第二章 「町と砂漠と女盗賊」
南に向かって二時間ほど進むと流れの緩やかな大きな川へと辿り着いた。
「ちょっと休憩しよう」
「はいにゃ」
クリスは元気に答えたが、俺は色々ありすぎてもう疲れていた。
大木の下に座り休憩する。クリスは川の方に行って何やらはしゃいでいたが、少しすると満面の笑みで駆け寄ってきた。
「ご主人様、この川には大きなお魚がいっぱいいるのにゃ。クリスチーナがお魚いっぱいとって、ご主人様に喜んでもらうにゃ。クリスチーナは狩りが得意なのにゃ」
「お、おう。じゃあ頼む。これで今日のご飯の心配はしなくていいな」
「お任せなのにゃ」
クリスは笑顔で自信満々に言うと突然、剣を地面に置いて競泳水着のような白い服を脱ぎ始めた。
「こらこら、なにやってんだ⁉」
「川の中に入るので、服を脱いでいるのにゃ」
そう返すと見られていることなど微塵も気にせず、クリスはあっという間に全裸になった。
ちょっとぉぉぉっ、セクシーすぎるんですけどぉ‼ 生で女の裸を見たの初めてなんですけどぉ‼
身長も胸も尻もデカいから迫力が凄い、凄すぎる。しかも猫耳に尻尾まであるんだから最強さ半端ねぇ。
クリスは裸になることも見られることも全然抵抗ないけど、これは奴隷だからなのか? こっちでは普通なのかな。まあ可愛いからなんでもいいけど。
ってよくないぞ。年齢=彼女いない歴のオタには刺激強すぎる。こっちに来て早々父さんの二の舞になりかねん。
絶対奴隷に手は出さないからな。と言いたいが、ずっと我慢するとか無理ゲーでしょ。この世界の人間はホンとに人外に手を出してないの? これはきっちりと調べなくてはならんな、裏の常識を。
とか脳内会議をしながら18禁の妄想を暴走させていたその時、クリスはもう川へと行っていた。
程なくしてクリスが帰ってきたが、わんわん泣いている。
「ど、どした?」
「お魚一匹も取れないのにゃあああんっ」
「やっぱフラグだったかコノヤロー、得意とか言いやがって、そっこう回収してんじゃねぇよ‼」
「ごべんなざーい、うわああああんっ、ちゃんとお仕置き受けますにゃぁぁぁっ」
まだ全裸のままのクリスはそう言って四つん這いになり高くお尻を突き出す。いわゆる女豹のポーズで、それを真後ろから見ている。
「うわあっ⁉ コ、コラっ、お前なにやってんだよ、まっ、丸見えじゃねぇかよ」
「どうぞ好きなだけ叩いてお仕置きしてください、ご主人様。クリスチーナは悪い子なのにゃ」
いやもうお仕置きっていうよりご褒美だろ、この変態ドM奴隷にとっては。まあ俺得でもあるけど。
「もういいよ、このぐらいで叩く必要はない。とりあえず服を着なさい」
ドM奴隷が残念そうな顔すんじゃないよ。無茶しやがって。てか凄いもの生で見てしまった。
くそっ、今すっげぇ一人になりたい。あぁ、誰か俺の理性を完全にぶっ飛ばしてくれ。そうすりゃ楽になれるのに。
「更にドッと疲れた気がするけど、早く村か町に行きたいから、もう休憩は終わりにしよう」
「はいにゃ」
「だからさっさと服を着ろ‼」
「ごめんなさいにゃ。すぐに着るのにゃ」
クリスは慌てて服を着はじめたが、なんか違和感がある。
「ってコラ、それ逆じゃね。背中のぱっくり開いた部分が前にきてオッパイ飛び出してるだろ。ねぇそれ、わざとなの、それボケなの?」
「にゃは、間違えちゃったのにゃ。クリスチーナはあわてんぼうさんなのにゃ」
くっそ萌えるぅぅぅっ、超絶かわえぇぇぇっ‼ 今すぐ抱きしめて頭ナデナデしてぇ。しかし我慢だ。まだこの世界の常識を知らないんだから、奴隷との距離感とか接し方には気を付けないと。
でもさぁ、マジでどうなってんだよ。数時間前に来たばかりなのに超展開のオンパレードすぎだ。さっきから脳内会議では変態の俺の意見が優勢なんですけど……落ち着け、落ち着くんだ俺。
そしてこの後はムラムラやモヤモヤした思いを疲れで忘れさせるため、一心不乱に歩き続けた。その甲斐あってか、空がオレンジ色に染まる黄昏時に砂漠の手前にある町に辿り着いた。
運よくモンスターや盗賊などと出会わなかったので、時間のロスなく移動できたのが大きい。それに思ったより砂漠が近くにあって良かった。ジャングルで素人旅人が野宿とか危険すぎる。まあ今は一文無しだから結局は野宿になるけど、町の中なら安全なはずだ。
その町はサンドブールという名でそこそこ大きく防御壁で守られている。門には軽装備の兵士がいたが止められることなく町の中へと入れた。ぱっと見、人間がいっぱいいるからなんだか一安心だ。
町並みはゲームやアニメでよく見る中世ヨーロッパ風。人々の服装も中世風だがそこまで古さは感じない。どこか俺たちの世界の影響を受けている気がする。
女神の祝福を受けて職業を持っている奴らはすぐに分かる。明らかに冒険者風の恰好をしているからだ。剣を携え鎧を纏っていたり、マントや魔女のトンガリ帽子をかぶって杖を持っていたりする。皆ベタというか王道の恰好すぎる。まあ分かりやすくていいけどね。ただ気になるのは女性冒険者だ。薄着でセクシーな人が多い。水着みたいな服の上に冒険者装備を纏っている感じ。防御もクソもないと思う。もしかしたら向こうの世界の影響だったりして。
「さてと、町を見て回るか」
「はいにゃ」
まず服飾店や八百屋など色々な店を回って、買わないが値段を聞いたりして貨幣価値を調べていった。
どうやらエルディアナには紙幣はなく、金貨、銀貨、銅貨の三種が基本で大きさの違いによって金額が変わるらしい。
銅貨は三種類あり、小銅貨は一円玉よりも少し小さく、価値は百円ぐらい。中銅貨は百円玉ぐらいの大きさで、千円ぐらいの価値がある。そして普通サイズの銅貨は五百円玉ぐらいで、五千円程の価値がある。同じ大きさの銀貨は一万円の価値、金貨になれば三万円の価値になる。
コインには女神エルディアナの横顔が刻印されている。更にノーマルの金貨より太く重いものがあって価値は十万円にもなり、女神の正面顔が刻印されているとのこと。
ゲームばかりやってたからちょっと調べればこれぐらいは簡単に理解できますよ。ファンタジーっぽい異世界だとオタクの適応力最強かも。
