第一章 「猫系半獣人奴隷とご主人様になった俺」





 移動魔法が発動し、光に包まれその場より消えた俺は次の瞬間には異世界にいた。そう、エルディアナだ。眼前には近代的な建物は何もない、見渡すかぎり広大なジャングルと青い空。遥か遠くには見たこともない巨大な山々が聳え立っている。時間的には真っ昼間だと思う。

「よっしゃー‼ 異世界きたぁぁぁっ‼」

 やむなく引きこもるしかなかったせいで、たまりにたまった今までのモヤモヤが一気に爆発してテンションMAXの雄叫びが出た。そして笑いが止まらなかった。

「あっはははっ‼ 何この急展開、おもしれぇ。うおおおおおっ‼ 俺は自由だぁぁぁ‼ 好き勝手やってやるぜ‼」

 この美しい異世界を見渡しドキドキワクワクしながら自然と発せられた言葉だった。

 ふと足元を確認すると、そこはサスペンスドラマのクライマックスに登場するような岩山、つまりは崖の上で更に祭壇らしきものがある。側には幅の狭い角度が急な階段があり下の方まで続いていた。

「よし、冒険の始まりだ」

 ニートで暇だから色んなゲームで勇者とか冒険者になって遊んだけど、これはガチなんだよな。俺スゲーことになってるよ。

 しかしこの世界を楽しめるかは、結局のところ超人パワーがどこまで通用するかだ。ゲームと違って死ねば終わりだから気を付けねば。それに魔法があるわけだし、早めに対抗方法を知っとかないと。やはり始めは基本の情報収集だ。ということで町を探すとしよう。勇者召喚されたわけじゃないから主人公補正はないし、一から全部やらなきゃならない。これは大変だ。

 とか考えているうちに階段を下りきり巨大な一枚岩の上にでた。なにやら古代遺跡っぽい感じの場所で、半壊状態のパルテノン神殿みたいなのがある。

 いきなり遺跡とかまさにロープレっぽくてワクワクする。でも今はゆっくり探索してる場合ではない。先に進むのが優先される。

 岩の側面に沿って道があり下りきるとそこは父親が言った通りの熱帯雨林系のジャングルだった。向こうの世界とはサイズ感が違う植物が多く、木々だけでなく雑草なども大きく見える。

 どの方向に進めばいいのか分からないが、さっき上から見た時に道らしきものがあったので、そこに向かって歩くことにした。

 見たとこ近くに町はなさそうだし数日は野宿になりそうだが、安全に寝れる場所と食料を手に入れなくてはならない。

 台所にあったチョコとかお菓子をリュックに入れてきたから、これで何日かはもつと思うが、なんで我が家に普段はないお菓子があったのか。

 いま思えば父さんが異世界に行く俺のために用意しておいてくれたんだな。で、まんまと持ってきているし。あと使う予定ないのに最近買ってくれた大型リュックサックもそうだろうな。もう何から何まで父さんの計算通り動かされている。なんか腹立つ。

 大問題は言葉だが、魔法の力が働いているから外の世界から来た者でも理解して普通に喋れるらしい。ただそれは共通言語だけで、民族独自の言葉は勉強しないと分からないと父さんは言っていた。

 とりあえず旅には目的が欲しいと思っている。だからテンプレだが、母親探しと魔王討伐にした。魔王に関してはほぼ冗談ですけどね。

 早いうちに拠点となる町を決めて、住むところとお金をなんとかしないとな。一生この世界で暮らすわけだし。

 それからすぐに道を発見したが何も分からないので、気の向くまま左の方向へと一時間ほど歩いてみた。だがずっと同じ光景が続き、まったく進んだ気がしない。

 少し不安になってきたその時、道からそれたジャングルの中で突然に爆発が起こって、爆風と共に炎と黒煙が辺りに広がった。

「ってなに⁉ いきなりとか怖いんですけど」

 この爆発ってもしかして魔法? とか思っていたら連続して爆発が起こる。更に昼間なのに目に見える程の凄まじいいかづちが迸った。これは誰かが戦っているのは間違いない。剣とか魔法で戦ってるの見てみたい。

