第23話 襲撃者に制裁を

 次の日。

 ラファンに別れを告げた俺たちは、魔法陣に乗り森の中へ転移した。

 街とは山を挟み、島の正反対に位置する場所のようだ。


「一度宿に戻り、それから休暇を楽しむことにしよう」


 アマンダさんがサングラスをかける。


「そうね、水着も取りに帰らないといけないし。予定よりも早く終わったから、いろんなレストランにも行けるわよ!」

「団長とヴィンスへのお土産を選ぶ時間も忘れるなよ?」

「えー、あんたが一人で選んだらいいじゃない。ここからの私はハードスケジュールなのよ」


 みんなで選ぶという話になっただろ。

 そう釘を刺してみるが、リーナはどこ吹く風と俺の話を聞き流す。

 もちろん俺も海水浴や観光には興味があるが、別にリーナほどではないので、正式に頼まれたら土産選びを担当してもいい。

 だが、押し付けられるのはなんか癪に障るしな。


「ダメだ」

「ど、どうしてよ!? あぁもうわかったわ。宿に着いたらすぐに逃げてやる」

「こいつ……っ。アマンダさんもなんか言ってやってください」

「む、私がか? そうだな……いくら休暇とはいえ、約束を反故にするのは騎士道に反しているぞ、リーナ」

「アマンダさんまで! 卑怯よ、テオル。本当に逃げたら後で痛い目を見るの確定じゃない」


 実際に行動に移したらアマンダさんは怖いらしい。

 口で言う分にはそこまで厳しく注意したりはしないのだろう。

 今もリーナの発言に突っかかったりしなかったしな。


 言葉を交わしながらのんびりと森の中を進む。


「別にいいだろ、ちょっとくらい。まだ三日もあるんだから、どれを買うか選ぶのに付き合ってくれても」

「う〜ん……わ、わかったわよ! けど、可能な限り手短に終わらせるわよ。巡ってみたい観光スポットも沢山あるから」

「よし、じゃあ明日の昼にみんなで──」


 その時、


「見ーつけた」


 突然、耳元で知らない声がした。


「!?」


 俺たちは全力で地面を蹴り、距離を取る。

 背後を向くと、全身黒の服を纏った男が不気味な笑みを浮かべて立っていた。


「おや……驚かせてしまったでしょうか。これは失礼」


 男はクツクツと笑い、左手を胸に当てて俺に頭を下げた。


「でもずっと貴方のことを探していたのですよ」

「何者だッ?」

「おう怖い。お仲間もそのような顔をしないでください。私は彼の心臓に用があって、ちょっと死んでいただきたいだけなのです」

「……っ!?」


 俺の問いにおどけた表情で男は答える。

 まさかもう、魔王の魂を必要とする輩が来たのか?


