第82話

琴坂ことさか

 何度、声をかけたことか。

さと、行こう」

 また無視かよ。

「う、うん…」

 宮司みやじは俺をチラッと見るや、哀れんでいる。

 朝からずっと琴坂に無視されていた。

 どうしてなのか。

 なんとなく分かる。

 弓削ゆげさん救出作戦のことを、琴坂に話さないでいたからだ。

 危ないから伝えるな、と挑夢のぞむが言っていたからそうしたのに…。

 早く機嫌なおんないかな…しんどいよ。



 なんで教えてくれなかったの。

 教えてくれた上で、危ないから待って、て言ってくれたら、ちゃんと言うこと聞くのに。

 最初は怒りの感情に任せて無視し続けたけど、そろそろ限界。

 仲直りするタイミングが見つからない。

 「良いの?この授業が終われば放課後だよ?」

 里が心配していた。

「うーん…限界、なんだよね…」

 本音がポロッと溢れた。

「しょうがないなぁー。私がなんとかするよ!」

「ありがとう、里」

 頼りになるなぁ、里は。

 はぁ…早く仲直りがしたいよ。



 授業中に届いた手紙。

 開いてみると『空き教室に来て』と宮司からだった。

 何だよと思いつつ、今、空き教室前に来ていた。

 コンコンとノックをしてからドアを開けた。

 そこには。

「あっ…」

 開いてるドアの前で風にあたる琴坂がいた。

 髪がなびいて、綺麗に見えた。

 肩辺りだった長さが、少し伸びたんだな…。

「琴坂」

 呼んだ。

 彼女は俺の方を向いた。

「あっ…雅虎まさとら君」

 やっと反応してくれたー!

 琴坂が窓を閉めて、俺の方に向き合った所で。

「すまなかった」

 俺は頭を下げた。

「わっ!?」

 驚いた琴坂も「ごめんなさい」と頭を下げた。

 同じタイミングでそっと顔を上げた俺達。

 目が合って。

「「あはは!」」

 笑ってしまった。



「教えれば良かったんだな」

「そうだよ!」

 やっと琴坂の気持ちが分かった。

「無視は途中からキツかった!」

 だよなーって思いつつ、苦笑いして。

「悪かったって」

 仲直り出来て安心した。

「雅虎君、今日は一緒に帰ろう?」

「良いよ、帰るか」

 仲直りの印のように、一緒に帰ることにした。

 もうすぐ冬休み。

 この休みが終わると、卒業式までのカウントダウンが始まる。

 気がつけば、進路は決まっていた。

 俺は短大に。

 琴坂は4年制大学の文学部に。

 宮司は美容専門学校に。推薦で合格している。

 拓郎たくろうは4年制大学の経済学部に。

 挑夢のぞむは4年制大学の情報学部に。

 4年制大学組は試験次第ではあるが、判定は上々で、先生からのお墨付きもあって、きちんと勉強していれば大丈夫とのこと。

 俺の場合はスタートダッシュが遅かったから短大にして、推薦で合格をしている。


 何?将来はまだ明かしてないって?

 確かにな。

 と言っても、分かるだろ。

 幼児保育で幼稚園教諭を目指してるわけだ。

 一応、保育の資格も取れるなら取っとくけど。

 小学生の時から、学校を通して園児との交流の中で、よく先生達に「接し方が上手いね」と褒められていた。

 接し方は、弟の幸虎ゆきとらの存在あってのこと。

 弟には感謝しないとな。


 それぞれ、4月から新しい生活となる。

 めったに会えなくなるなぁ…。

 少しだけ、寂しい気持ちになった。

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