4日目、過去の声

#21 第2の手紙

 トモミの許可を得たシロは、朝早くから『書物庫』もとい図書館を訪れていた。まだ眠そうなコトニはシロの袖を摘まみ、大きな欠伸あくびをしている。


 昨晩は『あん』の救出作戦を練りに練っていたから寝不足なのであろう。シロも目が霞むような不快感を覚えていた。


「シロちゃん、やっぱりお部屋に戻ろう? 眠いよぉ」


「で、でも……、心配なんだもん……」


 本の隙間から舞い落ちた手紙の差出人『あん』。おそらく子供であろう、というのがシロとコトニの共通認識だった。


 いつから助けを求めていたのか、今となっては知るよしもないが、シロは確かめずにはいられなかった。


「図書館に閉じ込められていたら、お腹が空いちゃう……」


 図書館内の食事は禁じられている。それに助けを求めているなら、配膳もままならないはずだ。


 シロはただただ心配で、眉尻を下げてばかりいたが、


「でもでも、パッと見た限りいなそうだよ。この手紙はずっと昔のもので、『あん』ちゃんはずっと昔に助け出されたんじゃないかな」


「ほんと?」


「想像だけどね! でも、いないってことは、そういうことなのかも」


 コトニが言うならそうなのだろう。思案もそこそこにシロは頷く。


 図書館の一階から二階まで、全てを探して巡っても『あん』らしい姿はなかった。元よりいなかったのであれば、その結果にも納得できる。


「それじゃあこの手紙は、どこで助けを求めているのかな。どこの『おへや』に閉じ込められているのかな」


「それは――」


 思わせぶりに発したかと思えば、コトニはすぐに口をつぐんでしまう。何か心当たりでもあるのか、その横顔はどことなく沈んでいた。


「……コトニちゃん、何か知ってるの?」


 いくら待っても、先を紡ぐことはなかった。まるで世話役に叱られているシロのようだ。何となく居心地が悪く感じられて、シロは手慰みに手近の棚から本を抜いた。


 その時、はらりと舞い落ちる一枚の紙。シロはそれを拾い上げて、裏表を返す。


「コトニちゃん、ここに手紙置いた?」


「本棚に? ううん、アタシが持ったままだよ」


 コトニはポケットから手紙を取り出す。まさか分裂したわけでもあるまい。


 どきどきと高鳴る好奇心に導かれるままに紙を開いてみると、そこには見覚えのある文字と名前が綴られていた。


「……やっぱりこれ、『あん』ちゃんからだ」


「えっ、二枚目ってこと!?」


 見せて見せて、とコトニが肩越しに覗き込んでくる。


 微かにしわの残る紙面。そこに刻まれた筆跡は微かに芯を得たように思えるが、未だ拙さを滲ませている。文字に視線を滑らせて、シロは首を傾げる。


「手紙、他にもあるのかなぁ」


 一枚目の幼い悲鳴も、二枚目の少し成長した声も、いずれも図書館で見つけた。しかも差出人が同じ『あん』ときている。


 もしも自分が『あん』で、誰かにこの声を届けたいと思ったならば。秘密裏に同志を探りたいと願うならば。


 シロならば、どうするか。


「ねえ、コトニちゃん」


「ん?」


「ここにある本、全部引っ繰り返したら怒られちゃうかな?」


 大きな目を瞬かせる。だがすぐにシロの意図を察したのか、にんまりと口角を引き上げた。


「シロちゃんってば悪い子」



   ◇◆◇



「いつまで経っても戻らないと思ったら……何やっているのよ、あなたたち」


「おー、随分と散らかしたッスねぇ。こりゃ片づけが大変だ」


 シロとコトニが共犯者になってから早数時間。様子を見に来たらしい縹ユイと二人静ムツキの声で、ようやくシロは手を止める。


 机と床、埋め尽くすのは白色だ。身体を開き、無残に打ち捨てられた本の山。紛れもなく、少女たちの犯行によるものだった。


「あっ、ユイちゃんにムツキちゃん。いらっしゃーい!」


 ひらりと手を振るコトニ。それにユイは一つ手を振って応じる。


 出会ってからもう四日目だというのに、未だに感情の読み取れない横顔。シロは弾む息で来客に呼び掛けた。


「いっ、今ね、探し物をしているんだよ。二人は?」


「……探しに来たのよ、あなたたちを」


 さっき言ったわよねと言わんばかりに、ユイの眉がひそめられる。シロは身を強張らせるが、すぐに「そうだったね」と頬を緩める。


「……その様子だと、『探し物』はまだ見つかっていないみたいね」


「うん……」


 当初の目的としていた『あん』は発見することができなかった。しかし、およそ二時間に渡る捜索は無駄ではなかった。


「見つからなかったけど、でもね、ヒントならあったんだよ!」


 足元に散らばる本を避けながら、シロは机へと縋る。そこには二つの封筒があった。いずれも一度たりとも開封はされていないようで、しっかりとかわいらしい動物のシールで留められている。


 ヒント――と眉を動かすユイ。


「と言われても、何を探していたのかすら把握していないのだけれど」


「あっ……」


 情報の共有は簡単であった。


 本を取ったら手紙を見つけた、ただそれだけである。


 ユイもムツキも、手紙が複数存在するという事実に眉根を寄せていたが、すぐに気を取り直して前進を選ぶ。


「開けてもいいかしら」


「うん! コトニちゃん、休憩にしよ」


 水筒に詰めてきた麦茶を紙コップに注いで、休息を取る。


 見つかった手紙は二枚だった。一枚には前回同様に文字が書かれ、もう一枚には何やら数字が刻まれている。


 ――これが三枚目の手紙。閉じ込められているのは私だけみたい。大人の人以外だれもいない。大人の人はいつも私の体をいじくって、セーエキを採取して出ていく。怖い。知らない人にちんちんをいじられて、おっぱいもおまたも、きもちわるい。赤ちゃんなんて作りたくない。この手紙を読んでいる人、どうか覚えていて。ここは天国じゃない。早く逃げて。逃げ方は、分からないけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る