 でもちょっとまて、ここは冷静に。野次馬は命が危ないかもしれん。いきなり空気読めない魔王級が出てくるかもだし、どっちも悪い奴らかもしれない。勿論、美少女の姫とか巫女の場合もある。それを助けてハーレム展開一直線ってことも、無きにしも非ず。何故ならここは剣と魔法の異世界だからだ。

 よし、行くしかない。ただ、そーっと、まずは覗いてみよう。状況確認は大切だから。と考えていたら、バトル音はどんどん激しくなり近付いてくる。

「うわっ⁉」

 思わず声が出た。大型バスぐらい巨大な猪に似た漆黒のモンスターが、木々と人間らしきものを吹き飛ばし眼前を駆け抜けていく。多分だけど獣じゃないと思う。

 そのモンスターは地面をえぐり飛ばすように急停止すると俺の方を向き、狂気に満ちた赤い瞳で睨み付けてくる。

 やばいやばいやばい、超こえぇぇぇ。こ、殺される。マジ死んだぞ俺。なにこれ、なんなのこの展開。さっき異世界に来たばかりなんですけど。ここはスライムからでしょ。そう、まずは新米勇者の養分となるスライムだよスライム。スライムさんカモーン、この方はどう見てもステージのボス級ですぞ。

 しかし容赦なくこっちのことなどお構いなしに、毛を逆立てた怒れるブラック猪モンスターは周りの木々を吹き飛ばしながら突進してくる。額にはユニコーン張りの白い角があり、その角と全身はバチバチと電気を纏っていた。さっき見えた雷はこいつの仕業か。

 どうすりゃいいんだ、逃げればいいの。いやどう考えても人間のスピードじゃ逃げ切れない。力と頑丈さは超人でも速さは普通なんだよ。

 とはいえ初動は超人パワーで高くジャンプできたりスーパーダッシュも可能だ。だが連続すれば失敗する。力加減が難しく地面が陥没してパワーが逃げてしまうからだ。バランス崩して転んだら終わりだし、靴も確実にぶっ壊れる。これが一番嫌なんだよ。更に言えば、速く動けても視力がついてこないから脳がくらくらして乗り物酔い状態になる。

 ここはもう立ち止まって正面から戦うしかない。今こそ超人パワーを見せる時だ。やれる、俺はやればできる子のはずだ。

「やってやるぜ‼ フルボッコにしてやんよ‼」

 とか言ってますけど既に逃げております。でも逃げ切れそうにない。一歩の幅が違いすぎる。

 このモンスターは猪系だし直線的な動きなら、横に跳べば回避できるかもしれない。もう悠長に考えている暇はない。

「おりゃ‼」

 ヘッドスライディングするように左へ大きく跳び逃げる。これが見事に大成功でモンスターは反応できずに行き過ぎた。

 だがモンスターは急停止するとすぐさま反転し襲い掛かってくる。やはり見逃してはくれないか。しかもこいつ思ったより俊敏でヤバい。これで魔法とかスキル使われたら終わりだ。その前に先制攻撃して倒すしかない。

 邪魔になるリュックを投げ捨てた時、少し地面に埋まっている直径一メートル程の丸い大きな岩が側にあるのに気付いた。これは攻撃に使える。何トンか分からないけど超人パワーなら扱えるはずだ。

 すぐに両手で掴んで上へと力を入れる。思った通り軽々と頭上まで持ち上がった。

「食らえっ‼」

 モンスターの額目掛けて投げつける。既に十メートル以内まで近付いていたことと、岩のスピードが野球ボールを投げたぐらいに速かったのでモンスターは回避できなかった。

 眉間に直撃し、凄まじい激突音と共に岩が砕け散る。よっしゃー、フラフラしてやがる。いける、いけるぞ。もう一発食らわせてやる。

 数メートル移動して似たような大きさの岩を持ち上げ、今度は横っ面に投げ込み直撃させた。だが猪モンスターはまだ倒れない。スゲーなこいつ、岩が砕ける程の衝撃なのにどんだけタフなんだよ。

 運よくこの辺りは岩が多いので遠距離攻撃には困らない。今度は倍の直径二メートルの大岩を持ち上げられるか試してみる。子供の頃に超人パワーを使って山で遊んでた時も、ここまで大きな岩を持ち上げたことはない。

