたようだ。戦闘も起こってないし、街が無事でよかった。でも結局サクラの性別は謎のままだ。

「なあサクラ、女性用の服とか冒険に必要なアイテム買える店ってないかな」

「ありますよ、いまここに」

「えっ、どこ? それらしいの無いけど」

「旦那の真横にある建物がそうです」

 横には五階建てのマンションみたいなのがあり、店っぽい入口や看板はない。周りも同じような大きな建物ばかりだ。

「これ入っていいの? 普通に人が住んでるんじゃ」

「いえ、住んでませんよ。外から見える窓は全て飾りです。部屋のほとんどが倉庫とか金庫です」

「じゃあ凄く大きな店だな。なのに看板とかないのって、もしかしてヤバい人がやってる店とか」

「そこは察してください」

「俺みたいな新参者でも大丈夫なの?」

「はい、問題ありません。ここのオヤジさんはいい人ですよ。お客の秘密は絶対に守ります。情報屋の中では有名で、武具にアイテム、日用品まで本当になんでもあって、更になんでも買い取ってくれます」

「情報屋がそこまで言う店なら安心か」

「この店はナナシ屋って言うんです。店の名前が無いので僕たちが勝手に呼んでいるんですけどね。あと店主のオヤジさんの名前も誰も知らないんです」

「なんだか訳ありそうだな。で、営業時間は?」

「基本的に閉めてる時はないと思います。何人か店員もいますし」

 色々と凄い店のようだ。休みなしで24時間営業って、日本のコンビニ並みだな。

「じゃあちょっと行ってくるかな」

「それでは例の情報が入りましたら、旦那のところに僕の方から行きます」

「分かった。またな」

 ここで情報屋のサクラと別れ、謎の何でもある店ナナシ屋に入る。

 入口は普通の玄関ドアで中に入ると通路があり、右と左それぞれ三回ずつぐらい曲がると奥に突き当りまたドアがある。この通路は何かしら魔法の力が発動していて客以外は奥のドアに辿り着けない仕組みだと思う。

 ドアを開けて中に入るとそこは四畳もないようなこじんまりした部屋で、これといって商品は何もない。正面に大きなカウンターがあり奥は見えないように赤いカーテンで覆われている。カウンターの前には店主らしき五十代後半ぐらいの男性が立っていた。

「いらっしゃい、初めてのお客さんだね。今日は何をお求めで」

 笑みを浮かべ穏やかな口調で言ったがただのオヤジじゃない。商人には見えないゴリゴリのマッチョで身長は190センチはある。普通に戦士か格闘家って感じだ。

 顔は美形ではないが精悍で渋みがあり、硬そうな白髪はツンツンヘア、鼻の下と顎のラインに整えられた白髭がある。瞳は濃いブルーで見たところ白人系の人間だ。服は灰色のタンクトップに草色のカーゴパンツ、サンダルを履いている。

