第三章 「永遠のライバルは二つ名ロリっ子⁉」




 運がいいのか普通なのか分からないが、砂漠横断の旅は快適に終了した。

 ヨットはこちら側のヨットハーバーに自動的に停泊され、無職と奴隷と盗賊のパーティーは南のサンドブールの町に降り立った。

 北側の町で得た情報では、ここから数時間も歩けば村があるらしい。早く大きな街へ行って女神の祝福とやらを受けたいし、こっちの町はスルーした。

 スカーレットはご機嫌で尻尾を振りながら先頭を歩き、チラチラと頻繁に後ろを振り返る。もう完全に犬だよね。

 小一時間ほど平原を歩いた後、森林地帯に切り替わり更に数時間歩いた。

「そろそろ村があってもいい頃だよな」

「ご主人、こっちの方から料理の匂いがします。それに色々な匂いが混じっているので人間が多くいるかと」

 スカーレットが指差す先は道から外れた森の中だった。

「気になるし、ちょっと行ってみるか」

「ご主人、私が先に行って安全かどうか様子を見てきます」

「あぁ、そっちはスカーレットに頼む。クリス、お前はこの道をもう少し進んで村があるか見てきてくれ」

「はいにゃ。お任せなのにゃ」

「俺もこの辺りを探索してみる。後で合流しよう」

 二人が行くのを見届けた後、森の方へと足を踏み入れた。するとすぐに綺麗な泉と、側の大きな木の下に荷物があるのを発見した。

「こんなところに剣と服が……」

 これはまさか、水浴びしている美女が出てくるテンプレのイベントなのでは。と期待しながら泉に近付く。

「えっ⁉ お、男、きゃああああっ⁉」

 裸の美少女キターー‼ しかもエルフさんですよエルフ。長い耳を見れば一目で分かりますとも。

「いや、あの、別に怪しい者じゃ」

 やっぱエルフ可愛いし超美形だ。キラキラオーラ半端ねぇ。

 身長は150センチないぐらいで胸はツルペタなスレンダー体型。大きな瞳はグリーン、長い髪は美しい金色で、ツーサイドアップの変則ツインテールをしている。透き通るような色白の肌なので、ノーマルのエルフと思う。首にはクリスタルっぽい石が付いた金のペンダントをしていた。

 見た感じ小学6年生だけど、エルフなだけに歳は分からない。何百年と生きているロリババアの可能性もある。

「ってゴラっ‼ いつまでガン見してんだ、この変態‼」

 ひえぇぇっ、いきなりエルフさんブチキレて突撃してくるんですけど。しかも顔面目掛けて跳び蹴りしてきた。

 あまりに豪快な跳び蹴りだったので反射的に躱した。すると全裸のエルフ少女はその勢いのまま大木に正面衝突して崩れ落ちた。

 なにこれ、エルフってこんなに凶暴なの? イメージと違う。男女ともに穏やかな感じかと思ってた。

「くっ……普通は避けずに食らうのが礼儀だろ」

 エルフはよろめきながらも立ち上がり睨み付けてくる。

 まあ漫画やアニメなら礼儀だな。だが俺は避ける。だって色々とガッカリしたんだもん。知り合った初のエルフが凶暴とか残念すぎる。とはいえ裸を見てしまったし謝っておこう。

「ごめんごめん。わざとじゃないし。てか服、着たら」

 エルフさんは自分が裸であることを思い出し、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに手で胸と股間を隠した。今更だがモジモジして隠されると、急に可愛さが倍増する。

「見るなよ、こっち絶対に見るなよ」

 慌てて服を着るエルフが眼前にいる。なのに見ないわけないでしょ。

 この後ボコられようとオタなら見る。見ない理由が分からないし、見ないオタがいるものか。異世界に来てファンタジーを代表する生物を前に、見るのが我ら変態紳士の礼儀なのですよ。

「コラっ、なに見てる‼ 見るなって言っただろ、この変態‼」

「いやいやいや、全然見てないし、お兄さん見てないからね」

 両手で顔を覆ったが目の部分は指を開くというお約束をして覗いていた。

「指の隙間から見てんだろ。お前は国民的アニメの風呂好きヒロインか‼」

 それそれ、そのツッコミが欲しかった。ってまてまて、異世界のエルフがなんでそんなこと知ってんだよ。

「だからこっちを向くなっての。てかそこ動くな、ぶっ飛ばしてやる」

 エルフは激オコ状態で素早く着替えを終え、鬼の形相で剣を引き抜いた。

 なんだかヤバい雰囲気だ。漠然とした感覚だがこのロリっ子エルフはトンでもなく強いかも。

 エルフの恰好だが、白い半袖ブラウスにチェックの赤いプリーツミニスカート、白のニーハイにロングブーツ。軽装備の鎧は白を基調としたもので、パーツのフチは金色でカッコイイ作りになっている。マントは内側が赤で外が白、腰には剣を携えている。あとダークブルーのウエストポーチ、恐らく旅の必需品、魔法の道具袋だ。

「お前のその服、ジーパンにTシャツ、スニーカー、向こうの世界の人間だな。勇者召喚で来たって感じか」

「色々と詳しいんだな。あっ、そうか、召喚者とパーティーを組んでて教えてもらったのか。それか奴隷になってたとか」

「ハズレだ。私は誰とも組まないし、奴隷にもなったことはない。エルフがみんな人間に従順だとでも思っているのか……いやまあ、エルフはドMの変態ってのがほとんどだけども」

「へ〜、そうなんだ。ある意味イメージ通り」

「うるさいっ‼ 今はそんなこと関係ないだろ。私を捕まえてエッチな事するつもりだったな、この変態め。なにがドMだ」

「お前が勝手に言ったんだろ。てか誰だよお前」

「どこの国から来た。見たところ日本人っぽいけど」

「確かに俺は日本人だけど……国の名前まで知ってるのかよ」

 なんだこのエルフは、何もかもお見通しって感じだ。

「向こうの人間なら教えてやってもいいか。同郷だし」

「同郷? お前エルフだろ、別の世界と間違ってるんじゃないの」

「間違ってない。私も日本人だ」

「え〜っと、エルフにしか見えませんけど。俺の居た世界には存在しないぞ」

「転生したんだ、異世界転生。聞いたことぐらいあるだろ、漫画とかアニメで」

「マ、マジか……」

 勇者召喚の他にそんなのまであるのか。この世界面白過ぎじゃね。

 で、ここからエルフさんの話が始まったんだが、かなり余計な情報が多くて分かりづらい。

 話を整理するとこのエルフは元々は俺と同じ世界の人間で、十七歳の時に交通事故で死んだらしい。だがどういう訳か記憶だけ持ったまま、エルディアナにエルフとして異世界転生した。