「うおらぁっ‼」

 思ったより簡単に大岩が頭上まで持ち上がった。大きいから扱いにくいけど普通に投げられる重さだ。

 強めに力を開放して透かさず投げつけると、自分でも驚くほどの凄まじいスピードで飛んでいき、ボディーの側面に直撃した。大岩は衝撃で砕け、巨大猪型モンスターは左前足の膝と鼻先を地面についた。

「おっ、流石に効いたか」

 この隙に近付けそうだと判断し、ダッシュして間合いを詰めモンスターの鼻の付け根あたりに超人パンチを入れる。

 モンスターは痛そうに叫び、数メートル後方に吹き飛ぶと同時に横に半回転した後、ガクっと膝から崩れダウンした。やはり山で岩壁がんぺきを叩いて遊び鍛えたパンチは強烈だったか。

「止め刺してやる‼」

 プロレスラーが一旦相手から離れてロープまで走り、その反動で勢いをつけてから攻撃するように、助走を大きくとってモンスターの横っ腹にドロップキックを入れた。

 モンスターは断末魔の叫びを上げ、大型バス程もある巨躯で木々を薙ぎ倒しながら吹き飛び斜面を転がり落ちて見えなくなった。

 ってマジか⁉ スゲー威力でビックリした。イメージしてた結果と違いすぎるっての。

 これって討伐成功でいいんだよな。力を入れて蹴ったけどスニーカーは壊れずに無事だし、初めての戦闘でまさかの完全勝利。てか素手で簡単に勝ってしまった。

 あれ? 奴はもしかして見掛け倒しで弱いんじゃね。でも冒険者っぽいの何人も倒してたよな。これは俺が強いのか? この手応え、やっぱチートの俺TUEEE状態なんじゃ。

 今のモンスターが上級クラスの強さなら、ラノベ的な夢のチーレム作れるかも。とかヒキオタのくせに大それたことを考えてしまった。

 そんなに都合よくいくわけないからな、世の中甘くないんだよ。しかも全然知らない異世界だし冷静にならねば。悪い奴に騙されてしまう。

 だけどガチバトルはドキドキワクワクした。いや、本当は物凄く怖かったけど。今も心臓バクバクしてるし。

 必死だったから力加減が分からないが、もしかしたら全力だったかも。生まれて初めてあんなに超人パワーを出した。やはり向こうの世界で引きこもっていて正解だ。これはヤバすぎる。

 まあとにかく転移して早々に死亡しなくて良かったよ。

 それから一応は倒れている奴らの様子を見たが、全員死亡していた。犠牲者の中には普通の格好の奴もいれば、冒険者パーティーのように剣士だったり魔法使い、ヒーラー系っぽい奴らもいた。

 体や装備が焦げた感じになっている奴らは雷を食らったようだ。回復魔法とか使うタイミングなく即死だったのかな。ゲームならやり直せるが、現実のバトルは死んだら終わりなんだよな。今更だけど、何とも言い難い様々な感情が湧き上がってくる。その中で一番大きなものは死への恐怖だと思う。

 リュックを拾ってから生き残っている者がいないか奥の方まで捜していたら、人の声が聞こえてきた。それは助けを求める若い女の子の声だった。

「うわああああんっ⁉ 食べられるぅ、食べられちゃうのにゃぁぁぁ、誰かお助けなのにゃぁぁぁ‼」

 その女の子は檻の付いた馬車の檻の中にいて泣き叫んでいた。馬は逃げたようで居ないが、これはモンスターに殺された人たちの馬車のようだ。

「心配ない、さっきのデカいモンスターは倒したか……ら」

 檻に近付いて話しかけた。のだが、こ、これは、基本的にほぼ人間の姿形だけど。

 猫耳キターーっ‼ さっそく大好物のケモ耳系だよ。やっぱこれでしょ異世界といえば。あぁ女神様ありがとう。この世界この出会いに感謝感謝です。

 しかもこの猫系半獣人は顔も可愛い。髪はショートで鮮やかなオレンジ、瞳は綺麗な琥珀色、色白の肌、そして存在感ある巨乳とデカいお尻、猫耳と尻尾、もう全部が素晴らしい。これぞ神の作りし最高傑作。

