第4話 手合わせは全力で

「よし、じゃあ始めようか! 二人とも準備はいいかい?」

「はい」

「ええ、いいわよ」


 どこかワクワクした様子のジン団長。

 距離をとった俺とリーナが返事をすると、彼は挙げた手を素早く振り下ろした。


「では、始め──ッ」


 その刹那、リーナの纏う空気が変化した。

 手に持つ美しい黒剣が魔力を覆う。


血鬼神降剣けっきしんこうけん──〈暗黒童子〉!」


 リーナは剣を持ち上げ指を小さく切ると、剣身に血液を伝わせる。

 噂に聞いたことがある。神になった鬼を降ろし、圧倒的なまでの力を得ることができる剣術があると。


「一瞬でわからせてあげるわ。あんたが実力不足だって」

「っ!?」


 次の瞬間。

 瞳が赤くなったリーナが目前に迫っていた。


 予想外のパワー型。

 正面からやり合うのは得策じゃない。

 後方に跳んだ俺は、瞬時に得意の魔法を展開する。


「闇魔法・〈存在隠蔽〉」


 すると何もない空間に闇が出現。

 俺の身体を飲み込み、極限までその存在を薄くする。


「──!? 消え……た?」


 リーナには俺が突然消えたように見えたはずだ。

 目を見開いた彼女は急停止すると、周囲を警戒し始めた。


 身体が闇に馴染む、存在が希薄になっていく不思議な感覚。

 もう動いても風を切る音すらしない。

 それは世界から俺の存在が、完全に消失したことと同じだ。


「おーこんなことも……。凄いなぁ、本当にいなくなったみたいだ」


 緊迫した空気の中、審判を務める団長が感心したように呟いた。

 幼い頃から父さんに仕込まれた気配の消し方。これのせいで何もできない、仕事をサボっていると言い草をつけられたけど、自信がある立派な特技の一つだ。


「あいつ、どこいったのよ……っ!」


 リーナはぐるりとあたりを見回す。

 暗殺者との戦いに慣れてはいないようだな。

 だが、すぐに打開の一手を決めたのか剣を構えてくる。


 冷静な心でペースを乱さず、着実に接近して行っていた俺は足を止めた。


呪剣じゅっけん・〈物淋ものさびり〉ッ!」


 瞬間。

 勢いよく彼女が剣を横一閃に振り、回転した。

 全方位に斬撃が飛ぶ。


 とんでもない速度に不吉な予感。

 凄腕剣士が放った未確認の攻撃に、俺は高く跳んで回避を選んだ。

 しかし──。


「連撃ッ!」


 リーナもまた高く跳躍しながら、先程の斬撃を何度も飛ばしてくる。

 空間に生じる幾層もの斬撃。くそ、連発できる技だったか……っ。


「闇魔法・〈深淵剣しんえんけん〉」


 体を捻り躱すが、最後の一つは厳しかった。

 いくら気配を消しても攻撃に触れるとバレてしまう。しかしここは仕方がない。

 何もない空間から漆黒の剣を取り出し、俺は迫り来る斬撃を打ち払う。


「見つけたわ! ──そこッ!! 呪剣・〈陰々滅々斬いんいんめつめつざん〉!!」


 リーナは視界の端での僅かなズレを見逃さなかった。

 直後、俺は目を見開く。


「……!?」


 さらに速度と威力が上がった斬撃が、眼前にあったのだ。

 久しぶりだ、ここまでの相手は。入団できるように頑張らないとな。


 ギアを一段上げ、手に持った深淵剣で斬撃を払う。

 すると突如、滑らかな動きで激しさのなかった斬撃が変化した。

 剣に触れた瞬間に轟音が鳴り、俺は強烈な爆風に襲われる。


「ふんっ、これで終わりよ!」

「──なるほど……精神干渉かッ」


 この斬撃は爆発的な物理攻撃だけでなく、接触した敵の精神を侵すもの。

 発現した魔力が身体に纏わりついてくる。


 脱力した俺は壁に打ち付けられ、訓練場内に張られていた魔力障壁が破れた。衝突によって壁は破壊され、粉塵が舞う。


「早く降参しなさい。最悪死ぬわよ?」


 勝利を確信したリーナの声が耳に届く。

 このままではやがて精神が崩壊し、死んでいくのだろう。苦しみ発狂しながら。

 だが当の俺は、土煙の中で倒れずに立っていた。


