FILE 08 悪鬼掌悪

望んだ平穏



『昨夜、周防メアリ様が首相と共に日本を発ちました。これに対し各国首脳は一様に話し合いに応じる姿勢を見せており、我々は平和の為ならば自らの骨を折るメアリ様に落涙を禁じ得ません。皆さん。世界平和は必ず実現します! そう、メアリ様さえ居れば!』



『関係者への取材によると、首相は近い内にメアリ様に全ての権限を譲渡なさるおつもりだそうです。この行動に対して国民の反応は素晴らしいが百パーセントであり、インターネットでも賞賛の声が飛び交っています。高原さん、首相の行動にはどのような意図が―――』




 夏休みも半分を過ぎた頃、寝起きの俺にぶちかまされたのは最悪のニュースだった。ツッコみどころが多すぎるが、一つずつ丁寧に潰していこう。


 まずいつの間に首相と知り合ったのだろう。明らかに一市長の出来る事ではないし、ニュースで『様』を付けられる人間を初めて見た気がする。俺の知らない内にテレビ局がメアリの侵食を受けていた。それと一体何人にアンケートを取ったか知らないが、否定意見が一切ないのも不穏だ。時間をループさせてまで俺と接触したかったアイツに自身の名前を広げる暇はなかった筈だが…………



「莢さん。メアリっていつの間に根回ししてたんですか?」



 俺の為にコーヒーを淹れてくれた女性―――莢さんは、机の上にティーカップを置くと、ポケットから素早く携帯を取り出した。彼女の名前は皁月莢と言って、周防家に仕えているメイドさんだ。今はメアリからの要請で俺のお世話をしている。


 両親も妹も帰ってこない今、俺にとっては事実上の家族だ。


「それについては、私ではなくメアリ様のフォロワーが詳しいかと……信じがたい事ですが、メアリ様が月祭りで開始なされた生放送は一九〇ヵ国以上の指導者が見ていたそうです。首相の方は……メアリ様が直接電話を掛けられたみたいですね」 


「相変わらずやってる事滅茶苦茶ですね。テレビ局の方は?」


「メアリ様の生放送を見ていた方の中にテレビ関係者が居たのでしょう」


「あー…………」


 アイツに抗えるのは俺だけと言っておきながら、やっぱり何も出来てない。度々その事実を痛感するが、こんな奴の相手は誰も出来ないのが当然なのだから、あまり悲観する事は……いや、悲観すべきだ。諦めたらそこで終わり。世界が掌握された時こそ真の敗北だ。


「所でメアリは何処に行くつもりなんですか? 世界中の指導者が集まれる場所……まあその気になれば色々ありますけど。どっかの国で集まるとテロの心配が―――ああいや。メアリが居るからテロは絶対起きないか。クソだなアイツ」


 殺人が起きないと言えば聞こえは良い。しかしながら俺でようやく対話できる程度、その他の人物ではそもそも対等にすらなれない時点で最悪だ。偶然誰かが止めてくれた、という奇跡に全く期待出来ない。


「おや、創太様がご存じないとは。意外な事もあるものです。メアリー島ですよ」


「メアリー島? その見るからにメアリの所有物な島は……え? まさか買ったんですか? それか譲ってもらった?」


「いいえ。中学生の頃、メアリ様が自家用船で海へ出た時に偶然発見された無人島です。まだどこの国の所有物にもなっていない島……あまりにも都合が良すぎる発見ですが、それを契機に島はメアリー島と名づけられました。私の記憶が正しければ、今はメアリタワーが建造中の筈です」


「…………メアリタワー!?」


 そんな話は寡聞にして知らない。島の事もタワーの事も、俺は一言も聞かされちゃいなかった。どうやら本当に邪魔されたくない事は絶対に伝えないのが彼女のスタイルらしい。ふざけやがって。究極の権力からすれば俺など取るに足らない存在だというのに、全く付け入る隙がない。



 ……それとも、アイツにとっちゃ実はどうでも良かったりするのか?