 更にコスプレのような白い服がまたいい。競泳水着に似ていて胸と背中が大きく開いており、足は白とピンクのボーダーのニーハイソックス、ショートのブーツを履いている。

 この萌えるボーダーのニーハイとかは、俺がいた世界から伝わったんだろうな。勇者召喚で多くの人間がこっちの世界に来ているし、色々な国の文化が定着していると父さんの説明にあった。

 でもこいつ可なりデカいかも。身長170センチの俺より十五センチは高い。ムチムチの迫力半端ない。グラビアアイドルの頂点とれる逸材だ。年の頃は二十歳前後って感じだな。

 おっと、我を忘れてガン見してしまった。くそっ、写真と動画が撮れないのが残念だ。

「あの、どちら様にゃ? 商人様たちは……」

 はいキターーっ‼ 語尾に「にゃ」がついてるぅぅぅ‼ 超絶可愛いんですけどぉ。

「俺は秋斗って名前で、ただの通りすがりだ。あと残念ながら、あの人たちはみんな死んだよ。生きてるのは君だけだ」

「にゃにゃっ⁉ じゃあこれから私はどうすればいいのですにゃ。ここで野垂れ死に……」

「いやいやいや、放置するわけないだろ。出してやるよ」

「にゃー、本当ですにゃ⁉」

 なんだこの超絶カワイイ生き物は、はしゃぎやがって、頭なでなでしてぇじゃねぇかコノヤロー。

「あれ? この檻、鍵穴とかないぞ。どうやって開けるんだよ」

「あわわわわわわっ、忘れてたにゃ。この檻は魔力で開け閉めするようになってて、商人様がいないと開かないのにゃ」

「その商人、死んでるんだけど」

「ど、どどどっ、どうすればいいのにゃ⁉ 檻は魔法のかかった特別な金属で作られているから破壊もできないにゃ。もう一生出られないのにゃ。ここで干物みたいに干からびて死ぬのにゃ。そんなの嫌なのにゃぁぁぁ、死ぬ前に一度でいいから発情期を経験してみたかったのにゃぁぁぁ‼」