 魔力も高めていないのにプレッシャーを感じる。ただそこに居るだけで存在感が半端ない。

「どうかしたかな、随分と緊張しているようだが」

「いえ、大丈夫です。ちょっと考え事を」

「それで、今日は売り買いどちらかな」

「買いですけど、女の子の服ってあります?」

「勿論。で、大きさと種類は」

「身長は185はあって、胸とお尻はけっこう大きめかな。種類は……どんなのあるんですか?」

「なんでも用意できるけど、いま異世界風の新商品が入ってるから、それを見てみるかい」

 こっちの人間が異世界風と言うことは向こうの世界の服ってことか。

「お願いします」

 まさかのセーラー服とかナース服だったりして。

 そしてオヤジさんが奥から出してきた上下セットの服は、ってそれ体操服とブルマ⁉ マジかよ、コスプレ以外じゃ見る事のできない絶滅種じゃんよ‼

「下に穿く奴はブルマと言って、黒、紺、赤、水色、オレンジの五種五枚セットだ」

 色のバリエーション付きとかマニアにとっては至れり尽くせり。

 てか誰だよこれ作ったの。絶対変態の日本人勇者だろ。ある意味でもう本物の勇者だよ。その勇者のお前に一言物申す、グッジョブ‼

「可愛い服ですね」

「それだけじゃなく激安価格だ。なんと今なら上下セットが中銅貨二枚。それの五セット売りだから銀貨一枚。もう買うしかないよこれは」

 おおぉ、安い気がする。銀貨一枚って一万円ぐらいだよな。上の白い体操服も五枚付くわけだし、お得ですよこれは。体操服とブルマ姿のクリスを想像しただけで萌える。

「新規のお客だし、オマケで白の靴下と紺の靴下、それぞれ三セット付けよう。更にこの服専用の靴付きだ」

「スゲー、そんなに貰えるんすか。もう買いますよそれ」

 深夜にやってる通販番組みたいになってきたぁ‼ はい購入決定。しかも学校の上履きみたいな専用シューズ付き。こりゃ完璧だ。

「毎度ありぃ」

 オヤジさんは口元に狡猾な笑みを浮かべ軽い口調で言った。

 上手く乗せられたけど別にオッケー。これは本当にいいものだ。異世界で最高の買い物をした。

「やはり私の目に狂いはなかった。お客さんならこの商品の価値が分かると思ったからのぉ」

「まあ、俺が買わずに誰が買う、って感じですね」

「うははははっ、面白いお客さんだ、気に入った。他に欲しいものはないかね、サービスするぞ」

 オヤジさんは豪快に笑った。客としてでなく一人のバカな男として認められたようだ。だったらもう恥ずかしがることもないし、クリスのための買物をもっとしちゃおう。

 ブラジャーとか売ってるだろうけど、きっと高いしサイズも分からないから今はパスだな。でも下は少しぐらいサイズ違いでも穿けるだろうから買っておこう。

「オヤジさん、女の子用の下着、てかパンツとかあるかな。サイズは大きめなんだけど」

「任せておきな、いいのあるから」

 オヤジさんは変な目で俺を見ることなく裏に商品を探しに行った。なんだかこの店とオヤジさん気に入った。スゲー楽しい。

 どや顔でオヤジさんが持ってきた下着は、なんと超セクシーなTバックだった。

 オヤジさぁぁぁん、分かってらっしゃるぅぅぅっ‼ そういうの待ってました。しかもシマシマとかチェックとかセクシーなレースとか色々あるし。

「それっ‼ もう値段関係なく買う」

「うははははっ、即決か。ならば下着十枚セットで銀貨一枚でどうだ」

「アザーーッス」

 本当に何でもあるよこの店は。ヤベー、調子乗ってどんどん買っちゃうよ。しかし異世界に来て猫耳娘の服やパンツを買うことになるとはな。人生とは何が起こるか分からないものだ。

「そだ、アレ忘れてた。オヤジさん、仮面ってあるかな。例えば戦ってる時でも簡単に外れないようなやつ」

「戦闘時でもとなると、普通のものより魔道具の方がおすすめだ。少しぐらいのダメージなら壊れないからな。だが値段は高くなるぞ。一番安いもので金貨一枚だ」

「それ見せてください。デザインが悪くないなら買います。あと普通のもあればお願いします」

 オヤジさんはすぐに裏から商品を取ってきて見せてくれた。

 魔道具の仮面の方は鼻の上から目の周り、額まで覆うタイプで、額のサイドに鬼の如く小さめの角がある。色は黒でフチ全体や目の周りは金色だ。目はくりぬかれておらず、ルビーのような赤い魔石がはめ込まれている。

「これ、耳にかけたり頭にまいたりするパーツないんですね」

「顔につければピタっと吸い付くよ。やってみな」

 言われたように仮面を顔に当てるとシールのようにくっついて外れない。しかも仮面を付けている感覚がまったくなく、魔法の力で視野もそのままだ。外す時はそう念じるだけで力を入れなくても簡単にとれる。

 こりゃ便利、流石魔道具。更に説明では、ネコ科の動物のように夜目がきくらしい。値段が高くて最上級の物になれば、もっと色々な機能がついていて、夜でも昼間と同じように見えるとのこと。

「他の仮面は特別な機能はないけど、どうするね」

「魔道具の方と安いものを二つ買います」

 クリスとスカーレット用には普通の白い仮面を買った。パーティーグッズのような安物で、目の部分はくりぬかれてある。

 半獣人は人間のような耳は横に付いてなく毛が生えているのでゴムや紐でかけることはできない。でもこれもピタっと吸い付くタイプなので問題ない。

「お客さんは迷いがなくていいね。毎度ありぃ」

 貧乏なくせに色々買いすぎだが、まだ一つ欲しいものがある。

「ねぇオヤジさん、俺が履いてるような靴で、激しいバトルでも壊れない特別頑丈なのってないかな」

「それは異世界風の靴だな……前の経営者から聞いた話で随分と昔になるが、知り合いの大賢者が連れてきた勇者に作ってくれと頼まれたことがあったらしい。それで作ったんだが受け取りに来なかった、と言っていた気がするなぁ」

 そう言ってオヤジさんは裏の倉庫へと商品を見に行った。ってあるのかよ。ナナシ屋万能すぎる。

 もしも来なかった勇者が我が家のヘタレオヤジだったらマジ笑えるんだけどな。

「あったぞ、そっくりなのが」

 それはいま履いているのと似たデザインのスニーカーだった。どうやら同じメーカーを愛用していたようだ。てかスゲーよ、異世界でスニーカー買えるなんて。ずぼら勇者に感謝だな。