因みに魔法の力で理解できている言葉のことだが、とにかく万能に作られていた。勝手に脳内変換されるため、自分の世界の特殊な、例えばオタク用語や和製英語などを使っても、相手は理解できている。そして相手の言葉は分かりやすいように変換され聞こえてくる。しかもごく自然に喋っているように見える。
それから町を回っていたら冒険者御用達っぽい店を発見した。中に入るとやはり、武器や防具、魔道具などを売り買いする店だった。こういう店が一番テンション上がる。
「旦那、後ろの半獣人は奴隷ですかい」
レトゲーロープレに登場するような、いかにも商人という服装の三十代ぐらいの褐色肌の店員の男が、気さくに話しかけてきた。
「あぁ、そうだけど」
「なかなか良さそうだし、高く買いますよ」
ごく普通に奴隷の売買を持ちかけてくる。やはりこのエルディアナでは奴隷が当たり前の文化になっているようだ。
「今は売るつもりはないよ」
断るとクリスはホッとした顔をしていた。それがまた可愛い。
「そうですか、そりゃ残念。でも良さそうな半獣人か妖精族が手に入ったら、いつでも売りに来てくださいよ。他より高く買いますから」
スゲー世界だエルディアナは。人外奴隷があまりにも普通すぎて怖いっての。
「今日は剣を売ろうと思ってるんだけど」
クリスに持たせていた剣を査定してもらうため店の男に渡した。
「これはまだ新しい剣ですね。どこかの貴族かギルドの紋章も入っているし、状態も凄く良い。これなら金貨五枚と銀貨一枚、銅貨一枚、それに小銅貨八枚で買い取ります」
やったぁ、けっこういい金になるじゃん。さっき調べた貨幣価値を日本の円に変換したら、16万5千8百円ぐらいある。売りだろ売り。
いや待てよ。相手はビジネスのスペシャリストの商人だ、値を吊り上げられてもいいように、安く設定しているかもしれない。ちょっと揺さぶってやる。こういうのもMMOの高性能NPC相手やプレイヤー間のアイテムのやり取りで慣れてるし。
「少し考えさせてくれるかな、もうちょい高く売れると思ったんで。次の町で売ってもいいし」
「いや、あの、ちょっと待ってくださいよ。そうだなぁ、だったら銀貨一枚足しましょう」
こいつベテラン商人じゃないな、焦りすぎだ。そしてやっぱり安く査定してたか。しかも銀貨一枚とかいきなり上げてきたし。こりゃまだまだ上がりそうですな。
「もう少し、なんとか上げてもらえませんかねぇ」
「えぇ〜、これ以上はご勘弁を」
「実は田舎の母さんが病気で、高い薬を買うのにお金が」
「いやそれ絶対ウソでしょ」
「実は父さんが若い娘と再婚して家を追い出されてしまって、住むところがないからお金が必要なんです」
「はいはい、もう分かりましたよ。銀貨二枚足しますよ。後はオマケでこの魔法の道具袋をさしあげます。商人や傭兵、冒険者にはとっても便利ですよ。もうホンとこれで限界ですから」
完全勝利。漫画やアニメ、ゲームで得た知識は役に立つ。
「それ持ってないな。説明よろしく」
「説明も何も、そのまま魔法の道具袋ですよ。袋の中は魔法で特殊な空間になっていて、武具に食料、宝箱とか生物以外なら大きな物でも入れて持ち歩けます。勿論大きさの限度や容量制限はあります」
それ旅に絶対いるやつじゃん。よし決定。
「じゃあその値段でいいよ」
「交渉成立ですね。ありがとうございました」
あれ? 店員さん満面の笑顔なんだが、してやられたのは俺の方かも。商売の世界恐るべし。奥が深いぜ。
しかしこれだけあれば当分は安泰だ。こっちの物価は日本と同じ感じだし旅を続けられる。
まずは盗まれないようにしなければ。職業に盗賊とかあったらスキルで簡単に掏られるかもしれないし。
銀貨と銅貨を一枚ずつと、小銅貨を全部ジーパンのポケットに入れ、後のお金と背負っていたリュックは魔法の道具袋に収納した。こりゃ便利だ。一瞬で縮みながら吸い込まれるように簡単に入った。
魔法の道具袋のデザインはウエストポーチ型で、カラーは灰色、少し大きめで外側には蓋ができる普通のポケットが二つあった。取り出す時は手を入れ頭に物を思い浮かべるだけでいい。なんとも魔法は万能だ。
「それじゃあ金もできたし、宿を探すとしよう」
「はいにゃ」
外はもう暗くなり、すっかり町は夜の顔に変わっていた。道には街灯が並んでいるがロウソクや電球、蛍光灯などは無く魔法で作られた光の玉が照らしている。
こっちの世界では普通の光景なのだろうが、俺にはとても神秘的に見えてワクワクする。
「ふかふかのベッドがある宿とかないかなぁ。クリスもその方がいいだろ」
「あの、ご主人様、ここは人間の町なので、半獣人や妖精族は奴隷でなくても宿には泊まれませんにゃ。なのでクリスチーナは町のどこかで野宿しますので、ご主人様だけ宿にお泊まりくださいにゃ」
そっか、人間は地位が高いとか上位種みたいなこと、父さん言ってたもんな。身分があるってことに慣れないと、この世界では暮らしにくくなる。でも今は全部受け入れるのは無理だ。
「そうだなぁ、今日は天気もよくて暖かいし、クリスと一緒に野宿でもするかな」
「にゃんっ⁉ ご主人様と一緒なんて嬉しいにゃ」
クリスは素直に喜ぶから本当に可愛い。
「腹へったし、情報収集もかねて酒場に行こう。冒険者とかが集まる場所だし、人間以外が入ってもいいだろ」
「大丈夫と思いますにゃ」
町を回っていた時に酒場の前を通ったので場所は知っているし、店内を覗いたら猫系っぽい男の半獣人が居たのは確認済みだ。
十七歳の俺はこの世界では大人で、酒とか飲んでもいいらしい。飲んだことないし飲みたいとも思わないけど。
種族によって成長する速さも寿命も違うが、人間は十五歳ぐらいで成人と認められる。
酒場に入ると既に多くの客がおり、かなり騒がしかった。見た感じ村人よりも冒険者が多い。そして人間以外の種族、半獣人やエルフがいた。
てか金髪長耳のエルフだよエルフ。生エルフとか超感動。それに当然の如く美女で、ヒーラー系の格好をしている。でも人間と同じテーブルには着いていないし座ってもいない。恐らく奴隷だ。ご主人様と思しき奴の後ろに立って控えている。
「持ち帰りできる食べ物があったら、それ欲しいんだけど」
カウンター席へ行ってマスターっぽい五十歳ぐらいの男性バーテンダーに話しかけた。
ここではクリスと一緒に食事できそうにないのでテイクアウトを頼むことにする。メニューにホットドッグがあり、それを注文した。
