第四章 「商人の街・ゴールディ―ウォール」
東南の海岸沿いにある大きな街の名はゴールディ―ウォールというらしいが、別名は『商人の街』である。
誰かに雇われるより自分で色々やりたいと思っていたから、その街で情報収集しながらこの世界の商売を学ぶつもりだ。早く仕事と住む場所を決めなくては。こっちに来てまでニートとか嫌だし、働く意欲満々ですから。
「ご主人、一応報告しておきますが、あのエルフの匂いがしなくなりました」
「えっ、そうなの」
スカーレットから良いお知らせがあり後方を確認したら、確かにストーカーになりつつあったアンジェリカはいなくなっていた。飽きてどこかに行ってくれたのならありがたい。
「なんだか胸がざわつく……」
上空に気配を感じて反射的に見上げる。
太陽光のせいではっきりとは見えないが、何か巨大な生き物が下りて来た。シルエットは鳥っぽい。
「なっ⁉ こ、これって、鳩か?」
眼前に降り立ったのはマイクロバスぐらいある巨大な鳥だ。流石異世界生物、スゲー大きさで圧倒される。
「どうだ、可愛いだろ。今そこで捕まえたんだぞ」
巨大な鳩の首元から顔を出し言ったのは、勿論アンジェリカである。やはりまだいやがったか。
「私って昔から動物に好かれるのよねぇ」
嘘つくんじゃねぇよ、この腐れ外道エルフが。可哀相に鳩さん恐怖で顔が引き攣ってるぜ。しかも涙目で頭には大きなコブができてるし。
「で、なにがしたいんだよ」
「アキトはゴールディ―ウォールに行くんでしょ。私も偶々、ホンと偶然に行くつもりだったから、これで一緒に連れて行ってあげるわよ。さあ乗りなさい」
「いえ、結構です。歩いて行きますので。アンジェリカさんはどうぞお先に行ってください」
誰が乗るかよ。関わり合いたくねぇんだよ。分かれっての。まあ分かるような奴ならここまで警戒しないけど。
「なんでよ、この私が乗せてやるって言ってるのに。アキト、私に喧嘩売ってるのね」
「こらこら、なんでそうなるんだよ。どんな解釈の仕方だ。とりあえず落ち着け。魔力を高めるんじゃないよ。マジで怖いから」
こいつホンと面倒臭い。バカとか天然じゃなく、ただただ思考がぶっ飛んでいる。どんな育ち方したらこんな生き物になるんだよ。
てか女神様、こんな危ない奴に最強の力を与えたらダメでしょ。
「アキト、本当に乗らないのか?」
「え〜っと……」
ここはどう答えるのが正解なんだ。全然分からない。何を言っても面倒なことになりそう。
「あ、歩いて行こうかなぁ……なんて」
「でも、お前の奴隷はもう乗ってるけどな」
「ってコラ、クリス、乗ってんじゃねぇ‼」
「フカフカで快適なのにゃ」
「そういう問題じゃねぇし‼」
何してくれてんだよ、このトラブル製造機が。ホンとにこいつは可愛いだけのド天然ニャンコだよ。精神的疲労半端ねぇわ。
「スカーレット、あのバカの尻を噛んでこい」
「御意」
スカーレットはバトルの時のように疾風迅雷の動きでクリスの後ろに回り込み、デカい桃尻に噛み付いた。
クリスは悲鳴を上げて痛がったが、あまりに声が大きかったため、アンジェリカに「うるさい」と言われて頭を殴られた。
「ふえぇぇぇん、皆がクリスチーナをイジメるのにゃぁぁぁん」
自業自得だ。まあ結局は可愛いから許すけど。
「時間がもったいないし、早く乗りなさいよ。この先はモンスターが多い場所もあるし、普通に山越えしてたら何日かかるか分からないぞ。だけど一直線に空を飛んで行ったら二時間ぐらいで着くわよ」
「そんなに早く着くのか」
向こうでやらなきゃいけないこともいっぱいあるし、ここは素直に乗るのが得策かもしれない。
「じゃあ、一緒に乗せてもらうよ。街までよろしくな、アンジェリカ」
「ふん、はじめから素直に従えばいいのよ。面倒臭い男ねぇ、まったく」
コノヤロー、てめぇにだけは言われたくないんだよ。
そして巨大な鳩の背中に乗せてもらい空の旅をすることになった。
鳩は四人も乗せているのに軽々と空高くまで飛び上がり、南へと針路をとる。
「ははっ、風が気持ちい〜。最高ー‼」
思わず笑いが出てそう叫ぶほどに空を飛んでいるのは気持ちよかった。
アンジェリカみたいに魔法を使って自在に飛べたら、もっと最高な気分なんだろうな。それでアンジェリカに訊いてみたんだけど、魔法を使える冒険者職業になれば人間でも空を飛べるとのこと。
だがアンジェリカのように何時でも何処でも好きなだけ、自由自在に飛び回る事は人間には無理らしい。戦闘や非常時に数分間飛ぶのがやっとのようだ。人間では風の精霊の力を上手く使えないんだと。アンジェリカは森や精霊と深く関わりのあるエルフだから、簡単に精霊魔法が使える。でも俺は半分ドワーフの血が入っているし、もしかしたら風の精霊の力を上手く使えるかもしれない。
とか考えているうちに、既に先程まで居た森は見えないところまで来ていた。やっぱ鳥の移動速度は凄い。ヨットなんて目じゃない。恐らく時速100キロオーバーだと思う。ちゃんとしがみ付いていないと風圧で飛ばされそうだ。
それから何度か鳩の休憩をいれながら東南へと飛ぶこと二時間、少し高度を下げるとなにやら潮の香がしてきて、左を見れば海が広がっていた。
海を見ただけなのにテンションが上がる。向こうの世界では海水浴とか行ったことなかったし色々楽しみだ。本当にこの世界に来てからワクワクドキドキが止まらない。
「ほら、見えてきたわよ、アキト。あれが商人の街と称される、ゴールディ―ウォールよ。思ってたよりずっと大きいでしょ。ここより大きな街って他の大陸に行ってもないかもね」
「あぁ、でっかい街だから驚いてるよ。それに凄く綺麗な街並みだし」
こりゃ凄い。本当に広大で建物が密集している中央部だけで五キロはありそう。
日本では小さい普通の町かもしれないが、人口が多くないと思われるこの異世界ではトンでもなく大きな街だと思う。
町並みはヨーロッパ風で赤やオレンジ系で統一された屋根が美しく、いい雰囲気を作っている。まるで地中海の有名な観光地のようだ。
奥には山がそびえ街を見下ろすように大きくて立派な、貴族の屋敷っぽい建物が幾つもある。その中には神殿らしきものもあった。西側の山の部分はずっと遠くまで続いており広大な面積だが、その山々も街の一部ならもう大きさが分からない。
海岸沿いには夥しい数の船が停泊し、漁業や貿易が盛んなことが分かる。もしかしたらこの辺りの海はモンスターが出ないのかもしれない。
街の中には海に繋がる大きな川もあり、中央部から離れたところには湖も見えた。そして西側の広大な山々を除いて街全体を囲むように、高くて頑丈そうな城壁と呼べるものが作られている。恐らくモンスター対策だろう。
上空からのぱっと見、城以外は何もかもそろっている大都会だ。海、街、山、という並びはテレビで見た神戸の地形に似ているかもしれない。
街に見とれていたその時、アンジェリカは巨鳩を街から少し離れた森の中に着地させた。
「お前デカくてパワーありそうなのに飛ぶの遅いな。もう帰っていいぞ」
全員が降りた後、アンジェリカは悪びれる様子もなく偉そうに言った。少しは感謝しろ、この暴君エルフが。
「鳩さんありがとう。本当にお疲れ様でした」
心から感謝の言葉を発した。すると鳩さんは「クルックー」と鳴きながら会釈した。ように見える。