「こらこら、なにはしたないこと叫んでんだよ。人間と同じで年がら年中発情してんじゃねぇのかよ」

「奴隷は子供の時から発情を抑え込む薬を飲んでいるので、発情期を迎えたことはないのにゃ」

「奴隷? 君は奴隷なの?」

「そうなのですにゃ」

 随分と明るい奴隷だな。悲愴感とかないし。最近の異世界系アニメとかだと奴隷は酷い扱いだから、そっちを想像してたよ。サンプルが一人だけだからまだ全然分からないけど。

「なんで捕まって奴隷なんかになってんだ、悪い事でもしたの?」

「違いますにゃ。私は生まれた時から奴隷なのにゃ。前のご主人様がお亡くなりになったので、次のご主人様にお仕えするために、町に行って買われるのを待つはずだったにゃ」

 武具を装備してない服装の奴が商人だったのかも。確かこの世界では奴隷が普通みたいなこと、父さんは言ってた。

 あまり過度に反応したり嫌悪しないようにしよう。なんかこいつの顔が明るいから可哀相な感じもあまりしない。

 てかこの顔、こいつ絶対おバカだよ。うん、バカに違いない。そしてすぐに騙される天然系だ。

「とにかく檻をなんとかしないとな。ちょっと下がってて」

 鉄のような黒光りする太い格子を左右の手に掴み、扉を開くように外側へと力を入れた。すると簡単にぐにゃりと曲がり、人間が一人ぐらい通れる隙間ができた。

「にゃっ⁉ す、凄いのにゃ。腕力だけで魔法の力を打ち破るなんて、初めて見たにゃ」

 驚いているけど本当にこの格子、特別な金属なのかな、手応え無さすぎなんだが。

「もしかして、名の知れた勇者様なのですかにゃ?」

「ふっ、まあな。でも訳あってお忍びだから、絶対に人には言うなよ」

 なんてな。つい乗ってしまった。誰もこんな大嘘、信じないっての。

「凄いのにゃ、尊敬なのにゃ、感動なのにゃ‼」

 ってここにおバカさんいたぁぁぁっ‼ 凄い目をキラキラさせてこっち見てますよ。ここで嘘とか言いづらい。まあ通りすがりだからどうでもいいけど。

「君、なんか可愛いな、俺よりデカいけど」

 格子の隙間を抜けて外に出た長身猫耳娘を見てたら、自然と可愛いと言葉が出てしまった。

「か、可愛い⁉ そんなこと言われたの初めてなのにゃ。とっても嬉しいのにゃ」

 頬を赤らめモジモジしている姿がまた可愛い。もうこれアニメ見てる状態だったら推しか俺の嫁決定って叫んでるよ。

 その時、猫耳娘の腹が、ぐぎゅるるるっ、と大きく鳴った。

「にゃは、恥ずかしいにゃ。そういえば三日ほど何も食べてないのにゃ」

「おいおい三日って、奴隷とか関係なく酷いなそれ」

 リュックからチョコを取り出して渡そうとしたが、この子はすぐには受け取らなかった。

「ほら、これ食べてみろ。甘くて美味しいぞ」

「いいのですにゃ、本当に食べても」

「いいよ。なに驚いてんだよ」

「見ず知らずの人間が奴隷に食べ物を与えるなんてこと、普通はないのにゃ」

「普通ねぇ。とりあえず食えよ、毒なんて入ってないから」

 猫耳娘は恐る恐る手に取り匂いを嗅いだ後、口に入れた。

「にゃっ⁉ とっても甘くて美味しいのにゃ。こんなに美味しい食べ物初めてなのにゃ」

「ほれ、じゃあもっと食え」

 素直に喜んでいる姿が可愛くて、口いっぱいに頬張らせてやった。

「ううう……うにゃあああああんっ⁉ こんなに優しくされたの生まれて初めてなのにゃぁぁぁ。とってもとっても嬉しいのにゃ」

 くっそ可愛い。父さんが異世界人の、しかも人外に手を出しちゃったのが分かるぜ。ここはオタクにとってパラダイスですよ。

「名前はなんていうんだ?」

「名前はないにゃ。奴隷に名前を与えないご主人様はいっぱいいるにゃ」

「へぇー、そういうものか。じゃあ俺が名前を考えてやるよ」

「にゃにゃっ、感激ですにゃ‼」

 それから五分ほど考え、西洋風の名前にすることにした。

「よし、クリスチーナと名付けよう」

「あわわわっ、奴隷にはもったいない凄く綺麗な名前なのですにゃ」

 我ながらいい名前だと思う。この子も感動して泣きながら喜んでいる。って言うか喜び過ぎじゃね、号泣なんですけど。

 何気なく勝手に名前を付けたけど、名無しの奴隷にとっては特別なことなのかもしれない。

「クリスチーナ、もう自由になったんだから好きなところに行って好きなことやって暮らせよ」

 そう言ったらクリスは凄く困惑した表情になった。

「そんなこといきなり言われても困りますにゃ。何をどうやって生きていけばいいのか分かりませんにゃ」

 そうか、ずっと奴隷で命令されて動いてきたから、それが骨身にまで染み付いているんだ。

「そのうち慣れるよ、自由であることに」

「無理と思いますにゃ。慣れる前に死んでしまいますにゃ」

「そう言われてもなぁ」

「あなた様は命の恩人ですにゃ。更に名前まで頂きましたにゃ。そんなあなた様にぜひ、ご主人様になってほしいのにゃ」

「お、俺がご主人様⁉」

 おいおいマジかよ。十七歳のヒキオタがご主人様とか超展開すぎる。

 こいつ可愛いだけが取り柄っぽいよな。ラノベ原作のアニメなら役立たずキャラで間違いないだろ。まあ可愛い=神だけども。

 さてどうするか。ここでの選択が大きな分岐点になるかもしれない。ってまだこの世界の事なにも知らないし何も持ってないのに、いきなり奴隷ゲットでご主人様とか、どうなのこれ、怖くね。