待っている間に砂漠の越え方を訊いたのだが、どうやらヨットのような船で砂漠を移動するらしい。その船は風の精霊魔法で動くもので料金は高くない。だが今は訳ありで運航しておらず、みんな困っている。その訳だが、砂漠に住み着いた盗賊団が原因とのこと。
団の中には半獣人の女盗賊がいるのは分かっているが、全員で何人とかは不明だ。とにかく盗賊を倒さないと先に進めない、というRPGならお馴染みのテンプレである。
後どうやらこの町に、冒険者になるために必要な女神の祝福を受けられる神殿とか施設はないみたいだ。
「おいお前、ガキのくせに生意気に奴隷連れやがって、酒場に来るのは十年早いぜ」
いかにも力自慢っぽいスキンヘッドの格闘家らしき大柄の男が、喧嘩腰で話しかけてきた。
海外のボディビルダー張りのムキムキマッチョで、上半身は黒いベストを着ているだけだ。これでもかってぐらい筋肉を見せつけている。二十代後半って感じだけど、酒場でこういうキャラにからまれるのもテンプレだな。やれやれだぜ。
「聞いてんのか小僧」
「はいはい聞いてますよ。食料買ったらすぐに出ていくよ」
「随分と生意気な態度だな。気に入らねぇ、この俺と腕相撲で勝負しろ。勝ったら飯代だしてやる。負けたら腰のナイフをいただく」
なにその自己中ルールは、お前が負けても飯おごるだけかよ。どこの世界でも大人は汚いね、あぁやだやだ。
「それでいいよ。じゃあ始めよう」
男は自信満々に狡猾な笑みを浮かべている。クリスは心配そうにしていたが、俺が普通の人間に力で負けるはずがない。
周りはお祭り騒ぎで取り囲み勝敗の賭けを始めた。まあこの場合はそうなるよね。
丸テーブルの上でガッチリ手を握り準備が終わると、相手の男が勝手に力を全開にして勝負を始めた。普通ならこの卑怯なフライングで負けているが、超人の俺はビクともしない。本当に楽勝である。眼前の男が驚愕しているのが面白いけど、ここはさっさと終わらせよう。
相手の腕を折らないようにゆっくりと押し込み勝った。その瞬間、大穴がきたので周りは盛り上がる。
「バ、バカな……ウソだろ」
負けた男は冷や汗をたらし茫然自失といった感じだ。ショックなのは分かるけど大袈裟すぎる。しかし男はすぐに復活し、何度も挑戦してきた。
俺は空気を読まずに容赦なく全勝した。最後の方はもう、おっさん泣いてたから負けてやりそうになった。
「じゃあこれ、ゴチね。ちゃんと金払っといてよ」
まだ盛り上がっているなか酒場を後にし、どこか落ち着いて食事できる場所を探した。
結局この町では半獣人奴隷を連れてゆっくりできる施設はなく、広場のベンチに腰かけ二人でホットドックを食べた。これが普通に美味しい。
満腹になると急に睡魔に襲われ、近くにあった巨木の下の芝生の上で野宿することにした。
寝転がってすぐに深い眠りにつき、記念すべき異世界移住の初日が、怒涛の超展開だったがなんとか無事に終わる。
次の日、天気は晴れで、ぐっすり寝て気持ちよく目覚めた。が、起きた瞬間驚く。
「おわっ⁉ な、なに⁉」
目覚めるとクリスの顔がすぐ側にあって、俺の顔を凝視していた。
「おはようございますなのにゃ」
「お、おはよう。クリス早いな。いつから起きてたんだ」
「ずっと起きていたのにゃ。泥棒が来るかもしれないから、番をしていたにゃ」
「偉い‼ クリスはなんておりこうさんなんだ」
感動して周りの目など気にせずクリスの頭を撫ぜまわした。
犬系ならまだしも、気まぐれと思われる猫系がここまで忠実とは驚きだ。しかし野宿なのに不用意に寝てしまうとは素人だな。クリスが居なかったら持ち物全部盗まれていたかもしれない。とにかくクリスのお陰で冒険二日目は順調な出だしだ。
この後、市場でリンゴやバナナっぽい果物を買って簡単に朝食をすませてから、町のはずれのヨット乗り場へと行った。
まさにヨットハーバーといえる光景で、店の横には小型のヨットがずらりと砂漠の上に並んでいる。
店に入るとカウンターには経営者っぽい五十代ぐらいのメタボ体型の白人男性がいて、砂漠を越えたいと駄目元で伝えた。
「悪いが今はダメなんだ」
「噂の盗賊のせいですよね。砂漠を移動中に襲ってくるのなら、ヨットじゃなく大きい船にして、冒険者を警護に付ければいいんじゃないですか」
「この砂漠では大きな船は使えないんだよ。砂漠にはドラゴン系や昆虫系の巨大モンスターが生息していて、船ぐらいの大きさになると襲われる可能性が高くなる。でもヨットぐらいの小さな物なら、関心を示さず通り抜けることができるんだ」
「そういう事情があったんですね。でも俺たちは小さいヨットでいいんですけど。盗賊に襲われても戦って倒せばいいだけだし。自分で言っちゃいますけどそこそこ強いので」
「強いねぇ。これまでもそう言う冒険者たちにヨットを貸したけど、戦いになると壊されるんだよ。冒険者は戦いが派手で雑だから。で結局は向こう岸に行けても盗賊には逃げられてるし。いままで何隻やられたことか。だから貸す気はないよ。まあ運が良ければ盗賊が出てこず素通りできる時も多々あるがね」
オーナーの言い分が正しいけど、なんとかヨットを出してもらわないと。急ぐ旅じゃないけど、どんどん先に進んで色んな物を手に入れていきたい。
因みに歩きも危険すぎて無理らしい。モンスターは生物の足音には敏感に反応して襲い掛かってくるからだ。町から一キロほど離れた場所からは危険ゾーンとなる。
「遠回りになっても別のルートで移動するとかは無理ですか?」
「無理だね。盗賊とか関係なくルートは変更できない」
「それって砂漠に何か問題があるんですか?」
「まあな。この砂漠は西に行けば行くほど広大になっていて、巨大モンスターの数も増える。その辺りでは小さなヨットでも確実に襲われる。この場所は砂漠の東にあって向こう岸まで一番近く砂の深さも浅いんだ。だから巨大モンスターも出にくいし移動時間も短くて済む。安全なルートは一本しかないんだよ。分かってくれたかな」
「それなら、更に東に移動して砂漠の終わりとなる海岸沿いを歩けば、時間がかかっても向こう岸に行けますよね。後は船で海を移動するとか」
「どちらも無理だろうな。海岸沿いと海にも強いモンスターがうじゃうじゃいるから」
