#24 隠れた謎解き

 額を突き合わせる推理の時間はあっという間に過ぎた。


 推理の成果といえば無に等しく、結局は言い出しっぺのシロが手紙を管理するということで一段落がついた。


 一人自室に戻ったシロは、手紙をどこにしまっておくかと悩んだものだが、ひとまずはお気に入りの絵本に挟んでおくことにした。


「よしっ、ここなら忘れない」


 『三匹の子豚』――そう書かれた背表紙を、トンと突く。


 何かを隠すという行為自体、随分と久しぶりのように思える。最後に隠したものといえば、数年前の粗相そそうだろうか。


 羞恥を覚えることを知ったシロは、トモミが起こしに来る前に、汚した寝具の隠蔽いんぺいを図ったものだった。


 あの時はどうなったんだっけ。薄れつつある記憶を掘り返しながら、見慣れた本棚を眺めていると、突然プシュと空気の抜ける音がした。


 『家』の戸が開く音、来客を告げる声。振り返るとそこには、この時間帯には珍しい客人がいた。


「トモミさんっ!」


「やあ、シロちゃん。一人? これから寝るところ?」


「ううん、お片づけしてたところ」


「そう、偉いね」


「トモミさんはどうしたの? 一緒に寝てくれるの?」


「別のお誘いをしに来たの。シロちゃん。よかったらお姉さんとお茶、しない?」


 そう言うトモミの腕には、おぼんとティーセットが抱かれていた。


 オネショ予防として、就寝前は水物を取らないようにときつく言われている。他でもない、鴨ノ羽トモミに。世話役はそのことも忘れてしまったのだろうか。戸惑いながら、シロは頭上にある顔を窺う。


「いいの? もう夜だよ?」


「今回は特別。ね?」


 悪戯げに笑ってみせるトモミ。どうやら今日は随分と機嫌がよいようだ。彼女がこんなにもうれしそうだと、シロまで気分が明るくなる。先程までの憂慮はすっかり消え去って、シロは二人きりの夜会の準備を始めた。


 こうして鴨ノ羽トモミと二人きりで話すのも久し振りな気がする。机の上に並べられるティーセットと、少しばかりのお菓子。今日はどうやら赤色の気分のようで、ティーカップに注がれる液体もクッキーも、どちらも鮮やかだ。


「トモミさん、これなぁに?」


「ローズヒップティー。ハーブティーだよ。苦味はないから、シロちゃんでもストレートで飲めると思う」


 トモミが持って来る紅茶類はシロの舌には早いようで、ミルクを入れなければろくに飲むことができない。トモミはどうやらそれを留意していたようだ。トモミを見上げて、シロはティーカップを手に取る。


 鼻先に触れる湯気は、柔軟剤よりも柔らかな花の香りを纏う。フー、フー、と赤い水面に息を吹きかけて、舌先に熱とほんの少しの酸味を感じた。


「熱くない?」


「熱い……」


 やけどしたかも、と舌を出すと、トモミはおかしそうに肩を揺らした。


「これなら、そのままでも飲めそう。ありがと、トモミさん!」


「気に入ってくれたならよかったよ。それじゃあ、ティーパックに詰めていくつか置いておこうか。シロちゃんが好きな時に飲めるにね」


「ほんと!? ありがと! きっとみんなも気に入るよ」


 満面の笑みを咲かせる嫁たちを想像して、シロの顔も自然と綻ぶ。自然と連想するのは、今日一日の出来事だった。


「あのね、今日、いっぱいみんなとお話できたんだよ」


「それはよかった。どんな話をしたんだい?」


「えっとね、えっと……ちょっと難しい話なんだけど」


 シロは拙いながらも昼間にあったことを話す。書物庫で見つけた手紙のこと、交わした会話の数々。答えのない、難解な問いの話。


 シロは半飽和状態にあった情報を整理しつつ紡いでいく。しかし話を進めるうちにトモミの顔色は悪くなり、やがて目頭を押さえたまま下を向いてしまった。


「トモミさん?」


「……とりあえず、書物庫の片づけはしてきた?」


「うん、全部しまってきたよ!」


 片っ端から引き出したため、元あった場所に戻せていないことが心残りであるが、片づけはしてきた。そう伝えれば、トモミは深い溜息とともに力なく頷いた。


「明日は片づけだな……」


「ぼくも手伝う?」


「いや、シロちゃんはあの三人と仲良くなることに専念して頂戴。授業はいつも通りやるけど、時間は様子を見て調整するから」


「ん、分かったよ。……そうだ、トモミさんって算数得意?」


 脈絡のない問い掛けを不信に思ったのか、首を傾げながらもトモミはシロの様子を見下ろす。


 シロはそうっとティーカップを置いてから、つい先程片づけたばかりの本を引き出した。表紙をめくって、折り畳んだ手紙を取り出す。


「これ、解いてほしいんだけど」


「なぁに、謎解き? いいよ、貸してごらん」


 そう差し出したのは封筒だ。本の間に挟まっていた、三枚目の手紙。曲者の声だ。


 ――520.2_E_21/#00800/Anne←


 羅列する文字に規則性はなく、あるとすれば最後の『Anne』は人名であろう、ということくらいだ。


 コトニやユイの知恵を借りても打開策は降りてこず、ただただ揃って首を傾げるばかりであった。ちなみにムツキは、すっかり他に興味を移していたようで、気がつくと他の本を手に取っていた。


「……分かる?」


 一縷いちるの望みをかけて、シロが知る中で最も知識が豊富なトモミへと問い掛ける。彼女は手紙を手に取って眺めていたが、待てど暮らせど答えは出ず、細い指を顎に沿えるばかりだった。

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