第6話 新生活の一日目

 騎士団宿舎。

 そのベッドの上で久しぶりの睡眠から目を覚ます。


 俺は昨日、諸々の手続きを済ませてからここにやって来た。

 豪華絢爛な内装に期待を膨らませたが……扉を開くと、与えられた部屋は当然のように物で溢れかえっていた。

 何やら隣の部屋の住人──リーナが無断でここを物置にしていたらしい。


 入団は反対、もしくは時間をおいてから。

 そう言っていたのはこれを隠すためだったのか。

 

「せっかく広い部屋なんだから、早く片付けてもらわないとな」


 所狭しと積み重ねられた木箱。

 その間を縫って顔を洗いに行く。

 そうこうしていると、ようやく日が昇ってきた。


 三時間以上眠ったのはいつぶりだろう。この上なくスッキリした気分だ。


 今日は自由に過ごしていいとのことなので、私服に腕を通して外に出る。

 と、そのとき。


「「……あ」」


 ちょうど同じタイミングで、隣室の扉が開いた。


「おはようリーナ。あの、荷物──」

「お、おはよう! ちょうどいいから街の案内でもしようかしら? ほら、いい天気だしっ! ね?」

「いや、その前に荷物を……」

「…………あ〜もうっ! わかったわよ! 今日中にやるから!!」


 よし、言質は取ったぞ。


「てか何よ。逃げ出そうと思って早起きしたのに、鉢合わせって!」

「……に、逃げ出すつもりだったのか」

「休日はもっと寝なさいよね! それなのにあんた、こんな時間に起きてっ」

「お陰で誰もいない部屋の前で一日中張り込まずに済んだよ」

「いやいや。張り込みって……あっさりヤバい本性を現すわね……」

「そのくらいのことなんだ。他人の部屋を物置にするってのは」

「うっ……」


 ドン引きから一転、ぎくりとするリーナ。

 そんなに悪気があるなら初めからするなよな……。


「じゃ、じゃあ街を案内するから行きましょ」

「え、本当に今からか?」

「ええ。荷物は少しずつ私の部屋に移すから。あんたの面倒を見るって話だし、ほら、人出が増える前に行くわよっ」


 腕を掴まれ廊下を進む。

 どうやら俺の教育係を本当に請け負ってくれるらしい。

 まあ単に荷物運びが面倒くさくて、後回しにしてるだけかもしれないけど。






「ここが大図書館ね。歴史から魔法、一般に流通してない希少な書物まであるわ。騎士ならいつでも利用できるわよ」


 街の中心地にある神殿のような建物。 

 その前をリーナの説明を聞きながら通過する。


「あっ、あそこは最近人気のカフェね。でも今日行くのは私のおすすめの店」


 リーナは丁寧にいろんな場所を教えてくれた。

 街を二人で歩き回っていると、日が高くなり少しずつ人が多くなってきた。

 昼食をリーナの行きつけの店で挟み、散策を再開する。


「数年ぶりだよ、こんなにのんびり街を歩いたの」

「へ? あんた、一体どんな環境にいたのよ……」

「まあ、ちょっとな」

「ふーん」


 教育的に──そして性格的にも、自らを深く話すことはまだできない。

 任務に関係なく築かれた初めての人間関係。その素っ気ない返事が心地良い。


「うちの騎士団はみんな自分の意思で在籍してるから、抜けるのは自由よ。目的があるからいるだけ。だからあんたも気楽に行くといいわ」

「……ああ」

「案外人間ってどこでも生きていけるからね」


 そう言ってリーナが顔を覗き込んでくる。

 浮かべられた明るい笑顔に、俺は思わず顔を逸らしてしまった。


 王都の中心区を巡り終え、宿舎のあたりに戻ってきた。

 出発時にはまだ白かった空が、今はもう赤く染まっている。


「今日はありがとう。楽しかったよ」

「そっ、そう。なら良かったわ。私も結構……楽しかったし」


 感謝を述べるとリーナは頬を夕焼け色に染め、そっぽを向いた。


「テ、テオルさえよければまた──」

「? なんだあれ」

「え? あっ、ああ。あれは串焼き屋よ」


 リーナの向いた方にあった屋台。

 俺は流れてくる良い匂いに惹きつけられる。


「…………なに、食べたいの?」

「いや、そういうわけじゃ。いま一銭も持ってないし」


 屋台を凝視していると、リーナがジト目で尋ねてくる。


「はぁ……それくらい私が奢ってあげるわよ。ほら、ここで待ってて」


 手持ちがないので諦めよう。

 そう思っていると、ため息を吐いたリーナが駆け足で買いに行ってくれた。

 彼女は数人の列の最後尾に並ぶ。


「そういえば、何気に屋台の物を食べるのって初めてだな」


 最初の給金でリーナに何か恩返しをしよう。

 心に決めたその時、街の一角で盛り上がる集団が目に入った。


「うぉーすっげーっ! 昼からずっと負けなしだぞ!?」

「惜しいとこまではいくんだけどなっ! 強すぎんだろあのおっさん」

「誰か、誰か俺の金を吸い取ったあいつに勝ってくれぇえええ」


 一団の中央には大男がいた。

 何やら強面の彼に参加費を払い、腕相撲を挑んでいるらしい。勝利すれば今までの挑戦者たちが支払った参加費の全てが貰えるそうだ。


「ふぅ……ぬんっ」

「──うおッ!?」


 気になり近くまで行ってみる。

 ちょうどまた、果敢な青年が敗北を喫したようだ。


「さあ次! この大金が欲しいバカどもはかかっ、て……ッ!?」


 箱にたんまりと入った硬貨を見せながら、男は俺たちの方に目を向けた。

 すると突然、俺と目があった瞬間に彼は何故かギョッとした顔になる。


「な、な……」

「ようっし、次は俺だぜッおっさん!」

「だ、黙らんか! きょ、きょ今日はここまでだ……っ!」


 見る見る青くなっていく大男は、意気込む次の挑戦者にそう言うと、撤収の準備を始める。


 知り合い……ではないはずだ。

 どうかしたのだろうか?


「──もう、待ってって言ったわよね? はいこれ」

「あ、すまん。ありがとう」


 顔の横に肉串を差し出され、振り向くとリーナがいた。


「ん? なによこの人混み」

「ガタイがいい人に腕相撲を……ってうおっ、これ美味っ!?」

「うん! 確かに結構美味しいわねっ」


 リーナからもらった肉串にかぶりつく。

 シンプルな味付けにジューシーな脂。俺が噛むたびに広がる旨味に感動していると、リーナが自身の分の肉を食べながら言った。


「ん? ガタイのいいやつなんていないじゃない」

「あれ? さっきまでいたんだけど……あっ、もうあんなところに」


 見るとすでに男の姿はなかった。

 あたりを見回すと、硬貨が入った箱を抱え、ちょうど大男は街角に消えていくところだった。

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