「じゃあ盗賊のアジトを見つけ出して退治するしかないですね」
「それも色々と問題があってね。アジトは分かってるから既に多くの冒険者が退治に行ったんだが、ダンジョンで迷って力尽きたり、何故か増え続けているトラップやモンスターに襲われたりで、まだ誰も盗賊には辿り着けてないんだ」
「なかなか手強いようですね」
「手強いなんてものじゃないよ、特にトラップが」
話によると、普通ならできない大掛かりな仕掛けが、魔法を組み合わせることで設置可能になるから超極悪とのこと。最近は冒険者もトラップ地獄が怖くてアジトのダンジョンには行かないらしい。
「懸賞金も奮発して金貨五十枚と高く設定しているし、早く誰かに退治してほしいものだ」
「今から俺が退治しに行きますから、場所を教えてください」
「き、君が? さっき強いとか言ってたけど、本気かい?」
オーナーは怪訝そうに俺を見た。まあ当然だな。こんな普通のガキが言ってるんだもん。
「はい、任せてください」
「やるというなら止はしないが……よし分かった。盗賊を倒せたら懸賞金の他に、ヨットも無料にしよう」
「本当ですか、それは有り難い。で、場所はどこですか」
「砂漠の中に見える大きな岩がそうだ。近付けば洞窟の入口のような大きな穴があり、そこから中に入れる。奥に行けば行くほど複雑なダンジョンになっているから気を付けなさい」
指差す先、五百メートルぐらいの場所に巨大な一枚岩が見えている。この距離なら歩いて行けそうだ。
「分かりました。それじゃあ行ってきます。懸賞金は用意しておいてください」
自信満々に言って颯爽と砂漠へ一歩踏み出した。
近付けば近付くほど一枚岩の大きさに驚く。見た感じドーム球場の三倍以上はありそうだ。
「ご主人様、あそこあそこ、大きな穴が開いているにゃ」
「ホンとだ、言ってた通り洞窟の入口みたいだな」
バスでも通れる大きさの真っ黒い穴はブラックホールのように見え、入るのが少し恐ろしくもある。
このダンジョンには町の街灯のように魔法がかけられていて、人が入り込めば自動的に火の玉が発生して明るくなると聞いている。だから松明とかライティングの魔法はいらないらしい。
「あっ、火の玉いっぱい出てきた」
数歩先に進むと部屋の電気を点けたみたいに自分の居る場所から二十メートル先ぐらいまでダンジョンは明るくなった。
てか「ヒャッハー」って叫びたい気分だ。だって本物のダンジョンだぜ、ワクワクしてテンション上がる。
「クリス、お前はどうする。危ないからここで待っててもいいぞ」
「一緒に行きますにゃ。クリスチーナはいつでもご主人様のお傍にいるのにゃ」
可愛いこと言ってくれちゃって、抱き締めてやりたいぜコノヤロー。
「分かった。じゃあ自分の身は自分で守れよ」
「はいにゃ。クリスチーナはお役に立ちますにゃ」
返事だけはいいんだよなぁ。テンプレというかフラグというか、もう絶対足手纏い決定だし。
先に進むとすぐに分かれ道があり、右か左かいきなり迷う。
「クリス、どっちがいいと思う」
「右がいいと思うのにゃ」
「じゃあ左に行くか」
「にゃにゃっ⁉」
この後も分かれ道があるたびにクリスの言う逆を行った。するとトラップ発動もモンスターとエンカウントすることもなく、下の階へと降りる階段まで辿り着く。ただその先は本格的にヤバい雰囲気が漂い始めた。
「不自然に下り坂になってる気が」
下の階に降りてすぐの通路に違和感がありクリスに警戒するように言おうとした。が、その時、後ろでガコンっ‼ と音がする。
「ご主人様、クリスチーナは何かを踏んでしまいましたのにゃ」
「バ、バカヤロー、それ絶対トラップのスイッチだろ」
いきなりテンプレ発動させてんじゃねぇよ、天然猫娘が。
いま遠くの方で巨大な何かが落ちたような轟音が響いた。そして音はどんどん近付いてくる。
もうこれ絶対そうだよ、逃げ場所なしのテンプレトラップ、転がる球体大岩だよ。
「逃げろぉぉぉぉぉっ‼」
そう発すると同時に全速力で通路を走る。しかしあっという間に大岩に間合いを詰められる。
どうする、マジでエスケープゾーンないし。最悪ぶつかっても俺は大丈夫かもしれないけど、クリスは無理だよな。
「にゃにゃぁぁぁ、ぺしゃんこになっちゃうのにゃぁぁぁ、こんな死に方は嫌なのにゃぁぁぁ⁉」
まったくもうこの猫娘は。誰だよついさっき「お役に立ちます」とか言ってた奴は。
仕方がない、一か八か超人パワーを信じて大岩を破壊してやる。
急停止してその場で踏ん張り、眼前に迫りくる大岩に照準を合わせタイミングを計る。てか大岩さん超こえぇぇぇっ、大丈夫なの俺⁉
「うおおおおおおっ、おりゃあっ‼」
力を込めたパンチを大岩に食らわせる。その瞬間、轟音と共に地震が起きたようにダンジョンが大きく揺れ、大岩は粉々に砕け散った。
「や、やったぁ‼ できたできた」
思いのほか簡単に助かった。やはりこの超人パワーは異世界でも普通じゃない。てかチートだチート。もう素手で魔王倒せるだろ。
「凄いのにゃ、ご主人様は天才なのにゃ」
「天才……この俺が天才……いい響きだ。クリス君もう一度言ってみたまえ」
「天才にゃ」
「そう、天才、天才なのだよ。さあもう一度」
「天才にゃ」
「もっと‼」
「天才にゃ」
「ワンモアっ‼」
「天才にゃ」
「おかわりヨロシク‼」
「天才にゃ」
「って、やばいやばい、また熱くなっちまったぜ。ここは盗賊のアジト、冷静にいかねば」
「にゃはっ、やっぱりご主人様は面白いのにゃ」
「笑ってんじゃねぇよ。まだトラップあるだろうから気を付けろよ」
「はいにゃ。お任せなのにゃ」
満面の笑顔だし全然懲りてないな、まさに天然だ。ヘタしたら全部のトラップを発動させたりして……ないない流石にそれはない。
それから数分ほど歩きまた階段を見付けて下へ降りると、そこは学校の体育館ぐらいの開けた場所で、全体的に火の玉が現れ明るくなった。
「ご主人様、クリスチーナは今、何かを踏んでしまいましたのにゃ」
「ってデジャブーーー‼ いい加減にしてくれるかな、もうわざとですよね」
「うわああああんっ‼ クリスチーナはダメな奴隷なのにゃ、お仕置きいっぱい受けますのにゃぁぁぁっ‼」
「コラコラ、そこから足をどかすな」
