第23話

「長く、なるけど」

「良いよ」


 深く深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。


「あっ、私ちょっと職員室に行くからお留守番お願いね。何かあったら内線使いなさい」


 保健室の先生は気遣いで出て行った。

 ドアに掛けられている札を返した音がした。

 不在にしたのだろう。


「ゆっくりで良いからね?ダメだなーって思ったら話さなくていいからね?」

「ありがとう」


 琴坂といると本当に落ち着く。

 良い子で、優しくて、恥ずかしがっている所なんて可愛くて、眼鏡を外せばレベルアップしてー…。

 俺には勿体ないよ。


「んじゃぁ、話すな」

「うん」


 張り詰めた緊張感の中で、俺はゆっくりと語り出した。



 幼稚園の頃、最初に挑夢のぞむと友達になって、2人で一緒に遊んでいると、さらにいつの間にか2人増えていた。

 1つ上の女の子2人。

 杏子きょうこ雅深まさみだ。

 それからよく遊び、小中まで同じ学校で、クラスがバラバラになっても、時間が合えば4人一緒に過ごしていた。

 中学では、周りで恋の噂が飛び交うようになっていた。

 これも成長なのだろう。

 誰と誰が付き合っている、別れた。

 あの人はモテる。あの人はだらしない。

 いろんな噂がそんじょそこらに転がっていた。

 俺達4人は恋とは縁遠いと思っていた。

 それは“幼馴染み”という関係があったから。

 俺は“幼馴染み”で良かった。

 “幼馴染み”という“特別”で良かったのに。

 ある日、雅深に呼び出された。

 初めて2人で下校する。

 その時に彼女から告白された。

 最初は断った。

 楽しい4人の時間が壊れるんじゃないか、それが気掛かりだった。

 でも、雅深は「内緒にすれば良い」と言われてしまい、押し切られる形で恋人になった。

 中学2年の夏休み前の事だった。

 それからは、どんどん杏子と挑夢との時間は自然と減っていき、話すことも遊ぶこともなくなった。

 2人に会っても、挑夢には三瓶さんぺいと呼び、杏子には先輩と呼ぶようになった。

 俺は雅深が居ればそれで良いと思った。

 2人の時間は今までよりも楽しくて幸せだった。

 女の子と恋人として初めて手を繋いで帰った時、とても幸福を感じた。

 手を繋いだあの瞬間、電気が走ったようにビリビリッときた。

 そして、初めてのキスは下手くそだったけど、それでも全身になんとも言えない感覚が襲った。

 ドキドキと激しく鼓動を打ち、ブルッと震えた。

 こんな美少女といけない事をしているのではないか、少し不安になった。

 キスをしただけなのに。

 浮かれて1年後。中学3年の文化祭。

 見に来た雅深と一緒に校内を楽しく見て回っていた。

 その後、友達から呼び出しの連絡があったとの事で雅深と別々になった。

 つまんなくなりフラフラ歩いていると、衝撃的な光景を目にした。


「嘘…だろ…」


 雅深は楽しそうに男と腕を組んでいた。

 私服で大人っぽいその男は高校生だろうか、大学生か。

 すると「雅虎まさとら!」「虎ちゃん!」と、久しぶりに杏子と挑夢に声をかけられた。


「見たんだね…」

「何か知ってんのか?」


 嫌な予感がした。


「早く言わなきゃってタイミングを見ていたんだけど、なかなかなくて…」

「あたしも…注意して雅深を監視はしていたんだ…」


 2人は何を言ってんだ?


「どういうことだ?」


 言いずらそうにする2人。


「言えよ」


 勿体ぶるな。


「早く、言えって!」


 つい荒れてしまう。


「ごめん…」

「ううん、大丈夫」

「どっか…あっ!中庭行こ。そこで話すから」


 俺達は中庭に向かい、そこに設置してあったベンチに並んで座った。

 挑夢からは雅深がスマホを持ってから変わったと言っていた。

 休みの日はよく男子といて、とっかえひっかえ。

 さっきの人は高校生と挑夢は言った。

 一方の杏子は挑夢の情報を元に常に雅深を監視していた。

 休みの日には1度だけ尾行した事があったようだ。

 その時は食事をして別れていたという。

 そして2人はいろんな人から目撃情報を仕入れて、精査し、早く俺に伝えて離れろと言おうとした矢先で、あの光景に出くわした。


「…というわけだよ」

「傷付けてごめん、虎ちゃん」


 落ち込む挑夢。半泣きの杏子。


「なーんだ2人もいたんだ」


 目の前にいつからいたのか、雅深が立っていた。


「あんたね!」


 杏子が飛び掛かる所を俺が制止した。


「虎、ちゃん?」

「座ってろ」


 これは、この2人が間に入って解決することではない。

 自分達で解決しなくちゃならない。


「さっ一緒に行こ?」


 一見、ニコニコしている雅深。

 よく見ると、怒りが滲み出ている。

 きっと2人が邪魔なのだろう。


「ごめん、行けない」


 冷静になれ、冷静になれ、と暗示をかけるように断った。


「どうして?」

「信用出来ない」

「えっ?」


 深く息を吸う。

 ゆっくりと吐く。


「他の男といたの、見た」


 雅深は徐々に表情を無くした。


「あっそ」


 それだけ言ってどこかへ去った。

 この日を境に俺と雅深の関係は自然消滅した。

 高校生になると信用している人以外とは行動をしないようにした。

 それは傷付きたくなかったから。

 あんな思いを、もう2度としたくはない。

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