「おっ、ぴったり」

 履いてみたらサイズが完璧とかミラクルだろ。しかも説明によると魔法の力が宿っている魔道具だし。これなら超人パワーにも耐えられるかも。

「金貨五枚は欲しいところだが、初来店記念と在庫処分のダブルイベント価格で、銀貨一枚にしておこう」

「激安っ‼ 買わせていただきます」

 懐事情が寂しいから助かった。このまま履いて帰るとしよう。

「毎度ありぃ」

 サクラは最高の店を紹介してくれた。まだ自分の店は無いも同然だけど、目指す店はここだ。いずれ商売敵になれるように頑張ろう。

「今日はここまでにします。本当にいい買い物できました」

「またのお越しを」

 オヤジさんは笑顔で送ってくれたが、今から笑ってはいられない。外には最強クリーチャーが徘徊しているからだ。

 時間も遅いしもう探してないだろうけど油断大敵だ。いつどこから現れるか分からない。そういう奴だ。

 気配を絶ちつつ店を出てコソコソと路地裏の闇に紛れ移動する。やっとの思いで中央部から脱出し、荷馬車に乗せてもらったりしながらなんとか無事に我が家へと辿り着いた。

「お帰りなさいませ、ご主人。本当にご無事で何よりです」

 スカーレットは目を潤ませホッと安心した顔をしている。俺はどんだけ心配されてんだよ、初めてのおつかいかよ。

 まあアンジェリカに発見されてピンチだったけども。これ言ったら色々と説明が面倒なので内緒にしておこう。

「ご主人様、お帰りなさいませなのにゃ」

「ただいま。お土産あるぞ」

「にゃん⁉ クリスチーナにお土産、凄く嬉しいのにゃ」

「ただの服だけどな。いつまでも俺のパンツとシャツってわけにいかないから」

 魔法の道具袋からナナシ屋で買った体操服とブルマのセット、靴下や靴、下着を全部出してクリスに渡した。

「凄いのにゃ。いっぱいいっぱいあるのにゃ。こんなに色々買ってもらえるなんて嬉しいのにゃ。感動なのにゃ」

 クリスは本当に感動したようで何着もの服や下着を抱えながらわんわんと泣いて喜んだ。この時スカーレットは隠すことなく不服そうな顔をしていた。

「スカーレット、次はお前の買ってやるからな」

「は、はい‼ あっ、いえ、そんなもったいないこと」

 相変わらず素直じゃないが、一瞬で笑顔になったスカーレットは尻尾をぐるんぐるん回し振った。

「あとお前たちにこの仮面を渡しておく。冒険に出た時は目立たないようにしたいから、周りに人がいたら付けるように。まあそのつど言うけど」

「承知しました」

「はいにゃ」

 クリスは魔法の道具袋を持ってないので、とりあえず二つともスカーレットに渡しておいた。

「クリス、それブルマっていうんだけど、人間用だから尻尾の穴は自分で開けろよ」

「はいにゃ。クリスチーナは裁縫も得意なのにゃ」

 料理のこともあるし本当っぽいな。可愛くて家事ができるとか、家の中では最強生物だ。

「ご主人、お風呂の準備ができています」

「そっか、風呂があるんだよな。数日ぶりにゆっくりできる」

 家があるってやっぱりいい。しかも家賃が安くてこんなに大きくて立派で家具も魔法の設備も全部そろってるとか最高すぎる。上手くいきすぎで怖いくらいだ。更に可愛いケモ耳の女の子二人付き。ラノベの主人公になった気分。

「二人はまだ入ってないみたいだな。先に入って良かったのに」

「ご主人より先に入るなど、とんでもない事です。しかもご主人と同じ風呂を使うなど奴隷としてありえません」

「よその家ではそうでも、ここではいいんだよ。俺が許す。風呂もトイレもなんでも好きな時に使ってよし」

「はいにゃ。ご主人様はとってもとってもお優しい御方なのにゃ」

「スカーレットも分かったな」

「承知いたしました」

 スカーレットは同じ風呂に入れるからなのか恥ずかしそうに頬を赤くしてモジモジした。ホンと我が家の犬は強烈に可愛すぎる。

「じゃあ先に入らせてもらおうかな。二人は部屋に戻って休んでていいよ。出たら声かけるから」

 脱衣所へ行きリュックから着替えとバスタオル、ボディタオルを取り出す。てか自分の出さなくても棚にタオルとかいっぱい置いてある。使っていいみたいだし、これはありがたいね。

 裸になって風呂場に入ったらまず頭と体を洗った。この世界にちゃんとした石鹸やシャンプーがあって良かった。バトルや旅で汚れていたので凄く気持ちいい。しかし使うたびに魔法の便利さには驚かされる。温度が調整されたシャワーが使えるんだもん。風呂場のランプ照明も当然魔法であり、少し薄暗く設定されている。

「さてと、お湯につかるか」

 銭湯のように大きな湯船で思い切り手足を伸ばしリラックスした。因みに湯船の深さは少し浅めだ。

 ここは南の暖かい国だからシャワーだけで終わらせるのが普通で、湯舟がない家も多い。本当にこの家は当たりだ。やっぱり日本人はお湯につからないと。

「おおぉぉっ、い〜湯加減……最高だな」

「えぇ、お風呂は最高ですね」

 えっ⁉ すぐ隣から声が。

「おわっ⁉ セっ、セセ、セバスチャン⁉」

 ビックリした。声がするまでまったく気付かなかった。何故にセバスチャンがここに居るんだよ。しかも当然、全裸でお湯につかってるし。っていつからだよ。気配しなかったんだけど、やはり植物だからか?

「お湯に入って大丈夫なの?」

 まだ驚きで心臓がバクバクしている。頼むからBL的流れはやめてくれよ。

「はい。問題ありません。わたくし、お茶と同じぐらいお風呂も大好きなんです」

「そ、そう」

 ちょっとセバスチャン、喋りながら近付いてくるのやめて。いやホンとガチムチのマッチョと美形男子が裸で近付いてきたら超怖いからね。

「マスターもお風呂が大好きで、よく一緒に入っていました」

 なるほど、だから南国の家なのに立派な風呂があるんだな。そのマスターは北の寒い地方の出身かもしれない。

「今日は久しぶりに誰かと入れて嬉しいです。ここにマスターが居ればもっと楽しかったのですが、本当に残念です。アキト殿、早くマスターを見付けてくださいね」

「分かってるって。さっき情報屋にロイって奴のこと頼んできたから」

「それはありがたい。どうやらアキト殿は仕事が早いできる男のようですね。好きですよ、わたくしはそういう人」

「そ、そう」

 だから怖いっての。超美形のその顔で少女漫画風のキラキラオーラ全開でそういうセリフ止めて。

 また近付いてるんですけど。あと数センチしか離れてないからね。でも気になっていることを確かめるチャンスだ。それは謎の植物で人間の姿をしているセバスチャンの股間がどうなっているかだ。

