トワに続く永遠を終わらせる為に
月喰さん曰く、メアリは万物に存在する境を消してしまったらしい。神羅万象が周防メアリ以外の何者でもなくなっているのはそういう理屈らしく、今は幽霊も怪異も神も一律で可視の存在へとなり下がり、メアリに侵食されてしまったとの事。
つまり今は、本当に月喰さんしかいないのだ。メアリ以外の女性―――否、存在は。
「小娘が我の力を坊から取り上げたのはこの為だろうな。鬼妖眼にまやかしは通用せん。我にはこの世界の変化がまるで理解出来ぬ」
「…………成程」
ひとしきり彼女を堪能したら、俺はすっかり落ち着いた。闇祭りの会場は異界だからだろう、メアリの力の影響が全く及んでおらず、木は木のまま、地面も地面のままだ。空は―――木の枝葉が埋め尽くしているせいで分からないが、メアリではないので無問題。
木を抱きしめるという狂行にも出たが、終わりよければ全て良し。落ち着いたと言ったら落ち着いたのだ。
そう考えると今、月喰さんに膝枕をしてもらっているのは単純な煩悩である気もしてくるが、万が一があったらいけないので、飽くまでこれは予防の為だ。俺は決して誘惑に負けた訳ではない。何せ大きく突き出た胸が視界を遮っているのだ。『魔』に魅入られる筈がない。
「所で坊。我との契りは忘れておらんな?」
「あ、はい。『我は貴様を三度助ける。一度目は接吻、二度目は前戯。三度目は襲う』ですね?」
「忘れておらぬとは感心だ。元より貴様は我の婿故、無償で助けるのも吝かではないのだがな。それでは契りにならんのでな。許せ」
「いや、月喰さんが助けてくれなかったら……多分、自殺してましたから。それで―――その。助けて貰った立場から言うのもあれなんですけど、するんですか? ―――キス」
「今の我が坊を襲えば一年と言わず千夜の目合となるであろう。貴様は身体が持たぬと言うやもしれんが、以前も言った様に我の唾液は雄の本能を激化させる。それに伴い体力も取り戻される。実践せねば分からぬだろうが、千夜程度は造作も無き経過よ」
経験豊富な月喰さんは分からないかもしれないが、童貞の想像力を舐めない方が良い。そういう事を言われてしまうと千夜なんて……千夜まで行くと流石にイメージが湧いてこなかった。
「故に今は襲わぬ。全てが終わってからでも遅くはない。何せこの契りは―――婚前の契り故」
「―――え?」
「坊にも分かりやすく、現世のやり方に沿ってやった。指を見い」
どちらの手か分からないので両手を見遣る。左手の薬指に茨を模した印がまるで結婚指輪みたいに絡みついていた。取り外そうにもそれは飽くまで印であり物体として存在しないので外せない。手を洗ったとしても、これは汚れではないから落ちまい。
「だ、騙したんですね! あの時は只の契約だって―――」
「妖との契りに裏が無いと信じた坊が迂闊だったまでの事。ククク、案ずるな。人体に害はない」
「そういう事じゃなくて! 俺は命様と―――」
「トコヤミが先、とでも言いたいのか? だがそれこそ襲わぬ理由だ。相反する奴と趣が合ったのであれば、ハッキリと決める。故に奴を取り込んだメアリを潰すまでは襲わぬ」
妖に正々堂々という言葉は無いのかもしれないが、それが彼女なりの筋の通し方なのだろうか。相反とは言うが、命様とそこまで折り合いが悪くなりそうにはとても思えない。むしろ命様も俺に対しては開放的で―――特に全盛期はその傾向が強かった。二人同時に襲われる未来が見えるのだが、果たしてそれは気のせいになるのだろうか。
語弊が生まれそうなので敢えて補足しておくと、決して嫌な訳ではない。
「因みにその印は我の唾液と連動して身体に広がるぞ」
「え! こわッ! やっぱ嵌めたじゃないですか!」
「案ずるなと言っている。印は貴様の理性を解放し、雄として求められる全ての力を飛躍的に高めるもの。それは腕力であったり知力であったり交尾の才であったり生殖能力であったりと様々だ。その印が全身に広がった時、坊はこの世に並ぶ者無しの雄となる」
「怖い怖い怖い怖い! 外してくださいよこんなの……ていうかこんなものがあるなら婿選びなんかしなくて良くないですかッ。適当な男にこれつけて唾液出せばそれで終わりじゃないですか!」
「自我の強さとはまた別の話だ。唾液さえ渡さねばさしたる力もないのだから、畏れる必要などあるまいに」
「無理があるでしょ!」
やってる事はそれこそメアリと一緒ではないか―――と言いたいが、快楽と誘惑にさえ負けなければ状態が進行しないのであちらよりは遥かにマシである。それに月喰さんは……婿だからだろうが、俺にとても優しい。周防天畧は月喰さんから慈愛性を消して凶暴性を足した人間なのでどうしようもない。あんなのに育てられて歪まない奴はこの世に存在しない。
「―――話は変わるんですけど。さっきメアリを潰すって言ってましたよね。具体的なプランとかはあるんですか?」
「それは坊に任せる。我は飽くまで協力をするだけだ」
「そうですか……」
説得は無理だった。そして命様の力を捻じ伏せたアイツに物理的勝ち目があるとも思えない。核ミサイルを以てしても―――そもそも誰も撃とうとしないが―――無理だろう。そもそも世界がこうなる前も具体的なプランがあった訳じゃない。妨害らしき行動が精々で、止めるとなればぶっつけ本番でどうにかする、くらいの漠然とした計画しかなかった。
まだ何かが足りないのかもしれない。
物事に不可能は無い。それが周防メアリの『完璧』だ。そして裏を返せば周防メアリを負けさせる事も決して不可能ではない。揚げ足取り染みているが、こうでもしないととてもじゃないが歯向かおうなどとは考えられない。理屈は必要だ。
「……俺、一応仲間がいるんですよ。でも多分、全員メアリになったか―――消されたんでしょ?」
「然り」
「でも姿形がメアリになっただけで、少なくともまだ精神までは汚染されてない筈です」
出なければメアリ信者は狂喜乱舞出来ない。俺の知る周防メアリの本当の顔はとてもドライで、共感性が著しく欠如したクソ野郎だ。あんな奴と友達だなんて信じられない。
そもそも俺はアイツを友達だと認めちゃいないが。
「だからその人たちを見つけに行きたいんです。まずはそこからだと思ってます。どうすれば良いですかね」
「鬼妖眼を再度貴様に渡せばそれで済む話だ。その後はどうする?」
「メアリが世界征服をやめてくれる切っ掛けを探しに行きます。あればいいんですけどね」
探しても見つからない。
しかし探さなければ見つからない。
宝くじや懸賞と同じだ。砂漠の中から一粒の砂を探し出す様な難行だとしても、メアリを倒す為にはやるしかないのだ。それが、絢乃さんや清華の犠牲が無駄ではなかったと証明出来る唯一の行動だと思う。
丁度清華が俺と仲直りする為にメアリを打倒しようとした様に。
「―――ならば、そろそろ行くか坊。我らの愛した現世を取り戻しに」
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