FILE 10 時律背反

負ける為の戦い



 メアリの真意を知ってから一か月が経過した。


 無意味な一か月と言うつもりはないが、俺からすれば苦渋の時間だった。何度も何度も会場から出ようとして、その度に月喰さんに連れ戻された。腹立たしくもあったが『メアリの居る場所に当てはあるのか』と聞かれれば返す言葉もない。


 逆に待って何か起きるのかと言われると、実は起きる。



 空花がこの町に戻ってくるそうだ。



 それもきちんと収穫を持って帰って来てくれるらしい。一か月という期間はそれまでに掛かる時間であり、必ず間に合わせるとは言っていたが……何の準備をしているのだろうか。交通機関は全てメアリになっている。本来の役割など果たせそうもないから移動手段は徒歩として、それでも一か月は掛からない。ここは隣町だ。どんなに甘く見積もっても十時間以内には来れるだろう。


 それを一か月と見積もるくらいだからどんな物凄い準備をしてくるかと思えば、久しぶりに再会した彼女は、ほとんど変わっていなかった。海外旅行も驚きの荷物など存在しない。


 『そういう血』の奴は入れたくないとの事で、彼女との待ち合わせは会場の外でやっている。


「あ、いたいた! おにーさん! 久しぶり~!」


 手荷物は少し大きめのバッグは一つ。これが一か月も要した原因だとは非常に考えにくい。彼女との再会は嬉しいし歓迎もする。ハグを求めてきた彼女に対して返してやるだけの感動はあるが、それはそれとして俺は尋ねた。


「何で一か月も掛かってたんだ?」


「それは色々原因があるんだけど、まずはこのバッグの中身だよねー」


「何が入ってるんだ?」


「それは秘密だけどー、簡単に言っちゃえばメアリさんの体内から命ちゃんを取り出す為の準備だよ」


「……見つかったんだなッ」


 周防天畧の用いた方法とは違うだろうが(因みに本人は教えてくれなかった)、メアリから命様を引っ張り出せるなら何でもよい。喜びを隠しきれない俺の反応に対して空花は複雑な表情を垣間見せた。


「……何か問題があるのか?」


「問題、大有り。まずおにーさんに言っておきたいのはね、神様の力を引っこ抜くのって普通のやり方じゃ出来ないんだよ。私も碧姉に教えてもらわなかったら準備出来なかったし。それとね、一方的に抜こうってのはまず無理というか……呪術も絡めないといけないし、何より大量の死人が必要になるの。後は十年単位の準備。そんな事してたら流石に手遅れになるし、準備を少しでも邪魔されたら全部おじゃんになっちゃう。だから用意してきた方法は……メアリさんの協力が必要になるの」


「―――説得しろってか。アイツを」


「うん。それも完璧に説得してくれないといけない。このバッグの中には一回分しかないから。失敗したらそれでお終い。あ、気絶させられるならそれでも良いけど」


「…………」


 要するに反抗させなければどちらでもという事だが、今の所はそのどちらも可能性を見いだせていない。俺の言葉程度がアイツに届くのなら、誰かがとっくに終わらせている。答えは誰も教えてくれない。この世界に存在する神はメアリ只一人。俺が打倒するべき存在もメアリ只一人。敵が答えを教えてくれるだろうか。


「後は外出する為の準備だねー」


「は? 準備?」


「自分を呪って今までは回避してたけど、今は碧姉を除いたらそうも行かなくなっちゃったんだ。だから―――」


 口で説明するよりはと言わんばかりに空花が服を持ち上げた。突然の行動に俺はギョッとしてしまったが、その美しい臍が露わになった時俺は言葉を失った。空花の身体には無数の呪文の様なものが描かれていたのだ。


「み、耳なし芳一?」


「それはお経じゃなかったっけー? でもこうでもしないと外に出られなかったからさ。あ、一応言っておくけど出鱈目に落書きした訳じゃないからねッ! おにーさんが書き足しても効果が増えたりしないよ!」


「分かってるわッ」


 それにお経は神の力には対抗出来ないだろう。ミミズののたくったみたいな呪文は何と書いてあるかさっぱり分からないが、神聖な力に抗えるという事は真逆―――呪いに近い性質があるのではないだろうか。


 自分に呪いを掛ける事といい、空花が心配になる。呪いの真偽については意見を差し控えるが、それを躊躇なく行う事そのものに狂気を感じてしまう。自分を大切にしている人間の出来る行いではない。


「最後にメアリさんの捜索。これが一番時間が掛かったかもしれないッ」


「その碧姉とやらが捜したのか? 聞いてる限りそんな感じするぞ」


「『そこまでする義理は無いよ』って言われちゃったから自分で探してたんだー。でも流石に日本中探すなんて無理でしょ? 警察も機能してないし。推理なんてして間違ってたら取り返しつかないし。でもね、そしたらある人が家に来たの」


「……こんな時に歩き回れる人間が居るのか?」




「―――つかさ先生って言えば、おにーさん分かるよね」




 その名前を再び聞く日が来るとは思いもよらなかった。梧つかさ、積極的安楽死を行う犯罪者であり、一時は敵対関係にまでもつれ込んだ人間。幸音さんの保護者でもあり、俺の妹を殺した元凶でもある。


「何でそこでつかさ先生がでてくるんだ? あの人、お前等と関係あったっけ?」


「さあ? 私にも分からないよ。でも家を知ってるって事は家の誰かと接点があるんだろうね。その先生がさ、資料くれたんだよ。メアリさんの」


 何でもつかさ先生は俺が突き落とされた後もメアリ殺害を諦めていなかったらしく、この一か月間はメアリ―島の方で血眼になって彼女を探していたそうだ。メアリタワーにも足を踏み入れて隅々まで探したが、襲撃を仕掛けた事で警戒されてしまったのか『メアリ』に追い回される羽目になったそうな。