 パンツの上からは外人級に盛り上がってたけどその中はどうなってんだか。かなり怖いが好奇心に押され、恐る恐るセバスチャンの股間をチラ見する。

 ってやっぱあるぅぅぅぅぅっ‼

 超立派なのついてるぅぅぅぅぅっ‼

 でも毛は無くてツルツルぅぅぅぅぅっ‼

 もう完全に人間だよ。ロイって奴はどこまでリアルに造ってんだ。職人根性は凄いけど、何故女の子にしなかったバカヤローが‼

 しかしロイ・グリンウェルって奴は天才だ。ここまで人間そっくりな生命体を作ってしまうとは。

「どうかなさいましたか、アキト殿。なにやら動揺しているように見えますが」

「ははっ、べ、別に大丈夫だけど」

 けっして自分のと比べて動揺したわけじゃないからね。羨ましくないんだからね。

「お疲れのようですね。ではわたくしめがマッサージをいたしましょう」

「マ、マッサージ」

「はい、マッサージです」

「いやいやいやいや、ぜんっぜん疲れてないし」

「まあそう言わずに、身を任せてみてください。こう見えてセバスは色々と得意ですから」

 色々って何が得意なの、ただただ怖いんですけどぉ。とか思ってる間に後ろに回られて抱き締められてるぅぅぅっ‼

「おわっ⁉ やっ、やめろっての」

 セバスチャンは透かさず手の平で俺の上半身を舐めるように優しくまさぐる。

「あふぅ……」

 ってコラぁぁぁっ‼ 変な声出してしまったじゃねぇかよ。絶妙なタッチやめろ‼ このままじゃ未知なる世界へ連れて行かれる。なんとか回避しなければ。

 で、逃げようとしてもがくと、肘が偶然セバスチャンの頭にヒットする。

 鈍い音がしたと同時にセバスチャンの腕の力が抜けたので、跳ねるように湯船から出て脱衣所まで逃げた。一瞬だけ振り返って確認したが、超人パワーを食らったセバスチャンはお湯に倒れ浮いていた。

 浅いし植物だから大丈夫だろ。このタイミングで助ける気にはならない。もしも成仏したならそれまでだ。

 急いで白のTシャツに黒のボクサーパンツを穿いて、荷物を魔法の道具袋に入れて自分の部屋へ逃げる。

 でもやはり気になるので、風呂に戻ってそっとドアを開けて大きな湯船を見ると、セバスチャンは目を回して仰向けで湯船にプカプカ浮かんでいた。

 よし、まだ生きてる。このまま放置でもよさそう。頭にデカいたんこぶできてるけど大丈夫そうだ。

「あっぶねぇ。もう少しで覚醒させられるところだった。異世界恐るべし」

 部屋に戻り安心したら、誰に言うでもなく独り言を発していた。

「そうだ、脱ぎたてパンツをスカーレットにあげる約束だった」

 魔法の道具袋からパンツを取り出しスカーレットの部屋に向かう。

 スカーレットは無頓着なタイプなので部屋のドアは開けっ放しであり、ノックだけしてそのまま部屋に入った。

「スカーレット、約束のパンツ持ってきたぞい」

「あわわわわっ、ご、ご主人のパ、パンツ」

 スカーレットは赤面し、壊れたぜんまい仕掛けのおもちゃのようにオタオタと同じ動きを繰り返している。

「さあ、思う存分クンクンするがいいさ」

 パンツを手渡すとスカーレットはブルブルと震えながら慌てふためく。まあ落ち着けっての。

 きっと今晩はクンクンした後、パンツを抱き締めて寝るんだろうな。

「風呂に入ってこいよ。疲れとれるぞ。湯船に変な植物浮いてるかもしれないけど気にしないように」

 いまだパンツを握り締め挙動不審状態の愛犬を放置して、次はクリスの部屋へ向かう。

 クリスの部屋に入ると、体操服と赤色のブルマ、白の靴下と上履き風シューズを既に着ていた。

「見て見てご主人様、ピッタリなのにゃ。裁縫道具も家にあったので尻尾の穴も上手くできたのにゃ」

 やはりクリスの裁縫の腕前は本物だったようだ。ってそんな事はどうだっていいんだよ。その姿だよ姿、超絶萌えるぅぅぅっ、なんなのもうこの可愛い生物は‼

 幻想生物と絶滅種のコラボレーションの破壊力たるや、もう表現できないぐらい凄い。それにブルマってスゲー。昔はこれを体育の時間に女子が全員普通に穿いてたんだよな。ムチムチの太もも丸出しなんですけど。

「気に入ったようだな。似合ってるぞ、クリス」

「にゃは。ご主人様に褒めてもらえてクリスチーナは嬉しいのにゃ。下着もご主人様に買ってもらったのを穿いているのにゃ」

 クリスはいきなりブルマを膝の辺りまで下げて下着を見せてくれた。

「おおっ⁉ 一番派手なヒョウ柄Tバックかよ」

 出やがったな、天才いいね職人が。いくらでもいいねつけてやんよ。ってこのムラムラどうしてくれんだよまったく。

「も、もう分かったから、クリスもお風呂に入ってこい。それで今日はベッドでゆっくり寝て、旅の疲れをとろう」

「はいにゃ」

 用事を済ませた後は自分の部屋へ帰り、ふかふかベッドに寝転がった。

 セバスチャンがやったのかは分からないが、全ての部屋が本当に綺麗でベッドメイキングまでされており、すぐに寝れる状態だ。

 相変わらず色々ありすぎて疲れていたのもあり、急激に眠たくなってくる。この時、走馬灯のように異世界に来てからの事を思い出す。まだ数日なのに摩訶不思議なことばかりだった。

「ははっ、ついこの間まで引きこもりだったのに、なにやってんだろ」

 そんな独り言を小さく発した後、深い眠りに落ちた。



 異世界で我が家を手に入れて迎える記念すべき最初の朝は、やはり慌ただしいものになった。でも何時間寝てたのかは分からないが熟睡できたのは間違いない。起きたら疲れが取れててすっきりした感じだ。因みにその朝は慌てた様子のスカーレットに起こされた。

「ご、ご主人、家の中が変な子供たちに占拠されています」

「はあ? なに言ってんだよ朝から。子供ってなん……だよ」

 なになに、ドアのところに小さいのが。

「アキト様、おはようございます」

 丁寧な言葉遣いで二人が同時に言った。それは幼い子供の声だ。

「だ、誰?」

 確かに子供がいる。しかも同じ顔した小さいのが二人。男の子と女の子かな?

