第3話 不幸中の超幸い

「……だっ、第八グループ、そこまで!」


 グループを監督していた試験官がそう告げた。

 早すぎる終了の合図に、他のグループや試験官達の動きが止まる。


「おい、あのグループ……何があったんだよ」

「あっあいつが一人で全部やったのか!?」

「ひょえー、別の組でマジ助かったぁ〜」


 ざわつきが広がり出す。

 それからしばらくして、俺の近くに数人の試験官が駆け寄ってくると、他のグループは順次試験を再開した。


「こ、これを君が?」

「えっと……はい」


 やらかしてしまった。

 どうせ数人しか倒せず、すぐに木剣を使ったやり取りに移るだろう。そんな風に考えたのが間違いだった。

 まさか今まで対峙してきた人たちと、こんなにレベルの差があるなんて。


「参ったな、私たちもこんなことは初めてでね。『一瞬で全員が倒れていった』と聞いたんだが、どんな魔法を使用したんだい?」

「いえ、魔法は使ってません。ただ……つい、手刀でダウンさせることに集中してしまって……」

「……そ、そうか」


 この中で一番先輩なのだろう。

 代表して声をかけてきた男性は、それきり黙り込んでしまう。


 これは失格になるかもしれないな。

 そう考えているときだった。


「いや〜、いいものを見させてもらったよ」


 いきなり後ろから声がした。

 振り返ると俺よりも年下に見える金髪の少年がいる。

 年齢は、十二歳くらいだろうか。


 しかし羽織っている真っ黒のブルゾンには、オイコット王国騎士団のエンブレム。騎士だ。


「でも、残り十人になった時点で試験は終了なんだから、これじゃダメだよ。最低限のルールを守れないようでは……失格だね」

「おい! 一次試験は我々の管轄だぞ。勝手に口出し──」

「慎まんか!! 申し訳ありませんッ! 承知いたしました」

「そんなに畏まらないでくれよ。僕は全然気にしてないからさ」


 部下の試験官が少年を咎めようとすると、先輩がそれを制止して頭を下げた。

 何やらこの少年、なかなか偉い人物だったらしい。


 それよりも。

 やっぱり失格かぁ……。

 俺は試験を荒らしてしまった申し訳なさ半分、やらかしてしまった後悔半分で何も言えない。


「というわけで、この少年は僕が預かる」

「え……? も、もちろん構いませんが……それはつまり」

「うん。そういうことさ」


 結局、試験官と少年が話をして、俺は少年に引き連れられて会場を後にすることになった。


 周りの試験官たちが「あの受験生、第六に行くのか!?」と俺の方を見て騒いでいたけど、ここを出たら別の仕事を探さないといけない。

 そう思うと、周囲の言葉は全て右から左に流れていった。






「ここが騎士団本部だ」

「え?」

「まあうちは小規模だから面倒な上下関係もないし、気楽によろしく」

「え?」


 そして今、何故か俺は巨大な建物の中にいる。

 何がどうしてこうなったんだ?