なんて礼儀正しい子なんだろ。どこぞの鬼畜エルフには見習ってほしいものだ。
「送ってくれてありがとうなのにゃ。フカフカのベッドで寝てるみたいで気持ちよかったにゃ」
クリスは鳩さんに抱きついて言った。
「ご主人を目的地まで送っていただき感謝です」
スカーレットは優しく撫でながら言う。
我が家の奴隷は二人ともちゃんとしてるね。相手が動物であっても感謝してお礼を言えるんだから。
挨拶の後、鳩さんはアンジェリカの方を見ることもなく、そそくさと飛び上がり北の方へと消えた。
「ちょっとアキト、なんだか分かんないけどカチンときたんだけど。いま凄く暴れたいんだけど」
ちょっ、その鬼の形相やめてぇ、超怖い。てかどこに引っ掛かってんだよ。鳩に優しく接したからって嫉妬すんじゃないよ。
「私にお礼がないとかおかしくないか」
「ありがとうございました」
「なんかその言い方ムカつく」
「なんでだよ」
「顔もムカつく」
「……」
しるかっての。俺にどうしろってんだ。また可愛いとか言ってほしいのかよ。どうせ「はうっ」とか発してきょどるくせに。こうなったらもうダメ元で逃げるしかない。
「よし、街はすぐそこだ、行くぞお前ら」
猛ダッシュして逃げその場にアンジェリカを放置した。
勿論、優秀なスカーレットはタイミングよく合わせ、すぐ後ろについて来ている。だが駄目な方の天然星人猫娘は案の定逃げ遅れ、尚且つズッコケた。
「コラー、逃げるなぁ‼」
逃げながらチラっと後ろを確認したら、アンジェリカがクリスのケツを蹴り上げているのが見えた。
ごめんクリス。だが生贄としてはグッジョブ。お前が自力で追いつくことを願ってるぜ。街の入口の門のところで待ってるからな。
逃走に成功した俺たちはそのまま森を走り抜け、街に続く道に辿り着く。この辺りからは街に向かう旅人や冒険者たちの姿があった。
「もうすぐそこだし、ここからは歩くとするか。クリスを置いてきたけど、やっぱ待ってやらないとな」
「はい、ご主人。しかしあのバカ猫は既に死んでいるかと思われますが」
「コラコラ、真顔で言うな。いくら狂暴でも、天然ボケの猫相手に本気で怒って無茶はしないだろ」
「
「お、おう、言われてみればそうだな。村を破壊したばかりだし」
スカーレットが真顔で感情を乗せず言うから少し怖くなったけど、流石に大丈夫だと思う……多分。
てかあんなバカをやっちゃったら一生の恥でしょ恥。鬼畜戦歴とはいえ汚点を残すことになるっての。とか考えながらゆっくりと歩いていたら、あっという間にゴールディ―ウォールの入口まで辿り着く。
眼前までくると城壁や門の巨大さがよくわかる。門の周りの一番高い部分は十五メートルはある。
確か壁に使われている石は特殊な硬いもので、更に魔法で強化されておりトンでもなく頑丈だと、鳩の上でアンジェリカが言っていた。
それから数分ほど門の前で待っていると、泣きながらクリスが追い付いてきた。だがその背中にはアンジェリカが乗っている。どうやら鳩さんのように頭を殴られ無理矢理命令されているようだ。その証拠に見事なコブができている。
「うええぇぇぇん、アンジェリカちゃん怖いのにゃぁぁぁ。ご主人様助けてぇぇぇっ」
クリスさん、それは無理と言うものです。逃げ遅れたお前が悪い。これを教訓にして普段からボーっとせず逃げ足を鍛えるように。
「うるさい猫だな、まったく。ウザいから泣くな」
おんぶされてるアンジェリカは後ろからクリスの両頬を抓り言って軽やかに背から飛び降りた。
とりあえずさっきの事を忘れさせるために他の話を切り出す。
「アンジェリカはこの街に来たことあるんだよな、入るのにお金とかいるのか?」
「そんなルールはなかったと思うけど。私は払った事ないし」
「そっか。じゃあこのまま街に入るか」
観音開きの巨大な門は開いており自由に出入りできるみたいだが、その前には門番らしき兵士が二人いる。三十代ぐらいの南米系の男で、二人とも腰に長剣、手には槍を持っている。
この時スカーレットはウエストポーチ型の魔法の道具袋からフード付きのベージュのマントを取り出し身に纏った。更にもう一つ同じものを取り出しクリスに投げ渡した。
「どうせ持ってないだろ。ご主人に迷惑がかかるから貸しておいてやる。前のご主人の物だが大きいサイズだから着れるはずだ」
「ありがとにゃ。スカーレットちゃんはたまに優しいのにゃ」
クリスが満面の笑顔で言うと、スカーレットはそっぽを向いた。これってどういうやりとり?
二人はフードまでかぶり頭も体も全身を隠した。どうやら俺の知らないこの世界のルールがあるようだ。
スカーレットに訊くと、大きな街では奴隷や人外はそのまま入れないとのこと。耳や尻尾をマントやポンチョを着て隠すのが常識となっている。
可愛いのになんてもったいない。まあこれで門番のチェックは入らないだろうが、金魚の糞状態のストーカーエルフはどうなんだろ。堂々としていてそのままの恰好だけど。
で、門を通過しようと歩き出したとたん、エルフ丸出しのアンジェリカは門番の男に呼び止められた。
「ですよねぇぇぇ」
呟く程度だが思わずそう発していた。
「なによ、この私に文句があるの」
アンジェリカはまだ魔力を高めていないが既にキレ気味だ。
「文句も何も、お前はエルフだろ。この街のルールを知らないのか」
兵士の男は呆れ口調で言った。しかしもう一人の男は、どうやら眼前の金髪エルフが誰か気付いたようだ。一瞬で顔が青ざめ冷汗をかき足がブルブルと震えている。
「この私にお前たち人間が勝手に作ったルールなど通用すると思っているのか、愚か者め。この街ごと破壊してやろうか」
「ははっ、何言ってんだこのエルフは。寝言は寝てから」
「ちょっ、ちょっと待て‼」
後ろにいた兵士が慌てて止めに入る。間に合えばいいんだが。あぁ怖。俺にふらないでくれよ。
「なんだよいきなり。今からこのエルフに説教するところなのに。俺は女だからって容赦しないぜ」
「黙れバカヤロー‼ まだ気付かないのか。この方は伝説の魔法剣士、アンジェリカさんだ」
「えっ⁉ あのこんじ……」
驚いた男は思わず二つ名を口にしそうになった。
「う、嘘だろ。あの動く厄災、金色の破壊神なのかよ。ヤバすぎるだろ。これどうすんだよ、俺もう死んじゃうよ」
男は全身を震わせ涙目で、もう一人の兵士の耳元で小声で話した。
その情けない顔を見てたら思わず「謝るしかないだろ」と助言していた。
二人の兵士は同時に大きな声で「申し訳ありませんでした」と謝罪しながら深く頭を下げた。しかしこのままなら鬼畜暴君が許すはずもないので助け舟を出す。
「アンジェリカさんは偉大かつ寛大な女神のようなお方だからな、素直に謝ったからきっと許してくれるよ」
アンジェリカの怒りが爆発する前にヨイショ攻撃だ。褒められ慣れてない単純バカのこいつには絶大な効果があるはず。
「あったりまえでしょ。私は偉大なエルフだからな。今回は特別に許してやろう」
アンジェリカはモデル立ちみたいなポーズをとってドヤ顔でそう言った後、高笑いながら門を通過して街に入った。
助かった兵士たちは全身の力が抜けたようにその場にしゃがみ込み放心状態になる。だが俺が歩き出した時、二人は「ありがとう、助かったよ」とお礼を言ってくれた。
それにしても、ここまで金色の破壊神の怖さが人間に浸透しているとは驚きだ。色々と聞いたこいつのバカ話は本当みたいだ。あぁ恐ろし。