 旅のお供にいたら淋しくはないけど、トラブル巻き起こしそうなんだよな、こういうキャラは。ただそれなりにこの世界の知識はありそうだし、アリといえばアリかもしれない。

「まあいいか。ここで助けたのも何かの縁だし、俺に付いてきていいよ」

「わーいわーい、新しいご主人様にゃ。これからはクリスチーナに何でもご命令くださいにゃ、ご主人様」

 まさかこんな展開で憧れのハーレム要員一号をゲットできるとは。ラッキーといえばミラクルラッキーだ。うん、そう考えることにしよう。それにクリスが凄く喜んでるしな。

「ふっ、ご主人様か、いい響きじゃないか。クリス君、もう一度言ってみたまえ」

「はいにゃ。ご主人様」

「いい……いいよクリス君。もっと言ってみたまえ」

「ご主人様」

「もっと‼ もっと大きな声で」

「ご主人様‼」

「そうその調子でもう一回‼」

「ご主人様‼」

「更にもう一丁‼」

「ご主人様‼」

「バッチこいや‼」

「ご主人様‼」

「まだまだぁ‼」

「ご主人様‼」

「って俺は何をやってんだよ」

 つい熱くなっちまったぜ。奴隷を持つだけでもありえないのに、その奴隷が猫耳娘とかカオスすぎて我を忘れてしまった。

「にゃははっ、ご主人様は面白いのにゃ」

 おっと、調子に乗って遊んでいる場合じゃない。亡くなった奴らをそのまま放置は可哀相だし埋めてやらねば。

 しかしいきなりモンスターに襲われて死ぬこともあるなんて、物凄く怖いことだよね。マジでヤバい世界に来てしまったのかも。

 馬車の荷物の中にシャベルが二つあったので墓穴を掘るのは問題なさそうだ。てか初めて死体を見たけど、意外に平気なので驚いている。これは異世界へ来た影響が何かしらあるのだろうか。さっきモンスターとエンカウントした時も結局は戦えたしな。普通はあんな巨大なモンスターを眼前にしたら恐怖で震えて動けないと思う。

「クリス、皆を葬ってやるから手伝って」

「はいにゃ。でもご主人様は、あの大きなモンスターを一人でやっつけるなんて強いのにゃ」

「まあな。あの猪みたいなのって、この辺りのボスだったりして」

「この地域のモンスターのことは分かりませんにゃ。ただ商人様が雇っていたのは中級クラスの傭兵さん達なので、それを倒したモンスターは凄く強いと思いますにゃ」

 ふむふむ、なるほどな。やはりあのデカ猪は強いのか。そうすると俺の超人パワーはガチのチートってことになるかも。

 もしかしたら体も頑丈だし、あいつの突進回避せずに受け止めても全然平気だったかも。勿論試す勇気はないけど。

 ただ本当にチートなら、魔王討伐とか目指せたら最高に面白い異世界生活になる。まあ可愛い女の子たちとの日常系も捨てがたいがな。いや待てよ、俺がチート魔王になるって選択肢もあるぞ。ハーレム作って鬼畜勇者もいいし、変態銭ゲバ商人も俺的にはアリだ。

 とかアホな事を妄想しながら全員を埋めてやった。

 何か武器が欲しかったので、遺品の中からダガーナイフを貰うことにした。わざわざ埋めてやるんだからこれぐらい貰ってもいいよな。できれば剣が欲しいけど使い熟せそうにないし邪魔になるからやめた。

 が、今は一文無しだ。生活するには金がいる。なので高く売れそうな剣を一本貰っていこう。

 本当は商人とかの懐から財布を抜き取れば金は入るけど、流石にそれは抵抗があった。

「クリス、町に行ったらこの剣売るから、背中に担いでて。ちょうどベルトみたいなの付いてるし」

「はいにゃ」

 クリスは素直に、そして命令されたのが嬉しそうに剣を担いだ。

「おっ、なかなか様になってるぞ。強そうな女剣士みたいだ」

「にゃは、照れるのにゃ」

 とか言いながらノリノリでカッコよくポーズとってんじゃねぇか。

「後は……そうだ、旅してるわけだし馬車に食料あるだろ。それ貰っていこう」

 そう思って馬車に戻ると、紫の毛色の猿のような動物かモンスターか分からない生き物の群れが荷物をあさっていた。

「あっ、それ、こいつら食料持っていくつもりだ」

「ご主人様、クリスチーナにお任せなのにゃ」

 クリスは自信満々にそう言って剣をその場に置くと、勇猛果敢に群れの中に飛び込んでいく。

 フラグのようなドヤ顔だったが、もしかして期待できるかも、と思いバトルを見守ることにした。そもそも半獣人だし身体能力は人間以上のはずだ。まあゲームとかアニメのイメージなので本当のところはよく知らないけど。