「お茶のお時間となりましたので、お迎えにまいりました」

 女の子の方が言う。って、いまお茶とか言ったよね。まさかのあの人のお誘い? ということは、やはり生きていたかセバスチャン。

「ご主人、この子たちです。他にも大勢、同じ顔したのがいます」

「マジかよ」

 気持ちいい朝が台無しだ。いきなりカオス状態って。

「あの、君たちは誰なの?」

「セバスチャン様の分身のようなものです」

 一卵性の男女の双子に見える女の子の方が笑顔で答えた。

「分身……なるほどねぇ」

 頭にタンポポは生えてないけど、なんとなくそう思える。

 人間の六〜七歳ぐらいの白人系の美少年と美少女だ。髪や瞳の色はセバスチャンと同じ緑系で、服装は男子が執事服、女子が可愛いメイド服。変態全開のセバスチャンと違い、上から下までちゃんとした服装である。

 くりっとした大きな目が可愛い子供たちで、髪型は執事服を着た男子と思われる方はショート、女子はロングヘア。てか男子の方も女の子にしか見えない。だって同じ顔だもん。

「さぁ、お着替えくださいアキト様。お手伝いいたしますので」

 男の娘のような男子の方がそう言って一歩前に出た。

「ご主人に近付くな、謎の生物め‼」

 我が家の忠犬スカーレットはいまにも噛み付く勢いで威嚇した。すると二人の子供は驚いて部屋の外に逃げた。

「おーい、大丈夫だから。着替えは自分でするからちょっと待ってて」

 二人はドアのところからちょこんと顔を出し、こっちをチラ見していた。なにこの生き物、かわゆい。

 とりあえずお茶に付き合うって言ったもんな。こりゃ一発目だし逃げられないだろ。でも昨日の今日だし気まずい。直撃失神KOで放置したから怒ってるかも。

 ジーパンと袖が黒のグレイのラグランTシャツに着替え、靴下とスニーカーを履いて部屋から出た。

「ではお庭までご案内します」

 先程の二人が整列して待っており一礼したまま同時に言った。この時、眼前の光景に驚いた。スカーレットが言ったように、家の中が同じ顔した子供たちだらけになっている。

 なんだコレ⁉ ちびっこ執事とメイドが何人いるか分からない。あちこちで雑巾やモップを持って掃除している。

 ぱっと見で十人以上いるよな。これが全部分身なのか……怖っ、てか凄っ。ちっこいけどもう分身の術じゃん。

 他の子供たちが俺に気付くと次々に朝の挨拶をしてくる。それはまるでセミの大合唱のようで一つ一つ相手してられない。

「ご主人様、おはようございますなのにゃ」

 階段には既に起きていたクリスがおり、子供たちと一緒にモップを持って掃除していた。

 スカーレットは驚いてたのに、こやつは普通に溶け込んでるな。流石天然星人。しかしクリスの体操服と赤いブルマ姿は朝から眩しいぜ。いやホンとけしからんですよ。

「ちょっとお茶してくるから、クリスはそのまま掃除しててくれ」

「はいなのにゃ。あと朝ごはんの用意もしておくのにゃ」

 それで庭に向かったのだが、一階も子供たちだらけだった。

 ちょっとセバスチャン、どんだけいるんだよ。どうなってんのお前の体は。売る程いるし売れるんじゃね。この子たち植物だし売っていいのかな。向こうの世界なら即完売だ。

 移動中スカーレットは後ろにピタッと控え守ってくれている。頼もしいけど警戒しすぎだろ。

 今日の天気は晴れで、庭のウッドテラスにセットされたガーデンテーブルとチェアには既に、ちゃんと服を着ているセバスチャンが座って待っていた。その表情は普通で怒っている様子はない。

 庭にも子供たちがいる。全部で何人いるんだろ。今までどこに居たんだ、やはり土の中か。

「おはようございます、アキト殿」

 セバスチャンは昨日は何事もなかった、と言わんばかりの笑顔だ。

「おはよう、セバスチャン」

 ちびっ子メイドが椅子を引いてくれたので流れのままに座った。すぐ後ろには要人を守るSPの如くスカーレットが立っている。

 座るとすぐにみんな慣れた感じで動きお茶が用意された。見た感じ普通の紅茶だけど、何やらいい匂いがする。

「ローズティーです、アキト様」

 踏み台に乗ってお茶を入れてくれたメイドが笑顔で説明してくれた。やはりコスプレみたいで可愛い。だが正面の本体は美形だがキモい。

「アキト殿、昨日は一緒にお風呂に入れて楽しかったのですが……」

 ですよねぇ、やっぱその話しからいきますよね。どう切り抜けよう。

「途中から何故か記憶がないのです。気が付いたら庭に寝ていて。何があったか知っていますか?」

「えっ? いや、まったくもって知らない」

 なるほどな、昨日の一撃で記憶が飛んだわけか。面倒なことにならずにすんで助かった。でもなんで庭に?