「見事なおだてっぷり、流石でございますご主人」
後ろにいたスカーレットがアンジェリカに聞こえないように小声で褒めてくれた。
「まあな、慣れてきたのかも」
ってこんなことに慣れたくねーー‼
そしてついに大都市で商人の街と称されるゴールディ―ウォールに到着した。やっと異世界移住のスタートラインに立った気がする。
意気揚々と門を通過した後、一旦立ち止まり街を見渡す。
大きな建物がひしめく中心部でもないのに、ヨーロッパ風の街並みは既に都会に見えた。とにかく建物と人が多い。荷馬車なども次から次に通り過ぎる。それに、いかにも商人という服装の人や冒険者らしき者たちがいっぱいでテンション爆上がりだ。
しかしワクワクしてられない事情がある。案の定アンジェリカが待っていた。いったいどこまで付きまとう気だ。
いくら金髪美少女のロリババアエルフでも、魔王級の力を持ったバカの相手はノーサンキューなんだよ。ここでなんとか逃げてやる。
「アンジェリカ、お前はどうすんだよ。確かこの街で用事があるとか言ってたよな」
「えっ、あぁ、うん。まあそうだけども」
「だったらここでお別れだな。俺たちは人に会う用があるから。じゃあそういうことなので、さよならぁ」
「ちょっ」
アンジェリカに喋る隙を与えないように言い終わる前に動き出し、早歩きで路地裏へと逃げ込む。
流石に今回はクリスもついて来ており、角を曲がったら猛ダッシュで逃げた。
「ははっ、うまくまいてやったぜ。これで楽しく街の探索ができる」
「見事な手際でございます、ご主人」
「って、猫は猫⁉ 猫どこ行った⁉」
クリスいねぇじゃん。どこで落っことしてきたんだ。
「バカ猫は、確か二つ目の角を曲がった時にズッコケていたかと」
「相変わらずのお約束だな、あの天才ドジっ子は」
さてどうするか……様子を見に戻るしかないか。いや、戻って確認しなくても予想通りの状況になっているだろう。
で、指名手配の犯罪者の如くコソコソと、いま通ってきたルートを引き返す。するとすぐにクリスは見付かった。勿論アンジェリカのオマケ付きで。
何故こうも簡単に捕まるんだよ我が家の猫は。猫って俊敏じゃないと駄目だろ。ホンと可愛いだけだ。
「私を放置して逃げるんじゃないわよ。お仕置きしてやる」
お怒りのアンジェリカ様は既に号泣しているクリスの大きなお尻を蹴り上げる。
この光景を見てても可哀相に思えないのは俺がドSの変態だからだろうか。それともクリスが奴隷だからかな。だとしたら感覚が早くもこの世界に感化されている。
「ヒーローカットインして助ける気にならないよ」
隠れ見ながら誰に言うでもなく呆れ口調で小さく独り言を発した。
「放置でよいかと思われます」
すぐ後ろにピタッと影のように控えているスカーレットは真顔で言う。
「うん、そうしようか。忙しいし」
「御意」
「でもさぁ、一応あいつも俺の奴隷だし、あのままにもできないから、後の事はスカーレットに任せるよ」
「えっ⁉ それはどういう」
スカーレットは目を見開き驚いた顔をした。
「俺は先に行って用事を済ますから、お前はこのままあの二人を見張って、アンジェリカの隙を突いてクリスを助けだしてくれ」
「わ、私がですか……」
「大丈夫。優秀なスカーレットなら簡単にできる。期待してるからな、頼んだぞ」
露骨に褒めてみたけど、やっぱ効果てきめん。スカーレットは顔を真っ赤にして鼻息荒く、マントが捲れ上がるほど尻尾を振りまくっている。まったくもう、どいつもこいつも簡単で助かるぜ。
「御意。後は全て、ご主人の忠実なる奴隷、スカーレットにお任せを」
スカーレットは大袈裟に片膝を付き俯いて胸に手をあて言った。
「港の方に居るから、後で合流しよう。ある程度まで近付けば、お前は鼻がいいから匂いで分かるんだろ」
「はい、分かります。ご主人の匂いは絶対に間違えません」
「じゃあ後は任せた」
自分で酷いご主人様だなと思いながらも、これは面倒臭いからではなく作戦であると言い聞かせ、その場にスカーレットを残し港へ向かった。
てかここにいてアンジェリカの相手をしてたら、また色々あって話が進まなそうなんだもん。
それからは観光気分で街を見て回った。はっきり言って超絶楽しいんですけど。
街の中心部は道も石畳で舗装されてて高い建物も多い。ヨーロッパの有名な街並みと比べても遜色ない。
ちょっと街を歩いただけだが分かったことがある。それは人間しか入れないエリアがあるということだ。裏通りはマントで身を隠した半獣人たちの姿があるが、表通りには一人もいない。それにいまいる中心部にも姿はない。思う以上にここは人間の街なんだと理解した。そして人間が上位種であることも。
「さ〜てと、そろそろ真面目にやりますか」
中心部を過ぎた辺りからはただ観光してても時間がもったいないので、色々な人に話しかけて情報収集した。更に武器屋や道具屋など、様々な店にも入って話をしてみた。
思い返せばこれまでの町でももっとこの世界のコアな情報を知る機会があったのに、色々ありすぎてスルーしていた。いまやっと、かなり多くの有益な情報を手に入れた。特に魔王やモンスターのこと、冒険者や勇者の戦い方についてだ。
まず魔王が何かってことだけど、どうやら二種類あるらしい。
一つ目は、女神エルディアナでさえ制御できないこの世界の歪みが生み出す真正の魔王。
歪みが何かは特定されてないが、生物の激しく強い怒りや憎しみ、深い悲しみ、妬み嫉み、など負の感情と噂されている。因みに真正の魔王はトンでもなく強いらしく、高レベルの勇者パーティーが最低でも三組はいないと戦えないらしい。
どんだけ強いんだよ真正魔王さんは。ただただ怖すぎる。戦う気にもならない。近付かないのがベストだ。
二つ目は、魔力の強い魔人族が自ら魔王を名乗り軍を作るパターンだ。こっちの方が多いらしい。
魔人族は基本の姿形は人間タイプだが、ゲームやアニメに出てくるサキュバスや悪魔キャラに似ている。なので一目で人間でなく魔人族だと分かる。戦闘時は魔獣やモンスターの姿に変身できる者もいるとのこと。
情報によれば、あちこちに魔王がいてこの世界の人たちも何人いるか把握してないらしい。
世界も広いし魔王もいっぱいいるし、これがロープレなら物凄くやり込みがいがある。ただ俺はもうこの世界の住人で死んだら終わりなので、死んでも生き返って元の世界に帰れる召喚勇者たちと違って無茶はできない。と言いつつ、もうかなり無茶をしている気がする。
が、無茶をしても、勇者や賢者、僧侶などはレベルが高ければ死者蘇生魔法が使えるので、死んですぐなら生き返れる。冒険者パーティーには絶対に必要なメンバーだ。
次はモンスターだが、これも二種類存在している。
まずは野生のモンスター。これは真正魔王と同じで世界の歪みが生み出すもので、たまにトンでもなく強い奴らが生まれる。
野生は倒した時、跡形もなく消滅してしまうスライム系や一部の妖精族以外はその場に死体が残る。種族やその中での種類によるが、肉として食料になるため普通に売買もされている。中には超レアな食肉になるモンスターもいて、それを狙う美食ハンターや商人が大勢いた。
いまのとこ流石にモンスター肉を食うのは嫌だな。食べてみて美味かったら慣れるんだろうけど。
