本物の好き



 ……それはこっちの台詞だ。


 教えてくれと言いたいのは俺の方だ。



 こんなもの見るんじゃなかった。



 對我さんに本を渡された事で、俺は今度こそメアリを理解したと思っていた。だがそれでも足りなかった。周防メアリの苦しみは力との戦いだけではなかった。この日記が彼女の心を綴っているのなら、俺を振り向かせようとしている内にむしろメアリが俺を好きになってしまって―――なんか、申し訳ない。誰かの告白現場をたまたま目撃してしまった気分だ。


 今までの十数年間、メアリからはそんな空気を一ミリも感じなかった。俺に対する『好き』は上辺だけで、俺に対する親切も信者の暴虐との落差によって嫌わせる為。それだけでも筋は通っている。出来ればそっちを信じたかった。だが真実は俺にとって最も不都合なものだった。


 俺が虐めで苦しんでいた様に、彼女もまた苦しんでいた。好きになった相手に嫌われないといけない。嫌われなければ視てくれないと言いながら、嫌われるたびに傷つく。


 それが辛くない保障が何処にあろう。好きになった相手に嫌われる努力をしないといけない。そうでなければ神様の力に押し潰されるし、誰も本当の自分を認識してくれなくなる。そんな十数年を過ごせば誰だって歪む。現にメアリは俺への好意を完全に隠せていた。これを読まなければ、彼女の心など知らないままきっと立ち向かっていたのだろう。


 歪んでいる、で済む話だろうか。メアリは完全に壊れている。己の感情と目的に解消出来ない齟齬が生まれたせいだ。日付が途中から消えているので分からないが、俺が興味を失った云々というのは、命様に出会った日ではないだろうか。事実として命様と出会ってから俺の脳内は少しだけメアリ色が抜けた。あらゆる時に気にしていたのは事実だが、それでも―――俺の心には確かにあの愛おしい神様が居た。


「…………どうすりゃいいんだよ」



 對我さんは俺に助けてくれと願った。どうやって?


 俺はメアリを打倒すると決めた。どうやって?



 助ける助けないの話ではない。完全に壊れてしまった彼女を現在に生きる俺がどう助けろと言うのだ。過去を変えられるならとっくに変えている。彼女が壊れてしまったのは主に天畧と、その後における本人の行動が原因だ。クソババアと母親を侮蔑しながら、それでも天畧の教育はメアリに大きな影響を与えている。


 『好き』の意味に違いがあると気付けていれば、こうはならなかった。ここまで酷くはならなかった。俺の想像以上に、或は本人の想像以上に周防メアリという人間は純粋だったのだ。


「……読むのではなかった、とは言うまいな」


「……忠告には従っておくべきだったかもしれませんね。見て後悔しました」


 今までの行動を反省してみる。俺は何か行動を間違えただろうか。確実に間違えていない保障は無いが、それにしても間違えた事なんて……何だ。命様に出会わなければ良かったのか? しかしそれでは俺の心が持たない。アイツが蘇生出来るなんて知らないし、それを承知の上で死ぬなんてどのタイミングでやろうと思えただろうか。


 前提として、俺はアイツが嫌いだった。今でさえ嫌いだ。何故アイツの為に動かなければいけない。都合よくこの未来を知っていれば話は別…………だろうか。どの道手遅れだから何かしたとは思えない。俺はそのくらい薄情な奴だ。


「……月喰さん。俺はどうすればいいと思いますか?」


「我に聞くな。だがどうにかせねば世界はこのままだぞ。倒すにしても救うにしてもな。選ばないは無い。停滞とは即ち死を意味する故」


「―――やっぱそうなりますか」


 天畧を見遣る。彼女はまだ暴れていた。拘束される事がそんなに気に食わないのか、こちらが解放してやらない限り進展はないのだから諦めても良い頃だろう。



 ……



 例えば彼女を解放する代わりに同行させたとして、何が出来る。メアリへの決定打になり得るだろうか。答えはノー。命様の力を失った彼女はハッキリ言って何の役にも立たない。連れて行くだけ文句を言われるだけだ。


「…………」


 好きだけど嫌いになって欲しい奴を相手に、俺はどう行動するのが正解なのだろう。全く案が思いつかない。救うのも助けるのも無理だ。何せ命様の力を持つアイツが過去改変をしていない時点で、力技での解決は無理だと示している。アレが駄目なら誰がやっても出来ない。『完璧』なアイツに出来ないは許されないのだが、最早そんな言葉遊びに付き合ってる場合ではない。何か案を捻り出さないと……でも、出ない。


「誰か教えてくれよ…………」


 俺には何も分からない。どれが最適解なのか。最適解なんてそもそも存在するのか。『解』など存在しないのではないか。


「結論を急ぐ必要はない。全世界の人間が絶頂死すると仮定してもまだ時間はある筈だ。ここは一度会場に帰り、思考を纏めるべきだ。焦るばかりではかえって遠回りかもしれんぞ」


「………………」


 彼女の言い分にも一理ある。悔しくて惨めで、己の無力さを痛感する事になってしまったが、ここは一度帰った方が良い。俺は英雄でもなければ特殊な力を持った人間でもない。ここから誰一人として死なせずにこの状況を終息させるのは不可能だ。


 だからせめて、しっかり方針を固めなければ。


 俺が何をしたいのか。


 何をすればメアリは止まってくれるのか。










 結局、莢さんも幸音さんも見つからなかった。二人は何処へ行ってしまったのだろうか。無事ではないだろうと確信しつつもどうか二人には無事で居て欲しい。矛盾した感情を抱き続けるのはとても苦しい事だと、この時実感した。こんな、些細な事なのにも拘らず。


 メアリはこんな苦しみを十数年間味わい続けてきた。俺には到底計り知れない苦しみを。決して理解出来ない苦しみを。






 理解出来ないのに、俺はどうやってアプローチをすればいい?



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