案の定クリスが足を動かした瞬間トラップが発動する。
壁のあちこちに通路のような穴が開き、なにか生物の気配がしてくる。
「ふにゃ⁉ ご主人様、ゴブリンにゃ、いっぱいいるのにゃ」
穴から現れたのは身長100から120センチ程の全身こげ茶色のゴブリンだ。尖った鼻と耳で目は赤く光り狂気に満ちている。体は小さく武器は持ってないが、手には鋭い刃物のような爪があった。
初めて見る本物のゴブリンには感動するけど、これは普通に怖い。
「おいおいおい、いったい何匹出てくるんだよ」
小さいし、恐らく弱いモンスターだが五十匹はいるぞ。
「クリス、後ろで隠れてろ」
「はいにゃ。全力で応援するにゃ」
コノヤロー全然戦う気ないじゃん。嘘でもやる気を見せろっての。マジでお仕置きしてやろうかな。とか考えている暇はなさそうだ。さっそく一匹のゴブリンが飛び掛かってきた。
反射的にパンチを、と言うか振り払うように繰り出し、ゴブリンを向こう側まで吹き飛ばし壁にめり込ませた。大ダメージを負ったゴブリンの体は透明になっていき完全に消える。
確かゴブリンはダークサイドの妖精族のはず。町で知った情報では、妖精族の中には死ぬと体が消滅するものがいるらしい。
超人パワーを見たゴブリンは少し怯んだようで、警戒してすぐには襲い掛かってこない。この間に刃渡り三十センチのダガーナイフを引き抜いた。ナイフなんて初めて使うが、これで生物を斬るというのは正直怖い。
そして猛然と飛び掛かってきたゴブリンを横薙ぎに切り裂き退治することに成功した。
なんだ? 不思議な感覚だ。はっきり言ってなんともない。まるでゲームでモンスターを倒したようだ。噴き出す緑の血を見ても気持ち悪さや嫌悪がない。これは俺の血が半分はこの世界のものだからか、それとも異世界にきた影響か、何かは分からないがこれなら思う存分に戦える。それにゴブリンはスピードとパワーがなくライフも少ないので素人でも勝てそうだ。
しかし流石にこの数は相手してられない。倒しても金も経験値も入らないから意味がない。ここは突っ切って逃げた方が得策かも。さて、どうするか。
「ご主人様ご主人様、実は言わなければならないことがあるのにゃ」
「忙しい時になんだよ。さっさと言え」
後ろを振り返らずゴブリンと戦いながら言った。
「クリスチーナはいま、何かを踏んでしまったのにゃ」
「ってお約束キターー‼」
その時、無数にある天井の尖った大岩が激しく揺れ動く。これヤバいやつ、落ちてくるトラップだ。
フロア全体をロックオンした大岩は容赦なく一斉に落下してくる。考えている暇はない、ただ逃げるのみ。既にゴブリン達は我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げていた。
「こいクリス、こっちだ‼」
一番近くの通路へダッシュして頭から飛び込む。逃げ足だけは早いようで、ちゃんとクリスもついてきていた。
回避した瞬間、巨大な岩の塊が地面に落下し、大地震が起きたと錯覚するほどの轟音と凄まじい揺れが広がる。
危なかった、いやホンとギリギリでしょ。流石に死ぬかと思った。
「なにしてくれてんだよ。この天才トラップ職人が‼」
「にゃは、褒められちゃったのにゃ」
勘違い乙。クリスさんの天然は職人芸ですぜ。
「クリス、頼むから普通にしてくれ、普通に」
「はいにゃ。お任せなのにゃ」
またしてもデジャブ。嫌な予感しかしないよ。
で結局、ここから先もクリスさんはある意味ミラクルで数々のトラップを発動させ続けた。
もうね、巨大な半円型の刃物に槍に矢が、そこいらから飛んでくるし、水攻めに火攻め落とし穴などなど、なんの罰ゲームだよって感じでダンジョンを二時間ほど彷徨った。
てか誰だよこの極悪ダンジョン作ったのは、エグすぎだろ。超人の俺じゃなかったら死んでるよ。ゲームだったら絶対ラスボスに辿り着けない無理ゲーのクソゲーだし。
いやまあ普通はここまでトラップ発動しないんだろうけど。きっと作った奴も驚いてるよ。
だがついに努力の甲斐あり俺たちポンコツパーティーは、観音開き式の大きな扉を見付けた。これは間違いなくボスの部屋だろ。
扉の前には高さ120センチ程の縦長で長方形の石がある。その上部にはボタンが二つあり、一つは赤、もう一つは青だった。
「ご主人様、このボタンを押したら扉が開くと思うにゃ」
「まてまて、まだ押すなよ。こっちの壁に文字が書いてある」
多分これは取説だと思われる。因みに言葉と同じで文字も魔法の力で自動変換され自然と読む事ができる。
「なになに……赤を押せば扉が開き、青を押せば地獄の入口が開く。なお、これは真実なり」
「にゃはっ、こんなおバカな罠には引っかからないのにゃ。こういう場合は逆の青が正解なのにゃ」
そう言ってクリスは迷いなく自信満々で勝手に青ボタンを押す。
「ちょっ待て、なに勝手に」
「ふにゃあぁぁぁっ⁉」
青いボタンを押した瞬間、クリスの足元の地面が扉のように下に開き落とし穴になる。穴の底は針山の如く尖った岩で埋め尽くされ逃げる場所はない。
為す術なく落下するクリスの手を、必死で飛びついて掴んだ。
「バカかお前は、死にたいのか‼」
「ごめんなさいなのにゃぁぁぁっ」
ギリギリセーフ。やれやれだぜ。
クリスを引き上げた後は赤色のボタンを押さず扉の前に行き、突っ張りするように両手で扉を押し込んだ。超人パワーで押された扉はものの見事に吹き飛ぶ。てか誰がボタンなんか押すかよ。両方罠ってのが基本だろ。
扉の向こうはゴブリンが出てきた空間と同じぐらいの広さだが、天井が高いので開放感がある。ただ基本何もない場所だ。魔王の玉座がある部屋みたいに豪華な作りを期待してたのにガッカリだ。
部屋の真ん中あたりにはこじんまりと絨毯が敷かれていて、ちゃぶ台みたいなテーブルとか棚、後は宝箱が三つあって、そこいらに服やら食いカスやらが散らかっている。まるでだらしない独身男の部屋のようだ。
「だ、誰だお前たちは。最近このダンジョンを改造してる奴らの仲間か。それとも私を捕まえにきた冒険者か」
そう言ったのは女子高生ぐらいの女の子だ。絨毯の上に座って大きなビーフジャーキーを食べている最中だった。
「そうにゃ、悪い盗賊を退治しにきたにゃ。大英雄のご主人様とその奴隷、参上なのにゃ」