 転生の影響で特別に魔力が強くチート状態だったため、ゲーム感覚で冒険者の道を選び、既に色々な大陸を旅して、本当かどうか分からないが魔王も討伐している。てか凄すぎるんだが。もう勇者じゃねぇかよ。そんな感じだからこの世界では相当な有名人らしい。

 そこまで強くなったことと、人間に服従せず気に入らない奴がいたら街でも城でも暴れまくっていたら、人間からも一目置かれ差別されなくなったとのこと。

 そりゃそうだろ、この暴君が。みんな恐怖で何も言えないだけだし。ある意味それは魔王ですからね。しかも旅して動き回る魔王とかタチが悪すぎ。

 転生前は俺と同じ時代で世代の女の日本人らしいけど、転生の時に時間軸がズレたみたいで、既にこの世界で百年も生きているロリババア。

 結論として、友達にはなりたくないタイプだ。だって超面倒臭そうなんだもん。

 今現在は、冒険者として旅をしている間に、故郷の森で奴隷商人に捕まり売られてしまった姉を探している。

 そしてこのロリ暴君エルフの名前だが、アンジェリカという。

 冒険者職業は上級職の魔法剣士で、最強のS級だと自慢している。こっちに来たばかりの俺には正確に理解できないけど、まあ本当に凄いんだろう。

 しかしよく喋る生き物だ。訊いてないことまでペラペラと。

「これだけ話したんだからもういいでしょ。お花畑でもみてこい、この変態が」

 言うと同時にアンジェリカは、タンポポの綿帽子が風に吹かれたようにふわっと空へと舞い上がった。

「飛んだ⁉ あれか、風の精霊魔法ってやつか」

 スゲー、呪文とかなくいきなり飛べるのかよ。てか最強の魔法剣士とバトルとか無理ゲーなんですけど。

 空高く飛び上がったアンジェリカは剣を掲げる。すると剣から凄まじい量の炎が噴き出す。

 なにそれどうなってんの⁉ アニメ見てるみたいでカッコいいけど超絶怖い。

「ちょっと待てって。それ確実に死んじゃうやつだろ」

「問答無用。調教してやる、このド変態が」

 アンジェリカは容赦なく炎を纏った剣を俺目掛けて振り抜く。

「ゲヘナード・スラッシュ‼」

 その瞬間、剣からは魔力の塊である三日月形の斬撃が飛び出し、炎を噴き出しながら襲い掛かってくる。

 これは超人でもヤバそうだ、回避あるのみ。しかし飛んでくるスピードが半端なく、その場から逃げ出した直後に斬撃は地面に激突し、すぐ側で大爆発した。

 もうミサイルじゃねぇかよ、って思っているこの時、爆風で遠くまで吹き飛ばされている。

 地面に何度も叩き付けられ最後は大木に激突して止まった。体の頑丈さも超人なので大ダメージを負わず生きているが、普通の人間なら死んでてもおかしくない。でも痛いことは痛い。ホンと無茶苦茶しやがる。

「最悪だ、Tシャツが破れてる」

 すぐに立ち上がり、既に着てても意味がないボロボロになったTシャツを脱ぎ捨てる。

「なにこいつ、爆風で飛ばされたのにぴんぴんしてる」

 アンジェリカは俺がダメージ無く立ち上がったことに驚いており、追撃はしてこず剣を鞘に納め、怪訝な顔をして空から降りてくる。

 良かった、止めを刺すつもりはないようだ。っていうかガチでヤベぇだろこいつ。いきなり必殺技で攻撃とか頭おかしいっての。ファンタジー世界だからなんでもアリなのかよ。あと超人の俺が本気でやっても勝てないと思う。例え冒険者設定してて無職じゃなくても。

 とにかく生存本能が今すぐダッシュで逃げろと言っている。脳内会議でも全員一致で賛成していた。

 何故だか分からないけど、凄く漠然としているけど、この転生エルフの強さが超絶ヤバいことが理解できる。見た目は可愛いロリエルフなのに、その体から放たれるプレッシャーとか存在感が普通じゃない。きっとこの感覚は恐怖なんだと思う。

 さて、どうするか。こういう時に、漫画、アニメ、ゲームのオタク知識が役に立つんじゃないの。

 エルディアナの世界観とアンジェリカのキャラからして……全然わからねぇ。こりゃもう褒めるしかない。バカっぽいし、褒めてりゃどうにかなるだろ。

 ラノベとかエロゲーなんてそれでOKだし。勘違いさせたもの勝ち。よし、やってやるぜ‼

「お前、なんでそんなに頑丈なんだ。見たところ装備は村人レベルっぽいけど」

「さあ、なんででしょうね。まだこの世界に来たばかりなので、ルールとかもよく分からなくて。とにかく裸を見たことは謝ります。あまりに美しくて、芸術作品を見るように見とれてしまったんですよ。いやらしい気持ちはなかったんです。ホンとただただ美しくて」

「と、ととっ、当然だろ。私を誰だと思っている」

 顔を赤くしてきょどってますよこの子。もしかしてチョロインなんじゃないの。

「まさに美の化身。こんなに可愛い女の子、見たことないですよ」

「なっ、い、いま、可愛いって言ったように聞こえたが」

「言いましたけど、それが何か?」

「可愛い……私が可愛い……生まれて初めて人間に言われたかも」

「嘘でしょ、なんで? こんなに可愛いのに」

「はうっ⁉ また可愛いって……」

 なにこいつ、息を荒くして興奮しすぎだ。「はうっ」とか言って超可愛いじゃねぇかよ。エルディアナの人外生物チョロすぎる。

 そうか、エルフは底辺の下級種族だから、人間に褒められることに免疫ないんだ。クリスとスカーレットもそうだった。しかもエルフとして百年も生きてるから、感覚が完全にこっちの世界に染まってるんだ。更に転生前の人間の時も言われたことないんだろうな、きっと。

