番外編 知らなかったこと

「うわぁ、やっぱり混んでるなぁー」


 とある祝日のこと。

久しぶりに一日中、なんの用事もなく暇を持て余しそうだったので、俺は街のショッピングモールにやって来た。そこは案の定、カップルや家族で来ている人たちが多く、一人で歩いていると少し寂しく感じてしまう。楽しそうに水着を選んでいる女子高生や、父親の腕を引っ張ってゲームセンターへ入っていく子ども。なんだか懐かしい気分になる。

 特にこれといった目的も無い俺は、店内をぶらぶら歩き回っていた。


「そういえば、あの漫画新刊でたんだったな」


 急ぎ足で、目に入った本屋に入り、新刊コーナーへ向かった。青年ジョンプ、青年ジョンプ〜♪案外、自分の欲しい漫画を探す時間は嫌いじゃない。他のことを考えず、一つのことに没頭するという時間は悪くないものだと思う。


「お、あったあった!」


 残り一冊のその本に手を伸ばす。

すると、隣からも違う手がスッと伸びてきて、同じ本を掴んだ。

 あ、あぁ……。あぁ……。

クソっ、俺は欲しい本すら取れないのか…ッ!


「あら、お兄さんもこの漫画読んでたのね」


 突然聞こえてきた声に驚いた。

それは、とても優しくて聞き慣れた声。


「えっ、お、お姉さん!?」

「こんにちは。今日は家にいてもやることがなかったから散歩ついでにここに来たのよ」

「そうなんですか。それで、この漫画は……」

「あなたも好きなんでしょ?残り一冊だし、あなたに譲るわ」

「それじゃあお姉さんはどうするんですか?」

「そうね……。今日、私の家に来ない?そこで先に読んでもらって、そのあと私に貸してもらえるかしら?」

「えっ!?」


 これって、お家デートのお誘いなのか!?

もし、そうじゃなくても、これはお姉さんとの距離を縮めるチャンスなんじゃ!?


「ダメ、かしら?」


 彼女は不安そうに首を傾げる。

そんな姿すらも可愛いと思ってしまうのは俺だけではないだろう。

 俺は、自分の意思を伝えるべく、即答した。


「いえ!行かせていただきます!」

「ふふっ、よかった。ずっと一人だと寂しかったの」


 反則だろ、その発言ッ!!


「お姉さん、寂しがり屋なんですね」

「仕方ないでしょ。これでも女の子なんだから。それに、私のことずっとお姉さんって呼んでるけど、ちゃんと里美さとみっていう名前があるのよ。伝票見ていないの?」


 腰に手を当てて、俺の前で人差し指を立ててそう言ってくる。そういえば、あんまり見てなかったな。


「えっと、里美、さん……?」

「ふふっ、よろしい。なんですか、康太こうたくんっ」


 一瞬、時が止まったかのように感じてしまった。俺の名を呼びながら微笑む里美さんの姿が、あまりにも無邪気で可愛らしかったからだ。


「そ、それはほんと反則ですよ……」

「ん?」


 恥ずかしさで押し潰されそうだった俺は、しばらく彼女と目を合わせることができなかった。

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