#25 最後には

「暗号かな? スラッシュで分けられているなら、三つの項目に分けて考えたいところだけど。……シロちゃん、他にヒントはないのかい?」


「ヒント?」


「暗号を解くためには暗号の鍵、つまりはヒントが必要なんだよ。もちろん自分のためだけに作った暗号なら話は別だけどね。けれど、他の『手紙』を見る限り、そうじゃなさそうだ。どこかにあると思うんだけど」


 そう言いながら、トモミは他の二枚の手紙にも目を通している。


 二枚目の手紙で、『手紙を出すのは三回目』と書いてあったから、幻の『二回目』の手紙にヒントが書かれている可能性もあるが、発見できずにいる以上、どうしようもない。


「……残念だけど、これだけだと何とも言えないかな」


「トモミさんでも? うーん、困ったなぁ」


「これが『あん』からの手紙?」


「多分」


 頷いて、改めて手紙を見やる。トモミですらお手上げの暗号文をシロが解読するなど、たとえ天井と床がひっくり返っても不可能である。シロにはただ、手紙の主の安否を憂いることしかできない。


「これを書いた人、どこに行っちゃったんだろう。お外に出られてるといいけど」


 赤ちゃんを作りたくない。拙い文字で涙ながらに訴える文字。それを初めて目にした時、床が抜けるような衝撃を覚えたものだった。当時のことを思い出して震える手を、もう片方の手で包む。


「ぼくね、この手紙を読んだ時、意味が分からなかったの。赤ちゃんを作るのだって、全部普通のことなのにって。でもね、みんなが教えてくれたんだよ。いろんな考え方があって、この『あん』さんは、たまたま赤ちゃんが欲しくなかったんだって。『価値観の違い』って言うんでしょ?」


「そうだね。……シロちゃんは欲しくないのかい、赤ちゃん」


 ぱちくりと目を瞬かせる。昔のシロならば即答したはずだ。ほしい、それが己に与えられた使命だからと。


 しかし今は違う。そう言われてきたから、当たり前だから、ではなく自分の意思と向き合う。


 じっと視線を落としていると、トモミの指の背が眉間を撫でた。しわがついてしまう、そう困ったように笑って、騒めきを宥めてくれる。


「あの……、ね。トモミさん、怒るかもしれないけど」


「いいよ、言ってごらん」


「……分からなくなっちゃった」


 特大の秘密を打ち明けたというのに、トモミの表情は変わりなかった。それがかえって恐ろしい。


 全てを見通しているかのようだ。葛藤も違和も、嫁たちの抱く恐怖も。シロは膝の上の拳をさらに硬くして、面を伏せた。


「トモミさんが言うように、ぼくは今まで子供を残すことだけを考えていた。だけどみんな――ぼくのお嫁さんたちと出会って、いっぱいお話しして、それでいっぱい考えたら……」


「何が正解か、分からなくなった?」


 言葉に詰まったシロを引き継いで、トモミが呟く。シロは素直に頷いた。


「みんなは『一緒に答えを見つけよう』って言ってくれた。ぼくも、そうしたいって思ってる。……どう、かな」


 おそるおそる頭上の顔を見上げる。ヒュ、と喉が鳴った。そこにあったのは、感情を殺した冷たい瞳。拒絶。頭が真っ白になる。


「シロちゃん。厳しいことを言うようだけどね」


 前置きをして、トモミはじいっとシロを射抜く。


「シロちゃんに赤ちゃんを作ってもらわなければ、人類は滅びてしまう。それを理解してなお、を言うんだね?」


「あ、あ……ご、ごめんなさい……」


 人口の減少と命の選別。それにより『新たな命の誕生』は至極重要な位置づけにある。


 何を残し、何を捨てるか。古代より脈々と続く優生と劣等の区別。人道の名のもとに脱却を試みた摂理は、他でもない、自然によって引き戻されることになった。


 遺伝子の戯れによって誕生した両性具有は、男と女、両方の性を持つ。一人でありながら二人の役目を果たす希少種は、鴨ノ羽トモミの手によって丁寧に丁寧に、体調から知識から、全てにおいて管理されてきた。


 以降の時代を生きる命は、シロが選択するのだ。


 生まれるか、留まるか。


 たった一日、一ヶ月、一年。


 ためらう期間が長ければ長いほど、生まれ落ちる命は少なくなる。そして優秀な人材が見つかる確率も。


 トモミの指が頬に揺れる。身体を強張らせるシロを見てか、世話役はフと笑声を洩らした。


「いろいろな意見を聞いて揺らいでしまったのね。可哀想なシロちゃん。でもね、お姉さん、分かってるから」


 頬を包まれ、ぐいと視線を上げられる。黒い、夜の窓のような目。


「どれだけ悩んでもいい。だけど最後には、誰かと結ばれてもらう。お嫁さんだって何人でも連れて来てあげる。シロちゃんはいい子だから、お姉さんに赤ちゃん、見せてくれるね?」


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