 そしてもう一押しで落ちる、というか逃げ切れる、って時にタイミング悪くクリスが帰ってくる。しかも号泣している。また当然の如く嫌な予感しかしない。

「うわああああんっ、ご主人様ぁぁぁっ‼」

 っておいぃぃぃっ⁉ なんでだぁぁぁっ⁉ なんでニーハイとブーツだけしか身に着けてないんだ、もう裸ですよそれ⁉

「なっ、なな、なんだこの裸の半獣人は。ご主人様とか言ってるぞ」

 これどんな状況だよ、もう笑うしかない。

「一応、俺の奴隷だけど」

「ど、奴隷⁉ お前さっき来たばかりだと言っていたのに、もう奴隷がいるのか。やっぱり変態だったか。この世界のためにもここで成敗してやる」

「なんでだよ。こっちの世界では奴隷とか普通の事なんだろ」

 世界のためとか言うなら、話を聞いた限りではお前の方が迷惑な存在だと思うぞ。

「あんな事とかそんな事まで、いっぱい奴隷でしてるんだろ。そんなド変態、許さんからな」

 自分で言って妄想して恥ずかしがってんじゃねぇよ。

「ちょっと待て、いま訳を訊くから。クリス、服はどうした、ちゃんと説明しろ」

 目のやり場に困る。こりゃ変態認定されても仕方がない。

「あの道を進んだら村があって、でも人間は誰も居なくてスライムがいっぱいぶわーっていて、クリスチーナの服を溶かしちゃったのにゃ。クリスチーナはなんとか逃げてきたのにゃ」

 キターーっ‼ 服を溶かすスライムさんやっぱいたぁぁぁっ‼ てかスライムさんグッジョブ。

「スライムって、そんな低級モンスターも倒せないのか、半獣人のくせに。だから人間に舐められて奴隷なんかにされるんだ」

 アンジェリカはクリスを睨み付け叱った。クリスは何処の誰とも分からないエルフに怒られ更に泣いた。

 最強のお前と生まれついての奴隷を一緒にしてやるなよ。って声を出してツッコミそうになった。

 村に人が居ないってことは、スカーレットが見に行った方に、既に逃げているのかもしれない。

「クリス、俺のだけどこれを着ろ」

 魔法の道具袋からリュックを取り出し、白のTシャツと下着である黒のボクサータイプのパンツを渡そうとした。

 スカーレットは着替えを持っているだろうが、クリスはデカいからサイズ的に無理だろうし、次の町で買うしかない。

 しかしクリスが着替えを受け取ろうとした時、MAXレベルの天然ドジっ子スキルが発動する。手を伸ばすと同時に何かに躓きズッコケる。だが倒れると同時にアンジェリカのスカートを掴み、そのまま一気にずり下げた。当然アンジェリカの白と水色のシマシマボーダーパンツは丸見えである。ってまたまたデジャブーー‼

「あわわわわわっ、な、なにこれ……」

 突然のことに流石の最強魔法剣士もうろたえている。いま超笑いたいけど笑ったらフルボッコにされそう。

 この時、また間の悪い事にスカーレットが帰ってくる。

「ご主人、先程の爆発は、ご無事で……って何をやっているのですかぁぁぁっ⁉」

 スカーレットは驚愕して声を荒げた。

 そりゃそうなるわな。だってクリスは裸だし、見知らぬロリっ子エルフはパンツ丸出しできょどってるし、俺も上半身は裸だしね。

 もうメチャクチャのカオスだよ。巻き込まれ体質のラノベの主人公なら、ここで「めんどくせぇー‼」と叫んでるぜ。

「スカーレットさん、何と言われても困るんですけど、これだけは言える。全ては不可抗力だ。偶然こんな感じになっただけだから」

 なんとも苦しい言い訳だが、事実だからしょうがない。

「どうせまたバカ猫のせいでしょ」

「そうそれ、それだよそれ。流石スカーレット、賢い」

 スカーレットが頭のいい子で助かるよ。まったくもって話しが早い。とにかくまずはクリスに服を着せよう、話はその後だ。

 アンジェリカはクリスの頭を思い切り殴った後、慌ててスカートを上げた。クリスは本気で痛がっていたが、こればかりは自業自得である。

 Tシャツは白のメンズLサイズで、クリスに着せたはいいが体がデカいうえに巨乳のせいでピチティみたいになっている。お尻もデカいから黒のボクサータイプパンツもピチっていた。

「これは……」

 ノーブラだから胸の先端が強烈に主張している。放置してたら誰かに会った時、俺が変な目で見られないかなぁ。

 そんな俺の様子を見てか、スカーレットが鞄からニップレスのようなものを取り出す。

「おいバカ猫、胸にコレを付けておけ」

「あっ、胸に貼ったら痛くないやつにゃ。スカーレットちゃんありがとうなのにゃ」

 スカーレットは誰かと違って役に立つなぁ、仲間にして正解ですよ。

「上手く貼れたのにゃ」

 そう言ってクリスは大胆にTシャツをめくり上げ、ブルンと揺れる巨乳を見せる。

「コ、コラ、なんてはしたない……」

 とか言いつつガン見しております。ちゃんと丸いベージュのニップレスが胸の先端に貼ってある。クリスと一緒だと、アニメのテコ入れサービス回だらけだな。

「バカ猫、汚らわしいものをご主人に見せるんじゃない」

 スカーレットは透かさずツッコミ、後ろから手を回しクリスのTシャツを下げた。

 さてと、次は下半身だ。ジーパンはあるけどクリスのお尻がドデカいから無理そう。なので今はもうパンツだけでいいや。街中でもないし。

「わーいわーい、ご主人様の服とパンツなのにゃ。嬉しいのにゃ」

「ご、ご主人の匂いが染み付いた……羨ましい」

 スカーレットはクリスの方を見ながら呟く程度に発した。心の声が出ちゃってるし。あと洗ってあるから匂わねぇよ。

「バカ猫、こっちにこい。そしてここでちょっと座れ」

 スカーレットは明らかに不機嫌そうな顔で言った。

「にゃ? なんなのにゃ」

 クリスは素直に従い地面に手をついてお座りした。するとスカーレットはクリスの頭をゴチンと殴った。女の嫉妬こえぇぇぇっ。

「にゃあぁぁぁっ⁉ 痛いのにゃ、スカーレットちゃんが頭をぶったのにゃ。酷いのにゃ酷いのにゃ」

 クリスは半泣き状態で俺の下半身に抱きつく。が、そのせいで生真面目タイプのスカーレットは激高する。

「コラ、ご主人に抱きつくんじゃない、この不埒者が‼」

 強く言い放ったスカーレットはクリスのお尻に噛み付く。クリスは悲鳴を上げて跳び上がり痛がった。

 なにこのアメリカアニメのような犬と猫のコントは。面倒なのに可愛いからずっと見てられる。故に分からない、この世界の人間が人外生物に対し恋愛や性的感情が無いということが。まあ異世界独自のことわりと理解するしかないのかも。