 それを逆手にとって、暫くは信者を自分が引き付けるから役立てろと一方的に資料を渡してきたのが一連の流れらしい。確かに空花との集合場所であるここに『メアリ』の姿は見えない。今も追い回しているのだろうか。


「この資料、メアリさんの性格が凄く分析されててね。今までの行動とか所業とかが事細かに記録されてて、最後のページに行きそうな場所が書かれてるの」



 ……俺がアイツの事を話したお蔭なのだろうか。



「それが『自宅』か『学校』か『タワー』なんだけど。おにーさんどれか行った?」


「『自宅』には居なかったな。『タワー』は……俺が突き落とされた場所だが、そこにいるっておかしくないか? だってあそこでつかささんはダウンしてたんだぞ?」


「意識失って、目覚めたらメアリ―島に移動しちゃったんだって。何もかもメアリさんの状態で良く見分けられたねって言ったら『揺れてるメアリが海と仮定した場合あまりにも陸が少なすぎる。孤島と考えるのが自然』だってさ」


 あの人、神様嫌いでオカルトなど疎い筈なのに、どうも適応力が凄まじい。そっち方面に疎い人間がいざその手の事態に遭遇したら恐怖でパニックになってもおかしくない。俺みたいに平和ボケした人間が戦場に放り込まれたらパニックになるのと同じだ。この場合、つかささんは即座に銃を持つのだろうか。


 ……あまり違和感がない。


「成程。じゃあ『タワー』と『学校』が未捜索って訳か。どうする? 効率を考えるなら二手に分かれるのが良いと思うが」


 特別悪意は無かったが、俺の問いに空花は渋面を浮かべて首を捻っていた。その表情を見れば言わんとしたい事は何となく分かる。問題があるのだろう。さっきから問題しかないので驚く様なものでもない。


「何が問題なんだ?」


「『学校』なんだけど。『メアリ』さんが物凄い数で固まってるの。つかさ先生を追い回してる人とは別なのかな? ちょっとよく分からないけど、多分おにーさん見かけたら全力で襲ってくると思うんだよね」


 世界の人口を七十億と仮定して、その全てがメアリ信者とする。仮にその内の三十億がつかささんを追い回していても(追いかけっこにならないという結論は無視しておいて)、残り四十億はまだフリーだ。どうとでも動ける。


 この国の人口を母体としてもそうだ。五千万人がつかささんによって引き付けられたとしても、七千万人程残っている。俺と空花が力を合わせたとしても人数の不利は覆しがたい。正しく鉄壁の防御だ。


 絶頂死するのを待つのが無難だが、壁達が犠牲になる頃には何もかも手遅れとなっている可能性が非常に高い。世界滅亡と引き換えにメアリを止められたとして、リターンになっているかと言われれば決してそんな事はない。あまりにもメリットが小さすぎる。


「…………そう、か」


 周防メアリの死に時理論が、今更蘇る。彼女は死に時ではない人間は何をやっても死なないという独特な価値観を持っていた。その上で、こうも発言していた。



『いつかでいいから、殺してよ。きっと私の死に時は、貴方が導いてくれるって信じてるよ』



 今にして思えば痛々し過ぎて聞いちゃいられないが、メアリは俺の手で死にたいと考えている。その上であのタワーにおける発言。



『………………一応言っておくけど、次会いに来たら今度は消すよ。だから私に挑む気なら―――ちゃんと作戦は練ってきてね?』



 俺の手で死にたいと願っている人間が本気で雲隠れするとは考えられない。メアリはきっと俺に『会いに来てほしい』のだ。その時こそ己の死に時と信じて疑わないのだ。でなければ作戦を練ってこいとは言わないし、この一か月間何もしてこない筈がない。


 つまり周防メアリは隠れていない。いや、逃げてさえいないのではないだろうか。死に時理論から考えるに、彼女は自分をラスボスか何かに見立てている可能性がある。ゲームにおいてラスボスとは倒さなければいけない存在だ。俺に殺されたがっている彼女にとってはこの上ない役回り。


 ラスボスの下りがこじつけ極まりないが、アイツの日記から推察するに、信者の存在は彼女にとって鬱陶しいものだ。それを使ってわざわざ周りを囲んでいるとは到底考えられない。それにそんな事をしてしまえばこちら側に万が一の勝ち目も無い。死にたがりの性質と矛盾してしまう。


「因みにタワーは?」


「ちょっと見たけど、周りに誰も居なかったよね。だから期待は持てないけど……」


 これが普通の戦いなら、メアリの勝率一〇〇パーセント、俺達の勝率〇パーセントのクソ試合だ。何もかも本人の都合良く動く未来に勝ち目がないのは当然だ。しかしそれとは別に、むしろ本人は俺達に勝たせようとしている節がある。


 一方を固めてもう一方を無防備にしているのは、彼女なりの道標ではないだろうか。自宅に天畧を放置したのも、『自分は居ないから来る意味がない』と俺達に教える為だったのではないだろうか。そう考えると辻褄が合う。


 家を殺風景にしたのは捜索の価値を減らす為。


 あの部屋を壁で隠したのは単純に見て欲しくないから。


 実際、効果は覿面だった。月喰さんが同行していなければあの部屋の存在、及び日記を知る事はなかったのだから。


「…………タワーに行くぞ」


「え、そっちに行くのッ? まあ捜してないから何とも言えないし、もしかしたら居るかもしれないからいいけどさ」







「かもしれないは無い。アイツは確実に―――あの建物の最上階で待ってる」



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