肉以外に残った牙や爪、骨や皮に鱗、角なども武器や防具、アイテムに使われるため売る事ができる。
もう一つは魔造モンスターだ。魔王や魔人族が造ったもの。
動植物や昆虫と様々な鉱石と魔力を融合させ、人工的に製造している。強い魔力と材料があればいくらでも兵隊となるモンスターを作り出せ、軍を大きくできるというわけだ。
この魔造モンスターは倒したあとに死体は残らない。だが代わりに原料となった鉱石やアイテムがその場に残り手に入る。
金銀銅に宝石の場合が多く、冒険者はそれらを売って金にする。たまにレアな金属がゲットできることもある。俺がこれまで倒したモンスターは原料を残してないので野生のものだろう。
あと当然だが魔造モンスターは魔王城の近くに行けば行くほど増える。なのでレベル上げや金がいる場合は魔王の領土に入る。だが近付きすぎると強いモンスターが出てくるため要注意だ。
この二種は、スキルやアイテム、魔法などで野生か魔造かを戦う前に見分けることができる。
重要なのは女神の祝福を受けてステータス設定があることだ。野生でも魔造モンスターでも、倒せばちゃんとレベルを上げるための経験値ポイントが入る。俺みたいにまだ女神の祝福を受けてないとモンスターを倒しても経験値が入らないから損することになる。
しかしモンスターの事を知って思ったのは、自分でモンスターとかゴーレムを作れるかもってことだ。そんでもって高値で売れるんじゃね。
意のままに命じて防御や攻撃に使えるのなら、冒険者個人でも国が相手でも商売ができる。召喚師などに特に売れると思う。これは研究してみる価値はありそう。成功したら大金持ちだ。
まあそんな夢のような話も、まずは女神の祝福を受けてからだ。職業を選び冒険者になって金を稼ぎ、この世界で生きていくための地盤を築かねば。そう、まずは金だよ金。そしてボロくてもいいから雨風防げる家だ。
ってことで予定を変更して、アリマベープ村の長老の孫娘に会うより先に、山の手の中腹にある神殿へと向かう。
どうやら勇者や冒険者のレベル設定や諸々のシステムは、召喚勇者たちが女神にアドバイスして、戦いやすく更に冒険を楽しめるようにロープレ風に作り上げたものらしい。
基本的に女神の祝福を受けるのはこの世界の人間、つまり冒険者だ。女神によって召喚された勇者は初めから祝福を受けた状態で、世界の説明もしてもらい、お金や装備にアイテムもある。
なんとも至れり尽くせりで羨ましい。俺は変則的な異世界移動だから女神に会う事もなく、祝福や世界の説明を受けて冒険の準備を整えることもなかった。超人だから生き残れたけど、何度考えても普通なら死んでたよね。
アンジェリカに見つからないようにコソコソと山手の方へ向かい、程なくして神殿に辿り着く。
女神エルディアナを祀っている神殿は見た感じ教会の建物系だ。サグラダファミリア級の巨大さで、見上げると圧倒された。中には自由に入れ、様々な彫刻やステンドグラスが出迎えてくれる。まるで建物自体が美術品のようだ。とにかく金がかかってる感じ。
奥に進むと五メートル程ありそうな、真っ白で美しい大理石の女神像がド真ん中に堂々と立っていた。その横にはシスター姿の二十歳ぐらいの女性がおり、手にはソフトボール程度の赤くて丸い魔石がついたシルバーの杖を持っている。たぶん巫女さんだよな。
巫女さんは165センチぐらいでスレンダーな体型で、白人系の金髪美女だ。
「あの、女神の祝福を受けたいんですけど」
「はい。それでは金貨一枚を、そちらにお入れください」
巫女さんは笑顔で言って女神像の足元にある賽銭箱のようなものに誘導した。
金貨一枚は三万円ぐらいか。けっこう高いよな、お布施にしては。この豪華な神殿を見れば儲かってるのが分かる。
「じゃあこれ、入れますね」
「はい、確認しました。それではどの職業を選択しますか」
「どうしようかなぁ……」
「基本的に今は、どんな職業にも対応しています。なりたいものを何でも言ってみてください」
どんな職業でもって、随分とゲーム慣れした勇者が居たみたいだな、設定アドバイザーに。
「何回でも職業って変えられるんですよね」
「はい、可能です。ただそのつど金貨一枚が必要ですが」
「職業を変える時って、上げたレベルとかスキル、魔法はどうなるんですか?」
「職業を変えれば上がった身体能力とレベルは一からになります。更に職業別のスキルや魔法、技なども使えなくなります。しかし例外として、その職業を限界まで極めていれば、全ての能力を引き継ぐ事ができます。勿論それは簡単なことではないので成し遂げ転職する者はあまりいません」
「なるほどねぇ……」
必要なスキルや魔法だけ持ってすぐに転職はできないわけか。レベルも身体能力も一からでって、これは一つの職業をとことんやり込めってことだな。女神にアドバイスした召喚勇者ってゲーム廃人だろきっと。
まあいつでも転職できるなら、別にテンプレの戦士や武闘家、魔法使いとかじゃなくてもいいか。
「じゃあ俺、商人になりたいんですけど、商人でも冒険者ってできますか?」
「はい、できます。ただ商人でモンスターと戦ってお金を稼いでいる人は、私の知る限りいないかと。戦うためのスキルや魔法はありませんし、初期設定の身体能力値も低いので」
「ですよねぇ。ちょっと聞いてみただけです、気にしないでください。それより、商人の特典ってありますか?」
「勿論あります。女神の祝福を受けた商人になっていれば、商人ギルドに所属したりお金を納めなくても、どこででも商売ができます。あと商人限定の大規模なオークションに売る買うどちらでも参加可能です」
「免許証というか、資格が与えられるわけですね。因みにどんな商売でもできるんですか?」
「レベルによって異なります。極めた後もレベルを上げていける戦闘に特化した他の冒険者系職業と違い、商人はレベル50が最高ですが、そこまで辿り着けば大商人の称号が与えられ、銀行、風俗、カジノなどが許されます」
キターーっ‼ 異世界風俗にカジノ経営とかスゲー‼
最高の情報手に入れたぜ。こんなの男のロマンだろ。もう既にドキドキワクワクして体が熱くなってきた。地道なレベル上げが楽しくなるぜこれは。てか俺、皆のためにも頑張るっす。
「ただこれらの商売を資格の無い者が勝手にやっていて困っているんですよね。いくら取り締まってもきりがなくて」
「へぇ〜、そうなんですか。悪い奴らもいたものですね」
いわゆる闇金、裏風俗、闇カジノってやつだな。そういうの人間が多くいればどこにでもあるんだな。まあ簡単に金になるから当然か。
「大商人になれば、年に三回徴収される税金が安くなります」
異世界でも国があれば税金はあるんだな。社会人になるんだし、ここはちゃんとしないと。
更に説明によるとエルディアナは俺たちの世界と同じで十二の月に区切られていて、四月、八月、十二月に税金を払う。集金係が店や会社に来るらしいが、経営状況が黒字赤字関係なく支払い、商売の規模によって金額が変わる。
商人スキルの説明も聞いたが戦うためのものは本当にゼロ。ただの村人Aである。
使えそうなスキルは鑑定眼だ。レベルが上がれば上がるほど、商品となる物の価値が分かる。例えばモンスター討伐後の死体や残された原料の価値だ。あと武器や防具、アイテムも見ただけで値段が分かるようになる。つまり旅の途中で売った剣も村に寄付したお宝も、既に腕利きの商人なら本当の価値が分かったわけだ。あの売った剣、絶対安値で取引してしまったよ。