 あれ? 何か忘れてるような……。なにやら殺気を感じアンジェリカの方を見る。

 ヤベっ、怒ってらっしゃるよアンジェリカ様が。まさに鬼の形相。

「おいお前、また半獣人が来たけど、それもまさか……」

「こっちも俺の奴隷だけど。あとお前じゃなくて秋斗だ。俺の名前は鈴木秋斗っていうんだ」

「名前なんてどうでもいい。お前、お前お前お前、二人も奴隷が居るのか、このド変態鬼畜が‼ 私も奴隷にするつもりだったな」

 いえ、そんなつもりは一ミリもございません。わたくし、オッパイ星人ですから。って言ってやりたいぜ。この被害妄想全開のロリババアエルフに。フルボッコ嫌だから言葉にはしないけど。

「誤解ですよ、アンジェリカさん。女神に誓って、奴隷とそういうことはしてませんから」

「誰が信じるか」

 アンジェリカは一歩近付くと同時に剣の柄に手をかけた。

「貴様、先程から馴れ馴れしいぞ。ご主人、誰ですかこのエルフは」

 スカーレットさんナイスカットイン。流石使える子。

「誰と言われても、ここで偶然出会っただけだし」

「エルフの分際でご主人に下着を見せて誘惑するとは許せません」

 ちょっとぉぉぉっ、挑発するんじゃないよ。

「誰が誘惑するかっ、ぶっ飛ばすぞ‼」

「やれるものならやってみろ。返り討ちにしてやる」

「コラコラっ、やめなさいっての。喧嘩はよくないよ喧嘩は。暴力じゃ何も解決しないからね」

 こいつはマジでヤバい奴なんだよスカーレットさん。気が強いにも程がある。もしも俺みたいにアンジェリカの強さを肌で感じ取れてたら、どんな忠犬でも飼い主を置き去りにして逃げ出してるよ。

「あのさぁ、悪いんだけど、俺たち旅の途中で急いでるから。あと、色々とごめん。でもさっき言ったのは本当の事だから」

「さっき言ったこと? なんのことだ」

 二人の奴隷には聞こえないようにアンジェリカの耳元で「可愛いってこと」と言った。

 アンジェリカは可愛いという言葉に過剰に反応して「はうっ」と顔を真っ赤にして発しフリーズした。

 出たよ出た、「はうっ」一丁入りますた、てか。怖いけど面白い奴だ。

「し、仕方がない。同郷のよしみだ、今回だけは、み、見逃してやる」

 バカというか単純というか、とにかくチョロくて助かった。

「じゃ、そういうことで。クリス、スカーレット、行くぞ」

 マジでこの最強最悪エルフと関わり合いたくない俺は、早足でその場から離脱する。そしてスカーレットが様子を見に行った方の森の奥へと進む。

「ご主人、結局なんだったんですか、あのエルフは。それにご主人とバカ猫の服は無くなっているし」

 そうだった、いま上半身裸だ。何か着なければ。

「エルフの事は気にするな。俺もよく分からない」

「まあ、ご主人がそう言うのであれば」

 リュックから袖が青の白いラグランTシャツを取り出し着て、歩きながら村に居たというスライムの事を話した。

「なるほど、バカ猫が服を失った理由がよく分かりました。まさか最下級モンスターのスライムの中でも、一番弱いラピススライムにやられるとは、ホンとに情けない。同じご主人に仕える奴隷として、恥ずかしいかぎりです」

「スカーレットちゃん酷いのにゃ。スライムは何種類もいて巨大だったのにゃ。ウネウネのクニョクニョで凄い数の触手だったにゃ」

 ほほう、触手とな、いいじゃないか。だがそのマニアックなプレイの瞬間を見逃してるとか、何やってんの俺。

「私だったら捕まらずに倒せていた」

「そんな事ないのにゃ。きっとスカーレットちゃんもやられてたのにゃ」

 クリスは顔をしかめ、あっかんべーをした。全然腹が立たないですよそれ、ただただ可愛いだけっす。

「もういいよその話は。それよりスカーレットが見に行った方はどうなってたんだ」

「いま向かっている先には、クリスチーナが見たという村の人間たちが避難して、キャンプを張っている場所がありました」

「そっか、村の人たちは無事だったか」

 スカーレットが村人から訊いた話では、昨日の夜に突然スライムが大量発生したらしい。

 森に囲まれた田舎の村ではたまにある事で、普段は冒険者やそこそこ戦える村人が退治していた。だがタイミング悪く戦える者がいなかったため無理に抵抗せず避難したとのこと。負傷者はいないが住める状態ではなく、今後どうするかを話し合っているみたいだ。

 スライムは弱いらしいので俺たちで退治できそう。時間的にもこのまま旅立てば森の中で野宿になるし、ここはスライムを倒してキャンプに泊めてもらうのがベストだと思う。

 ほどなくして村人たちのキャンプ場へと辿り着き、長老さんと話すことになった。長老は長身で白髪の白人タイプの優しい顔をした人だった。

「南の大きな街へと旅をしている者で、秋斗といいます。それで突然ですけど、俺たちがスライムを退治するので、一晩だけ奴隷も一緒に泊めてもらえませんか」

「それはもう願ってもないことです。ただ気になることがあるのです」

「なんですか?」

「スライムの事ですが、我々が知るものより巨大で、しかも多種が群れている状態でして……危険が伴う可能性が」

「ご心配なく。本当に危なくなったら逃げますので」

「そうですか、ではお願いします」

 交渉成立した時、後ろから聞こえた声にギョっとした。

「なによ、スライムごときで報酬貰おうなんて、どんだけせこいのよ」

「お前、アンジェリカ、ついてきたのかよ」

「べ、別に、お前についてきたわけじゃないし。たまたま行く方向が同じだっただけだ」

 な訳ないだろ、このかまってちゃんが。

「じゃあ手を出すなよ。これは今、俺が受けた仕事だからな」

「その言い方ムカつく。なんでお前に命令されなきゃいけないんだ。てかスライムぐらい、この私が一撃でぶっ飛ばしてあげるわよ」

 ヤバっ‼ 魔王討伐したとか言ってたある意味魔王級の暴君エルフが暴れたら、村ごと破壊されかねない。全力で止めなくては。とか考えているうちにアンジェリカは空を飛んで行ってしまった。

