第8話 初仕事でぶっ放す
「ハハハッ。いやぁ〜驚かせてしまったか、申し訳ない。我ながら迫真の演技だったわ……ぬはっ、ぬははは」
机を囲んで椅子に座ると、ガリバルトさんが大きな声で笑った。
「ほれ、今日は儂の奢りだ。なんでも頼んでくれ!」
「ありがとうございます」
「金はたんまりとあるからな。それにしても年甲斐もなく調子に乗りすぎた。も、もちろん本当にビビってなどいないが……ジョークで、ジョークでな?」
あの後。
俺はガクガクと震えるガリバルトさんに『何もする気はない』と伝えた。
かなり怯えているようだったので心配したけど……聞くと、あれは彼なりの冗談だったらしい。
いきなり巻き込まれたんだ。
こっちの身にもなってほしいが、結果的に成り行きで俺たちも奢ってもらえることになったので、まあ水に流すとしよう。
ガリバルトさんは何故か震える手でジョッキを傾け、
「ちと儂の演技が上手すぎたな」
どこかぎこちない笑顔を浮かべ、何度かそう独りごちている。
それを見て俺は、隣で料理に舌鼓を打っているリーナに小声で話しかけた。
「何事かと思ったけど、結局冗談だったんだな」
「いや、どうせ
「え?」
「ほら、この人は踏んできた場数が桁違いだから。多分あんたの強さを垣間見て、本気でビビってたんだと思うわよ。私には到底わからない領域だけど」
ステーキを頬張るリーナから予想外の言葉が返ってくる。
「そんなわけないだろ。
「どうかしら? ほら──」
視線の先で、ガリバルトさんがヴィンスと言い争っている。
「んだよおっさん。雑魚相手に珍しいことしやがって」
「お前、わっ儂が本気であんな醜態を晒すとでも!? そそっ、そんなはずはないとお前が一番知っているだろう!」
「いや何テンパってんだよッ!? マジみたいに見えんじゃねえか!!」
う〜ん、確かに動揺してる気が……。
「でも、流石にそれはないだろ」
「ふぅ〜ん。ま、あんたがそう思うならそうなんじゃない?」
俺たちが揃って状況を見ていると、それに気づいたヴィンスがキッと睨んできた。
「うぉい!! 調子乗んじゃねえぞ!? 俺くらいになったら、一目見たらわかんだよッ。雑魚かどうかぐらい! だからなァ──」
「それにしても本当にここの料理うまいな」
「でしょう? 気に入ってもらえて良かったわ」
「──お゛ぉい! 無ッッッ視すんじゃねえーよっ!!」
「そういえばお前さんらの団長から聞いたが、ヴィンスとリーナ嬢が仕事に向かう手続きをしてるらしいな。テオル少年も同行することになるんじゃないか?」
「──おっさんッ、お前ぇもかよッ。んあ!? ……つか」
ふと発したガリバルトさんの言葉に、騒いでいたヴィンスがぴたりと止まる。
そして少し間を置いて、俺たち三人は一斉にガリバルトさんへ顔を向けた。
「初仕事、か」
「思ったより早く来たわね」
「ちっ……んだよそれ。めんどくせぇ」
◆◆◆
十日後。
支給された黒のブルゾンを着た俺は、リーナとヴィンスと共に森を歩いていた。
「テオル! お前いらねえことすんじゃねえぞ!?」
双剣を持ったヴィンスが先頭を行きながら言ってくる。
「ああ、わかってるよ」
「リーナ! お前もだかんな!?」
「はいはい」
昼だというのに空は暗い。
これは大量の魔物の発生によって自然発生する魔法──魔結界の影響だ。
魔結界ができると外から結界内に入ることはできるが、中から外には出られなくなる。
今回はとある村が結界の範囲内にあった。
比較的大きめの結界の中にいるであろう数多の魔物たちによって、いつ被害が出るかわからない。魔物を倒し、いち早く魔結界を解消するのが俺たちの仕事だ。
「村の人たちに被害がなくて良かったわね」
「ああ。でも妙だな、魔物たちが動いてない」
先々と進むヴィンスの後に続きつつ、リーナと言葉を交わす。
「魔物って。まさかあんた、もう索敵したの!?」
「え、そうだけど……ダメだったか?」
「いや、別に悪くはないけど、それどれくらいの距離での話よ。私には探知できないわよ」
「ここから前に3KM。森を抜けた崖の下だな」
「さっ、3KM!? 普通は100Mもいったら優秀って言われるのよ!?」
探知魔法の結果を教えると、リーナが化け物を見るような目を向けてくる。
相手にバレないように極限まで薄く魔力を広げているので、俺のは普通よりも範囲が広いのだろうか。このくらいの距離は探知できないと意味がないと思うんだが。