「なっ……無傷!? そ、そんなはずは……っ」


 深淵剣を振って風を起こし、視界を晴らす。


「もしかして精神攻撃無効化の魔導具……? いえ、確かに発動した手応えは……」

「それはこの深淵剣けんに対して発動したんだよ」

「……えっ?」

「これは攻撃を引き寄せる効果を持った防御特化型のたて。そして一つの生命体だ」


 飼い慣らし闇魔法として手に入れた俺の固有魔法だ、と発動したはずの精神攻撃が理由を説明する。


「だから迫ってきた攻撃をこの剣で切れば、一定のダメージまでは闇に葬ることができる」


 できる限り避けたいが、正面対決になった場合はこれを使って策を練る。

 それが俺が最も慣れた戦闘スタイルだった。


「は? ……なによそれ」


 しかしそれを聞いて明らかに不機嫌になるリーナ。

 結構いい戦いができたと思ったが、期待外れだったのだろうか。

 なんせ精神攻撃のため、そこまで威力がなかった先程の一撃。あの倍もあれば、深淵剣は耐えきれず簡単に破られてしまう。


「一応他にも保険として──」

「そんなの、いくら戦っても無理じゃない」


 ……ん?

 言い訳がましいが、認めてもらえるように他の技もアピールしようとしたら、リーナの口から出たのは予想外の言葉だった。


「え? あっ、あぁ……ん? いや、だからもっと威力の高い攻撃の場合は……」

「あーもうっ! さっきのが私の最大火力って言ってるのよ!!」


 剣を鞘に戻し、乱暴に頭を抱えるとリーナは膝から崩れ落ちる。

 瞳の色が青に戻った。


 俺の気を抜かせるためかと疑うが、どうやらそうでもないらしい。

 怒っているわけでも失望しているわけでもない……ということは。


「あぁ……。じゃあ、俺の勝ちで……」

「ひ・き・わ・け! 私が降参してないんだから、引き分けよ! 入団も認めるし教育係もやるから、入団は今日じゃなくてまた後日……」


 いやなんでだよ。

 まあ入団を認めてくれるなら別にいいが、どうも発言の後半部分が気になる。

 目を向けると、こちらに歩いてきている団長も怪しむような視線をリーナに向けている。それに気がついたリーナはというと……あっ、目逸らした。


「団長、とりあえず手合わせは終わりってことでいいですか?」

「うん、そうだね。リーナもこんなだし」


 念の為に団長に確認をしてから、俺は発動していた魔法を解除した。

 手に持つ漆黒の剣が消え──そして俺自身も消える。


「へ? ジ、ジンっ……あいつまた消えたわよ!?」

「──いや、ここにいるぞ」

「きゃあっ!?」


 唐突に背後から聞こえた俺の声から逃げるように、リーナは前に倒れ込む。


「やっぱりそこにいたんだ」

「あ、見破られてましたか?」

「いいや。急に君が無防備に剣の説明をするものだから、もしかしてって思ってね。確信はなかったんだけど、流石だね」


 団長に技術を褒められる。

 なんだか照れ臭いが、素直に嬉しいものだ。


 深淵剣を取り出し斬撃を払った俺は、実際に壁に打ち付けられた。

 しかしリーナの攻撃が精神干渉系だと分かった瞬間、この次の一手が攻めに出るチャンスになるだろうと読み、土煙の中で手印を結んで〈幻想演劇〉という闇魔法を発動したのだ。


「な、何がどうなってるのよ……!」

「リーナ。君が話していたのはテオルが生み出した幻じゃないかな。僕もまんまと騙されていたから、場にいる全員が対象のトリッキーな魔法だと思うけど……合ってるかい?」

「はい」

「は、はははっ……。なによ、それ……」


 リーナが顔を引き攣らせて、乾いた笑みをこぼす。


「あーもういいわ! 私の完敗で。勝手にしなさいよ」

「おおっ! ありがとう。じゃあ入団は……」

「あ。や、やっぱりちょっと待って! 実は──」

「うん、問題なしってことでひとまず決定だね。テオル、ようこそ第六騎士団へ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る