 くそっ、このままじゃ村も危ないが、触手&服溶かしという、俺得な特殊能力を持つスライム先輩が全滅させられてしまう。どんな感じか見たいのに。

「アキト殿といったか、今のエルフの事をアンジェリカと呼んだ気がしたのだが、仲間なのですかな」

 長老は明らかに動揺し、顔色が悪くなって冷汗をかいている。

「名前は合ってますけど、ついさっき会ったばかりで知り合いですらないです。長老さんは知っているんですか?」

「詳しくは知らぬが、もしも今のが噂に名高いエルフならば、我らの村は消滅するかもしれない」

「う、噂というのは……」

 ひえぇぇぇっ、聞くのが怖いぃぃぃぃっ。

「金髪の子供姿のエルフで、名前がアンジェリカといえば、最強の魔法剣士として知られている。そして又の名を、金色こんじきの破壊神という」

 なんだよその恐ろしい二つ名は、初耳なんですけどぉ。やっぱりトンでもないクリーチャーと知り合ってしまった。

「金色の破壊神が戦った場所は雑草すら残らないと噂されていて、これまで幾つもの村や町、迷宮や塔、それに城が破壊されたと聞く」

「……非常事態ですね。止められるか分かりませんが、俺たちもすぐ村に行きます」

 あの暴君エルフ、俺が行くまで無茶すんじゃねぇぞ。

「もしも本物ならば無理をせずお逃げなさい。命あっての物種ですぞ」

「分かりました。とりあえず女神にでも祈っておいてください」

 全速力で村へと向かったが、パワーと違って移動速度は超人ではないので、空を飛んで行ったアンジェリカには追い付かない。

 やっと村の近くまで辿り着いた時、空高くで巨大な光の玉が大きくなっていくのが見えた。それはアンジェリカが強力な剣技か魔法で攻撃しようとしていると思われる。

「あれヤバいやつだ。もう間に合わない、二人とも逃げるぞ‼」

 そう言った瞬間、アンジェリカの攻撃は繰り出された。近付いてくる強烈な光は、まるで巨大な彗星が落ちてくるように思えた。あのバカ、スライム相手に何考えてんだ。

 地面に着弾した魔力の塊である光の玉は、想像を絶する大爆発を引き起こす。恐らくその場の全てを破壊したはずだ。

 黒煙と炎が広がり、巨大なキノコ雲が空高くへと舞い上がる。そして荒れ狂う爆風が襲い掛かってきた。

 超人の俺は踏み止まれたが、クリスとスカーレットは数メートルほど吹き飛ばされる。

「二人とも大丈夫か⁉」

「はいにゃ、クリスチーナは大丈夫なのにゃ」

「そりゃ大丈夫だろ。お前のデカい尻を私が受け止めているんだからな」

 どうやら飛ばされた時、クリスはスカーレットにぶつかったようだ。しかもスカーレットの体がクッションになって、ほぼ無傷ときている。

「にゃっ⁉ スカーレットちゃん、なんでクリスチーナのお尻の下にいるのにゃ?」

「このバカ猫、さっさとどけ‼」

 スカーレットはクリスのお尻をガブっと噛んだ。で、先程と同じように跳び上がって痛がる。

 そんなコントやってる場合じゃないぞ、現状を把握しなければ。しかしあのキノコ雲を見れば村に行かなくても想像がつく。アンジェリカは俺についてきたわけだし、これって俺のせいだよな。

 少し間を置き煙が薄くなってから村までやって来たのだが、所どころ辛うじて村を囲う防御壁が残っているが、建物は吹き飛び瓦礫の山と化している。直撃を受けた地面は隕石が落ちたように巨大なクレーター状に穴が開いていた。

「嘘だろ……」

 なんてこったい、なんでこうなった。訳が分からないぜ、一瞬で村が一つ消えるなんて。極めた魔法や剣技ってのはここまで恐ろしいものなのか。しかもまだ本気じゃなさそうだし。

「確かアキトっていったか。遅かったな、もう私が退治してやったぞ」

 アンジェリカは高笑いしながらゆっくりと空から降りてきて近くに着地した。その笑い方と笑顔に腹が立った。

「バカヤロー‼ 村を破壊してんじゃねぇよ。なんでスライム相手にそんな凄い力を使う必要があるんだよ。どうすんだこれ。責任とれないくせに調子乗るな」

「な、生意気な。なんでお前なんかに怒られなきゃいけないのよ。私はスライムを倒してやったのよ。褒められはしても怒られるいわれはない。感謝してほしいわね」

 こいつ、人間の時の感覚とか常識が無くなってやがる。一体どんな脳内会議が行われてんだよ。俺が参加して全員に説教してやりたいぜ。

 この異世界に慣れてしまったら、俺もそのうちこうなるのか……いやいやいや、絶対ならねぇよ。こいつは酷すぎる。特別頭が変なんだよ。きっと転生の影響だ。

「アンジェリカ、それ本気で言ってるのか」

「だったらどうだっていうのよ」

「ふざけんな‼ 家一軒一軒に家族との大切な思い出があるんだよ。何も関係ないお前の一存で無くしていいものじゃない」

「うるさいわね、家なんてまた建てればいいでしょ」

「お前、力があるせいで大切な物が見えなくなってるぞ。どんなに力があってもな、好き勝手やっていいわけないだろ。人間はエルフのように長生きじゃない、だから家族や友達との思い出や絆を大切にするんだよ。お前だって人間だったろ、まだ覚えてるはずだ」

