第6話

 息を切らして、無我夢中で走った先は行き止まり。

 校内の奥にある保健室前に私は辿り着いていた。


「どした?」


 保健室の先生が部屋から出てきた。


「あっ…うぅっ…」


 なんだか訳も分からず涙が溢れてきた。


「えっ、何々!?入って入って!」


 私は保健室に入った。

 先生が淹れてくれたお茶を飲んだ。


「落ち着いた?」

「はい…すみません…」

「いいよいいよ」


 パソコンで書類らしきものを作成しながら話す先生。


「それで、何で泣いたの?」

「私…初めてだったんで…」


 すると、作業を止めて私の方にくるっと椅子を回転させて、向き合うように黙って聞く先生。

 先を促されたと思った私はさっきの事を話した。


「そうだったの、だから初めてね」

「はい…」


 俯く私。

 教室に戻りたくない。

 頼まれた仕事を放棄して逃げたから、合わせる顔なんて。


「えーと、琴坂ことさかさん?」

「はい」

「大丈夫、恥ずかしくないし、突然の出来事だから、彼も気にしていないはず」


 ん?


「なんで分かるんですか?」

「それはねぇ…」

「失礼しまーす」


 保健室に入って来た男子を見て驚いた。


「「えっ」」

「あら、噂をすればなんとやら」


 なんで…なんでなんで!?

 頭の中が混乱する。


「どうして!?」


 つい大きな声を出してしまう。


「それ俺の台詞だけど、まさか怪我したのか?」


 心配されてるし…止めてよ…。


「それはないけど…」

「なら安心した」


 どうしてこの人は…。


宇城うき君、当番よね?」

「はい、だから来たんですが」


 当番…そっか。


「保健委員だから」

「琴坂さん、その通り」

「へ?」


 私はようやく理解した。



 黙って保健室にいたから、4限の授業は欠席扱い。

 先生に呼び出され、1人で行こうとしたら宇城君も来てくれて、説明してくれたおかげで、無断欠席のペナルティであるレポート提出は免れた。


「「失礼しました」」


 私と宇城君は職員室から出た。

 2人で教室に向かって歩く。


「別に気にしてないし、安心しろ」

「…はい」


 溜め息を吐く。


「迷惑ばっかり…」

「そんな事ないっつーの」


 なんで、この人は…。


「気にすんな」


 能天気で…。


「しばらくは階段には気をつけろよ」


 気遣いが出来て…。


「あと、頼まれた仕事は最後までやろうな」


 ちょっとしつこくて…。


「どうした琴坂?さっきから黙ってるけど…」


 私は、立ち止まった。


「おい、どうし…」

「どうして私の気持ちをかき乱すの?」


 詰め寄るように彼に言った。

 あの日からずっと、って決めてたのに、なんでよ…。

 関われば関わるほど、どうしようもなく、蓋を開けそうになっちゃうじゃん。

 重石をしても、蓋はズレてくる。

 こんなの初めて。

 彼は困惑していた。


「どうしてと言われても…そうだなぁ…」


 何か言おうとしている。

 考えている。

 こういう所、ちゃんとしてるのも嫌になる。


「正直に言っても良いか?」


 えっ、正直にって?

 意味は分からないけど頷いた。

 すると彼は、深呼吸をしてゆっくりと一言。


「放っておけない、から」


 ドクン…


 頭の中が真っ白になった。

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