#23 愛

「じゃあコトニさん、あなたは子供を残したい? また、あなたにとって子供を残す行為とは?」


「ええ、アタシ? ん……そりゃ、子供はいたら嬉しいなって思うけど。でも子供を作るためにエッチをするのは違う、と思う」


 誰よりも積極的なコトニから語られたのは、思いも寄らない言葉だった。


 目を見開くシロ。対するコトニは慌てて手を振る。


「シロちゃんを否定するわけじゃないよ!? でも、何て言うか……難しいなぁ」


「子供は目的ではなくあくまで結果、ってことッスか?」


「そうそう、それ! 『子供は愛の結晶』って言うけど、愛の結晶のためにエッチするのは逆じゃんって。エッチが愛を確かめ合う行為なのは同意……っていうか、そうであるべきだと思う、かな」


 まるで自分の心を整理するような言葉だった。柳眉を寄せて、しばらく唸っていた彼女だったが、これ以上の言葉はないと判断したのか、グッと面を上げた。


「はい、これがアタシの考え方で~す。二人もちゃんと言ってよね、アタシだけ暴露して終わりなんて嫌だからね!」


「分かっているわ。……じゃあ一番闇が深そうなムツキさんはトリに回して、次は私でいいかしら」


 おい、と不満げに眉をひそめるムツキ。それを尻目にユイはすらりと伸びた指をあごに当てる。


「私は……そうね。子供は、欲しいわ、正直。『自分の能力が認められた』という証明になるもの。……コトニさんとは真逆の思想ということになるわね」


「そうかなー? ううん……真逆っていうか若干ずれてるというか。でも、やっぱりそういう人って多いよね。遺伝子を残せるって、それだけで特別というか。ユイちゃんって確か『スポーツ』で推薦されたんだよね?」


「一応ね」


 コトニは愛の証明のために、ユイは己の証明のために。それぞれ子は欲すれど、その動機は全くの別物だ。正誤の問題ではない――そう頭ではわかっているものの、どうしても比較をしてしまう。


 次はムツキの番だ。そう言うかのごとく、ユイの涼しげな目が隣を示す。それを素直に受け取ったムツキはがしがしと頭を掻くと、


「子供はいらない」


 ぴしりと言い切った。


「まあ、できちゃったら仕方ないッスけど、意図して作りたいとは思わないかな。セックスは性欲を満たすための行為であり、それに特別な意味はない。恋も愛も、性欲をていよく言い換えただけだと思ってるんで」


「言うねぇ、ムツキちゃん」


「愛の結晶や能力の証明って表現は文学的で嫌いではないけど、妄信には至らないッスね。ああ、だからと言って否定するつもりはないッスよ。支配されるのはしゃくッスけど」


 シロの元に集いし三人の少女。


 同じ女性性同士、同じ境遇に置かれた者同士、きっと言葉を交わすこともあっただろう。シロと向き合うよりも、おそらくは気負わずにいられるはずだ。


 疎外感を覚えつつも、ほっこりと胸が温かくなる。


 だが。


「……ぼく、間違ってたのかな? みんなを困らせてた?」


 コトニ、ユイ、そしてムツキ。三人の言葉を聞く限り、シロにはそうとしか感じられなかった。


 世話係である女性は、確かにシロの子供を求めている。しかし同時に、相手を思いやる大切さを語った。


 事務的に子を残すだけでなく、知ってほしかったのだと思う。パートナーを慈しみ、愛を育て、そして家庭を築く幸せを。限られた『家』を超え、机を囲む喜びを。


 その一方で期待に応えられたかと問われれば、否と言わざるを得なかった。


 コトニのように愛を求める人も、ムツキのように消極的な人も、あるいはユイのように子を渇望する者も。


 『子供』に何を期待するか、『パートナー』に何を条件とするか。それは人によって様々だ。つまりシロに求めるものも、人の数だけ存在するのだ。


 はたしてシロは応えられていただろうか。嫁たちの願いに、嫁たちの声に。


 次第に目線が下がっていく。それをすくい上げたのは他でもない。不言コトニ――臆病で誠実で、誰よりもシロを好いてくれた少女だった。


「ううん、そんなことないよ!」


 ふかふかとした手でシロの両手を包む。温かく、少しだけ湿った皮膚。


「だってシロちゃんから求めること、なかったじゃん。アタシが押し倒した時も、一緒にお風呂に入った時も、一緒に寝た時も。いつだってチャンスはあったのに」


 シロに与えられた使命。子供を作ること。


 懐っこい少女と結ばれる機会は何度でもあった。行動に移さなかったのは、ひとえに世話役との約束があったからだ。嫁を大切にせよと、そう教えられたからで。


「確かにさ、トモミさんや国が欲しがってた人材とは違うかもしれないよ? でもそれって、アタシたちのことを思ってだよね? ちゃんと大切にしてくれたからだよね?」


「コトニちゃん……」


「それだけでアタシは嬉しいんだよ。子供を残すのは義務かもしれない――ううん、義務にされちゃったけど、『今すぐ』じゃなくていい。この猶予が、何よりも大切だと思うの」


 猶予、つまりは暇。つまりは考える時間。


 これまでのシロの生活はといえば、トモミによって決められたスケジュールを、時計を遂行するばかりであった。新たなことに興味を示すことも、スケジュールを調整するようトモミに働きかけることもなかった。


 鴨ノ羽トモミこそが全て。


 鴨ノ羽トモミの言葉こそ真実。


 厚い目隠しと耳栓に覆われた人生には、他者の言葉など微塵も存在しなかった。


「ぼく、もっと知りたい! みんなのこと、世界のこと……いろんな人と、『答え』を見つけたい」


「シロちゃんの人生は始まったばかりなんだよ。ほんの三日くらい前にね。だからさ、一緒に答えを見つけていこう?」


 少しだけ湿った柔らかい手の平。平時よりも熱を持っているように感じる。


 じっとこちらを覗き込む目は、まるで世話役のように穏やかだった。


「さ、切り替えて手紙の方見ていきましょ。ほれ、ユイ氏も寄った寄った」


「切り替え早くない!?」


 ムツキは輪から外れていたユイを手招きして、なおも続ける。


「ユイ氏の柔軟な発想力には期待してるんスよ」


「何それ、皮肉?」


「賢ぶるなよ。知識は小生が補うんで、小生にはできない自由な発想をお願いしますわ」


 三枚目の手紙。それは、これまでのものとは比べものにならないほど曲者だった。

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