「な、なによ、なんなのよあんたは……」

 確かになんだろね。なんでこんなに熱くなってんだ。でも言ってることは間違ってないよな。

「お前もスライムみたいに、ぶ、ぶっ飛ばすぞ」

「いい加減にしろっ、このバカがっ‼」

 今までで一番大きく本気で怒鳴りつけた。

「うぅぅっ、うわああああんっ‼ なんでそんなに怒るのよぉ、アンジェ悪くないもん。ふえぇぇぇぇん‼」

 うわぁ〜、泣かしちゃったよ、どうしろってんだ。こいつマジでめんどくせぇー。でも逆ギレされてたら死んでたかも。くわばらくわばら。

「ご主人、このエルフかなり弱ってます、いまこそ止めを」

「コラコラ、怖い事を言うなよ」

 スカーレットが超真顔で言うから吹き出しそうになった。

 さてと、これからどうしようか、と思っていたその時、事態が急変する。突然、瓦礫の陰から無数の触手が飛び出し襲い掛かってきた。

 アンジェリカは号泣状態で更に位置的に背後を取られていたので、触手に捕まってしまう。一気に両手両足、胴体を触手に巻き付かれ身動きできぬ状態で宙に持ち上げられる。

「こ、これは……」

 うひょぉぉぉっ、超マニアックな光景。美少女エルフに触手が巻き付いてるとか、もうアニメの世界だ。

「こらぁぁぁっ、アキト、見るなぁぁぁっ‼ 後で絶対ぶっ飛ばすからな‼」

 色々と丸見えなのに、見るなとか無茶をおっしゃる。俺の記憶に永久保存決定。

 しかしスライムの色が聞いてたのと違う。青や水色ではなく紫系の半透明だ。

「えっ⁉ デカっ。想像してたのより迫力あるな」

 姿を現したスライムの本体は、ぷにょぷにょしていて半円形だが、大きさがワンボックスカーを二台並べたぐらいに巨大だ。

 本体からは無数に触手が飛び出しており、俺たちを捕まえようと襲ってきている。だがスピードは速くないため距離を取っていれば躱す事はできた。

「ご主人、お気を付けください。これは毒のあるププルスライムです」

「毒って、アンジェリカ、体は大丈夫なのかよ」

「だ、だい、じょぶにき、きまっててるで、しょ。たっ、ただ、しびれ、て動けない……だけよ」

「それ大丈夫じゃないだろ。負けず嫌いだなぁ」

「ご主人、心配なさらずとも死にはしません。少しの間、動けないだけです。まあ絞められたり叩きつけられればダメージは負いますが」

「普通にピンチだな。でも倒すにしても、あいつが捕まったままだと邪魔だから、先に助けよう」

「分かりました。ご主人の命令とあらば」

 スカーレットは納得いかないという拗ねた顔をしている。だがすぐ行動に移す。

 腰に付けたウエストポーチ型の魔法の道具袋から大きめのナイフを取り出すと、アンジェリカに巻き付いている触手を全て切り裂いた。

 スゲー、まさに疾風迅雷の動き。流石スピードが大事な盗賊だ。しかもナイフ捌きといい戦い慣れてる。なんて頼もしいんだろ。

 アンジェリカは受け身を取れず地面に落ちたが、どうやら無事なようだ。本当はお姫様抱っこでカッコよく受け止めたらよかったんだけど、スライムの本体に近付くの怖いから止めた。

「クリス、アンジェリカを頼む。回収して後ろに下がっていてくれ」

「はいにゃ。と言いたいのですが、クリスチーナは動けないのですにゃ。実はいま捕まったのにゃ」

「ってコラっ、お約束かましてんじゃねぇ‼」

「ごめんなさいなのにゃぁぁぁっ。なんだか痺れてき、たの、にゃ」

 この天才いいね職人が、いつの間に捕まったんだよ。しかもアングル凄いことになってんじゃん。触手がメイドインジャパンかよってぐらい仕事しすぎ‼

 てかスライム先輩、最高でーーーーすっ‼ 俺得映像あざっす。

 しかーしっ、そんな偉大なスライム先輩を倒さなくちゃならんとは、辛すぎる現実だ。毒さえ、毒さえなければ連れて帰るのに。

「スカーレット、クリスも助けてやってくれ」

「やれやれですね」

 しぶしぶだがスカーレットはクリスに巻き付いた触手を切り裂き解放し、自分より遥かにデカい猫娘を軽々と抱え後方へと運んだ。この隙に俺はアンジェリカを助け、クリスの横に転がした。

「お前らは邪魔だからそこにいろ」

「は、はにゃ」

「く、そっ、全部お、お前のせ、いだからな、アギ、ド。おぼえ、でろよ」

 睨むなよ、怖いっての。でも即効性の毒でしびれて動けないわけだし、イタズラ、じゃなく攻撃しほうだいだな。このスライム召喚できたら使える奴かも。

「服は溶かさないようだけど、麻痺の他に気を付けることはないか?」

 スカーレットと左右に分かれて安全な間合いを保ちながら会話する。

「触手に捕まれば、魔力や体力を奪われます」

「了解した。で、どうやって倒すのがいいと思う」

「先程斬った触手を見てください。徐々に溶けています。そのうち水分になって消滅するはずです。ププルスライムは分裂したら増殖するタイプではないので、斬ってダメージを与えていけば倒せます。ただこんなに巨大なものは初めて見ました」