「う〜ん、俺はいったい何を見せられてんだ」

 眼前では子供の喧嘩のようなバトルが繰り広げられ、ものの一分でクリスは帰ってきた。大号泣しながら。

「うううううっ、ダメでしたにゃ」

「ですよねぇ、見てれば分かりますけどね」

 弱い、こいつ弱すぎる。フルボッコじゃん。

 そして猿たちはドヤ顔で勝ち誇り、食料を持ってジャングルの奥へと消えた。

「まあいい、仕方がない。向こうは大勢だったからな。クリスは頑張ったよ、気にするな」

「ご主人様は優しいのにゃ。全然ぶったりしないにゃ。前のご主人様は鞭でお尻をいっぱい叩く人だったのにゃ」

 鞭でこのデカ尻を……俺もやってみたいかも。いやいやいや、ダメだろそんな鬼畜なことしちゃ。妄想の中だけで我慢しよう。

「できれば失敗した時は、お尻をぶって欲しいのにゃ。その方が安心するにゃ」

 お仕置きおねだりキターー‼ こいつ完全にドM調教されちまってる。

 父さんは抗うな、郷に入っては郷に従え、と言ってたけど、乗っかっていいの、お尻を叩いていいのか?

 そんな鬼畜ご主人様になっても白い目で見られたりしないだろうな。てか人として、何か大切な物を失う気がする。しかしここは異世界、元いた世界の常識など無意味。そう、今こそレボリューションの時。

「ご主人様、ダメなクリスチーナを叱って欲しいのにゃ」

 ってクリスさん、そのデカ尻を突き出して何やってんすか‼

 叩けってこと? 今すぐはハードル高すぎるんですけど。心臓バクバクしてヤバいぃぃぃ、でもやってみてぇぇぇ‼

「ま、また今度な」

 って俺のバカ、弱虫、ここはお尻ぺんぺんだろ。逃げてんじゃねぇよ。

 クリスは少し落ち込んで名残惜しそうにこっちを見ている。もうね、鬼畜ルート一直線になりそうで怖い。なのにアリじゃね、ってもう一人の、いや五人ぐらいの悪魔な俺が耳元で囁く。脳内会議では賛成多数で可決している。

「食料は後で調達するとして、出発したいんだが、商人はどこの町に行こうとしてたんだ」

「南の方なのにゃ。このディアナ大陸の南には大きな街が幾つかあって、一番大きな国もあるにゃ。大きな大きなお城があるらしいにゃ」

「城か。じゃあ城下町があるな。まずはその国に行くとしよう。で、どっちが南だ」

「こっちの方角にゃ」

 俺が進んでいた方をクリスは指差した。

「目的の町までどのくらいで着く予定だった?」

「分かりませんにゃ。でももう少し行ったら砂漠があると言ってたにゃ」

 きたきたきたよ、砂漠越えきちゃったよ。ロープレの王道だけど、ちょっと早くね。まだ完全に素人のニセモノ冒険者なんですけど。

「砂漠か……となれば、手前に準備するための町があるはずだ。とにかく明るいうちに進めるだけ進もう、行くぞ」

「はいにゃ‼」

 元気だけはいいんだよな。そして可愛い、可愛すぎる。

 しかしどうなるんだろこの旅は。異世界のことを何も知らない浮浪者とポンコツ奴隷のパーティーって、絶望的すぎじゃね。でもまあ、どんどん楽しくなってきた。

「そういえばクリス、歳は幾つ?」

 南へと歩き始めながら、互いの事を知るために話を続ける。

「分からないのにゃ。名前も誕生日もないのが奴隷は普通なので、特別な日もないし時間も歳も気にしたりしないのにゃ。ただ忠実にご主人様の命令に従うことだけが全てなのにゃ」

