第15話 修羅場は近い

「うむ。これはなかなか美味だな」


 俺と同じ料理と紅茶を注文したアマンダさんが、パンを一口食べて言った。

 団員が増え億劫だと聞いた手前、自分がそうだと言えるわけもなく……俺は何故か、背もたれにかけた騎士団服をどうにか隠している。


 ここを乗り切っても意味はない。

 後で挨拶するときに逆に気まずくなるだろう。

 そう、わかってはいるのだが。


「ちなみに、貴殿は何をされている方なのか?」

「あ、あー……その、肉体労働を」

「なるほど。それでバランスの良い筋肉をされているのだな」


 何か察せられたのかと思ったが、単に気になっただけらしい。

 一応、嘘はついていない。


「そ、そうだ。この紅茶もかなり美味しいですよ」

「ほう。……これは確かに。これだけ人が集まるのも理解できる」


 俺は先のことなど考えず、ひとまず話題を逸らした。

 やはりここは自分で支払うと言って、先に席を立ってしまおうか?

 いや、せっかく奢ると言ってくれたのだし、流石にそれは失礼だろう。

 本当に気づいていなかったと、後で対応できるように無駄に神経をすり減らしながら、俺は大人しくすることにした。


「ふぅ……」


 それから少しして、最後に紅茶を飲み終えたアマンダさんが息をついた。

 よし、これでひとまずお別れだな。


「さて、行くとするか。待たせてしまってすまないな」

「いえ。こちらこそご馳走様です」

「おっとそうだ。またどこかで会った時のために、最後に名前を聞いても良いか? 私はアマンダだ」


 しかしここで、最後の難関が。

 できれば団長がいるところで挨拶をしたかったが、もしかしたらすでに俺の名前を聞いているかもしれない。

 だけど、別にそこまで珍しい名前でもないからな……。

 それこそ偽名を騙るのもおかしな話だ。


「……テオル、です」


 一瞬であれこれと頭を回し、俺は伺うように名乗った。

 間が空き、アマンダさんの口角が上がる。

 気づかれたか、そう思いゴクリと唾を飲み込んだが、


「テオル、いい名前だな。では、私は先に失礼するよ」


 アマンダさんはそう言い残し、会計を済ませて店を出て行った。

 そろそろ客入りがピークを迎えそうなので、俺も少し時間を置いて出よう。


 肩の力が抜け、紅茶で喉を潤す。


「……ふぅ」

「あれ? あんた、来てたのね」


 深く息を吐いていると、後ろからリーナの声がした。

 見ると、少し寝癖が残り、眠たそうな目をしている。

 いま来店したらしい。

 彼女は店員に一言掛け、俺の向かいに座った。


「リーナに教えてもらったからな。もしかして寝起きか?」

「ええ、まあね。昨日は少し遅かったから」

「すまないな。報告を任せてしまって」

「あぁ、いいのよいいのよ。これくらいしないと、ドラゴンの一件ではあんたに助けてもらってばかりだったから」


 リーナは慣れた様子で注文をし、顔を下げて目を擦る。

 俺もついでに、話をしようと思い同じ紅茶をもう一杯頼んだ。


「そういえばさっきアマンダさんに会ったんだ」

「へえ、もう帰ってきてるのね。て、あれ。初対面だったんじゃない?」

「まあ、そうなんだけどさ。アマンダさんってそんなに厳しい人なのか? 話に聞いてたよりは優しそうだったけど」


 そして待っている間、尋ねてみることにした。

 団長から聞いていた印象と少し違う気がしたのだ。


「厳しいっていうか真面目って感じね。しっかりした人だし」

「しっかりした人、か」

「うん。でも同じ騎士として、私たちにはちょっと怖いけど」

「そうなのか……。実はな──」


 アマンダさんも俺の入団を快く思ってないらしく、名乗れなかったんだ。

 そう話そうとしたとき、小走りでこちらにくる人影が目に入った。

 顔を向けると、そこにいたのは黒髪の女性。


「テオル、すまない。忘れ物をしてしまってな。これをなくすと仕事に支障が……あれ?」

「あ」


 アマンダさんとリーナが顔を見合わせて固まる。

 忘れ物と言って手に取ったのは、空いた席に置かれていた俺の物と同じデザインの騎士団服だった。

 そんなとこに、全く気づかなかった……。


「リーナじゃないか。勧められた通り来てみたが、ここはいい店だな。それにしても、もしかしてテオルと知り合いか?」

「えーと、それは……」


 居ても立ってもいられず、意を決して立ち上がる。

 もうどうにでもなれ……!


「黙っててすみません! 実は俺が、第六騎士団の新団員なんです!」


 数秒の後、俺の顔を見ていたアマンダさんは、ゆっくりと口を開いた。


「……は?」



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