「あの、ご主人、実は昨日、湯船に浮かんでいるあの植物を、裸のまま庭に捨てておいたのは私です。問題がありましたか?」

 スカーレットは耳元で呟く程度に言った。

「いや、それでいい、正解だ」

 セバスチャンに聞こえないように小さく返す。ホンとグッジョブですよスカーレットさん。アレを転がせておくとか面白すぎる。

「そもそも植物ごときがご主人と一緒にお風呂に入るなど許せません。やはり始末しましょう」

「まあまあおさえて。もう少し様子見よう」

 内緒話しているのが気になるようで、セバスチャンは何度もバレバレのチラ見をしていた。

「確かマスターが突然消えた時も、同じように少し記憶がなくなっていたのです」

「そうなんだぁ、何があったんだろうね。不思議なこともあるもんだ」

 誰にやられたのかは知らないけど、その時も強く頭を打ってダメージ負ったんだよきっと。

「で、この子たちは何? 説明よろしく」

 さっき分身体とは聞いたがサイズの違いが気になる。成長したらこのプリティーな子供たちがセバスチャンになるのなら、超絶怖すぎるんですけど。

「植物は、株分けや挿し木など様々な方法で仲間を増やせるのです。アキト殿はご存じですか?」

「まあ、少しはね」

 いやそれ普通の植物の場合だろ。お前に適用されるとは思えない。

 そもそもどこ切り離して株分けとかするんだよ。土の中に本体となる根があるの? ホンとあなどれん。

 方法はともかくそんな簡単に増やせるのかよ。マンドラゴラってスゲーな。そういえばこの世界のモンスターも大量生産できるみたいだし、同じようなものか。もしかしたら強かったりして。

「この子たちは、コセバスとでも呼んでください。無害ですのでご安心を。それに御用がありましたら何なりとお申し付けください」

 コセバスねぇ。執事とメイドが居るのはいいんだけど数が多すぎる。まあ物凄くかわゆいから許すけど。

 話によると普段はこの子たちが、お茶の用意や掃除に洗濯、庭の手入れなどをしている。だから誰も住んでなかったのに家の中が綺麗でベッドメイキングまでされてたんだな。

 ただ料理だけは複雑すぎて無理らしい。植物だから人間的な食事はしないので、味付けが分からないとのこと。

「こいつらって普段、どこに居るの?」

「わたくしと同じように、この庭の下、つまり土の中で生活しています。気付きませんでしたか、庭の至る所に花が生えていたのが」

「庭のタンポポみたいなの全部コセバスだったのか」

 出てくる瞬間ホラーだな。ゾンビの登場シーンだし。どうやら土の中で寝ている時は頭にタンポポが現れるようだ。

「この子たちは活動限界が短いので、日が暮れる前には寝てしまいます」

「そっか、だから夜は居なかったんだな。ってそんなことより、これ以上は増やすなよ。流石に多すぎる」

 既にキャパオーバーだ。大家族なんてものじゃない。商品として売っていいなら増やしてOKだけど。

「はい。実はわたくしもそう思っておりました」

「だったらなんでこうなった」

「元から多かったのですが、マスターが居なくなってしまい、その寂しさからついつい。気付いたらこの有様でして」

「マスターはちゃんと探すから、とにかくもう増やすなよ」

「承知いたしました」

 ほんとに分かってんのかな。得体が知れなさ過ぎて、どこまで信じていいのか分からない。

「やはりお茶は、こうして誰かと一緒に飲むのが一番美味しいですね」

 セバスチャンはセレブ的な上品な動きでお茶を飲み、キラキラオーラ全開の笑みをこちらに向ける。

「……そうだな」

 ローズティーは本当に美味しいけど、こ奴が正面に居るから落ち着かない。後ろには殺気立ってる犬がいるし。

「アキト殿、今日のご予定は?」

「まだ街の事を詳しく知らないから情報収集した後、近くのダンジョンでレベル上げしようかと思ってるけど」

「レベル上げですか、それは楽しそうですね」

「じゃあそういうことなので、朝飯食って出かけてくる」

 話の流れを利用してその場より立ち去り、クリスが朝食の準備をしているダイニングキッチンに向かった。

 既に昨日のシチューの残りが用意されており、それを三人で美味しくいただいた。

「腹も膨れたし、そろそろ行くか、スカーレット」

「御意」

「クリスはステイタス設定ないからレベル上げに関係ないし、留守番だな」

「にゃっ⁉ クリスチーナも一緒に冒険したいしご主人様の傍にいたいのにゃ」

 可愛くてセクシーで見てるだけで価値はあるんだけど、ガチバトルにはマイナスしかない。どうしようかな。

「足手まといだ、バカ猫」

「にゃっ、スカーレットちゃん酷いのにゃ」

「まあクリスはトラップ発動させるか、人質になるかだからな」

「ご主人様、そんな事ないのにゃ。クリスはこれまで罠にかかったことも捕まったこともないの……んっ? あったような気もするけどないような気もするにゃ」

「どの口が言ってんだよ」

 思わずクリスの両頬をギュっと抓った。

「ふにゃあぁぁぁっ⁉ ごべんなざいなのにゃ〜」

「大人しく家に居ろ。だいたいバカが戦いの場に居てもご主人の役には立たない」

 スカーレットは相変わらずクリスに厳しいぜ。ただ間違ったことは言ってない。

「はっ⁉ ご主人様ご主人様、クリスチーナにできる事があったのにゃ。クリスチーナにしかできない大事なお仕事なのにゃ」

「ほほう、大きくでたな。聞きたくないけど聞いてやる。さあ、言ってみろ」

「はいなのにゃ。クリスチーナにできるのは、後ろで精一杯応援することなのにゃ」

「舐めるなバカ猫‼」

 カチンときたスカーレットは絶妙なタイミングでクリスのお尻に噛み付く。これは噛まれて当然だ。まあ予想外の答えだったから面白いけど。

 で、結局は三人で出かけることになった。俺って泣き落としに弱いのかも。

 二人はフード付きのマントで全身を隠し、すぐ後ろを歩いている。スカーレットはいつも通りの恰好で問題ないけど、クリスの体操服と赤いブルマ姿は外で見るとヤバい。向こうの世界の奴らが見たら、俺のこと変態としか思わないよ。