「それが普通なのか……」

 まだ奴隷になれてないから聞いてて少し痛々しいぜ。

「ご主人様はお幾つなのにゃ?」

「俺は十七歳になったばかりだ」

「ご主人様はまだお若いのにゃ。クリスチーナは前のご主人様が子供の時からお歳を召して亡くなるまでの間お仕えしていたので年上ですにゃ」

 随分長く奴隷をやってるんだな。百歳超えてたりして。

「そだ、話しを変えるけど、この辺りに魔王はいるんだっけ?」

「この大陸には居ないはずにゃ。随分前に倒されたと聞きましたにゃ」

「そっか、やられちまったか」

 超スゲー、魔王倒した勇者いるのかよ。天才って何処にでも居るもんだな。我が家の父親とは大違いだ。

「噂では、部下の将軍二人がそれぞれに魔王を名乗り、ずっと領土を取り合って戦っていると聞いたことがあるにゃ。場所は大陸の北部の方にゃ」

「おいおい、なんだよそれ、超燃える展開だな」

「他の大陸の冒険者や傭兵ギルドのつわものたちが集まってきているとも噂されていたのにゃ」

「ギルドきたっ‼」

 やっぱあるんだなそういう組織が。また楽しみが増えた。

「にゃん? ご主人様は傭兵ギルドに入るのにゃ?」

 クリスは可愛く首を傾げて言った。

「いや、そういう訳じゃないけど……まあ冒険者の方かな」

「先程はお忍びの勇者様と言ってましたが、別の大陸に行って魔王討伐をするのですかにゃ?」

「それは……最終的には、みたいな、感じかな」

 何が魔王とか勇者だよ、バカなの俺は。まずは日々の安定した生活を手に入れるのが先だろ。しっかりしろ俺。

 勢いだけでこっちに来ちゃったけど、冷静に考えれば頼るあてもなく知識もないのに無謀すぎる。調子に乗った奴から死ぬのがセオリーだし慎重に行くべきだ。と脳内会議で結論が出ている。

「凄いにゃ、ご主人様はきっと英雄になるのにゃ」

 うわぁ〜、クリスさんテンション上がってますけど、やめてくれるかな。自分で言うのはまだいいけど、人に言われると超恥ずかしい。はっきり言って何も知らないレベル1ですから。ヘタしたら村人以下だよ、家も金も仕事もないし。

「クリスは魔法とかは使えないの?」

「ずっと奴隷なので、職業別で特殊な能力が扱えるようになる、女神の祝福は受けてませんにゃ」

 女神の祝福? もしかして冒険者登録みたいなものかも。それなら町とか城でその祝福を受ければ、剣技や武術、魔法にスキルが使えるようになるのかな。

 知らないから教えてくれとは、なんだかクリスには言いたくない。この世界の知ってて当たり前の常識っぽいし、ガッカリされそう。

「え〜っと、女神の祝福でなれる職業の種類は、どれぐらいの数だったかなぁ」

 うひゃー、白々しすぎる。

「詳しく知らないにゃ」

 知らねぇのかよ。まあ奴隷で関係なかったから知らないのが普通か。

「ご主人様は最高職の勇者だから、もう職業は関係ないのにゃ」

「そ、そうね。でも勇者とかもう飽きちゃったから、転職するつもりだけど。俺ぐらいになるとどの職業でも最強になれるから」

「にゃっ⁉ 凄いにゃ、流石ご主人様にゃ」

 ヤベっ、また調子に乗って大きいこと言ってしまった。

「クリスはなるなら、どういった職業だ」

「考えたこともないのにゃ。女神の祝福はお金がいるらしいので」

 なんだよ女神、金とるのかよ。

「幾ら払うんだったっけ?」

「女神エルディアナ様を祀っている神殿に、金貨を寄付する事しか知らないにゃ」

 金貨ときたか。お金の種類や価値が分からないがそこそこ高いようだ。

 そういえば、さっきモンスター倒したけど経験値ポイントや金とかは入らないのかな。女神の祝福が関係ありそうだけど。

「クリスチーナも冒険者になってレベルを上げて、いっぱいご主人様のお役に立ちたいですにゃ」

 なるほど、レベルの概念があるのか。ならゲームみたいにステータスとかありそうだけど、そうなると冒険者職業がない無職じゃ、バトルに勝利しても経験値は入らないってことか。

 町に行ったら女神の祝福の事を調べてみよう。もしも想像通りなら、金と時間は必要そうだがちゃんとした冒険者パーティーを組めそうだ。



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