第2話 騎士になるため試験へ

 山奥にある屋敷を飛び出してきたが、これからどうしよう。

 俺は険しい山道を下りながら考えていた。


 今まで暗殺に関することばかりやってきたので、他に得意なことは何もない。

 個人で暗殺稼業を続けるという手もある。

 しかし、生き甲斐としていた仕事漬けの日々の結果がこれだ。


「情けないけど、いいきっかけかもしれないな……」


 足を洗って人生を変えよう。

 自分には暗殺これしかないのだと言い聞かせるのはもう終わりだ。

 それに、他の世界を知りたい。

 生きていくためにはお金が必要だから、どこかの街で働きながら。


 だけどその前に五日も眠っていないんだ。


「とりあえずどこかで睡眠をとって──あっ……そういえば」


 その時、何故か不意に祖父がしていた話を思い出した。


「たしか……『オイコット王国で騎士になるための一般試験が行われる』って」


 馬鹿げた殺しをしたことはない。胸を張ってそう言える。

 けれどこれまでは命を奪う人生だった。

 これからは人を護る〝騎士〟になってみるのも良いかもしれない。世の中のことをたくさん知ることもできるだろう。


 オイコット王国は広大な領土を持つ大国だ。

 騎士たちは非常に高いレベルにあるらしい。この目で見てみたいと前々から思っていたが、結局仕事で忙しくてそんな暇はなかった。


「試験に間に合うか分からないけど、とりあえず行ってみるか」


 眠い目を擦り、俺は大急ぎで王国を目指すことにした。

 寝るのは後回しだ。




 ◆◆◆




 オイコット王国。

 その都は活気に満ちていた。

 幅の広い街道にいくつものの露店が並んでいる。


「あの、すみません」


 俺はいま、試験の受付会場にいる。

 ピークが去り、滑り込みの受験者がちらほらといるだけだが、どうにか間に合ったようだ。グッジョブ不眠不休。


「あのー」

「…………」


 しかし十個以上ある窓口のうち、唯一対応中でないところに来たが、声をかけても一向に青髪の受付嬢は反応してくれない。

 机に肘をついてぼうっとしているだけだ。


「受付! いいですか?」

「……? っ!? あっ、ご、ごめんなさい。もう終わりとばかり……気を抜いちゃって」


 どうやら俺がいることに気づいてなかったらしい。

 ハッと焦点が合うと、彼女はそれからテキパキと登録手続きを行なってくれる。

 手を振った上に大声を出さないと気づかれないなんて。

 きっと多くの受験者を相手して、相当疲れてるんだろう。


「では登録は以上になります。こちら、受験番号です」

「ありがとうございます。あのー、お仕事お疲れ様です」

「あっ、お気遣いありがとうございます。それよりも、えーっと大丈夫ですか? その……」


 番号が書かれた紙を受け取り試験会場に向かおうとしていると。

 改めて俺の全身を眺め、受付嬢が声をかけてきた。


「頑張りすぎて怪我をしないように気をつけてください」

「え? あ……はい」


 なんか、心配されてる?