このニャンコロ、調子に乗ってポーズとってんじゃねぇよ。釣られて俺まで中二なポーズとってしまっただろ。
「くっ、ここまで辿り着く奴がいるなんて……抜け道は知らないはず、いったいどうやってあの罠の数々をクリアしたんだ」
どうやっても何も、次から次にトラップ全部発動させて奇跡的にクリアしてきたんですよ。役立たず一匹を助けながら、ホンとよく死ななかったと思う。自分を褒めてやりたいぜ。
しかしこんな若い子が盗賊だったとは。情報通り半獣人で、頭の垂れ下がった耳とお尻のふわふわな大きな尻尾、こいつ犬系だな。見た感じゴールデンレトリバーっぽい耳と尻尾だ。
身長は160センチぐらいで、切れ長の大きな瞳は水色、肌は色白で髪は淡いブラウンのロングヘアー、そして見事に育て上げた巨乳、といった精悍な顔立ちの美人タイプ。
服装はピンクのキャミソールにマイクロミニの白いタイトスカートで、首には三角巻きの赤いスカーフのようなものを巻いている。手には指の部分がない革製の手袋をして、足は黒と灰色の縞柄ニーハイにブーツ、腰には俺のより少し小さめの魔法の道具袋と思われるウエストポーチを付けていた。
まったくもって盗賊に見えないが、とにかくこの子も超可愛い、半獣人最高。なんだが、盗賊団というわりに他には誰もいない。もしかして出撃中なのかも。
「俺は秋斗って名前の通りすがりの旅人だ。訳あってここまで来たけど、女の子と戦いたくないし、できれば素直に捕まってくれないかな」
「断る。だれが人間の命令をきくものか」
ですよねぇ。でもこの子は犬系だから人間に従順な可能性もあるよな。バトルになる前に色々と探ってみるか。
「そう怖い顔するなよ。名前はなんていうんだ?」
「名前などない‼」
その子は腕を組んで仁王立ち、力強く言った。
名前が無くてそれを気にもしてないってことは、クリスと同じ生まれついての奴隷かも。
「お前、誰かの奴隷だろ」
「な、なぜ分かった⁉」
驚いてる驚いてる、ちょっとからかってやろ。
「匂いだ」
「なにっ⁉ くそっ、そんな匂いがあったとは」
面白れぇ。自分の体のあちこちをクンクン嗅ぎまくってるよ。あぁもう分かった。こいつもバカだな。半獣人は天然が多いのかも。
「で、盗賊団の皆さんはどこ?」
「ここに居るのはもう私一人だ」
「んっ? それはどういう……」
「みんな死んでしまった。急に増えたトラップやモンスターにやられて」
「そ、そうなんだ」
確かにここのトラップはエグイからな、死ぬのも分かる。さっきダンジョンを改造してる奴らがどうとか言ってたけど、俺には関係ないし、これで仕事はほぼ完了だな。
「君は、その……まだ一人でも盗賊を続けるのかなぁ」
「だったらなんだ。お前に関係ないだろ」
「一人になったなら奴隷から解放されたんだし、盗賊なんて止めたら」
「うるさいっ‼ 人間の命令など聞くものか」
「じゃあ人間が居ないのに何故、盗賊続けるの?」
「人間が嫌いだからだ」
「なにがあって人間が嫌になったか話してみろよ。ちゃんと聞いてやるから。俺は他の人間とは違うつもりだ。その証拠に攻撃しないだろ」
「ま、まあ、確かに違うようだな」
話を聞くと言っただけで、もう尻尾振って上機嫌になってるよ。まったくもって分かりやすい奴だ。
「ご主人様はとっても優しいのにゃ。奴隷に名前も付けてくれるし、叩いたりもしないのにゃ」
クリス、ナイスなタイミングだ。もっといけ。
「なっ、名前だと。お前、奴隷なのに名前があるのか」
「あるにゃ。クリスチーナっていう、素敵な名前なのにゃ」
「……羨ましい」
女盗賊は呟く程度に発した。これが本音なら心底から人間を嫌ってはいないはずだ。むしろ奴隷であることを望んですらいるように思える。
「それにご主人様は奴隷と一緒に野宿もしてくれて、横に並んで寝てくれるのにゃ」
「なにっ⁉ 人間のご主人が奴隷と一緒にね、ねねね、寝る、だと」
おいおい、尻尾が引き千切れそうなぐらい、ぐるんぐるん回ってるぞ。興奮しすぎだろ。
「ずっと朝までご主人様と一緒だったにゃ」
「あわわわわっ、あ、朝まで……」
茹でタコのように顔を真っ赤にして極度の挙動不審状態になっているが、奴隷だったから優しくされることに免疫がないんだろうな、可哀相に。
「ほら、話してみなよ。すっきりするかもしれないぞ」
犬系半獣人の女盗賊はモジモジしながら少し考えた後、徐に過去を話し始めた。
なにこの可愛い生き物は。今すぐ体中を撫でまわしてやりたいぜ。
「私は奴隷として、これまで何人ものご主人に買われた。毎日朝から晩まで叩かれても誠心誠意お仕えした。なのに、いらなくなったら……新しい奴隷がきたら、私は商人に売られた。そして次のご主人もその次も同じだった。私たち奴隷など人間にとっては使い捨てなのだ」
女盗賊は体を震わせ悔しそうに泣きながら語った。この時クリスも一緒に泣いていた。
何回も売り買いされるなんて主との出会い運がなさすぎる。そりゃ人間を怨んで復讐として盗賊なんて続けるわけだ……いや、そうじゃないかもな。淋しくて構ってほしいって感じか。素直になれないツンデレ系だな。ゲームで一番攻略しやすいチョロインだ。
「最後のご主人とやらの後からは、どうなって今になるんだ。奴隷からいきなり盗賊というのもよく分からないし」
「ご主人の冒険者職業が盗賊だった。それで私も女神の祝福を受けさせられ盗賊になった」
「そういうことか」
「でも何故か子供の頃から体の成長が遅い私はレベル上げにてこずり、必要なスキルをマスターできず、結局は売られることになる。だがその前にご主人はこのダンジョンでモンスターに殺された」
「なるほどなぁ」
ヨットを襲うのは元々ご主人と仲間がやっていた事で、こいつはただ言われるがまま手伝っていただけか。
許せないのはそのご主人だな。冒険者職業を悪用してどうすんだよ。しかも本物の盗賊とかそのままだし。
「色々と辛い思いをしたようだな。それに努力も」
「お前に何が分かる‼」
「少しは分かるよ。一人だけ死なずに生きているってことは、いっぱい努力してレベルを上げたってことだろ。素直に凄いと思う。本当によく頑張ったな」
まあ本物の盗賊になって悪いことしちゃ駄目だけどな。
「お、お前なんかに褒められたって、う、嬉しくなんかないんだからな」
