第20話 意地の悪い問題
比較的普通のサイズの扉だ。
触れてみると、刻印の部分が少し凹んでいるのがわかる。
「石像を倒したからと言って開くわけではないのだな」
「そうね。あれは私たちみたいな侵入者を排除するためのものだったのかしら」
「そのようだな。イシュイブリス、もう一度いくぞ? ──ふんっ」
リーナと話していたアマンダさんが扉を押した。
体の中にいるイシュイブリスに声をかけると、一気に力が増幅する。
しかし、扉は微動だにしない。
「やはりダメか……」
はぁとため息を吐き、アマンダさんが扉から離れた。
「あっ」
俺は顔を近くに寄せ、扉をよく観察してみると、あることに気がついた。
「テオル、何か策を思い付いたのか?」
「まあ……はい。というか、この刻印に見覚えがあったので、もしかしたら開けられるかなぁ、と」
「は?」
「いやでも、これってかなり昔に作られたものだと思うわよ? 現代の技術が使われているのなら私だって知っているはずだし、アマンダさんだって……それに、イシュイブリスも知らないのよね?」
「そうだ。ドラゴンが独自に使うものだと言っている」
アマンダさんに訊かれたので答えると、二人から訝しげな目を向けられた。
咳払いをして説得する。
「ごほんっ。と、とにかく! ちょっと下がって見ててくれないか?」
「あんたがそこまで言うなら別にいいけど……」
「ここまでは全てテオルが突破してきたからな」
二人が後ろに下がったのを確認し、俺は再度扉に触れた。
目を閉じ、魔力の流れに集中する。
今からするのはかなり繊細な技術が必要とされる難しい作業だ。
何しろ……この複雑な刻印が施された扉は、初めに魔力を込めた人物以外の侵入を本来は許さない。
扉の登録者が認めない限り、何人たりとも通ることはできず、そして破壊することもできないのだ。
登録者は扉を維持するために永続的に魔力を要求される。
しかしそのことを考えても、ドラゴンが生み出した規格外の傑作の一つと言えるだろう。
俺は以前、暗殺者としての任務中にこれと同じものを見たことがあった。
自分の出自を話していないので、リーナ達には誤魔化してしまったが。
──だが。
この扉を開けられると思ったのは本当だ。
任務でドラゴンが作った扉を初めて見た時、俺は問題なく突破している。
「〈解析〉」
何であれ、作られ機能しているものには仕組みがある。
それを特定するための魔法を展開し、読み取る。
手のひらから脳へと流れてくる情報を精査し、限界まで理解を深めた俺は、目を開いた。
これならいけそうだな。
あとは魔力を流し込み、それを操作して仕組みを分解するだけだ。
「〈解錠〉」
その瞬間、扉に入り込んだ俺の魔力がカチリと何かにハマった。
刻印の部分が水色の眩い光を放ち、思わず目を細める。
光が収まり、俺は息を吐いた。
「ふぅ……よし。どうだ、できただろ?」
振り返って二人に聞いてみると、リーナは口を開き、アマンダさんは目を見開いて固まっていた。
「ちょ、ちょ、ちょっと……今のって」
「なんだ、さっきの魔力制御は……」
練習をすれば二人もできるようになるが、これはかなり高難度の技術だからな……。
今回ばかりは俺も少し鼻が高い。
「ふふん、これでもかなり厳しい鍛錬を積んで──」
「やっぱあんたって化け物よ。何をどうしたらこんなのが出来上がるのかしら……」
「そうだな。まったく想像がつかないのが怖いが……これは以前に見たことがあるかなど関係ない、単純なセンスと技術の変態にしかできない神業だ」
「いや、だからこのくらい二人なら練習すれば──」
「できるわけないじゃない!?」
「私たちをお前と同じにしないでくれ」
なんでだ。
井戸を見つけた時よりも、ゴーレムを活動停止にした時よりも扱いがひどい気がする。
「もう、いいです……」
俺は項垂れ、さっきまで押してもびくともしなかった扉に手をかけた。
「先を急ごう」
扉は簡単に開き、奥へと続く通路が現れる。
かなり長いその一本道を3KMほど進むと、次は前と左右、三方向に分岐した煉瓦造りの道が出現した。
足を止め、どこに進むべきか考える。
するとアマンダさんが右の道を指して言った。
「感じる魔力はどこも似たり寄ったりだが、わずかにだが右からの魔力が強い。こっちだな」
「私もここまで来たら魔力を感じ始めたわ。差はわからないけれど」
この差がわかるなんてすごいな……。
イシュイブリスがいることを差し引いても、魔力の扱いについてはかなりの腕前だ。
歩を進めるアマンダさんにリーナが続こうとする。
「ちょっと待ってください」
「……ん?」
「多分それ、罠です」
しかし、それを俺は止めた。
振り向き疑問符を浮かべたアマンダさんが訊いてくる。
「ということはなんだ。正解の道は前か左なのか?」
「いえ……」
「じゃあなんなのよ?」
リーナが眉を顰める。
「わかってるとは思うけど、ここから先は迷路みたいになっている。進んだらいくつかの道に分かれて、さらにどれか一つの道を選んで進んだらまた分岐だ」
「でしょうね。魔力が充満した空間がかなり長く続いているのが分かるわ」
「で、多分一番奥の行き止まりとなるいくつかの場所に、魔力を発する物が設置されているんだ。これらはフェイクで、最も濃い魔力が正解。だからそれを辿っていけば──普通はそう考えるだろ?」
「そうね」
迷路のようになったこの先の道か、魔力が溢れてきている。
いくつかの地点で前や左右に進んでも繋がるのかもしれないが、どれかが正解なのだろう。
ここに来た者はそう思い先に進むはずだ。
だがその時点で文字通り彼らは迷宮入り。
この迷路に捕らわれることになる。
魔法が発動したり矢が飛んできたり、仕込まれたいくつもののトラップでその命を終えるまで。
「だけど、正解のゴールはここ──
俺は指で地面を差して言った。
「……なるほど。これはかなり意地の悪い問題だな」
「先に道があったらつい進んでしまうものね。それに魔力がぶつかり合う地点なら誤魔化しやすい」
二人は俺が言わんとすることを瞬時に理解し、こちらに戻ってくる。
前から思っていたけど、第六騎士団のメンバーは力だけでなく頭も切れる。
もちろんヴィンスも、ああ見えてここぞと言うときはやる男だ。
俺は地面に手を置き、魔力を込めた。
正直感知して発見したのではなく、思考して見つけ出した。
何も考えずに進んでいたら大変なことになったな。
こんな技術を持つドラゴンと会うのが楽しみだ。
「じゃあ行こう。ようやく到着だ」
俺の魔力に、存在することを一切悟らせなかった魔法陣が反応する。
扉が開いた時と同じ水色の光に包まれ──瞬きをすると、次の瞬間には俺たちは別の空間にいた。
「ようこそ、数百年ぶりの来客だ」
そして目の前に、人の姿をしたドラゴンがいた。
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