 流石スカーレットさん、なんでも知ってて役に立つ。

「んっ⁉ でもなんか水分にならず固まってゼリー状に、っていうか復活しようとしてないか?」

「た、確かに……申し訳ありませんご主人、私が知っているスライムとは違ったようです」

「謝る必要はない。それより、斬るんじゃなく押し潰してもいいんだよな。攻撃は任せろ。スカーレットはスライムの気を引いてくれ」

「御意」

 力強く言ったスカーレットはスライムに近付き触手を引き付ける。そして余裕ある動きで躱し続けた。

 俺は後ろへと回り込み、大きな建物の一部であっただろうスライムと同じぐらい巨大な瓦礫を持ち上げる。

「おらっ、潰れろ‼」

 投げるのではなく持ったままダッシュしてスライム本体に落とすように叩き付けた。するとスライムはゼリーを握り潰したようにバラバラに弾け飛んだ。

「やったね、一撃だろ」

「流石です、ご主人」

 辺り一面に気持ち悪く弾け飛んだスライムは、蒸発して完全に消滅した。復活しようとしていた元触手たちも一緒に消滅する。

 完全勝利できたけど、弱モンスターのスライムだし、そりゃ簡単に倒せるわな。

 それでこの後は、冷凍マグロ状態で動けない二人をどうするかだが、万能奴隷のスカーレットさんが毒消しの薬を持っていたので事なきを得た。

「いまは村の事を考えなきゃだな。と言っても、素直に謝るしかない。何もかも無くなったんだから、どうすることもできないし」

 村があった場所を見詰めながら言った後、アンジェリカの方を見た。

「なによ、私のせいじゃないからね」

 いやいやいや、お前のせいだろ。どんなダイナミックなボケだよ。

「アンジェリカ、一緒に行ってやるから、村の人たちにちゃんと謝れよ」

「うるさいうるさいうるさい‼ 誰が謝るか、バーカバーカ、このド変態鬼畜ヤロー」

 悪態をつくだけついて、アンジェリカは空へと飛んで逃げていった。なんて勝手な奴なんだ。どうすんだよ村は。なんだか胃がキリキリと痛くなってきた。

 本当にこれって現実なのか? 一撃で村が消滅するってどゆこと? 夢オチならそれでいいんだけど、って思えるぐらい無茶苦茶だよ。

「ご主人を愚弄するとは許せん。あのエルフ、やっぱり助けるんじゃなかった」

「まあまあスカーレットさん落ち着いて。あいつの事は考えるのをやめよう。疲れるだけだ」

 そう、考えたところで仕方がない。何故なら奴は規格外だからだ。あの魔力と暴君っぷりは普通じゃない。やはり異世界転生者だけのことはある。

 それから足取り重くキャンプに帰ってきた俺たちを、長老と村の人たちが迎えてくれた。あれだけの大爆発だし、そりゃみんな気になるわな。とにかく事の次第を話し、何もできなかったことを謝罪した。

「そうですか、あのエルフはやはり金色こんじきの破壊神でしたか。しかしあなたたちが謝る必要はありませんぞ。仲間ではないと聞いていますし。それに結果的にはスライムを退治してくれたわけですから、感謝しております。我々が生きてさえいれば、また村は作る事ができます、お気になさらぬように」

 なんて素晴らしい長老と村人なんだよ。その優しさと前向きな力強さに心が温かくなって泣けてくるぜ。

「辛いのは皆なのに、気を使ってもらってありがとうございます。でも、このままじゃ俺の気がすみません」

 この優しい人たちをスルーとか、俺の良心が許さない。なので皆が家を建てるための資金として、残りの宝箱全部を村に渡すことにする。

「スカーレット、お前のお宝だけど、全部あげてもいいだろ」

「それはもうご主人の物です。奴隷の私に何かを所有する権利などありません。お好きにお使いください。それにほとんどは前のご主人が集めたものですから」

「そうか、ありがとうな」

 主人からのお礼の言葉を聞いたスカーレットは感無量状態で、照れくさそうに顔を赤くして尻尾をブンブン振っている。

 魔法の道具袋から宝箱を二つ取り出す。鞄に軽く手を入れ頭に思い浮かべるだけで吸い付くように現れ、引き出すと同時に小さくなっていたものが元の大きさに瞬時に戻る。本当に便利で楽しいぜ、魔法ってやつは。

 宝箱のサイズは幅35センチ奥行40高さは30ほどあり硬貨や宝石だけならかなり詰め込める。

 宝箱を見て村人たちはざわつき始めた。そしてゆっくりと皆の前で蓋を開けて中を見せる。宝石や金貨の神々しい輝きと共に、村人たちから歓声が上がった。

「長老さん、これを貰ってください。全然足りないと思うけど、皆の家を建てたり、道の整備や村を囲う防御壁を造ったりするのに役立つはずです」

「お待ちくだされアキト殿。これ程の大金、受け取れません。お気持ちだけで」

「これは俺のためでもあるんです。それに旅を続ける資金は別にありますから」

「アキト殿、あなたという人は……あったばかりの他人の我らを、ここまで思ってくれるとは、あなたは女神エルディアナ様のような人だ」

「じゃあ、貰ってくれますね」

「ありがたく、本当にありがたく頂戴いたします」

 大勢の村人たちは拍手喝采で喜んでくれていた。それからは客人としてもてなされ、肉や魚などの料理が出された。ちゃんと食料を持って逃げていることに感心する。

 料理の味は美味しいんだけど食材が気になった。何の肉とか魚だろ。しかし残念なのは、二人の奴隷とは一緒のテーブルで食事できなかったことだ。やはりこの村でも当たり前に人間上位種の身分があり、半獣人は別の場所で食事させられた。だがそれでも俺の奴隷ということで随分と優遇された処置だったようだ。まあここは人間の村だから仕方がない。

 その夜は俺だけ長老のテントに泊まることになり、二人の奴隷は特別に村人が作ってくれたテントで寝れることになった。

 普通なら半獣人の奴隷は野宿させられるところだが、やはりあの宝が効いている。

 テントなのでフカフカの大きなベッドでという訳にはいかないが、シーツに薄い掛け布団があるだけでありがたく、朝まで熟睡できた。

 起きると既に朝食の準備がされており、昨日と同じように場所は離れていたが、奴隷二人もごちそうになった。

 そろそろ旅立とうと思い始めていたその時、慌てた感じで村の男たちが長老を訪ねてきた。

「長老、村の様子を見てきましたが、やはり話の通り跡形もなく消滅していました」

「ごくろうじゃったな。生まれ育った村が無くなったのだから辛いだろうが、誰も死ななかったことを幸運と思うことにしよう」

「はい、長老。しかし一つ変わったことがありました。爆発で陥没した場所から、熱湯が少しずつにじみ出てきています。もしかしたら温泉なのかもしれません」

「なんと、それが本当に温泉ならば、村の大きな財産になる。いや、きっと温泉に違いない。私が子供の頃は村に温泉があった。いつの間にか湯が出なくなったが……地中深くに眠っていた源泉が、爆発で刺激を受けて上がってきたのかもしれぬ」

 マジですかその話。アンジェリカの一撃で村は吹き飛んだけど、温泉が噴き出したのなら、それはそれでラッキーかも。てか異世界の南国地域にも温泉文化あるんだね。

「ただ問題があります。巨大な岩があって、それが源泉を塞いでいる可能性が」

 話によると、地中に埋まっている部分が巨大なら移動させることは無理だし、周りを掘って源泉に辿り着くのも簡単じゃないらしい。地面を垂直に深く掘り進める技術なんて異世界にはないから当然だな。