 すぐに戦闘に入るべきか、それとも戦闘を回避すべきか。

 どちらが良い選択か見極めようとしていたが、俺たちは一斉に男を敵と見なす。

 俺は深淵剣を出現させ、リーナは剣を抜き、アマンダさんが拳を構える。


「はぁ……そう急がなくても」


 やれやれと男は首を振り、冷たい目を俺たちに向けてきた。

 その視線に察する。

 こいつはかなり……強い。

 単純なパワーだけで言うとラファンたちのような上位竜には劣るだろうが、冷静さを備えた敵はそれだけで厄介だ。


 暗殺者としての任務中、幾度か経験した死線。

 その時と同じような冷や汗が背を伝う。


「テオル、奴はお前だけを狙っている。だがこちらは三人だ」

「はい。上手く連携すれば……」


 アマンダさんの声かけに頷く。

 その時リーナが不敵に笑った。


「──勝てるわね」


 二人がサポートに回ってくれれば負けることはないだろう。

 ここで奴の息の根を止める。最低でも退ける。

 誰一人深手を負うことなく、それが勝利の条件だ。


「まったく、お嬢さん方は見逃してあげるつもりでしたのに。これじゃあ三つも死体が出来上がるじゃありませんか。私は元来、無駄な殺しは嫌いなのですがねぇ……」


 男はそう言うと、懐からダガーナイフを取り出した。

 そして──


「血鬼神降剣・八叉鬼」


 その武器に、鬼を降らせた。

 一瞬耳を疑ったが、あれはリーナと同じ技だ。

 隣に立つリーナが息を吸い、剣を握った手が震えている。


「あんた……そ……こで」

「……はい? まだお喋りを続けますか? 私は一向に構いませんが」


 俯いて何かを言ったリーナに、浮ついた調子のままの男が尋ねる。

 彼女はキッと顔を上げると、


「──それをどこで手に入れたかって聞いてんのよッ!!」


 今まで聞いたこともない怒りを孕んだ声で、そう吼えた。


、ですか? これはとある人物から買ったのです」

「──っ! 絶対にぶっ殺してやる。私が、この手で!」

「あはっ、もしかしてその反応。……あなた、一族の生き残りですか?」


 俺が理解できない会話が繰り広げられている。

 何がどういうことなのだろうか……?


「これは面白い巡り合わせだ。現存しているロスケール家の方に会えるなんて。貴女の親族はよく働いてくれていますよ。私の武器として!」

「……まさか」


 そこである考えが浮かび、言葉が漏れた。


「そうだ。リーナが使っているあの技は、彼女の家の血が流れる者にしか使うことができない。鬼と契りを交わした、ただ一つの家系だからな。だが……」


 男は腹を抱えてゲタゲタと笑っている。

 アマンダさんが警戒しながら、俺にだけ聞こえるように呟いた。


「その血に目をつけた者たちが一族を捕らえ、血を採取し尽くしたのだ。それが使われた武器が闇市に回っていると聞いたが、おそらくあれがそうなのだろう」


 あまりに酷い話だ。

 何の罪もない人間を、己の欲求のために殺すなんて。

 俺が嫌っていた『金を貰うためだけの暗殺』と一緒だ。


「──血鬼神降剣・暗黒童子×邪凶吉王!! かはっ……」


 怒りに震えるリーナが二つの鬼を同時に降らす。

 彼女は苦しそうに血を吐いたが、黒服の男を力強く睨む。


「貴女の血を使ってオリジナルの武器でも作りましょうかねぇ? これは本当に、思わぬ掘り出し物です。仕事ついでにこんな物を手に入れられるなんて、今日の私はかなりツイてるようだ!」


 最低の発言に、頭に血が上る。

 戦う時はいつも冷静に、頭を回し最適解を出し続ける。

 昔からそんなモットーを持っているが、もう我慢の限界だ。


 目の前で仲間が、リーナが言葉で傷付けられているのだ。

 黙って見ていられるわけがない。


「許……せないッ。呪剣・〈物淋し斬り〉ッ!!」


 髪と瞳が真っ赤に染まったリーナが斬撃を飛ばす。


「お、おい……!」


 連携を乱すなとアマンダさんが手を伸ばしたが、彼女はとまらない。

 さらに斬撃を飛ばし続け、自らも敵の元へと突っ込む。

 だが、その全てを男はダガーナイフで軽々と弾いた。


「く……っ」

「あははっ! さすがロスケール家の方ですね! かなり強い。速さも力も、並の剣士なら百人はまとめてかかってきても倒せるでしょう。ですがね、この程度じゃ私には敵いませんよ! もっと才能がないと、私の相手にはなりませ──」

「──ごたごた五月蝿うるせぇな」


 気配を消して接近した俺は、男の目と鼻の先にいた。


「気を抜いてると、俺みたいに近づかれたことに気付けないぞ?」

「なっ……ぶぎゃぁっ!」


 お返しだとばかりに──俺は男の右顎を、硬く握った拳でぶん殴った。

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