「うちは姫様直属の新設の騎士団でね。団員は全員、僕がスカウトしてるんだ」


 困惑する俺をよそに、足を進める少年。

 王都の中心地にある、一区画まるごとを占拠した騎士団本部の中は三階まで吹き抜けになっていた。


 忙しなく働く人々の姿。

 中央には魔力昇降機エレベーターが三つもある。


「僕はオイコット王国第六騎士団、のジンだ。試験は失格になってしまったことだし、ぜひ特別枠のうちに来てくれないかい?」

「あの、えーっと……つまり」

「うん。君さえよければ入団できるってことだ」

「は、はぁ……。もちろん嬉しい──って、だ、団長っ!?」

「あっ、もしかして疑ってる? こんな見た目だから」

「い、いえ。そういうわけじゃなくて……ただ驚いて」


 ジンと名乗った少年の後に続き、魔力昇降機に乗り込む。


 顔を見て固まっていると、違う意味に取られてしまったようだ。

 もうオイコット王国の騎士になるチャンスはないと思っていたから吃驚した。

 まさかこんな幸運に恵まれるなんて。


「それにしても君の気配の消し方──魔力制御技術には驚かされたよ」


 彼は感心したように続ける。

 聞くと、あの時気配を消した俺を目で追っていたらしい。


「あれを見て確信したね、欲しい人材だと。だから僕としてはぜひ、えー」

「ああ、テオルです」

「テオルには入団してもらいたいところなんだけど、どうかな?」


 安定した収入を確保でき、興味のある職業に就けるなんてこの上ない話だ。

 断る理由はもちろんない。


「っ! ぜひ、よろしくお願いします!」

「うん、じゃあよろしく。っと、その前に一つだけ」


 ジン団長がそう言うと同時に、魔力昇降機エレベーターの動きが止まる。

 扉が開くとそこは、魔法障壁で壁が強化された地下訓練場だった。


「他にいる三人の団員のうち、今日来てた一人が新しく誰かを入れるのは反対だって言ってね。納得させるために彼女と手合わせをしてくれないかい? 僕の見立てでは大丈夫だと思うけど、念のために実力を見せるってことで」


 団長はただ一人、訓練場の中央で腕を組んで立っている美女に目を向けた。

 腰まで伸びたに青い瞳、整った顔の美しい少女だ。年は俺と同じくらい。何か、めちゃくちゃこっちを睨んできてるけど。


「あれ? あの人って……」


 団長に続いて少女の元へ行く。

 すると、


「ジン! いきなり団員を増やすって出ていって、一体どういうつもりよ!?」

「仕方ないじゃないかリーナ。急に良い人材を得られるチャンスが来たんだから。まったくあいつも、もっと早く教えてくれたら良いのに」

「っ! 団員は四人で決まり。そう言ったでしょ!?」


 少女は腰に手を当てて団長に詰め寄る。


「で、結局誰も見つからなかったってことでいいのね?」

「いや、もちろん逸材がいたよ。君も見たら絶対納得すると思うんだけどなぁ」

「そんなの私がこの目で見てから決めるわ! それで、そいつは?」


 どうやらあまり歓迎されていないらしい。リーナはあたりを見渡した。

 面倒なことになりそうだったのでつい俺は、意識的に存在感を強める。


「……ここだ」

「ひぃっ! なっ、なに、いたのねっ」


 彼女には俺が突然現れたように見えたのだろう。

 びくりと跳ね上がったが、すぐにハッとしたような表情に変わった。


「て、あぁー!! あんた、記念受験の!!」

「あれ、君たち知り合いかい?」

「私が受付の手伝いしてた時に来たのよ、こいつが!」

「はあ……やっぱり同一人物だったか。顔つきも言葉遣いも全く違うから別人だと思ったんだけど」

「何よ、私が猫かぶって頑張ってたって言うのに! 文句あるっ!?」


 そう。

 団員だと言う彼女──リーナは俺の受付を担当してくれた人物だった。

 本人が言う様に猫をかぶっていたとはいえ、怪我しないようにと心配してくれたのだから、決して悪いやつではないのだろうが……。もうこれ、実質別人だろ。


「ははっ、結構気が合ってるじゃないか」

「「いや、どこが」」


 リーナと発言が被った。

 顔を赤くして、ぎろりと睨まれる。


「ほらやっぱり。でリーナ、君が手合わせに勝ったら入団は認めないんだろう?」

「もちろんよ! 弱い奴はうちにはいらないし、と、とにかく! 私は団員を増やすのに納得がいかないのよっ」

「じゃあだ。君が負けたら当分の間、テオルにいろいろと教えてあげてくれよ?」

「ふんっ、まあそれくらい別にいいわ。、私がこいつに負けたらね!?」


 ジン団長とリーナが言葉を交わす。


 とにかく、だ。

 彼女のお眼鏡にかなわなければ俺は入団できないと。

 相手と面と向かって戦うタイプではないため、不安が残るがここはやるしかない。


「テオル、頑張ってくれよ?」

「はい。頑張ります、全力で」


 決意を固め、俺はリーナと一戦を交えることになった。

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