第64話

 突然だった為、適当に半袖Tシャツにジーンズで、貴重品をポケットに突っ込んだ。

「兄ちゃんどこ行くの?」

「ん?祭り」

 スニーカーを履いて、身だしなみを整える。

「えー!行きたーい!」

幸虎ゆきとらは母さん達に連れてってもらえな」

「あっ!もしかして、みやびちゃんだね?ヒュー♪」

「バーカ」

 幸虎の額にでこぴん。

「いってぇ…!」

「んじゃな」

「気を付けてねー!」

 時間は余裕あるけど、先に着くように出た。



「着いたーっと」

 俺は琴坂ことさかに『先にいるから』と連絡した。

 すると秒で返信が来た。

『今、家出たから!』

 慌てなくても良いぞ。

 ゆっくり待つことにする。


 高校最後の夏休み。

 好きな女の子と一緒に祭りを楽しむなんて、予想していなかった。

 2学期になれば、彼女と会って1年経ったことになる。

 最初は孤高の女の子が隣の席に来たから、どんな子なのか知りたくて、話しかけていたな。

 苦手な早起きをしてまで、彼女のことを知りたかった。

 今では、付き合う1歩手前。

 後押しさえあれば、一気に事は進む。

 でも、勇気が必要なわけで。

 とりあえず、まずは、“名前から”だな。

 呼ぼう呼ぼうが、ずるずると先延ばしに。

 ヘタレですね、ごめんなさい。


雅虎まさとら君」

「おぉ、琴さっ…」


 目を疑った。

 俺の目には、宝石のような輝きが見えている。


「浴衣、着てきたんだけど…?」


 紺色に水の波紋と金魚が描かれている浴衣で、帯は朱色、帯紐は黄色。

 少し伸びた髪は、一纏めにして留めていた。

 俺、熱が出そうだ。倒れる。

 良かった、持っていた冷たい缶コーヒーを額に当てて冷ました。

「大丈夫?」

「大丈夫大丈夫」

 心配しないで、勝手に舞い上がってるだけだから。

「んじゃ、行こうか」

「うん」

 どうしよう、ハンカチはあるが、ティッシュ持ってくれば良かった。

 鼻血、出るなよ。



「突然でごめんね」

「いいよ、誰にも誘われてなかったし」

 まっ、誘われていても、琴坂を優先して直ぐ断るけどな。

「どう屋台を回る?」

 行き当たりばったりだと迷ったら嫌だしな。

「ザッと見てからにしないか?」

 目星つけとけば良いだろう。

「節約家」

「いんや、ケチかもよ?」

「ふふ、面白い」

 そんな会話をしながら、はぐれないように。

「手を繋ごうか」

「そうだね」

 自然とスマートに手を繋げるようになったな。

 最初はぎこちなかったのに。

 懐かしいもんだ。


 屋台をザッと見てから、話し合いの結果をもとに、ピンポイントで回った。



 射的をして、2人して外した。

 それでも笑い合った。

 くじ引きをして、大当たりはなかったものの、琴坂はウサギのぬいぐるみを、俺はカメのぬいぐるみを当てた。

 どちらも小さなぬいぐるみのキーホルダーなので、あとでスクールバッグに着けることにする。

 うーん、ウサギとカメのように、すれ違わなければ良いな…。

 次に、たこ焼きを買って食べた。

「あっつ!」

「気を付けてよね」

 クスクスと琴坂は笑う。

 猫舌にはキツかった。

 今はキンキンに冷えたラムネを飲んで、ベンチに座ってゆっくりしていた。

「楽しかったね」

「楽しかったな」

 俺は君がいるだけで、楽しくなるよ。

 なんて、言わない。言えるか。

 ラムネを飲みほすと、カランコロンと、涼しい音がした。

「んじゃ、花火見に行こうか」

「うん!」

 この地元は、祭りやるなら、屋台、花火もセットだから、夏の締めにはピッタリだ。

「場所は確保してあるはずだから、そこに行こう♪」

 それはどういうことですか?

「ふふふ♪」

 なんだろう…嫌な感じが…する。



「やっと来たか!」

 と、杏子きょうこ

「お久しぶりぃ♪」

 と、雅深まさみ

「待ってたよ~」

 と、挑夢のぞむ

「楽しかった?」

 と、つばめさん。

「邪魔して悪い」

 と、金戸かねと先輩。

「なんでだよ!」

 と、ツッコミを入れてしまった。

 苦笑する琴坂は話し始めた。

「あはは、実はね?」


 先週、杏子から連絡があった、と琴坂。

 その一部始終を見せてもらうと。


『雅ちゃん、久しぶり!』

『お久しぶりです、杏子先輩』

『あのさ、お祭り一緒に行こうよ!会いたいし!』

『はい、良いですが…』

『ん?』

『雅虎君と2人でと思ってまして』

『あー』

『すみません』

『分かった!2人きりの時間あげるから、花火は一緒に見よう!場所取りしとくし!』

『分かりました』

『のぞむぅ、つばめん、雅深、武蔵むさしも一緒だから、うるさいけど我慢してね>_<』

『大丈夫です*^^*』

『虎ちゃんには内緒で、んじゃ!』

『承知しました』


「て、ことです」

 バカ野郎…。

「雅ちゃんになんかあったら、て考えたら行動してた」

「杏子、俺はなんもしない」

「人は見かけによりません」

「オーマイガー」

 頭を抱えた。

「さっ、座りたまえ」

「「お邪魔します」」

 シートの上に座る。


『まもなく、花火が打ち上がります、ご覧下さい』


 アナウンスの声で、1発目の花火は打ち上げられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る