あとモンスターと戦って経験値を獲得できない商人のレベルのあげ方だが、普通は地道に目利きの修行をして商品を仕入れたり、販売したりの商売を繰り返し、時間をかけて経験を積んでレベルを上げていく。大きな取引をすればそのぶん経験値も大きくなる。当然、自ら冒険に出てバトルしたり商品をゲットできれば普通より早くレベルは上がる。でもそれをやるバカはいない。大金を払って冒険者パーティーに入れてもらい後衛に控え、バトル後に経験値だけもらうというやり方でもレベルを上げていける。だがバトルに一切参加せずの後衛では、商人という職業に振り分けられる経験値は微々たるもので、結局は普通に商売して経験するのと変わらない。強いモンスターに襲われて死ぬかもしれないしリスクが大きいから、このやり方をする商人はいない。
とにかく普通にやってたら凄く年月がいる職業だ。だからバトル系の半分程度のレベル50までなんだろう。
まあ俺は冒険に出てガンガン自分で戦って商品ゲットしてレベル上げるけど。主人公補正はないが超人だからできるはずだ。絶対レベルMAXの大商人になってやる。
「それではこれより女神の祝福をおこないます。立ったままでいいので、動かないでくださいね」
巫女さんは俺の頭の上あたりに赤い魔石が先に付いた杖をかざした。
「この者に、女神エルディアナの祝福あれ」
言葉と同時に魔石が輝くと、俺の体が光の粒子に包み込まれる。光は十秒ほどで弾けるように消し飛んだが、今のところ体に異常はない。
「これであなたは商人です」
「えっ、終わり?」
随分とあっさり、というか簡単に商人になってしまった。
「今後、女神の祝福を受けた商人かを誰かに証明しなくてはならない時は『紋章』と念じれば、手の甲に商人の紋章が浮かび上がります」
「それ便利ですね」
早速やってみる。
「ほんとだ、浮かび上がった」
サッカークラブのエンブレムみたいでカッコいい感じだ。そして消えろと念じればすぐに紋章は消えた。
「自分のレベルとかが見れるステイタスも念じればいいのかな」
「はい、ステイタスと念じればいいのです。そうすれば、あなただけに見えるものが表示されます」
簡単だな。よし、やってみよう。
「おっ⁉ 出た出た」
もうホンとにゲームだよ。それに意外と邪魔にならない。こりゃ冒険が楽しくなるぜ。
しかしこのステイタスの感じ少し古い。アドバイザーはオッサン勇者かレトゲー好きだな。まあ嫌いじゃないけど。
てか基本設定のヒットポイント数値、商人は30しかないのかよ。これ一撃で死ぬだろ。元々の身体能力の強さは表向きの数値には考慮されてないってことか。俺みたいな超人、本来はイレギュラーだもんな。
商人の防御力は村人レベルだけど、バトルでダメージ負ったらどのぐらいHP減るんだろ。体が頑丈だからダメージ負わないだろうし、ほとんど数値減らなかったりして。
「例えば魔法使いなら、スキルや魔法の発動はどうするんですか?」
「魔力を溜めたり詠唱や儀式が必要なもの以外は、念じるか言葉にするだけで発動します」
「じゃあ次は」
「あのちょっと、もうこのぐらいで」
更に質問しようとしたら、困った顔した巫女さんに制止された。人の気配がして後ろを振り返ると、二人が順番待ちしていた。
「あっ、ごめんなさい。もう色々聞いたし大丈夫なので行きます。ありがとうございました」
巫女さんにそう言って後ろの人たちに軽く頭を下げてから、そそくさとその場を後にした。
とにかくこれで冒険者登録が終わり、職業が商人になった。
自分の持っているダガーナイフの価値を見てみようとしたが、まだレベル1の状態では何も分からなかった。
神殿の外に出て山の中腹から美しい街並みを見渡す。本当に異世界で冒険者になったし、またテンションが爆上がりだ。
チュートリアルを済ませたし、次は長老の孫娘に会いに行きますか。凄く可愛いらしいので楽しみだ。
そしてコソコソと街の中を移動して、孫娘の会社があるという港の方へと向かった。
なんとかアンジェリカに遭遇せず港に辿り着き、近くにいた船乗風のごつい東南アジア系男性に話しかけた。
「フォスター商会を探してるんですけど」
「あそこに見えるデカい建物あるだろ、あれがフォスター商会だ」
「あぁ、あの五階建ての。ども、助かりました」
長老の言ってた通り有名人らしい。港にきたらすぐに見つかった。
目的地までは三十メートル程で、歩き出すとすぐにクリスとスカーレットが現れた。見たところ怪我もなく無事のようだ。けどクリスは号泣している。
「流石スカーレット、うまく回収して逃げられたようだな」
「はい。ただ時間がかかってしまいました、申し訳ございません」
「いいよそんなの。てか命令しといてなんだけど、よくクリスを連れて逃げてこられたな」
「私は何もしていません。エルフがバカ猫のお仕置きに飽きたころに隙を突いて、盗賊スキルの『忍び足』を使って回収し、逃げただけです」
「うん、それを凄いというんだぞ。ホンとスカーレットは優秀だよ。マジで頼りにしてるからな」
「はい。これからも頑張ります」
スカーレットは赤面し、大きな尻尾をバタバタと振って喜びを表現した。素直で可愛いけどこの尻尾振り、凄い砂ぼこりが舞い上がって目立つんだよな。
「それで、お仕置きに飽きたって、何されてたんだよ」
「エルフは一心不乱にバカ猫のお尻を平手で叩いていました」
おいおい、お尻ぺんぺんかよ。
「町中でなにやってんだよお前らは。恥ずかしいなぁ」
「うわああああんっ‼ アンジェリカちゃん酷いのにゃ、いっぱいいっぱいお尻をぶたれたのにゃ。お猿さんのお尻みたいになっちゃったのにゃ」
クリスはマントを捲り上げデカ尻を見せる。お尻全体が真っ赤である。いったいどんだけ叩かれたんだよ。
「っていうかパンツどうした⁉」
なんでノーパンなんだよこの猫は。俺のパンツどこいった⁉
「ぷんぷこぷんのアンジェリカちゃんに破られちゃったのにゃ。ご主人様のパンツなのに酷すぎるにゃ」
あいつそんなに怒ってたのかよ。あぁ怖。いなくて良かった。
「クリスさん、ここは路地裏とはいえ街の中なので、その大きなお尻を隠そうか。俺が変態と思われるからね」
「ごめんなさいなのにゃ、クリスチーナはダメな子なのでお仕置きを受けますのにゃ」
話をまったく聞いてないクリスは四つん這いになり、赤く腫れあがった生尻を突き出す。
「だから止めなさいっての。凄いもの見えてるからね、完全に丸見えだからね」
「やめろバカ猫、ご主人の目が腐る」
スカーレットはそう言ってクリスのお尻に噛み付いた。するとお尻にダメージを負っているクリスは絶叫し跳び上がった。
「パンツとお仕置きはもういいから。とにかく今は用事を済ませるのが先だ。とろとろしてたらアンジェリカに見つかるっての、行くぞ」
俺が歩き出すと二人も騒ぐのをやめてついてくる。
クリスは当分の間ノーパンでいいや。前も後ろもマントでギリ見えないし。それに奴隷の半獣人の事など、この街の人間は気にしてないしな。騒がないかぎり見もしないはずだ。
すぐにフォスター商会の建物に辿り着き、俺は一人で中に入った。何故一人かと言うと、スカーレットの助言を聞いたからだ。この街の建物の多くが奴隷や半獣人は立ち入り禁止らしい。