ツンデレキターーーー‼ 萌えるぅぅぅっ‼ だから尻尾ブンブン振って言ってんじゃねぇよ、クッソ可愛いなコノヤロー。
もうバトルする必要なし。見たとこドMっぽいし調教するつもりで強気にでたら上手くいくかも。
待て待て、奴隷をもう一人増やしてどうすんだよ。ガチでハーレムでも作るつもりか。でも可愛いんだよなぁ、ケモ耳娘は。クリスみたいに役立たずでも可愛いだけで価値はある。
いや、こいつは職業持ちのそれなりのレベルの盗賊だし、冒険とか旅には普通以上に役に立つ。お得な物件だ。
決めた。こいつも仲間、というか奴隷にしよう。犬系で元々は忠実なわけだし、上位種の人間が上から目線の荒い口調で命令したら効くかも。攻略できるか分からないし、ちと恥ずかしいけどバシっと強烈なの食らわせてやる。
「ヘイっ、犬っコロ」
「だ、誰が犬だ‼」
「ワンキャンうるせぇ、お座り‼」
さっきまでと態度を変えて強く言い放つと、元奴隷の犬系半獣人の女盗賊は、飼い犬の性か反射的に本物の犬がお座りするように犬座りした。
まさかここまで完璧に反応して座るとはな、面白すぎだろ。でもごめん、短いタイトスカートだからパンツ丸見えにしてしまった。
超恥ずかしそうにワナワナと震えて数秒間ほど思考が停止していた女盗賊は、我に返るとすくっと立ち上がり悔しそうに涙目で睨み付けてくる。
「お、おのれぇ……なんという屈辱」
とか言いながら、そのモフモフの尻尾は正直ですよ。扇風機の羽根みたいにグルグル回ってますけど。
「おい、よく聞けよ。可哀相なのはお前だけじゃないんだ。いつまでも拗ねてんじゃねぇよ。今すぐ盗賊なんてやめて、俺の物になれ」
ひええぇぇぇっ、我ながら超恥ずかしい。キラキラオーラを纏ってる少女漫画のイケメンでもないのに、偉そうに説教垂れていったい誰だよお前は。
「なっ⁉ ななななっ、なんて大胆な……いきなり主従契約など」
おっ、効いてる効いてる、動揺しまくりだ。もうオチそう。止めに奴隷に効くだろう必殺技、名付けを発動する。
「今から名前を付けてやるよ。そう……お前の名前は、スカーレットだ」
「スカーレット……なんて綺麗な響き、それが私の名前に」
「嬉しそうだな」
「バ、ババ、バッカじゃないの。そんなわけないだろ、う、嬉しくなんかないんだからな」
なんか本物の犬に見えてきた。てかそんなに振ったら尻尾取れるぞ。どんだけ嬉しいんだよ。
チョロすぎだな。やっぱ生まれつきの奴隷だから人間に仕え命令されるのが喜びになってて、それを無意識に求めている。あと犬系だし、本当に人間が大好きなんだと思う。
「スカーレットってカワイイ名前なのにゃ。クリスチーナに仲間がで、あっ⁉」
後ろで騒いでいたクリスだが、突然言いかけた言葉を止めた。
「おいコラ、「あっ」ってなんだよ」
嫌な予感しかしねぇぇぇっ‼
「いまクリスチーナは何かを踏んでしまいましたのにゃ」
「ってどこまでもデジャブーーーー‼」
クリスさんここでもか、この天才が‼
そしてトラップが発動する。天井を覆いつくす無数の魔法陣が現れ、すぐさま巨大な円柱の石柱がフロア全体に召喚落下してくる。なんだよもう、今度は圧し潰す系かよ。
「なっ⁉ この部屋にも罠があったなんて」
女盗賊が驚愕しながら発した。てかダンジョン製作者、どんだけトラップ仕掛けてんだよ。ここを魔王軍本部にでもするつもりかっての。
「こっちにこい、二人とも伏せていろ‼」
女盗賊の腕を掴み引き寄せ、頭上に迫る石柱を見上げる。
デカい‼ 破壊できるか分からない。でも逃げる時間はないし超人パワー全開でやるしかない。
右の拳を思い切り握り締め、頭上にアッパーを繰り出すように巨大な石柱にパンチした。
拳が当たった瞬間、石柱全体に大きな亀裂が入り、掘削現場でダイナマイトが岩を爆発したような強烈な破壊音が轟き石柱は砕け散る。
同時に落下した無数の石柱は地面に激突して轟音を響かせフロア全体を激しく揺らした。大掛かりでエグいトラップだ。普通の人間が発動させたらほぼご臨終だろうな。
「あっぶねぇ〜、タイミングギリだった」
天井まで一気に達した拳圧のお陰か、砕けた石の塊は真下には落ちてこず、三人とも怪我はしていない。
「流石ご主人様なのにゃ」
なにが流石だよ、今日これで何回目だと思ってんだ。今の一撃で踏ん張った時にスニーカー壊れてたら、本当にお仕置きでお尻ぺんぺんしてるとこだぞ。
「なんという力だ。それだけの強さなら、いつでも私を倒せたのに……しかも助けてくれるなんて……これは運命の出会い」
えっ、なに? 運命? ちょっとこの子、変なこと言いだしたよ。
妄想の中でヒロインしちゃってるよ。もう俺を見る目が少女漫画に出てくる女の子のようにキラキラしてるし、完全にオチてますよね。いま俺の顔は何倍増しで美少年に映ってるんだろ。
「わ、私の、ご主人になってくれるのか?」
モジモジしている姿がトンでもなく可愛い。破壊力ありすぎる。
クリスに会った時もそうだったけど、家でアニメを見ている状態なら、推しか俺の嫁確定ですよこれは。
「あぁ、これからはずっと一緒だ」
優しく頭を撫でてやりながら言ったが、黒歴史級の寒いことやってるよね、ヒキオタニートの自宅警備員のくせに。
「ご主人、スカーレットは誠心誠意お仕えいたします」
スカーレットは両膝をついて胸に手をやり、頬を赤くして俯き言った。
「よろしくな、スカーレット」
「はい、ご主人」
はにかむスカーレットの笑顔は、つきものが落ちたように自然でドキっとするほど可愛らしかった。
まだ跪いているスカーレットの手を取り立たせた。この時、側ではクリスが楽しそうに騒いでいた。
「わーい、クリスチーナに仲間ができたのにゃ。うっれしーにゃ。あっ⁉」
また何かトラップを発動させたかと思ったが、ただ転んだだけのようだ。しかしクリスは前のめりに倒れる時、スカーレットの方に手を伸ばし偶然にもスカートを掴み、転ぶと同時にスカートを足首の辺りまでずり下した。
当然、今この瞬間スカーレットはパンツ丸見えである。
クリスさんグッジョブ。役立たずとか言ってごめん。そしてラッキースケベをありがとう。
「なっ、なななななっ、何をするかっ⁉ このバカ猫‼」
「にゃっ⁉ 見て見てご主人様、リボンの付いたカワイイピンクのパンツなのにゃ」
