お し ま い ♡

 ステージの下では、清華とメアリの膠着状態が続いていた。しかし決着は既についている様なもので、俺に言わせれば首筋にナイフを突き立てられながらも平然とするメアリの勝利だ。死ななければどんな攻撃も屈するに値しない。俺がつかささんを相手に勝利出来たのもそれが要因である。


 むしろそれが無くては、万に一つも勝機は無かった。


「メアリ、やめてくれ!」


 身体が死なないのを良い事に、メアリは片手で清華の首を絞めあげていた。慌ててステージの下に降りると、二人の間に割って入る。


「あ、創太君。そっちは終わったんだ。じゃあこっちも早く終わらせて―――」


「やめろ! やめてくれ! 頼む! 清華が居なくなったら…………俺は、俺は天涯孤独になっちまう…………」


「どうして?」


「……知ってんだろ、どうせ。俺の両親が…………清華のビデオを見たせいで、自殺したって事だよ」


「…………え」


 清華達の経過が気になったから敢えて逃したが、こうして口に出すとまた怒りが込み上げてきた。俺を除けば唯一事情を知らない清華が初めて声を出したが、今の俺に驚く余裕はない。怒りが頂点に達している。


「つかさ先生も、テメエも! 何もかも勝手に自己完結させやがって! 家族の事は大嫌いだ! ああ今だって大嫌いだ! 反吐が出るよ! でもそれでも家族だ! 居なくなってほしいとは思ってても死んでほしいなんて……こんな死に方誰が望んだんだよ!」


「……あ、兄貴」


「命様に出会って救われた! 空花に出会って救われた! 色々な存在が俺を支えてくれたよ! だからって、なあ。俺は普通に暮らす事も出来ねえのか!? 両親が死んで、妹は脳を取られて挙句どっかに死体処理されて墓も建ててやれない! しかも殺人の片棒を担がされた! メアリ、テメエの勝ちだよ。俺の頭の中はお前で一杯だ。お前が憎くて憎くて仕方ない。なあもういいだろ、何でこれ以上俺を苦しめる! やめてくれよ、もういい加減―――離してくれよ」


 せめて妹だけは。『生きている清華』のガワを被っているだけでも何でも良い。彼女だけには消えて欲しくない。『家族』という関係に俺は散々苦しめられたが……それでもその関係は、単純に割り切れるものではない。


「…………うーん。そうだね。私にも完全に『視えた』し、いいよ」



 ―――視えた?



「喪せろ」


 言葉の意味を理解するよりも早く、メアリの手が俺の左目にあてがわれた。次の瞬間、眼球を根っこから引っこ抜かれたかの様な激痛が走った。骨が刺さった時とは比べ物にならない衝撃に自ら吹っ飛んだ。


「あッ―――うぇ…………!」


 左目に掌をあてがうも、出血は確認出来ない。眼球をくりぬかれたか潰されでもしない限りは得られない痛みに、まず恐れたのはショック死だ。痛覚が限界を超えるとそれだけで人は死んでしまう。しかしながら今の俺はつかささんとの戦いでもハッキリしたように不死身だ。何がどうあっても死ぬ事は無い。


 或はそれがこの耐えがたい苦痛を生んでいるのか。


「……………………………………………………………なにを」


「んー? 創太君が私を『視て』くれたお蔭で、私はこの力を捻じ伏せる事に成功しました。だからそのお礼に……貴方と妹さんの力を消してあげたの」


 痛みは短期的なもので、直ぐに引いてくれた。明瞭な視界の中に清華は居なかった。


「け、消した?」


「うん。だって妹さんが居る限り創太君は苦しむし、創太君もそんな力を持ってたから苦しんでた。だから私が引き受けてあげる。心配しなくても貴方にだけは『心洗』は使わないよ。だって恩人だものね」


 相も変わらぬ能面状態で『ニヤリと』嗤うメアリ。今更恐怖など感じる筈も無いのだが、この時ばかりは心底から慄いていた。


「ああ、そうそう。そう言えば常邪美命だっけ……随分私の邪魔をしてくれたよね。創太君には私だけを見て欲しいのに、目移りさせるなんて酷い女」


 そう言ってメアリが虚空に手を翳した。そちらの方向には何もない。最初はつかささんに対して何かするつもりなのかと思ったが、彼の居る方向とは真反対だ。そちらには何もない。暫く手元を見つめていると、手応えを得た彼女の指が何かを掴む様に曲がった。


