第12話 人を護る仕事と

「これ何か知ってるか?」

「いや、俺は知んねえな。ドラゴンの心臓が結晶化するなんて聞いたこともねえ」

「私もよ。でも……結構綺麗ね」


 リーナはそう言うと屈み、紅玉を手に取る。

 見たところエルフに死者はなく、傷を負った者も仲間たちに運ばれている。心配されるほど弱くはなかったようで一安心だ。


「元はと言えば心臓だかんな? 気味悪ぃだろ」

「そうだな。でも一応回収して持ち帰ろう。正体が気になる」


 ヴィンスはうげーっと顔をしかめている。


「じゃあテオル、あんたに渡しておくわね。何もわからなかったら私が貰ってもいいし。とりあえずはい、これ」

「帰ったらまず団長にでも聞いてみるか」


 俺が紅玉を受け取りポケットに入れようとすると──


「ってあれ?」

「お」

「あぁあああっ!!」


 ピキッと音がした。

 次の瞬間、紅の宝石が粉々になる。


「あ……あんた! 何してんのよ!」

「いやっ、俺は何もしてないぞ!?」

「正直になっとけよ。後々辛くなっからな?」

「ヴィンス、お前もか! だから俺は……」

「どうせあんたの馬鹿力で握ったんでしょう!? いっつも『これ普通でしょ?』みたいな顔でやらかして! どうすんのよ、私の大切なお宝が!!」


 ひどい言われようだ。

 ヴィンスには肩に手を置かれるし、リーナは頭を抱えて攻め寄ってくる。

 それにしてもなんで既にリーナの物になってるんだよ。


「普通に持ってたらいきなり割れたんだ、本当に」


 そう訴えた時、粉になった紅玉が唐突に舞い上がった。

 そして光を放ちながら、ゆっくりと俺の胸に吸い込まれていく。


「なんだ……?」

「お、俺は知んねえからな!?」

「私も!」


 ヴィンスとリーナが我が身可愛さに素早く俺から距離を取る。


「お、おい──!」


 非情な二人を追おうとしたが、体が強張った。

 なんだ、力が湧き立って動けない……っ。

 それが止むと同時に体内の魔力が暴走し、エネルギーが爆発する様に俺を中心に突風が吹き起こる。


 木々の揺れが収まった頃、額には大粒の汗があった。


「はぁ……はぁ……。なんだったんだ?」


 今の一瞬で魔力の総量が増えた?

 それに他にも変化はあるようだ。慣れない違和を感じる。

 身体を確かめていると、おずおずとリーナとヴィンスが戻ってきた。


「大丈夫? テオル」

「ああなんとかな。それより酷いだろ、二人とも」

「あ、あはは……。まあ何ともないんだったら良かったじゃない。ねえ?」

「だな」


 リーナに同調するヴィンス。

 こんな時だけ手を組みやがって、まったく都合がいいやつらだ。


「き、騎士様、お怪我はありませんか!? 今こちらで何かが爆発したような音が……」


 俺が二人を睨んでいると、村長が駆け寄って来た。


「ああいえ、まあ大丈夫です」

「それは良かった……。では、里の皆が感謝を伝えたいと言っているので、付いてきていただけるでしょうか?」


 怪我人の治療はもういいのだろうか。

 リーナも俺と同じくそう気になったのだろう。彼女が間に入って尋ねた。


「今からかしら?」

「はい。お食事の最中でしたし、里の防衛と脅威であったドラゴンの討伐を祝いまして。……あ、怪我をした者はみな既に里の秘薬で全快しております」


 なんか凄い薬が解決してたらしい。

 めちゃくちゃ気になるが、秘薬と言うのだから見せてはもらえないだろう。


「それがこちらになります」

「──いやあんのかよっ!!」


 村長がどこからともなく瓶を取り出す。

 内心で叫んだセリフを、ヴィンスが代わりに言ってくれる。


「本来は里の者にしか渡さないのですが、感謝の気持ちです。お飲みください」


 緑色の液体が入った小瓶を一人一つずつ貰う。

 鼻に近づけてみるが匂いはしない。俺たちは感謝を伝え、秘薬を口にした。

 素晴らしい効能があるのだったら不味いのかと思ったが、案外爽やかな口当たりで美味い。


 体が柔らかな光に包まれ、小さな傷が治り、疲れや汚れまでなくなっていく。


「魔力も回復した……まさに万能薬だな」

「気に入っていただけたようで何よりです。では、こちらへ」


 むしろ普段よりも調子が良いくらいだ。

 紅玉の件は追って調べるしかない。

 俺たちは村長に連れられ、村人達が待つ場所へ向かった。







 そして今、大量のエルフ達の前に立っている。


「今回は魔結界の解消のみならず、ドラゴンの猛威から我々を救っていただき、誠にありがとうございます」


 村長がお辞儀をすると、後ろに並ぶ千を超える住民が頭を下げる。

 女性や子どもも、ここに住む全員がだ。

 ここまでされるとなんだか照れくさいな……。


「この御恩は一生忘れません」


 村長の言葉に続き、たくさんの人が感謝の言葉を送ってくれる。

 それから多くの村人が参加して、宴会が開かれた。


「皆さんの勇気あってこその勝利です」

「あっはっは、それは嬉しいお言葉だ! 騎士様にそう言っていただけたら、戦った甲斐があるってもんですよ」

「──ねえねえ」


 共に立ち向かってくれた戦士達を讃えていると、くいっと服を引っ張られた。

 見ると気恥ずかしそうにしている村長の娘さんがいた。


「ん、どうかした?」

「あのね……」


 それから彼女は決心したように満面の笑みを浮かべた。



「──お兄ちゃん、ありがとう!!」



 このとき、俺はようやく知った。

 人を護る仕事というものを。

 自分が知らなかった、温かい世界というものを。


 ようやく、本当の意味で騎士になれた気がした。



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お読みいただき、ありがとうございます。

これにて第1章完結です!


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