第7話 酒場にて

「じゃあ行きましょうか」

「本当にいいのか? 俺は別に宿舎の食堂でも……」

「私が二人の方がいいのよ! だからほらっ、行くわよ?」


 夕飯はタダで利用できる食堂で済ますつもりだったが、リーナが騎士たちに人気の酒場に連れていってくれるらしい。

 どんな場所なのか気になったので、俺は有り難く同行させてもらうことにした。


 酒場は宿舎から数分の場所にあった。

 雰囲気のある、レンガ造りの建物だ。


「騎士ってずいぶんと洒落たところに来るんだな」

「まあ酒好きと美食好きに限った話よ。ここ、結構値が張るから」

「そ、そうか」


 大衆的な店を想像していたので驚いた。


「ほら、さっさと入った入った。もうお腹ペコペコよ」


 お高そうな店構えに足が止まっていると、リーナに背中を押される。

 扉を開き店内に入ろうとしていると──


「お、リーナじゃねえか。お前が一人じゃねえなんて珍しいこともあんだな」


 後ろから男が現れた。

 吊り目がちな赤髪の少年だ。


「へへっ、なんだよそいつ。あれか? 友達か? 彼氏か? 下僕かあ?」

「げっ、ヴィンス……」

「うぉいっ、『げっ』ってなんだよ!? 『げっ』って!! 俺様がせっかく話しかけてやってんのによ、失礼すぎんだろ!?」

「行きましょ、テオル」


 煙たがっているリーナに対して、大袈裟なリアクションを取る男。

 リーナは俺の腕を掴むと、くるりと彼に背を向ける。


「ちょっ、無視すんなって!? 別にお前がひょろい男がタイプでも何も言わねえよ! ただのコミュニケーションだろっ、コミュニケーション!」

「──は、はあ!? た、タイプってなによ! 意味わかんないんだけど!?」


 しかしヴィンスさんも店の中に入ってくる。

 無視しきれなかったのか、リーナは勢いよく振り向いた。


「それにね! あんたは顔も出さずにほっつき歩いてたから知らないだろうけど、テオルは新しく第六に入団したのよ!? こう見えて弱くないわよ!」


 ちょっとリーナさん。こう見えて、は余計だろ。

 それになんで自分のことのように胸を張っているんだか……。


「なっ!? おいおい、そんな奴がかよ!? 団長もどうかしてるぜ」

「ゔぃ、ヴィンス、あんたねぇ……」

「だってそうじゃねえか! 雑魚は入れねえ方針だったろ!?」


 ぐぎぎ、と苛立ちを見せるリーナ。

 あまりの言われように俺も苦笑を浮かべるしかない。


「この人も第六騎士団の?」

「ええ、まあ一応ね。命令がないと出勤さえしないバカだけど」


 話の流れから気になったので、リーナに耳打ちで尋ねてみる。

 するとやはり彼は俺の同僚だった。

 店先で長々と言い争いを続けるのも良くない。

 それに、同僚と不仲になって得することはないだろう。


「よろしくお願いします、ヴィンスさん。テオルといいます」


 そう思い、握手を求めたが。


「んだよ気持ち悪りい。利口ぶった喋り方すんじゃねえよ」

「そうよテオル、こんなやつに」

「は、はあ……。じゃあよろしくな、ヴィンス」

「っるっせぇ。お前みたいにとした奴が俺は一番嫌いなんだよ。ほれ、どいたどいた」


 差し出した手をはたかれてしまった。


 ヴィンスは元からこの店で誰かと待ち合わせていたらしい。

 店の奥へ行くと、席に座った大柄な男性に手を挙げ──


「あれ?」

「ん、どうかした? ほら、私たちも早く座りましょう」

「いや、あの人って……」

「ああ、ヴィンスの師匠のガリバルトさんよ。ほら、〝雷鳴〟のガリバルト。結構有名だから知ってるんじゃない?」

「えっ、あの雷鳴の!?」


 すでに何杯もの酒を飲み干し、真っ赤な顔でそこに座っていた男。

 彼はちょうど、街で腕相撲をしていたあの大男だった。


「待たせたな、ガリバルトのおっさん」

「おうヴィンス、遅かったじゃないかぁ〜。今日は荒稼ぎしたからよ、飲みまくるぞ〜」

「へへっ、出来上がってんな」


 かつて傭兵として名を馳せた魔法師。

 表舞台から姿を消し、消息不明と言われている有名な人物にこんなところで会えるとは。腕相撲で小銭稼ぎをしているなんて、イメージとは少し違うけど。


「おっ、そうだヴィンス。さきほど街でやばそうな奴を見たから気をつけろよ? 一見人畜無害に見えるが、あれは化け物だ」

「はあ? んだよそれ」

「何が狙いかわからんが──ぬ??」


 雷鳴に会えたことに感動を覚えていると、ガリバルトさんと目があった。

 街で顔を合わせたとき、逃げるように消えていったことも気になる。

 失礼を働いていたら申し訳ないし、挨拶でもしておくか。


「どうも。ヴィンスと同じ第六騎士団に──」

「お、おま、おっおまっ、お前ッ!?!? な、何故ここが──ッ!?」


 声をかける。

 するとガリバルトさんは椅子から転げ落ち、一瞬で酔いが覚めた表情になったかと思うと、素早く後ずさった。


「まさか!! い、命を狙って追って来たのか……っ!? くそ、儂はもう現役を引退した身だぞ!? どこの差金か知らんが、た、頼むっ。どうか、どうか見逃してくれぇえ……っ」

「…………あの、それはどういう……」

「わ、わかる。『何を馬鹿げた命乞いを』と思っているんだろ? だっだがなっ、儂もこの余生を楽しんでいるんだ。だからどうか、どうかこの通りだ! 見逃してはくれまいか……っ」


 真っ青な顔で勢いよく額を地面に擦り、ガリバルトさんが土下座をする。

 その騒ぎに他の客から向けられる奇異の視線。


「やっぱりガルバルトさんにはわかるのね……」


 後ろでリーナが『実力を見抜く』とかなんとか呟いている。

 しかしそれは今はどうでもいい。


 とにかく……なんだこの状況?

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