「つっかまーえた。ねえ、どんな気持ち? 自分の力にやられる気分は」


「自分の力…………っておい。まさかそこに居るのって」


 釘付けになっていると、徐々にその姿が見え始めた。



 必死に足をばたつかせ抵抗しているのは―――紛れもない常邪美命様だった。



 力を奪われた俺が何故彼女の存在を認識出来ているのか。それは考察するまでもない。『鬼妖眼』がメアリによって拡張され、不可視との境界が歪められたからだろう。


「ぐ…………!? ……周防メアリよ。悪い事は言わぬ。その力を妾に返せ」


「何で?」


「神の…………力を持った愚者に、碌な結末を辿った者は居ない。お主の母の罪は…………水に流そう。今すぐ―――妾に……」


「立場弁えてる? 貴方が余計な事してくれたお蔭で創太君の気持ちが逸れたんだからね。でも丁度良かった。クソババアから受け継いだ力、少しだけ足りないと思ってたんだ。貴方を取り込めば足りるよね」


「―――愚かな」


「おいメアリ! やめろ!」


 立ち上がって妨害を仕掛けんとするが、二人の周囲にバリアでも張られているのか、全く近づけない。そこが壁であるとでも言わんばかりに俺の行動を阻害してくる。


「創太君は私だけを見てくれたら良かったのに……邪魔しないでよ。お蔭で時間が掛かっちゃったじゃん……」


 命様の姿が薄くなっていく―――否、取り込まれている。


 カジュアルな服装が命様の巫女服に上書きされていく。それに応じて彼女の姿は薄くなっていき、メアリの着替えが済んだ頃、俺の愛した神の姿はなくなっていた。周防メアリそのものとなっていた。可愛さ余って憎さ百倍という言葉もあるが、こういう場合は何と表せばいい。俺の愛した神様が、最も憎んだ女性と同化してしまった。


「あ………………ああ」


 絢乃さんを殺された時から、こうなる事は運命だったのかもしれない。


 清華は利用された挙句、殺され。


 俺の力は良い様に利用された挙句奪われ。


 その力によって清華の『ガワ』が剥がされ。


 挙句の果てに命様は吸収されてしまった。


 この場に居るのは三人だけだ。しかもつかささんはダウンしているから当てにならない。つまりこの場に居るのは俺とメアリの二人だけだ。


「……私の助太刀なんかしなきゃ良かったって思ってる?」


 それはない。どうせつかささんは敗北し、殺されていた。清華や命様と同じ末路を辿らせるくらいなら、彼だけでも生存させる事が出来た分、助太刀する意味はあったと思う。願わくは外に居る空花には無事で居てもらいたいが……大丈夫だろうか。


 何かあったら助けてほしいと頼んだだけに、そこだけが不安だ。


「…………いや」


 俺が勝利したお蔭で、つかささんは現在メアリの興味から外れている。彼の事は許せないが、もう充分殴ったし、叶うならこのまま逃げ帰ってもらいたい。時間は稼ぐから。


「―――元々。お前とは二人きりで決着をつける予定だった。こうなったのはむしろ好都合だ」


「へえ。でももう貴方には何もないよ。一体何が出来るって言うの?」


「お前をぶん殴って、命様を返してもらう」


「やってもいいけど、それが無駄な行為だってのは貴方が一番よく知ってるんじゃない? それとさ…………もう創太君。用済み」


「あ?」




 刹那。ドーム全体を揺さぶる衝撃。





 俺は重心を崩されて再び転んでしまったが、その隙を狙っていた様にメアリの手が胸ぐらを掴み上げた。


「パーティは台無しになっちゃったけど、貴方から力を奪えたなら大満足。今度こそ貴方の心を私で一杯に出来る…………!」


 拳をお見舞いしてやるが、殴っただけ手を痛める結果に終わった。メアリは気にも留めず改めてステージの上へ。つかささんの姿はもう何処にも無かった。


「離せ!」


「もう邪魔者は居ない。誰も私を止められないんだよ創太君。これからの世界は私の物。私が崩して、私が作り上げる。今まで協力してくれてありがとう、創太君。お礼に貴方だけにはこれ以上何もしないであげる」


「何が何もしないだよ嘘つき! 返せ! 命様を! 清華を!」


「どっちも居たって何の得にもならない。貴方は私だけを見てればいいの。もう今後は、私以外を絶対に見させない。ずっと私を見せてあげる」


「金積まれたって願い下げだね! 大体お前……俺から何もかも取り上げて、力もコントロール出来たのに、何でまだ俺に執着してんだよッ」


 メアリの動きが暫時、停止した。


「…………さあね」


 長々と喋ってくれているが、それは決してチャンスなどではない。胸倉はいつまで経っても掴まれているし、抵抗らしき抵抗が全く出来ていない。メアリはというと前方の壁を展開させ、気づけばタワーとなっていた建物の端っこ(恐らく先程の揺れが建物を変化させた)で俺を掴んでいる。彼女が手を離した瞬間、俺は確実に死ぬだろう。


 実を言えばメアリについて引っ掛かる事が残っているのだが、どうでもいい。仮に理屈が通ったとしても俺が助かる訳ではないのだから。


「………………一応言っておくけど、次会いに来たら今度は消すよ。だから私に挑む気なら―――ちゃんと作戦は練ってきてね?」


 メアリの指が、離れた。






「さよなら」







 一滴の涙と共に、俺は空へと放り出された。




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