 街の中心部へはまた荷馬車に乗せてもらえたので早めに着いた。皆さん優しくて助かるよ。とはいえ金を要求する奴もいたけど。

「ちょっと情報屋に会ってから行くから、お前たちは先に行って門のところで待っててくれ。アンジェリカには見つかるなよ」

「はいにゃー」

「御意」

 ここからは人間一人の方が動きやすいから別行動にした。

 昨日サクラと出会った場所に気配を絶ちつつ移動し、アンジェリカとエンカウントすることなく辿り着く。後は動き回るより待つ方が会える確率が高いと思ったのでその場にとどまってみる。

 こういう時は携帯電話があってくれたら助かるのに。万能な魔法で何とかなりそうだけど。

 この時、じっくり街を見ていたのだが昨日よりも人が増えていてかなり騒がしく感じる。お祭の期間のように人々の熱気が伝わってくる。

「旦那、アキトの旦那、おはようございます」

 後ろから近づいてきて小さめの声で挨拶したのはサクラである。まさかこんなにすぐ会えるとは運が良い。

「おはよう、サクラ。昨日は色々ありがとうな。ナナシ屋とオヤジさん気に入ったよ」

「いえ、こちらこそです。人間から名前をいただけたんですから。実は昨日から嬉しくって興奮して、まだ寝てないんです」

「そっか、良かったな」

 サクラの笑顔を見ているとこっちも嬉しくなってくる。本当に名前を贈って良かった。

「旦那、少し費用が掛かりましたが、ロイ・グリンウェルの詳しい情報を手に入れましたよ」

「マジかよ、早いな」

 サクラさん素晴らしい。なんて使える子なんでしょ。

「ただ情報料は金貨三枚欲しいんですけど」

 サクラは目をそらし申し訳なさそうに言った。

 金貨は一枚で三万円ぐらいの価値だから九万円か。どんな情報手に入れたんだよ。

「ちょいと高いよね」

「申し訳ありません。でも信頼度の高い情報です。あと他の新しい情報もオマケで付けますので」

「分かった、金貨三枚払うよ。ただ、今からダンジョンに行くから、帰ってきてからでいいかな」

「はい、それでいいです。旦那は僕に名前をくれた特別な人ですから信じます」

 こりゃ楽しくレベル上げとか言ってられない。金になるモンスターを狩りまくって稼がねば。

「じゃあ話してくれ」

「はい。まずロイ・グリンウェルが何者であるかなんですが、過去にこことは違う別の大陸で冒険者をやっていて、魔道士だったようです」

「へぇ〜、違う大陸か」

 で、話によるとロイは戦うより魔法や魔道具、ゴーレムやモンスターなどの研究に没頭し、いつしか国家に雇われるほどの研究者になったらしい。ただその国は魔王との戦いで疲弊し研究どころではなくなり、ロイは中央のディアナ大陸にきたようだ。そしてこの街のあの家に住むようになった。

 マンドラゴラのセバスチャンはきっと研究成果の一つなんだろう。

 っておいコラ、ロイ・グリンウェル、お前どんな研究してんだよ。変な生き物を残していくんじゃない。

 優秀な研究者が何故、花屋をやっていたのかは不明で、人柄的にも危険人物ではなかったため、この街に来てからの情報はほとんどないらしい。

なので情報屋もセバスチャンの存在は知らないようだ。

「ここからが本題ですが、拉致されたのは間違いないようです」

 うわぁ〜、面倒臭そう。聞くのやだなぁ。セバスチャンの勘が当たっちゃったよ。

「事件が起こったのは半年以上前ですが、今も生きていると思われます」

 話しが大きく恐ろしい事になっていくような……。

 ロイを誘拐したのは西の方に最近現れた魔王の配下の魔人族で、軍事力を強大にするためにモンスターを大量に作る必要があり、研究者のロイが拉致された、とのこと。

 なんだよそれ、モンスター工場で働いてるって事かよ。てか本当に人間にモンスター作れるの? アドバイザー的な立ち位置?

 よく分からないけど、こりゃ簡単にはいかなそうだ。大仕事なのに報酬なしとか泣ける。とてもレベル上げのついでに、とか思えないよ。救出作戦がそのまま魔王討伐はないでしょ。

 ただその魔王は世界の歪みが生み出した真正ではなく、自ら名乗っているパターンの方だから、もしかしたらステージボス級程度かもしれない。とにかく強くなければ何でもいいよ。