フォスター商会は大通りに面しており、奴隷の二人を建物の前で待たせるのは目立つので、アンジェリカ対策として路地裏に移動させた。
一階の広いフロアには受付があり、紹介状があると受付嬢に話し社長に連絡してもらう。この時、長老の紹介状も渡した。
俺たちの世界なら、いきなりアポなしで来た謎の高校生に社長が会うとか無理だろうが、少し待たされただけで会えることになった。これは手紙を読んでくれたって事だろう。
受付嬢は白のポロシャツにタイトスカート、サンダルというラフな格好だ。二十代前半のアジア系で、長い黒髪と切れ長の目が特徴的で仕事ができそうな人に見える。
社長室のある五階までは階段ではなく移動専用魔法陣を使う。設置部屋に行き魔法陣に入ると光の柱に包み込まれ、次の瞬間には辿り着いていた。これはエレベーターより便利だ。日常生活に使われている魔法は科学並に万能かも。
「こちらでお待ちです」
受付のお姉さんは丁寧にドアを開けて招き入れてくれた。
広々とした部屋には応接セットと社長テーブルがあり、奥の椅子に腰かけていた女性が立ち上がる。
「私はこの会社の社長で、エマ・フォスターよ。祖父からの手紙、読ませてもらったわ。随分とお世話になったみたいね。私からもお礼を言うわ、ありがとう」
「いえ、俺は何も。あっ、俺、秋斗っていいます」
長老の孫娘は丁寧に挨拶をしてくれた。言葉遣いや立ち居振る舞いを少し見ただけだが、ちゃんとしていて信用できる人だと思った。
エマさんは二十歳ぐらいの白人系で、赤みがかった茶髪のミディアムヘアと青い瞳、顔は動物で例えるなら犬系でアイドル級に可愛い。フープイヤリング、バングル、チェーンネックレス、指輪、アクセサリーは全てゴールドで統一している。
身長は165センチぐらい。スポーツで鍛えている感じのガチムチの体は健康的で、Gカップはあるだろう巨乳の存在感が凄い。上半身は白いビキニだけで、下は水色デニムのホットパンツ、足はグラディエーターサンダルを履いている。小さめのウエストポーチを付けているが恐らく魔法の道具袋だ。
ラフすぎる格好で社長って感じはない。この街は南国の気候で港の側だし、それほど不自然じゃないのかも。働いていた人もみんな薄着だったし。
てかエマさん可愛すぎる。この世界に来てから会った人間の女性の中で一番可愛いと思う。しかも仕事ができて金持ちとか完璧超人すぎだろ。
こんな年上のお姉さんを彼女にしたいものだ。半獣人やエルフもいいんだけど、やっぱ秘密の関係にしなくていい人間の彼女が欲しい。
「災難だったわね、あの二つ名エルフに出くわすなんて」
「はい、災難で災害でした。村も破壊されてしまったし」
「村の事は残念だけど、金色の破壊神が暴れたのに死人が出なかったわけだから、運が良かったと思うしかないでしょ」
「そ、そうですよね」
ホンとにアンジェリカは疫病神として有名だな。みんな知ってるし色々と諦めてる。どんだけ暴れたらそうなるのやら。
「ただ涸れたと思ってた温泉が出たわけだし、今回ばかりは女神かもしれないわね。アキト君も協力してくれたんでしょ、手紙に書いてあったし」
「一応……というか、最後にちょろっとですけど」
「村の復興のために大金を寄付してくれたみたいだけど、本当によかったの?」
「別に後悔はしてませんけど。ただ、商売をする資金がなくなったのは、正直痛いですね」
「私でよければなんでも相談に乗るわよ。アキト君はこれからどうする予定なの」
「王都に行こうと思ってたけどこの街が気に入ったから、ここに住んで商売をしようと思ってます。エマさんは不動産もやっていると聞いたので、ボロくていいので家賃が安い部屋がないかと。因みに奴隷が二人います」
「安い部屋か……色々あるけど商売したいなら店舗付きの一軒家がいいわよね。どんな商売するつもりなの?」
将来的には大商人になって風俗王とカジノ王を目指すわけだが、今は何も決まってない。ここはテンプレの答えでいいかも。
「ダンジョンやタワー、様々な場所を冒険して、武具やアイテムの素材になる物を集めて自分で売ろうかと思っています」
「傭兵や冒険者相手となれば商売敵は多いわよ。因みに素材をそのまま売るより、鍛冶屋では武具を、魔道具師にはアイテムを作らせて、商品にして売る方が儲かるかな」
「なるほど、さっそくアドバイスありがとうございます」
「冒険者として力があるなら、儲かるのは奴隷や魔獣の売買かもね。人間に従順なエルフや珍しくて強い魔獣はモンスターがいる山奥に住んでいるから、捕まえるのが大変なのよ。その代わり高く売れる」
「その二つは考えてないですね。でも覚えておきます」
「いま問題は部屋よね……そうだ、中心部から離れていて商売に不向きだけど、店舗付きの一軒家があったわ。ただ訳あり物件だけど」
「訳ありですか……まあ安ければ大丈夫ですけど」
「じゃあ見にいきましょう。私が案内してあげる。訳ありの訳はそこで話すわ」
話はとんとん拍子に進み、エマさん自ら操る馬車で俺と奴隷二人は物件を見にいくことになった。エマさんはノリがいいし行動力もある。流石一流の商人だ。
「場所は悪いけど商品が良ければ客は来るから、後はアキト君の腕の見せ所よ。まあ住むならの話だけど、住むならのね」
エマさんは慣れた感じで馬車を操り笑顔でそう言ったが、最後は含みある言い方をした。もう訳ありがカオスなの確定でしょ。
「あの、家自体はどんな感じですか」
「周りに家がない二階建ての一軒家で、庭が広くて塀で囲まれてて、大きなバルコニーにウッドテラス付きかな」
説明では一階に店舗スペース、他に部屋が一つ、キッチン、トイレ、風呂、倉庫があり、二階には部屋が六つ。敷地内には小さいが納屋と馬小屋が設置されてある。
「凄く大きな家なんじゃ」
「そこそこかな」
「前はどんな人が住んでて、なんの商売をしていたんですか」
「花屋さん、かな。六十代のダンディな男性なんだけど、若い時は凄い美形だったと思う。変わった植物の研究とかしてる人だったわ。家賃滞納が酷くて追い出そうとしたら、いつの間にか居なくなってたっけ」
「へぇ〜、花屋」
訳ありの訳は、植物かイケメンシニアに関係ありそうだ。
「ほら、あれあれ、見えてきたわよ、私のおすすめ」
辿り着いた物件は郊外の更に奥という場所にあった。
「デカいっすね」
エマさんの説明通りで西洋風の立派なお屋敷だった。家賃は本当に安いんだろうか。三人暮らしには大きすぎる。
「ご主人様、凄いのにゃ。凄く大きな家でお掃除のし甲斐がありそうなのにゃ。クリスチーナは家事が得意だからお任せにゃ」
出たなお任せ星人。もうお前のお任せはお約束のように思えてきたよ。
でも本当であってほしいよ家事のことは。俺はできないしスカーレットも冒険とかバトル以外は無理っぽい。スカーレットの地下アジトを見た時にガサツさ丸出しだったもん。食べる時もワイルドだし。その点クリスは奴隷としてちゃんと教育を受けているはず……たぶん。
「今から家の中に入るけど、後ろの奴隷、絶対に騒がないように」
エマさんは一階店舗部分の扉の鍵を開けると、ふと思い出したかのように振り返り注意した。
「はいにゃ。お任せなのにゃ」
「はい、承知しております」
店舗は広々としており天井も高く奥にカウンターと倉庫と住居部分に続くドアがある。
