第9話 迫り来る小さな点

 最後の一体のアンデッドゴブリンを、雷を纏ったヴィンスが目にも留まらぬ速さで倒した。


「しゃッ! 最後はこの俺様が頂いたからな!! 覚えとけよ!?」


 崖下へ降りたあと、倒した敵の数はそこまで多くない。

 最初に俺の魔法で大半が消し飛んだからだ。

 その時点で魔結界は解消されたが、俺たちは魔物達を全滅させることにした。


「もう問題なさそうだし、早いとこ帰りましょうか」

「そうだな。まともな死骸もほとんど残ってないし」

「誰かさんの魔法のおかげでね。ほんと、今思い出してもゾッとするわ。気配を消すだけじゃなくて、あんな火力もあるなんて……規格外すぎよ、あんた」

「そう、か? あれくらいならいるだろ。他にも使えるやつ」

「はぁ……もういいわよ。はいはい、じゃあ行くわよ」


 リーナと話をまとめ、屍を積んだ上で腰に手を当て、ガハハッと笑っているヴィンスに声をかける。


「おーい! 村に報告しに戻るぞ〜」


 俺たちは崖を登り、来た道を戻ることにした。

 魔結界の中に入っていた村に行き、問題がないか安全確認をするためだ。

 その間。


「つか、なんかアイツらおかしかっただろ?」

「そうね。偶にはヴィンスもまともなこと言うじゃない」

「なっ……んだとこらァ!?」


 やっぱり、二人も不思議に思っていたらしい。


 魔物としての性質に変なところはなかったが、その前の行動に違和感があった。

 まるで何かを待っているような……。

 しかし結局、統率してるであろう何者かも姿を現さなかったし、いったい何が目的だったんだ?


「一応、警戒しとくか」


 何が起こるか分からない。

 まだ気は抜かないでおこう。







「いや〜、本当に有難うございました! まさかこんなに早く解決していただけるなんて。さっ、ほんの感謝の気持ちです。村自慢の食材で作った料理、お好きなだけ召し上がってください」


 村は変化なく、何も問題はないようだった。

 そこで現在料理を勧めてきている村長から「ぜひ一泊していってくれ」と誘いがあり、俺たちは世話になることになった。


 今は日も暮れ、村長宅で豪華な食事を頂いているところだ。


「うーんっ、美味おいっしー!! テオル、この野菜最高よ!?」

「クゥーッ! ここの地酒うめぇーなおい!?」


 と、リーナとヴィンスはご満悦な様子。


「ねえ! お兄ちゃんは騎士様のお手伝いさん?」


 俺も料理に手を伸ばそうとしていると、膝に勢いよく小さなの少女が飛びついてきた。

 彼女は村長の娘さんだ。


 そう、今回魔結界の被害にあったのは森の中にあるエルフの里。

 家は木々の上に建てられている。


 質問の意味が分からず首を捻っていると、ヴィンスとリーナが同時に吹き出した。


「ぷはっ、勘違いされてるじゃねえか! 確かに弱っちそうだもんな、こいつ」

「ぷふっ、違うわよ? このお兄さんも騎士、私たちと同じよ」

「えー!? そうなのー? ぜんぜん見えなーい」

「ぐっ……」


 少女の無垢さがつらい。


「こらっ失礼だろ?」

「そうよ。ほら、こういう時はなんて言うの?」

「……お兄ちゃん、ごめんなさい」


 村長とその奥さんに注意され、少女が頭を下げる。


「いいよ、別に。全然傷ついてないから、うん……本当に、全然」


 そんなことよりもご両親。

 リーナの言葉で俺が騎士だとわかって、絶対に吃驚してただろ。

 側から見るとお手伝いさんに見えるのか、俺?


「それにしても、まさかそんなに多くの魔物がいるとは思いませんでした。被害がなくて本当によかったです」

「ええそうね。でも、まさか……」


 村長夫妻が安堵と懸念を示す。

 気になったので話を聞いてみることにした。


「何か、心当たりが?」

「は、はい。実は……私どもの住むこの森の北西に、〝竜山〟と呼ばれる山があるのです。そこに住むドラゴンが、その……」

「大丈夫、ここからは僕が話すよ」


 体を震わせ、俯き言葉に詰まる奥さん。

 娘さんを連れて他の部屋に行く彼女の話を引き継ぎ、村長が語り出す。


 何か、嫌なことを思い出させてしまったのかもしれないな。

 俺は軽く頭を下げ、話の続きを聞くことにした。


「そのドラゴンが少々特殊で、上位竜と呼ばれる個体だそうです。死者を操る力を持った、純白の竜」

「死者を操る……ですか?」

「はい。ですので今回現れたアンデッドゴブリンは、もしかすると……」


 楽しそうな表情はどこへやら。

 口を一文字に結んで話を聞いているリーナとヴィンスに目を向ける。


「このまま帰ったらジンに怒られるわね」

「ちっ、めんどくせえけど上位竜と戦いてえからな。仕方ねえ」

「よし、俺たちで調査するか」

「──で、ですが! あのドラゴンは手を出さなければ何もしてこないはずです。百年前に我々が退治しようとした際、数百の同胞が命を失いました。それからは一度もこんなことは……」


 エルフは長寿な種族だ。

 もしかすると百年前、彼は実際にドラゴンの恐ろしさを知ったのかもしれない。

 ──しかし。


「この事態に何もしないのは危険よ。私たちは守るために働く。だけどあなたたちに不利益があるというのなら、無闇にこれ以上手を出したりはしないわ」


 リーナがゆっくりと、硬い表情の村長に声をかける。


「もちろんしばらく警護はするけど、もっと騎士を呼ぶこともできるし」

「……はい。対応は村の者たちと話をして──」


 その時、だった。


「ッ!?」


 俺は瞬時に席を立ち、開いた窓から外に飛び降りた。


「ちょっと! テオル!?」

「お前、いきなりどうしやがった!?」


 そんなリーナとヴィンスの声が遠くなっていく。


 地上に着地。二人が遅れて追ってくるのを確認し移動する。

 俺は少し離れた場所にある別の木を一番上まで登り、跳躍して宙に浮かんだ。

 もちろん念のためにの発動は忘れない。


 そして。

 視界には遠く続く森と美しい夜空。

 後方では他の木から同じように跳躍したリーナとヴィンスの影がある。


「──来た」


 前方に出現した小さな点。

 それは一瞬で大きくなり──月光に照らされた、精白の竜が姿を現した。

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