第16話 震える悪魔

「で、こうなったのよ」


 リーナが団長とヴィンスに事情を説明する。


「なんか、前にも同じような展開があったような」

「あ? なんかあったのか……?」

「い、今はいいのよ! それは!」


 以前、リーナと手合わせを行った騎士団本部の地下訓練場。

 カフェを後にした俺は、現在そこでアマンダさんと対峙していた。


「……はぁ」

「ビシッと気合入れなさいよ。認めてもらわないといけないんだから」

「まあ、やるけどさ。なんでリーナも、それに団長とヴィンスも間を取り持ってくれないんだ」

「そ、それは……」

「僕たちにだってね、いろいろとあるんだ」

「まあ俺は単純に面白そうだかんな」


 後ろに立つ三人がそれぞれの反応を見せる。

 いまいち納得できないが、ここまで来たのだからやるしかない。


『貴殿に、相応の能力があるか見させていただく』


 アマンダさんがそう言ったのだ。


「そろそろ始めるが、良いか?」

「あっ、はい」


 手合わせの時とは違い、俺の近くにいるリーナたちを半目で見ていると、アマンダさんが声をかけてきた。

 そこにいたら危なくないか、と三人に言おうとする。

 しかしその前に、今回の試験内容をリーナが教えてくれた。


「実力を見るって言っても、別に戦うわけじゃないと思うわよ? 団員としての最低限の素質があるか、ひとまずアマンダさんの『アレ』があんたを確認するんじゃないかしら」


 ……

 疑問に思い、アマンダさんを見る。

 すると彼女の右目が妖しい光を放っていた。


「なるほど……悪魔か」


 異界に住み、この世界に顕れる者たち。

 人とは違い強大な力を生まれ持ち、世界のありとあらゆる場所の伝説に登場する、闇に生きる種族だ。

 アマンダさんの体内にはそれがいるようだ。

 しかも、かなり強力な。


「出よ、イシュイブリス──ッ!」


 右目の光が一層強くなり、濃密な魔力が吹き荒れる。

 そして次の瞬間、俺たちの前に闇を纏った絶世の美女が出現した。


『何の用かしら、アマンダちゃん? いきなり呼び出したりなんかして』

「その者の力量を測ってくれ、頼む」

『もう! 人使いが荒いんだから……。でも好きよ、そういうところ』


 気がつくと、俺のそばに悪魔の女がいた。


『じっとしててね。すぐに終わるから』


 悪魔は腕を伸ばし、俺の体に手を這わせてくる。

 魔力や筋肉のつき方、思考のパターンまで。

 様々な情報を読み取られ、満足かどうか試されている。


「そいつは魔天十三王の一人、かの深淵王が腹心、イシュイブリスだ」

「深淵王の……腹心」

「ああ。危険はないと誓うから安心してくれ」

「わかりました。でも、このままだと……」


 アマンダさんが言うには、このイシュイブリスは十三体存在する悪魔の王、そのうちの一体に仕えているそうだ。

 そんな悪魔を体の中に飼っているのか、この人は。


 あまりの特異さに驚くが、その前に早くこの審査を終わらさなければならない。

 でないと、いくらなんでも危険すぎる。

 そう伝えようとしたが、すでに手遅れだったらしい。


『……っ! こ、これは……いったい、どういうことなの……?』

「どうしたのだ、イシュイブリス」

『い、いや、アマンダちゃん。この坊や……』


 緊迫した表情になったイシュイブリスに、アマンダさんが尋ねる。

 悪魔がそっと手を引いたのを確認してから、俺は先ほどからずっと「出せ出せ」とうるさかった深淵剣を取り出した。


「闇魔法・〈深淵剣〉」

『や、やっぱり! こんなところでお会いできるなんて……!』


 イシュイブリスが後ろに下がり、片膝をついて頭を垂れる。

 状況を見ていたリーナたち三人と、アマンダさんが一斉に目を点にしたのがわかった。

 驚くのも無理はない。

 悪魔が人間に対して頭を下げるなど、本来はないことだ。


「テオル。それって君が使ってる……」

「はい。でも正体はこいつです」


 唯一口を開けた団長が興味深そうに訊いてくる。

 俺が言った瞬間、手に持った深淵剣は大きな人影に変化した。


「ほう、これは面白いね……」

「な、なによこの気配……!?」

「おい、逃げねえとやべーだろ!?」

「……こ、これはっ」


 団長とリーナ、ヴィンス、アマンダさんが影を見上げる。


『イシュイブリス、久しいな。この身の程知らずが』

『お、お久しぶりです──様っ!』

『余の契約者に対してなんという愚行。再度、教育が必要か?』

『滅相もございません! そうとは知らず……』


 淡い外套の下、人に似た形を取るのは深い闇だ。

 そこには何も存在せず、そこにはただ闇がある。

 俺が契約し、いつも深淵剣として使用している彼こそが、イシュイブリスが仕えているという王だったらしい。


『アマンダちゃん。私は今すぐこの方を認めるわ。あとは自分の目で見て判断してちょうだい』


 プルプルと震える彼女はそう言って、深淵王に深く一礼する。

 そしてすぐに霧散し、アマンダさんの体の中へ消えていった。


『……うむ、では余も去るとしよう』


 どこか満足げな深淵王も姿を消し、訓練場内に沈黙が降りる。


「…………」

「…………」


 深淵王が暴れなくて良かったけど……。

 イシュイブリスがいなくなってしまった。

 俺のことを認めるって言ってくれていたし、これは合格でいいのか?

 口を開いて固まっているアマンダさんに目を向ける。


「あの、これはどういう……」

「よ、よくわからないが、とりあえず貴殿の入団に異議は唱えない。……いや、待てよ。イシュイブリスは『自分の目で判断しろ』と言っていたな。だったらまだ保留か? だが、深淵王と契約している化け物を認めないなど、そんな馬鹿な話が……」


 アマンダさんはぶつぶつと独りごちている。

 その結果。


「よし! とにかく今は、仮で入団に賛成する形にしておこう」


 俺は、曖昧な判断を下された。

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