エマさんはカウンター内の左壁の方へ移動し、庭に出るためのガラス窓の付いたドアの前で立ち止まる。そこから見える庭は芝生と色とりどりの花々で溢れ、塀際には大きな木々が立ち並んでいる。あとウッドテラスの上にシャレたガーデンテーブルとイスがあった。見たところ放置された様子もなく手入れされた庭だ。
「ねぇ、あそこ見て、あの丸くなってるとこ」
エマさんは庭の中央辺りの円の花壇を指差している。
なぜ小声でコソコソしてるんだろう。まるで何かに見付からないようにしているようだ。
その花壇は不自然な感じで一輪だけタンポポみたいなものが植えてあり、黄色い花が咲いている。
「あれがなんですか?」
「ちょっと待ってね、今から見せるから。でも驚いて大きな声とか出しちゃダメよ。見つかると面倒だから」
エマさんはそっとドアを開け庭に出ると小石を拾い、円の花壇に投げ入れすぐに店舗内に戻ってきて、そっとドアを閉めた。
「なんだ? 花壇の土がもこもこ動いてる」
モグラが出てきそうな感じで土が盛り上がっている。すると一輪のタンポポが浮いたように持ち上がり土の中から人間の顔が現れる。
なっ⁉ なにコレ、超キモいんですけどぉぉぉっ⁉
その人間のような顔は何かを探すようにきょろきょろしている。因みに頭のてっぺんに位置するタンポポは生えている感じで、首を振っても落ちないし微動だにしない。と思ったら顔が地上に出たからか、花と葉は頭の中に吸い込まれるようにシュッと消えた。
「エマさん、あの顔は、というか生首は……一応は人間に見えますけど」
この時クリスとスカーレットも声が出ないほど驚いていた。
「う〜ん、なんだろね、アレ。たぶんマンドラゴラだと思うよ」
「マンドラゴラって、抜くと悲鳴を上げる、あの伝説の植物の」
「本当はあんな感じじゃないと思うけど。植物の根に顔があるものがマンドレイクで、根なんだけど大きくて人型のものは、マンドラゴラっていうの。でもアレは、ここに住んでた人が品種改良で生み出した新種だと思う。植物を何種類も掛け合わせ、そこに人間や魔人族の遺伝子を入れ込む、とか訳の分からないことを言ってた気がするし」
「新種? あの、作ったって、それは魔造のモンスターってことですか?」
「さあねぇ。モンスターじゃないとは思うけど。とりあえず植物ってことにしておけば、当たり障りないかもね」
エマさん軽いなぁ。俺は普通に怖いんですけど。
「そもそもアレはあそこに居ても大丈夫なんですか」
「今のところ大丈夫よ。この辺り人は居ないし」
「いや、そういう問題じゃ」
「凶暴でもないし、人間に襲い掛かったりしないから害はないわよ。もしかしたらモンスターに近い存在かもしれないけどね。ははっ」
「いやいや、笑ってる場合じゃないような」
エマさんは意外と面倒臭がりのアバウトな女性だと分かった。てかアレを今まで放置してるって、この人も変だな。しかもこれがおすすめ物件とか悪徳商人だろ。
「セバスチャンって名前で、人間並みに知能が高くて普通に喋るわよ。あと遠くへは行けないけど、庭や家の中は自由に歩き回れるみたい。この間スキップしてるの見たかな」
「名前まであるんすか」
「凄く礼儀正しくて姿勢もいいのよ。しかも超美形」
「エマさん、だからそういう問題じゃ」
何が何でもこの物件、押し付けようとしてねぇか。借りるにしても百歩譲って美女でお願いしますよ。イケメンいらねぇ。
「ベテランの家政婦とか執事がいると思えばいいのよ。タダで使えるしある意味お得でしょ。番犬代わりにもなるし」
いやいやエマさん、執事とかそんな良いものじゃないよね、名前だけだよね、それっぽいの。
悪しき存在ではないんだろうが、厄介ごとを押し付けようとしている感が半端ない。
「ちょっと頭痛くなってきたかも」
「そう言わず、とりあえず話しかけてみたら。意外と仲良くなれるかもよ。超美形だしね」
「それ押してきますね。俺そっち系じゃないですから」
「あらそぉ、残念ね。じゃあどうするの、この物件。私はもう帰るわよ」
「えっ、こんなタイミングで帰るって」
「だってあいつ、個人的に面倒なんだもん」
「あなたが面倒なものは、俺も面倒だと思うんですが」
「でもさぁ、お金ないんでしょ。住む家いるんでしょ。アレを我慢したら本当に良い物件だよ。家賃も安いし」
「訳ありがちょっと変則すぎでしょ」
「わかった、じゃあこうしましょう。家賃をもっと下げるわ。激安の金貨一枚よ」
「マジっすか、一カ月の家賃が金貨一枚って」
安い、安すぎる。店舗付き物件で考えたら他にないかも。変な植物を我慢すればいいだけだし、そもそも変なの二人いるわけだし、一人増えたところで問題ない……のか?
いやいやいやいや、問題あるある、大ありですよこれは。騙されてますよ。
ただ騙されてもいいか、と思ってる自分がいるんだよなぁ。考えれば考えるほどお得に思えてくる物件だ。異世界に移住してきてこうも簡単に家が決まるなんてそうそうないよ。これはチャンスと思うべきか。
「き、決めた。ここを借ります」
「ふふっ、商談成立ね。アキト君はそうすると思ったわ」
でしょうね。選択肢少なすぎますもの。
「一つ質問あるんですけど、アレは何故、追い出さないんですか?」
「どうやらあいつの必殺技が凄いらしいのよ」
必殺技あるのかよ。やっぱモンスターじゃん。
「マンドラゴラの断末魔の叫び、ってやつ」
「それヤバそうですね」
「ヘタしたら五キロ圏内の人間が死んじゃうかもっていわれたら、流石に手が出せないでしょ」
「そ、そういう事ですか、恐ろしいっすね……人間が一緒に住めるんでしょうか」
「まっ、噂よ噂、確定情報じゃないから。じゃあ近いうちに契約書もってくるわ。がんばってね。そだ、家具とか全部、好きに使っていいよ」
で、エマさんは鍵を渡すとそそくさと逃げ帰った。
しかしこの物件、謎のマンドラゴラがいる以外はホンとに最高かも。前の住人の家具や食器があるし、どの部屋にもベッド付きがありがたい。
「さて、どうしようかな」
もう少しで日が暮れてきそうだし、夜になる前にあのクリーチャーと仲良くならないと。
どんなコミュニケーションとればいいんだろ、やはり普通に怖い。だって地面から顔だけしか見えてないからね、もうそれ生首だし。
「私がご主人の代わりに、あの植物と話を付けてきましょうか」
「スカーレット、有り難いけどここは任せてくれ。慎重にいかないと」
「しかしご主人、既にあのバカ猫が」
「えっ⁉」
庭に出るドアが開いておりクリスが居ない。
ってもうクリスさん話しかけてるぅぅぅっ⁉
なにやってくれてんだよこの天然星人は。バカだからなの、半獣人だからなの、なんで怖くないの、空気読もうぜクリスさん。
「どちら様ですか、あなたは」
慌てて庭に出ると謎のマンドラゴラのセバスチャンが声優並みのイケメンボイスでクリスに言うのが聞こえた。
「奴隷のクリスチーナなのにゃ。今日からここに住むことになったのにゃ」
「ほほう、ここにお住みになる」
地面から顔だけ出してるセバスチャンは、眼前に立つ長身のクリスを見上げ穏やかな口調で言った。
「ところでクリスチーナさん、あなたは何故パンツを穿いていないのでしょうか」
足元から見上げてるし、そりゃ丸見えだから気付くよな。って、そこツッコミ入れちゃうかセバスチャン。しかし本当に人間の言葉を普通に喋ってるよ、植物なのに。