「お、おう、そうだな」
「あわわわわっ、な、何を見ているのですか。奴隷のこんな姿、ご主人は見てはなりません」
「なんでなのにゃ? クリスチーナはご主人様に裸も全部見られているのにゃ」
「うるさい、この恥知らずが。お前まだ発情期を経験してないな。お子ちゃまのバカ猫は黙ってろ」
そう言ってスカーレットはクリスの頭を殴り、スカートを荒々しく上げた。
どうやらスカーレットは発情期を経験していて、そのせいで普通に羞恥心があるのかも。
「うわああああんっ⁉ スカーレットちゃんがぶったのにゃぁぁぁっ」
「よしよし、それぐらいで泣くなよ」
クリスよ、ホンといい仕事したな。オタ達からは称賛の嵐だぜ。お前をゲーム仲間に紹介して自慢したいぐらいだ。
「あっ、石柱が戻っていく」
落下していた全ての石柱が地鳴りとともにゆっくりと天井の魔法陣へと戻っていく。ってことは、このトラップ何度も発動するみたいだな。ホンと機械仕掛けやら魔法やらのトラップ凄すぎ。
この後はスカーレットの案内で安全にダンジョンをクリアし、出入り口の大穴へと戻ってきた。
因みに盗賊団が集めた金銀財宝の入った宝箱は、魔法の道具袋に入れて持ち帰る。色々と使えるだろうからな。
とはいえ盗品だからどうしようかな。使っていいならいきなり金持ちなんだが、小心者だからモヤモヤするんだよな。こういう時にパッと使える豪快な奴が羨ましい。
「スカーレット、お前は俺の奴隷になったわけだけど、それはこっちの都合で、町の人たちには通用しない。だから一応は捕まえたという事で連れていく。でも心配するな、いい考えがあるから」
「はい。全てをご主人にお任せします」
ヨット屋のオーナーには、盗賊団は全滅させたと言っても証拠がなければすぐには信じてもらえない。一人でも捕獲している姿を見せないと話が進まないだろう。
家から色々持ってきた中にロープがあったので、それを使ってスカーレットの両手を後ろに回して縛った。
町に戻ったらそのままヨット屋へと直行する。
「おぉ、無事に戻ってきたか。凄いじゃないか、信じられんよ」
オーナーは興奮して近付いてきた。
「さっそくですが、盗賊団は全滅させました。と言うより自滅ですね。大掛かりな魔法トラップが発動して全員巻き込まれました」
「なんとっ、一網打尽に⁉」
「まあ自業自得と言うやつですね」
「まったくその通りだ」
「で、この半獣人が盗賊の生き残りです」
スカーレットを床に跪かせ言った。
「半獣人ふぜいが、よくもやってくれたな。お前らのせいでトンでもない損害だ。その命で償ってもらうぞ。だが楽に死ねると思うなよ。じっくりと拷問して地獄を見せてやる」
「憤慨するのは当然ですが、こいつは俺の奴隷にするので、許してやってください。もう悪い事はさせませんから」
「冗談を言うな‼ 許せるわけないだろ、絶対に駄目だ‼ 自由にしたらまた同じことをやるかもしれない」
「それはごもっともです。だからタダでとは言いません。ここからは商売の話をしましょう。あなたに絶対損はさせません」
「商売だと……」
「懸賞金の金貨と盗賊団が集めた金品を、全部あなたに渡します。町の人たちには内緒でね。けっこうな金額になりますよ。今ここで感情まかせに盗賊を一人殺しても、銅貨一枚にもなりません。物凄く損ですよね」
「確かにそうだ」
「だからこいつを俺が買うという事でお願いします」
ここぞとばかりに、オーナーの前に宝箱を取り出し開いて見せた。中には金銀財宝が溢れんばかりに入っている。宝石の価値が詳しく分からないが、マジで凄い金額になると思われる。
オーナーの男は我慢できずニヤニヤしており、少しだけ考えるふりをした後、提案を受け入れた。
「町の人たちは盗賊の容姿を知らないわけだし、ダンジョンで死んだと言っておけば、丸く収まると思います。実際にもうヨットが襲われることはないだろうし」
「そうだな。そうしよう」
オーナーは既に盗賊に興味なく、心ここにあらず、といった感じで宝箱の中身に夢中になっている。
実は回収した宝箱は三つで、出したのは一つだけだ。悪いが宝箱を全部渡す気は最初からない。この人は宝がどれぐらいあるか知らないし、バレるわけないから一箱で十分でしょ。
俺もこの世界で生きていくために色々と金がいるし、良い人ばかりやってはいられない。まあ本当に自分で使うかは分からないけど。
交渉が成立したのでスカーレットの束縛を解いて立たせた。ちゃんと謝罪もさせたのだが、宝石の鑑定に夢中になっていて、軽く流していた。
さっきまでの怒りはどうしたんだよ。どこの世界でも金の力は偉大だってことか。
俺は急いでいる事を伝えて、すぐにヨットを出してもらうことにした。
ヨットは小型で定員は五人まで。ヨットの底には大きなスキー板のようなものが二枚付いている。この板で砂の上を滑るようにして移動するらしい。動力は風だが、自然のものじゃなく風の精霊魔法で動く。
ヨットには安全な航路が魔法設定されていて、自動運転で砂漠の向こう側へと運んでくれる。移動時間は二時間ぐらいで、行き着く先にも同じ名前の町がある。
乗り込むとオーナーが、野球ボールぐらいの封印石と呼ばれる風の精霊魔法を封じた水晶みたいなものを、丸い舵の真ん中にはめ込んだ。すると封印石はスイッチが入ったように光りだす。後は舵を切るとヨットは動く。
「世話になったね、感謝しているよ。それでは良い旅を」
最後はヨット屋のオーナーも笑顔で見送ってくれた。どうやらあの宝箱一つで、これまでの損害額より得したようだ。
「こちらこそ、ありがとうございました」
舵の前に立ち「それじゃあ出発だ」と発して、カッコつけて舵を回した。それが合図となり、後方から精霊魔法で作られた風が前方に吹き抜けヨットの帆にぶつかる。
ヨットはゆっくりと動き出し、すぐに航路に乗ると徐々にスピードを上げた。このヨットは時速60キロ程で進むと聞いている。
「こりゃいい、風が気持ちいいぜ」
雰囲気を楽しむため、俺はまだ舵を握っていた。
こうして初めてのダンジョン冒険と盗賊退治が終わり、次の町への旅が始まる。
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