第21話 語られること
「──っ!?」
姿は背の高い男性だが、発せられている気配は明らかにドラゴンのものだ。
上手く抑え込んでいるものの、濃密な魔力が際限なく溢れている。
俺たちはいつでも戦える態勢に入り、三十代半ばに見えるその男の出方を窺う。
「何だ何だ。戦いに来たわけではないと思ったんだが、もしかして違うのか? あまりに面倒だから、それは避けたいのだが……」
男はガシガシと乱暴に頭を掻く。
このドラゴンはどうやら好戦的ではなく、話ができるタイプみたいだ。
これは望んだ結果を得られそうだな。
俺はリーナとアマンダさんと視線を合わせ、警戒を解くように示した。
「突然訪れてしまい申し訳ない。ある人物からあなたがアイライ島にいると聞いて探していた」
「そうか。それは……そこにいるイシュイブリスからか?」
非礼を詫び挨拶をしようとしていると、男はアマンダさんを指差して言った。
「き、貴殿にはわかるのか……?」
アマンダさんがはっと息を吸う。
「もちろん。ぼかぁね、他のドラゴンよりもちと記憶力が良いんだ。以前に何度か会ったことがあるからすぐにわかったよ」
「なるほど……」
「で、用件はなんだ? 誰に居場所を聞いたとしても、ここまで辿り着くのは大したものだ。もともと井戸を見つけるのも普通の人間にはできない。それにゴーレムを倒せた時点で奇跡みたいな存在だ。素晴らしい腕前で楽しませてもらったからな、話くらいは聞こう」
男はここまで来る俺たちを見ていたようだ。
付いてくるように言われ、少し広めの一般的な家の中を進む。
廊下を歩いている時、扉が開いていた部屋の中を一瞥すると、さまざまな実験道具や見たこともない魔導具が置かれていた。
それにしてもここはどこなんだ?
そんなことを思っていると、リーナが窓の外を見て言った。
「草原……? こんな場所、アイライ島にあったかしら」
「多分、魔法で映し出した景色だと思うぞ。ただのインテリアだ」
「えっ、それは凄いわね……」
「──ああ、その通りだ。よくわかったな」
窓もあり、外には草原が広がっている──ように見えるがこれは実物でない。
俺がそう教え、リーナが面白がっていると先頭を行く男が振り返った。
「ここは山の地中深くに作った場所だ。窓がひとつもないと気が滅入るからな」
ドラゴンらしからぬ発言だ。
それに……そうか。
別の地点から魔法陣で地下深くに転移していたらしい。
地上でいくら探し回っても、あの井戸を見つけられない限りは手掛かりさえないわけだ。
俺たちはリビングのような場所に案内され、茶を出された。
「椅子もカップも同じ物の数が足りなくてすまないな。ぼかぁラファンだ」
「テオルだ。ラファン、もてなしに感謝する」
「リーナよ」
「アマンダだ」
俺たちは自己紹介を済ませ、高さがバラバラの椅子に座るよう勧められ、柄の違うカップをそれぞれ受け取った。
ラファンは普段から人の姿で生活しているようで、自然な動きをしている。
器用さが必要となる研究のためなのだろう。
「それで、わざわざこんな所まで足を運んだ目的は?」
「俺が知りたいことがあるんだ。そこでイシュイブリスがあなたなら知っているかもしれないと。……ああ、彼女たちはその付き添いだ」
「悪魔が知らずぼくに訊くってことは、ドラゴン……中でも上位竜に関することか」
「すごいな、話が早くて助かる」
「いや、このくらいは当然だ。長らく研究ばかりしていたから良い休憩だ。この場所のことを口外しないと誓うのなら答えよう」
「もちろんだ。二人もいいか?」
「ええ、誰にも言わないわ」
「私もだ」
魔法を使って何かしらの契約を結ぶこともできるだろう。
しかし約束し、俺たちを信じることを選ぶなんて、本当に変わったドラゴンだな。
ラファンは全員の目をじっくりと見た後、ひとつ頷いて口を開いた。
「よしわかった。では話してくれ、君が知りたいこととやらを」
「ああ。実は先日、オイコット王国内にあるエルフの里を訪れたんだ──」
ドラゴンは他種族に同族が殺されたと知っても、人間のような感情は抱かない。
そう知ってはいるものの、俺はわずかに緊張しながら話し始める。
現れたドラゴンを倒したこと。
その心臓が紅玉となり、手に持った瞬間に割れて粉になったこと。
そしてそれが俺の体内に入り、さまざまな変化があったこと。
一通りの出来事を話し終えると、それまで静かに話を聞いていたラファンは自身が持った茶を飲み、どこか興奮した様子で尋ねてきた。
「変化があったのはわかった。だが何故今も生きられている? 何かしらの手術を受けたのか?」
「いや、特に何もしてないが……手術? どういうことだ」
「白い鱗を持った上位竜──ドムガル、あの者はかつて〝魔王〟の配下だった」
「魔王……」
それは悪魔の王を指す魔天十三王などとは違い、世界を統一しようとした悪虐非道の人物の異名だ。
最終的にかの勢力は英雄たちによって討たれたらしいが、世界に混乱を招き、暗黒時代と呼ばれる百年をもたらした。
平穏が戻ったのは、今から三十年前のこと。
それがこの件とどのような関係があるのか。
俺が聞こうとしたその時、アマンダさんが勢いよく立ち上がった。
「な、なぜだ!? 魔王軍は壊滅し、生き残りなどいないのではないのか!?」
「そんなはずはないだろう。数多くの残党が世界中に散り、今もなお生きている」
「……っ!?」
ラファンの言葉を聞き、脱力したようにアマンダさんが席に座る。
俺と同様、リーナはそこまで驚いた様子はなく続きを待っている。
再びラファンが語り出したのは、数秒後のことだった。
「そして魔王の体や魔力、存在を形作る全ては有力な配下に移植され、維持されていると聞く。残党が力を取り戻し、やがて集結するときまで」
「……は」
「……え」
「……な、なにっ」
今度は、俺たち全員が衝撃を受ける番だった。
「全てが揃えば、魔王は復活する。それは暗黒時代の再来を意味するだろう。……だが、ここで少し事情が変わったようだ」
もう何となく予想がついたが、ラファンは俺の目を真っ直ぐ見て続けた。
手に持ったカップが熱を失い、冷えた茶が揺れる。
「本来は魔王以外には適応しないはずだが、なぜか君に移植された。それも心臓……結晶化したことを考えるに、おそらく──『魔王の魂』がだ」
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