「うぉいッ、うっせーぞ!? 邪魔すんなら帰れやッ」
大声を上げたリーナがヴィンスに注意される。
嫌々といった感じだったが、仕事にはかなり集中しているようだ。
ばつがわるそうにリーナは声を小さくした。
「そうね、テオルだものね……。これくらいで驚いてたら身がもたないわ。で、魔物が動いてないってどういうことよ?」
「そのままの意味だ。集団になって、一歩も動かずに突っ立ってる」
「そんなこと──いや、見たらわかる話ね。魔結界の規模的にも魔物が多そうだし、とにかく急ぎましょ」
相変わらずの化け物扱いをスルーして答える。
疑問はこの目で魔物を見るまで解消しないだろう。
俺たちは先を急ぎ、森を越え、開けた場所に出た。
そして。
「どうなってやがんだよっ、これ」
「確かに、これは妙な光景ね」
小高くなった崖の上から下を見る。
大地を分断するように入った亀裂の下では、細い川が流れていた。
その河原には、地面が見えなくなるほどの数の魔物。
黒く筋骨隆々な肉体に、禍々しいオーラ。
数千体はいるであろうあれは──
「ゴブリンアンデッド……か」
普通に出現する魔物ではない。それにこの数だ。
何者かの手によって生み出され、統率されていると考えられる。
「一切動かないで固まってるのもまた気味が悪いわね。とりあえず魔結界を消さないといけないから、大方倒さないといけないけど、どうする?」
「そうだな……」
「一旦戻って作戦を立て直す? この数に三人だと流石に厳し──」
「──決まってんだろ。全部ぶっ潰してやんぞ」
リーナの問いに俺が一考していると、ヴィンスが素早く答えを出した。
すでに彼は武器を構え、準備運動を始めている。
「俺とリーナがぶっ放すから、テオルはサポートに回れ。お前の魔力量じゃ大技は無理だろ」
「いや、俺もやるよ」
俺はヴィンスの横に立ち、ゴブリンアンデッドたちには気づかれないよう、狭範囲で全開の魔力を発した。
「これならいけるだろ?」
体内に押し留めていた俺の魔力がヴィンスに到達する。
「なるほどな、ちっとは……は、はぁ? おっ、おい、こんなの……ッ!?」
目を見開いたヴィンスが息を詰まらせる。
それを見て、俺は急いで魔力をコントロールし抑え込んだ。
「大丈夫か?」
「お、おぅ……。なっ、なるほどな。その程度の魔力がありゃ少しは役に立つ。だけどよ、共闘するなら練度が高くねえと。魔力が多いだけじゃ意味はないぜ?」
「あっ、じゃあ」
一緒に戦うのだから実力を認めてもらわないといけない。
裏で一人で働いても、実績を認めてもらえないかもしれないからな。
俺は再び体外に魔力を出し、丁寧に練り込む。
流れを意識して、限りなく澄むように。
「これでどうだ?」
「…………」
「……ヴィンス、これで納得してくれるか?」
俺の魔力に触れたヴィンスは沈黙している。
何か考えているようだ。
それから数秒間答えを待っていると、
「こ、これは凄ぇ──じゃなくて、一応ギリギリ認めてやらねえこともねえけど? まあ、俺の邪魔をしねえならな」
納得してくれたようだ。
よかった。
「リーナ、待たせてごめん。じゃあ早速──ってどうしたんだよ?」
待たせていたリーナの方に顔を向けると、彼女は大きく距離をとって後ろに下がっていた。
森の木に隠れている。
「い、いや……流石にさっきの魔力は化け物以外のなんでもないわね……」
「化け物……」
「あんなに綺麗で恐ろしい魔力、初めて見たわよ」
こちらに戻ってきながらリーナがそう言う。
ん〜、一応褒めてくれてる……んだよな?
「恐縮で……す? じゃあ気を取り直して、早速始めるか」
俺たちはそれから軽く作戦を立て、横に広がるようにポジションを取った。
まずは三人とも崖の上から全力の一撃をお見舞いする。
俺が使うのは命を奪っていい相手にしか使わないようにしている技だ。
二人とタイミングを合わせ、
「闇魔法──反転」
刹那、深淵を覗く闇が反転し、眩い光が顕現する。
常軌を逸した魔力の消費量。
要求される高度な制御技術。
光は縮小し、小さな粒──弾丸となる。
「〈暗殺の極地〉」
呟いた瞬間、俺が練った弾丸は──高速で崖の下にいる魔物に向い、その全てを消し去るように拡大噴射した。
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