「話を聞いてるだけで疲れてきたなぁ。それで、どこに拉致られたの」

「この街から少し西に行った森林に、低級モンスターが出るダンジョンがあるんですが、その中に入っていきどこかへ消えてしまった、というのが最有力な情報です」

 凄いな情報屋網は。俺の事とかも知りたい奴がいれば、あれこれ探られるんだな。出生の秘密は守らないといけないし、目立たないようにしないと。

「そのダンジョンに魔王の基地でもあるのかな」

 西の初心者ダンジョンって、今から俺が行くところなんじゃ。

「基地は分かりませんが、そのダンジョンはいま盛り上がってますよ。最近になってモンスターが増えてるらしいので」

 初心者がレベル上げや金を稼ぐのにちょうどいい状況ってわけか。でも増えたっていうのが気になる。とはいえ今の俺にとっては一石二鳥かもしれない。

 更に話によるとダンジョンの奥には強いモンスターも現れるようになったとのこと。なので初心者は注意が必要だ。ザコ狩りで天狗になってたらいきなり強い奴とエンカウントして死亡、とかゲームでよくあるからな。

「旦那、ロイ・グリンウェルの情報は以上です」

「分かった。役に立ついい情報だったよ」

「でも、まさか助けに行くとか言わないですよね」

「どうだかな。無茶をするつもりはないけど探すの頼まれてるし、流れしだいかな」

「僕はアキトの旦那とは、これから長いお付き合いをしたいので、心からご武運をお祈りいたします。本当に気を付けてくださいね」

「ありがとうな」

 サクラの頭にそっと手を置いて言った。

「あとまだ新しい情報があります。どうやらこの街に、凄く活躍していて有名な、二つ名の戦士が来ているようなんです」

「あの暴君エルフと違う化け物がもう一人いるのかよ。やっぱ大きい街は怖いな」

 それ絶対に関わり合いになりたくないよ。たぶん二つ名で呼ばれる奴に普通なのいねぇから。

「漆黒の魔剣使い、と呼ばれているようです」

「そ、そう……まあ名前はカッコいいよね」

 二つ名って結局、中二全開の恥ずかしい呼ばれ方だよな。しかし魔剣使いとか凄そうだ。

「最近の話では、北のジャングルで恐れられていたモンスターや、砂漠の盗賊を倒したそうですよ」

「んっ⁉ それは……」

 おいおい、どこかで聞いたことある話だな。高確率で誤報の可能性があるぞ。

 どうやらその二つ名は同じルートで南に向かっていたようだ。何故そうなったのかは知らないが、身代わりになってくれてて俺的には目立たなくてラッキーかも。

「その戦士は黒い全身鎧と大きな盾、魔剣をもっているので姿を見たらすぐに分かるみたいです」

「見たままだな」

 街の中でそれっぽいの発見したらダッシュで逃げるとしよう。

 そういえば二つ名の頭って色系が多いよな。って金色と漆黒が会ったらどうなるんだよ、考えただけで恐ろしい。ビッグバン起きるんじゃね。この街なんて確実にオワタだろ。

 二人が出会わないことを女神に祈ろう。仮に出会っても、漆黒の方が凄く大人であることを願う。頼むから一歩引いてくれ。いきなり家を失いたくないからね。

「じゃあそろそろ行くよ。帰ってきたらちゃんと料金払うからな」

「はい、承知しました。お気を付けて」

 サクラとはここで別れ裏通りをコソコソと足早に移動し、街の外に出るための門のところまでトラブルなく辿り着く。

 門の手前でクリスとスカーレットと合流した後は冒険者をダンジョンまで運ぶ馬車屋に向かう。

「そだ、街の外に出たらフードは被らなくていいけど、目立たないようにマントはそのまま着てようか」

「御意」

「はいにゃ」

 やはりクリスの恰好を向こうの世界の奴らに見られたら、ちと恥ずかしい。しかもご主人様とか呼ばれて奴隷に着せちゃってるし、完全に変態ですよ。

 あとここからは全員、仮面を付けて行動することにした。

「ははっ、やっぱ三人とも仮面してたら怪しいよな」

「ご主人はとても似合っておいでです」

「そうなのにゃ、ご主人様の仮面姿はカッコいいのにゃ」

「う〜ん、大丈夫かな。正体は隠せるけど目立つような」

「半獣人が人間といる時に、マントや仮面をしているのは普通の事で、冒険者が仮面をしているのも珍しくはありません」

「そうか、ならいいんだけど。とにかく目立ちたくないから、二人も気を付けるように」

「御意」

「はいなのにゃ」

 色々と考えすぎかも。それは俺がまだこの異世界の人間になりきってないってことか。こっちの人間は半獣人とか人外の奴隷を、わざわざ気にして覚えたりはしないもんな。だから俺だけ仮面して正体がバレなきゃいいのかもしれない。

 馬車屋は門のすぐ近くにあり、西の初心者ダンジョンまでは銅貨一枚の料金だ。三人分の銅貨三枚、約一万五千円ぐらいを払った。今の懐事情では厳しい額である。

 本当にこの一回の冒険でモンスターを狩りまくって稼がないと生活費がヤバい。

 出発する馬車は既に街の外で待っていた。今回はたまたま乗り込むのは俺たちだけのようだ。他の冒険者たちはもっと早くに向かったらしい。

 完全に出遅れた。優雅にお茶したり情報聞いたりしてる場合じゃなかったかも。モンスター残ってなかったらどうしよう。

 と思ったけど、俺にはこんな時に使える必殺技があるの忘れてた。そう、それは天然ドジっ子スキルだ。しかもレベルMAX。

 他の冒険者が発見できない未知なる過酷ルートを我が家の猫は、いともたやすく見つけ出す。だから表ルートのモンスターが居なくても大丈夫かも。

 馬車は八人乗りぐらいで幌が付いている。二頭立ての馬はサラブレッドではなく、ばん馬みたいな巨大な馬だ。近くで見たら凄い迫力でカッコイイ。

 乗り込むと馬車はすぐに出発した。ついにステイタスがある状態での冒険者デビューだ。と言っても商人だけどね。



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