 ドーム状の会場内。

 そこには数十の石舞台が並んでいた。

 それぞれ百人前後の受験者がその上で試験の開始を待っている。


「すごい人の数だなぁ」


 道中で聞いた話によると、この試験には各地から強者つわものたちが集うらしい。

 俺も用意されていた木剣を手に取り、受験番号で割り当てられた台に上がる。


 そして試験開始を待っていると。


「──おっと」

「んあ゛?」


 突然、背後から誰かにぶつかられた。

 振り返るとそこにはスキンヘッドの背の高い男。

 近づいてくる気配からして、避けてくれるとばかり思っていたが……。


「なに突っ立ってんだよ!?」

「ああ……すまない」

「はっ、見るからに弱そうなガキだぜ! 細えし覇気がねえ」


 男はいきなり高圧的な態度で怒鳴ってきた。

 俺が呆気に取られていると、それをどういう風に取ったのか男は腹を抱えて笑い出す。


「ぎゃははっ、何ビビってんだよ!」


 指をボキボキと鳴らし、周囲に聞かせるように声を張り上げる男。


「自信がねえなら来んなよな……ったく」


 これは、面倒な人に絡まれてしまったな。

 でもお陰で思い出すことができた。


 うっかりしていたけど、暗殺者は癖で存在を希薄にしてしまう。

 だから一般の人と接する時は意識的に気配を強めないといけないのだった。

 でないと俺がいることにもらえない。

 この人や──受付の彼女のように。


「一般枠は実力があるやつが受けに来んだよ……俺みたいなな! 雑魚は怪我する前にお家に帰りな」


 男はそう言うと、わざと体をぶつけて石舞台の中央へ消えていった。


 それにしても周りの人たちも自信にあふれているらしい。

 見るからに体が大きい者ばかりで、「ぷっ……言い返すこともできないってか」などと口々に言いながら、見下した目を俺を向けてきている。


「やる気があるってことで好意的に受け取っておくか」


 冗談めかして小さく呟く。

 しばらくすると、高い台になった場所に一人の男性試験官が現れた。


「──受験生諸君ッ! これより試験を始める!! 一次試験の内容は至ってシンプル。その闘技台の上で戦い、場外に飛ばされるかダウンした時点で即刻脱落。各台最後まで残った十名が合格となるッ!」


 それからされた説明によると、他にも優秀な者は追加合格となる可能性もあるらしい。


「どんな技を使っても良いが、もちろん相手を死なせるようなことはないように! では、開始の合図を待たれよ!!」


 つまり、最優先すべきは試験官にこと。

 説明が終わり俺が準備運動をしていると、周囲から無数の視線が注がれた。


「やっぱり狙われるか……」


 獲物を見るような目つき。

 先程の男との一件を知っている者たちが俺を狙ってきている。


 比較的弱い相手を倒して、実力を見せつけようという魂胆だろう。

 しかし、俺も変に逃げ回る気はない。

 二次、三次と続く試験に備えて全力で挑むつもりだ。


「へへっ、景気づけにお前は俺がいただくぜ。安心しろ、骨折程度で済むようにしてやるからよォ」


 気合を入れていると、ぶつかってきたくだんの男がこちらに戻ってきた。

 猛者は実力を測られないように対策をしているはずだ。

 一見弱そうに見える人にも警戒は怠れない。


「それでは! 第一次試験、開始──ッ!」


 その時、会場内に開始を告げる合図が響いた。


 早速攻めに出る者。

 それに便乗して活躍しようとする者。

 距離を置いて相手の強さを測ろうとする者。

 俺は、修練で身につけた方法で気配を薄くした。


「な……ッ!!」


 すると。

 我先にと俺に近づいてきていた人たちが、一様に目を見開き唖然とする。

 当然、全員が全員驚いた表情をするわけがない。


 この中のうち、どれくらいが演技をして罠を張って誘ってきているのか。


「おいッ! あいつどこに消えやがった!? クソッ、どうなってやがる!!」


 俺を自分の獲物だと主張していたスキンヘッドも取り乱している。

 かなりの演技派だが、あれは完全に罠だろうな。


「ふぅ──行くかッ!」


 俺は気配を消して駆け出した。

 簡単に背後を取れる相手は小回りのきく手刀を振り下ろして気絶させる。


「お、おいおいッ!? なんでいきなり倒れて──」


 移動しながら一人、二人、三人と。

 数を減らしていく中、スキンヘッドの背後にも回り込むことに成功した。

 あまりにあっさり上手くいったが……あんなに意気込んでいたんだ。

 もしかして、ここまでを計算して!?


 確かに俺に「決まった」と油断させ、そこから最小限の動きで腕を掴んで背負い投げ。そこから木剣で一気にとどめを刺す、という手もある。

 随分と舐められたものだが、思わず喉が鳴ってしまう。


 なら……これならどうだっ!?

 俺は警戒を最大まで引き上げ、手刀ではなく木剣を振り下ろすことにした。

 すると次の瞬間。


「──ぶぐぅはっ!?」


 何の抵抗もなく、木剣が決まった。

 男が膝から崩れ落ちる。


「…………あれ?」


 騎士を目指す若きたち。

 その彼らが……白目を剥いて倒れているこれなのか?


「いやいや、今は試験中だ。と、とにかく無駄な思考はよそう」


 とりあえず体を動かし続けることにする。

 予想外の混乱をかき消すために。

 風が吹き抜けるように最高速度で手刀を連発。


 そして気がつくと──台上に立っているのは俺だけになっていた。

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