「ちょっと話に割り込みますけど、その岩ってどのくらいの大きさですか?」

 必殺超人パンチで破壊できるかもしれないと思い口を出した。

「表に出ているのは高さが三メートル程で、直径は十メートル以上あると思う」

「可なりの大きさですね。やってみないと分かりませんが、破壊できる可能性があるので、今から一緒に行きます」

「本当ですか、アキト殿⁉」

 座っていた長老は驚いて勢いよく立ち上がった。

「はい。頑張ってみます」

 一撃で無理でも連打すれば砕けるはずだ。ダンジョンの巨大石柱も超人パンチで砕けたからな。あれも直径は似たような感じだった気がする。

 この後すぐに村があった場所に移動し、アンジェリカの攻撃で陥没した部分に下りて大岩の前までやってきた。

 眼前にするとトンでもなくデカく感じる。それにこの岩を見た長老の話しでは、何倍も硬い特殊なものらしい。だからアンジェリカの一撃で破壊されなかったわけだ。

 皆を見えないところまで避難させ一人だけ岩の側に残った。理由は二つ、一つは砕く時に破片が飛び散って危険だから。二つ目は、超人パワーを見せない方がいいと思うからだ。

 得体のしれない強大な力は恐怖を生み出すものだし、変な噂が広がっても困る。だから目立たないようにしないといけない。と今更だが考えている。

「よっしゃー、気合い入れてやってみっか」

 両膝をまげて少し重心を落とし強く拳を握り、ボクシングのストレートのように右のパンチを岩へと繰り出す。

 鼓膜を破りそうな轟音が衝撃波のように辺りに広がり、パンチした場所が大きく陥没する。だがそれだけで全然砕けていない。

「あれ? けっこう手応えあったのに……」

 実はワンパンでいけるかも、と思っていたからちょっとショックだ。でも拳はヒリヒリする程度で問題はない。これなら連打できそうだ。と思ったその時、パンチをしたところから縦に一直線に亀裂が入る。すると一気に岩全体に亀裂が広がっていき、破壊音を轟かせ大岩はものの見事に砕け散った。

「おほっ、スゲーじゃん」

 自分で言うのもなんだが恐ろしい力だ。しかもこの世界に来てから急激にレベルアップしている。まあ気のせいかもしれないけど。

 因みに岩が砕けた時、村人や二人の奴隷の歓声が聞こえていた。

 そして地響きが聞こえると同時に地面が地震のように大きく揺れて、岩の場所から勢いよく天へと向かって温泉が噴き上がる。

「うわっ、あちちちちっ、ヤベ、超あっちー」

 その場に居たら熱湯の源泉が降ってくるため、慌てて皆の居るところまで避難した。

「ありがとう、ありがとうアキト殿。この村はきっと大きく豊かになりますぞ」

 長老はテンションMAXで俺の右手を両手で掴み握手した。それから次々に村人たちにも感謝された。

「アキト殿、あなたはいったい何者なのですか。もしや有名な勇者様なのでは」

「あの、その辺りは秘密ということで」

「なにやら訳がありそうですな。これ以上は何も聞かぬことにしましょう」

 この後すぐに旅立とうとしたが、長老が渡す物があると言うのでキャンプへと戻ることになった。しかし俺はある事に気付いていた。

「長老、後で行くので先に戻っておいてください。ちょっと用事があるので」

「……ではアキト殿、のちほど」

 クリスとスカーレットだけ連れて森の方へと移動する。

「出てこいよ、居るんだろ、アンジェリカ」

「バレてたか。お前、感がいいな」

 こいつバカかよ。あれだけあちこちでチラチラと覗いてたら、誰でも気が付くっての。パンチした時も空飛んで上空から見てただろ。長老も村人も全員が分かってたぞ。ただ怖いから無視してただけだし。

「で、何か用事があるのか」

「アキト、お前は何者なのよ。ただの召喚者じゃないわよね。魔力も使ってないただのパンチであの岩を砕くなんて普通じゃない。スライムをやった時の怪力もそうだし。何か特別な力を女神から与えられたの?」

「そういうわけじゃないんだけど……色々とあるんだよ、転生者のお前と同じで」

 俺の訳ありを知らない奴からしたら、超人パワーは女神から与えられたチート能力に見えるよな。女神を隠れ蓑に噓をつくのが最善策なのかも。

「はっきり言わないのが怪しいのよねぇ。まあ別にいいけどさ」

 いいんだったらスルーしろ。こっちは関わり合いたくねぇんだよ、この恐怖の大魔王が。俺が勝手にやった事だが、こっちはお前のせいで破産寸前だっての。

「よし、決めた‼ アキト、お前を永遠のライバルと認定してやる。この天才にして最強の私がそう言っているんだから、ありがたく思えよ。でもそのうちコテンパンにぶっ倒してやるからな」

 ちょっとぉぉぉっ、この子ドヤ顔でなに言ってんの。バカなの、ねぇバカなのこの子。一体なんの漫画の影響ですか。って永遠に付きまとう気だよ。

 いやもう意味わからないし。どんな思考回路でその流れになったんだ。そういうのいりませんから。でも口に出したらややこしくなるから、ここは流しておくのがベストとみた。

「それではさらばだ」

 好き勝手に言って金色の破壊神は高らかに笑いながら空へと舞い上がり颯爽と去っていった。

 ガチでロクな人間じゃねぇよ。まあエルフだけども。二度と会わないことを願うばかりだ。

 それからテンションガタ落ちで足取り重くキャンプへと戻り、少し待たされた後に、いま急いで書いたであろう手紙を長老に渡された。

「アキト殿は南の大きな街、つまりゴールディ―ウォールに行くと言ってましたな。あの街には私の孫娘がいて、商売をやっています。この手紙を渡せば色々と力になってくれるはずです」

「ありがとうございます。それは助かります」

 昨日の夜も孫娘の話しは聞いたが、どうやら凄いやりての商人らしい。若くして会社の社長という地位で、美人とのこと。こりゃ会うのが楽しみだ。

「じゃあ俺たち、もう行きます」

「アキト殿、このアリマベープ村を、温泉が楽しめ多くの旅人が訪れる立派な町にしてみせますぞ。いつの日か、必ず来てくだされ」

「はい、きっと。皆さんお元気で」

 色々ありすぎたけど、こうしてやっと旅立つ事ができた。

 だがしかーし、何も解決していない。大大大問題ありだ。

「ご主人、あのエルフに後をつけられているのですが、どうしましょう」

 旅立ち平和に林道を歩くこと三十分、スカーレットさん、気付いてしまいましたかその最強クリーチャーに。

「無視だ無視。気付かないふりしていくぞ」

「凄く構ってほしそうなのにゃ」

「このバカ、クリス、振り向くんじゃない。近付いてきたらどうすんだよ。絶対に声かけるなよ。面倒臭いから」

 こうして我がパーティーに、仲間ではない最悪最強のオマケが付いた。

 ホンとどんだけかまってちゃんなんだよ。奴隷商人に捕まってどこかに売られたっていう姉ちゃん探せっての。



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