第5話
「むすっとすんなよ」
「だって、見られるの嫌です」
「
「むぅ…」
美術の時間。
美術室にて、隣の席の人と向き合って、相手の似顔絵を描く授業だ。
不機嫌が不機嫌を呼んでいる。
私、嫌だー!が伝わってくる。
それでも俺は気にしない。
慣れた。慣れは怖いな。
俺じゃない奴が相手だったら、その人は傷つく事間違いなし。
慣れた俺は強者と思って耐える。
静かにやる美術のイメージは、今日だけ私語解禁状態。
会話をしながら描いて、との先生の指示。
自由に描いてー、だそうです。
相手の特徴を捉えて欲しいとのこと。
ガヤガヤとまではいかないが、節度ある会話が飛び交っていた。
「俺の事、どんな感じ?」
「どうせ見せるんだからその時で良いですよね?」
「いや、気になる」
「今は見せません」
ケチだなー、まぁ良いか。
「私の事、おかしく描いてませんよね?」
「おかしくはないはずだ」
「確認します」
「ダメだね」
「えっ、何で?」
「お前だって見せる時に見せるんだろ?」
「あっ…」
「黙って座って描いてくれ」
肩を落として、元気なく再び描く琴坂。
俺もまた真剣に描いていく。
おかしくはないはずだ…多分。
※
「それじゃあ、お互いに絵を見せ合ってコメントを書いて提出してねー」
「「「はーい」」」
緊張の瞬間が訪れた。
「んじゃほれ」
「はいどうぞ」
という感じで、互いに絵を公開した。
「おっ…」
特徴を捉えていたし、うん、味のある絵で良いと思った。
線が時折ぐにゃっとしている所は見なかった事にする。
「えっ…」
あれ?おかしく描いた覚えがないのだが?
「あなたには私がこう見えると?」
「うん」
「そう…なんだ…」
そのまんま描くのは苦手なんで、漫画ちっくにしただけです。
「おいおい、うわっ!お前、炸裂じゃん!」
おっ、なんだよ。
いつの間にか
「磯辺、静かにしろし」
「可愛く描いてもらったんだな琴坂さん」
「いや、別にそんな!?」
慌てふためく琴坂の様子が拍車をかけたのか、クラスメイト達が集まってきた。
「すげー上手いじゃん」「可愛い」「こんな絵でも良いんだ」「羨ましい」などなど。
俺が描いた絵が褒められた。
「あら、素敵ねー」
ユルく喋る先生までもいた。
「これ、掲示したいくらいだわ」
「や、止めて下さい!ダメです!」
珍しく大きな声を出した琴坂。
皆驚いている。
「大丈夫よ、美術室の中で1週間だけよ?」
「うっ…」
「何にもないなら決まりねー」
俺作の琴坂の似顔絵は、期間限定掲示に決まったのだった。
※
「怒ってないか?」
「怒っていません」
「いや、怒ってる」
「全然」
廊下を2人で歩いていた。
頼まれた全員分の絵とコメントの束を職員室に運んでいる。
「廊下じゃないんだからさ」
「中でも嫌です」
「だったらちゃんと言えよ」
「言えないです」
矛盾してんな、複雑過ぎる。
階段に差し掛かる。
ゆっくりと上る。
だが、前にいる琴坂はなんだか急いで上っているような…。
その時だった。
「えっ…」
「あっ…」
階段で躓いたのか、琴坂はバランスを崩して後ろに倒れてきた。
俺は平らな所に居たため、咄嗟に絵の束をその場に落として、倒れて来た琴坂を受け止めた。
「あっぶな…大丈夫か?」
「はっ…あっ…」
コメント用紙は舞うようにパラパラとそこかしこに散らばり落ちた。
「怪我はないよな?」
俺の質問に琴坂は口をパクパクしている。
「おい、しっかり…うおっ!?」
「ご、ごめんなさい!!」
琴坂は状況を理解したのか、ガバッと起きて俺から離れて、一気に階段を掛け上がり何故かそのまま走って何処かへ行ってしまった。
置いてかれた俺は散らばったコメント用紙を集めて、絵の束の上に乗せて両手で持ち、とりあえず職員室に無事に届けた。
琴坂、仕事放棄するなんて…珍しい事もあるんだな。
真面目ちゃんじゃなくて安心した。
でも…一体何処に行ってしまったのやら…。
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