「それは何故にゃのか、涙なしには語れない深い理由があるのにゃ」
どんな理由だよ。あるとしても、それは無残に引き裂かれた可哀相なパンツにであって、お前にはないから。
「理由などない。ただバカだからだ」
「にゃにゃっ⁉ スカーレットちゃん酷いのにゃ」
「なるほど、バカだからですか。それは実に興味深い答えです」
そこは興味持たなくていい所ですよ、セバスチャン。バカに意味などないからね。どんな天才にも、天然スキルMAX生物の思考や行動を理解することは不可能だ。
「なんでしょうか、クリスチーナさん。わたくしの顔に何か付いていますか?」
クリスはセバスチャンの顔を凝視していた。
「なんだかこの顔に見覚えがあるのにゃ」
「他人の空似ではないでしょうか。わたくしはあなたの事を知りませんから」
「……はにゃ⁉ 色々昔の事を思い出したのにゃ。前のご主人様と東の大陸に行ったことがあるにゃ。その時に遺跡系ダンジョンへ一緒に行った冒険者様とよく似ているのにゃ」
「はい、そこまで。後は俺が話すから、二人はさがっててくれ」
「御意」
「はいにゃ」
返事はいいし命令もきくんだけど、結局は制御できてない。
「どうやらあなたが御主人様のようですね」
「俺は秋斗。よ、よろしく」
先に名乗ると生首状態のセバスチャンは、土の中からひょいっと出てきてその姿の全てを現す。
マンドラゴラだし地面から出る時に断末魔の叫びを発するかとビビったけど何事もなくてよかった。
「わたくしの名はセバスチャン、こう見えて人間ではなく、マンドラゴラです。以後お見知りおきを」
セバスチャンは姿勢よく直立し、胸に手をあてて一礼した。
っていうかやっぱマンドラゴラだったぁーー‼ ただエマさんが言ってた通り礼儀正しい奴だ。
いや、いま問題は植物とかモンスターじゃない、格好だよ格好。セバスチャン、なんだよその格好は。ドえらい事になってますけど。
セバスチャンは二十代半ばぐらいの白人系の男性だ。横分けのサラサラヘアは緑髪で、目は切れ長、瞳は神秘的なグリーン、美形で精悍な顔立ち。身長は180センチはあり細マッチョ体型。
問題なのは服装だ。本来は白いワイシャツなんだろうが、首の周りは襟しかなく、後はボタンを付ける手首の部分しかない。バニーガールのコスプレ衣装かよ。で、首には紺色の蝶ネクタイをしている。下半身は競泳水着のような紺色のビキニパンツ姿で、足には紺の靴下と黒いエナメルシューズ。
ほぼ裸だよ裸‼ こんなのが町中歩いてたら変質者だからね。いくら少女漫画の主人公の相手役張りに美形でキラキラオーラが出てても超怖いだろ。更に言えばパンツのもっこりが外人級で気になる。こいつは植物だよね、あの中はどうなってんだ、ある物あるの?
こういう時いつも通りならクリスのドジっ子スキルが発動して、何故か何もないところでこけて誰かのパンツをずり下すんだが、やはりあれは美少女限定スキルのようで男相手では無理か。そもそも雄雌あるのかな。見た目は完全に雄だけど。
とにかくもうマンドラゴラって知らなけりゃ、いや知っててもただの変態だろ。しかも勝手に動き回れるとか怖くてキモいよ。
よく見たらちゃんと乳輪と乳首まである。体毛とかはなくツルツルのお肌で、あと不思議と土とかが付いてなくて汚れていない。
「あの、セバスチャンさん、俺たちここに住むんだけど」
「先ほどもそういう話がでていましたね」
「住んでもいいかな、奴隷もいるけど」
この謎の植物の落ち着いた感じが不気味であなどれない。慎重に会話しなくては。
「ここはわたくしの持ち物ではありませんので、あなたが家主と契約を交わしているのであれば、住んでもいいのではないでしょうか。まあ、わたくしとしましては、条件が二つあります」
「じょ、条件とは?」
結局はあるんだな、お約束の面倒ごとが。しかも二つかよ。本当ならまったくもって聞く必要はない。
今なら隙を突いてワンパンで倒して気絶させられる。その間に山奥に捨ててくれば解決する。しかし、もしかしたら本体は地中深くにあって、目の前のこいつは分身体かもしれない。そしたら必殺技が発動するかもだし、こりゃ動くに動けない。仲良くするのが得策か。
「一つは、わたくしのお茶の誘いは断らないこと」
なにそれ超めんどくせぇぇぇ。
「一日何回ぐらいですかねぇ。仕事もあるし限界があるんですけど」
「その辺りは、わたくしも心得ておりますので、ご心配なく」
「じゃあ、そういう事でいいですよ」
いったい植物相手に何を交渉してんだよ。ファンタジーにもほどがある。夢でもこんなキャラ出てこないだろ。異世界生物多種多様すぎ。
「それでは二つ目ですが、こちらが重要なのです。わたくしの創造主たるマスターの居場所を探し出し、助け出すことです」
「え〜っと、マスターって、ここで花屋をやってたお爺さん?」
「その通りです。マスターの名は、ロイ・グリンウェル」
「探すのは分かるけど、助け出すってどういう状況?」
「マスターはある日突然いなくなったのです。わたくしになにも言わず、そして連れて行かないなど、ある訳がございません。きっと誘拐されたのです。拉致監禁でございます。あぁ、可哀相なマスター、今頃どんな酷い目にあっていることか」
なんだか大袈裟なこと言ってますけど、偶然変な生物作ってしまったから逃げたんじゃないの。それかお茶の誘いがウザかったとか。って言ったらここに住めなくなりそう。
「何か手掛かりとかは」
「なにもございません。ですがここは大きな街ですから、数多くの情報屋がいるはずです。腕利きの者に出会えれば、色々分かると思われます」
なるほど、情報屋か。そんな商売もあるんだな。
でも謎の植物が勝手に言ってるだけで、本当に誘拐されたという確証はない。情報なんてあるのかな。あとその情報って金がいるんじゃないの。いったい誰が払うんでしょうね。
「分かった。そのマスターとやらを探すよ、約束する。状況によっては助け出す。でもこっちも仕事があるから、全ての時間を使えないけど、それでいいかな」
なんだか信じられないぐらい摩訶不思議な事になってしまった。俺の異世界生活はどんな風になるんだろ。
「勿論です。あなたが話の分かる人でよかった。それではこれからよろしくお願いします」
セバスチャンは丁寧に礼をした。立ち居振る舞いだけはちゃんとしてるけど、ビキニパンツと蝶ネクタイ、靴と靴下だけしか身につけてないからやっぱ変態にしか見えない。
「あのさぁ、普通の服は持ってないの?」
「色々とありますが、この格好はお気に召しませんでしたか」
「そういうわけじゃないんだけど、できれば服を着てほしいかな」
「ふむ、では検討いたしましょう」
「じゃあよろしく」
仕方がないとはいえ変なのと同居することになっちまったぜ。しかも報酬なしで探偵みたいな仕事もすることになった。
でも良しとするかな。賃貸物件だけど、ついに異世界で住む家を手に入れたわけだし。数日前まで食っちゃ寝ニートの自宅警備員だったことを思えば、凄まじい進歩といえる。マジで嬉しい。
これからガンガン冒険に出てレベルを上げて商売をするぞ。あと絶対人間の彼女を作ってやる。
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