第22話 胸に宿る静かな熱い思い

 ……やっぱり、そういうことか。

 ラファンの言葉に頭を悩ませる。


「魔王の魂が、どうしてテオルの中に?」


 リーナが驚きながら呟いた。

 しかし誰も答えることはできず、ただラファンの「それはわからないな」という声が響く。


 白竜が保持していた魔王の魂。

 それが俺の体の中に入ったとして、これからどうなるのだろうか。

 今はまだ、少し強くなった程度の変化しかない。

 だがこれがもし、魔王の思想に蝕まれでもし始めたら……。


「しかしそうだな。理論上は例え魂が肉体に適応したとしても、二つの魂を有することはできない」


 俺が不安に駆られていると、ラファンがそう言った。


「そうなのか?」

「ああ。君は今頃、魂の過多で死に至っているはずだ」

「じゃあ、なんで……」

「それも謎の一つだな。魂が体に入って三十分もしないうちに苦しみ悶えるはずなんだが。ぼかぁ知らないが、何か心当たりはないのか?」

「心当たりかぁ……」


 魔王の魂が俺の中に入った後の話だ。

 どんなことがあったかと思い出そうすると、すぐにリーナが反応した。


「あ! テオル、あれじゃないかしら?」

「ん?」

「ほら、村の秘薬よ。傷を癒すために特別に貰った」

「ああ! 確かにあの効能なら、もしかすると……」


 そうだ。

 エルフたちが作ったというあの秘薬。

 まさに万能とでも言えるあれを、俺はタイミングよく村長に貰い口にした。


 点と点がつながり、線になった気がする。


「お前たちは先の仕事でそんな物を貰ったのか?」

「はい。エルフたちが感謝にと」


 アマンダさんの問いに答え、ラファンを見る。


「三十分経つ前にそれを飲んだんだ」

「なるほど……そうか。エルフの秘薬といえば、もしかするとそれはだったんじゃないか?」

「エリクサー!?」

「……って、何かしら?」


 俺の驚きに、リーナの間の抜けた声がかぶさった。

 アマンダさんが説明してくれる。


「よく伝承に出てくる万能薬の正式名称だ。ほら、『竜と姫と空の王』にも出てくるではないか?」

「ああ、あの飛行船で使った!」


 様々な伝承に出てくるので、モチーフがあるとは思っていたが。

 まさか実在する物だったのか?

 ラファンが冗談で言ったとも考えられない。


「エルフの中でも古くから同じ場所にとどまり、里を守ってきた者たちしか製法は継承していないだろうからな。知らなくても無理はない」


 腕を組んでラファンがそう語る。


 そうか、あの白竜が蘇らせた古のゴーレム。

 廃棄されたあれが地中に埋まっていたということは、あの里がはるか昔からあったと考えられる。


「それで、俺は運良くエリクサーを飲んで助かったと?」

「ぼくも作り方や詳しい効能を把握しているわけではないが、おそらくな」

「知らないうちに九死に一生を得てたのか……」


 異例すぎることとはいえ、いささか危機管理能力が足りなかった。

 これは反省だ。次に同じようなことが起きないようにしなければならない。


「よかったわね、あんた」

「お、おう」


 リーナに肩をポンと叩かれる。

 起きたことは仕方がないが、ここからどう対応していくか。

 面倒ごとに巻き込まれたのは間違いないだろう。


 魔王の存在を形作る体のパーツや魔力、そして俺が移植してしまった魂。

 その全てが集まった時、魔王は復活する。

 ラファンのこの話が正確だとすれば、魔王を蘇らそうとした時、もちろん魂も必要となる。

 つまり、欠けてはいけないピースを失ったかの軍勢は、必ず俺を狙ってくる。


 ひとまず身体に危険はないのかもしれない。

 しかし、魔王の魂を必要とする連中がいることは念頭に置いておくべきだ。


「これで知りたかったことは全て知れたか?」

「ああ。ありがとう、ラファン。何か対価は──」

「いんや、暇つぶしにしてはなかなか面白い時間を過ごすことができたからな。気にしないでくれ」

「そうか、すまないな」


 これで今回の調査の目的は達成だ。

 こんなにも素晴らしいドラゴンに出会えたのも思わぬ収穫だった。


「さて、じゃあ帰りましょうか。王都に戻るまでまだ時間はあるし、いっぱい遊べるわよ!」

「その前に、今晩の宿の夕食の時間に間に合うのだろうか?」

「……あ。そういえば今、どれくらいの時間なのかしら……」


 拳を突き上げたリーナを、アマンダさんが現実に引き戻す。

 時計を探してみたが、時間を気にして生活してないラファンの家にそんな物があるはずはない。


 井戸に入った時に日が沈みかけていたから、流石にもう夜だろう。

 体感で五時間は経っている。


「ここを出るために使う転移の魔法陣は、深い森の中に繋がっている。街に戻るまでかなり時間がかかるが、よければ泊まっていくか?」


 ラファンの有難い申し出に、俺たちは目を潤ませた。


「い、いいのか?」

「居間と物置に二人と一人に分かれてもらえれば、布団を敷くことはできる。食事は簡素なものしか用意できないがな」


 激しく頷くリーナと、深くお辞儀をするアマンダさん。


「何から何まで本当にすまないな。感謝する」


 結局俺たちはラファンの世話になり、魔導具で保存している食材を使ったシチューとパンを食べ、一泊させてもらうことになった。

 ちなみにもちろん、物置部屋で寝るのは俺だ。




 ◆◆◆




 アマンダは就寝の準備を終え、居間に敷かれた布団の上で溜息をついた。

 今日一日の出来事を振り返り、テオルの規格外さに苦笑する。


「どうかしたの? アマンダさん」

「いや、イシュイブリスと話をしていてな」


 リーナに不審がられ、咄嗟に嘘をついてしまった。

 体の中の悪魔がうるさいが、それを無視して考える。


(自分の目で見て判断する、か。認める認めないなどと言ってしまったが、あれはその範疇にはいなかったようだな)


 それなりに腕が立つと自負しているが、テオルは自分の上を行っている。

 張り合いのある仲間ができた、とアマンダはその事実を好意的に捉えた。

 気持ちの整理がつき、瞼を落とす前に最後、リーナに声をかける。


「……テオルは、すごいな」

「珍しいわね、アマンダさんがそんなこと言うなんて!」

「そ、そうか……?」

「ええ。でも確かにあいつはすごいわ。本人は努力して手に入れた力だから、自分はそこまで大したことないって思ってるみたいだけど」

「そのようだな」

「だけどあれは絶対、生まれ持った才能の格が違うわよ!」


 ムキー、とリーナが枕を叩く。


「それでも、私も負けたままではいられないわ」


 自分と同じような考えを持つリーナを、アマンダは微笑ましく思った。


「そうだな。私もだ」


 この夜、今回の調査でテオルとの力量の差を目の当たりにし、二人は静かな熱い思いを胸に宿したのだった。

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