 自分でも何を言ってるのか分からないが、信者の事が嫌いな癖に数を増やし続けるような奴だ。やりたくなくてもやらなきゃいけない、或はやめられないのなら辻褄は合う。島はともかくタワーについてはネーミングセンスの無さから見ても本人以外が決めた可能性、興味がないから適当に決めた可能性は十分にある。


「因みにメアリタワーはいつ完成予定なんですか?」


「大晦日と聞いております。各国首脳をそこに招いたのはメアリタワーの完成図を見せる思惑もあるのでしょうか。私にははかり知れませんが……今更打てる手はないかと。それとも何らかの偶然を期待して私達もメアリー島へ向かいますか?」


「いや、大丈夫です。無策で突っ込んでも負けるだけなんで」


 そもそも肝心の策が未だに思い浮かばない。周防メアリの倒し方とインターネットで調べても得られる情報は皆無。仮にこの現実がゲームだとするならフラグが立っていないと言うべきか。今は半ば詰んでいるのかもしれない。


「……ん? って事は暫くこの街にメアリは居ないんですか?」


「滞りなく話し合いが進んだとしても一週間はご滞在なさる筈です。創太様はこれからどうなさるおつもりですか?」


「どうなさるって言われても…………莢さんが持ってきた日記みたいな手掛かりが何処かにあるって話ならそれを探しに行くんですけど、ありませんし。打倒する方法も全然思いつかないので、特にこれと言って予定は―――」


 無い、と言い切るつもりだった。直前で彼の言葉を思い出さなければ。


「……ちょっと行く所が出来ました。留守番お願いします」
















「僕にはそんな発言をした記憶が一切ないんだが、それは本当かい?」


「はい。俺はつかさ先生から確かに聞きました。幸音さんを預かってほしいと」


 事の発端は一ループ前。山へ向かっていた時に出会ったつかささんとの会話だ。あの瞬間はまだ時の牢獄から抜け出せていなかったので、当然彼が覚えている道理はないのだが、事実までが歪むとは思えない。幸音さんの預かり先を探しているという事実は。


「確かに預かってほしいよ。だが……ふむ。やはり言った記憶が無いな。因みに僕は他に何と言っていたんだ?」


「近い内にとても危険な事をするつもりで、でも俺に教えたら止められるから、何も聞かずに預かってほしいって……で俺が渋ったら、一週間上げるから考えてって」


「ああ、オーケー。そこまでで良い。さっぱり言った記憶がないが、僕が言ったというのは虚偽では無さそうだ。確かに僕ならそう言うだろう。さて、それじゃあ返事を聞こうか。わざわざそれを言いに来たんだから、まだ決断を悩んでいるとは言うまいね」


「……預かります。でも一つだけ条件があります」


「ん?」



「つかさ先生が説得してください。無理やり預かるなんて誘拐と一緒ですから協力出来ません」



 俺は幸音さんの事を何も知らない。分かっているのはつかさ先生の助手という事と、親に恐怖している事だけ。そんな少女を力ずくで預かるというのは単純に犯罪だ。仮にメアリが許しても、或は先生が許しても、俺の倫理が許さない。


「…………そう、か。分かった。こちらでどうにか説得してみよう。説得出来たら、時間のある時に君の家にお邪魔させてもらう。言うまでもないとは思うけれど、手は出さないでくれよ? まだ中学生だ。うっかり孕んでしまえば僕が中絶をする事になる」


「しませんよ!」


 あちら側にだってその気は無いし。俺はそもそも年上が好きだし。


 空花は例外だが(彼女も中学生なのを忘れてはいけない)。


「ていうか、おろす前提なんですね」


「命を預かる覚悟があっても力が無いんじゃあね。責任はそれらを一括りにした言葉だ。僕は別に、働いてお金を稼げと言ってる訳じゃないよ。サラリーマンだったとしても責任が欠如した親は腐る程居るからね。例えばメアリみたいに裕福な家なら覚悟だけで十分だろう。だが君の家も幸音君の家もそうじゃない。ならやめておくべきだ。子供は生まれる親を選べない。育てられない事で一番損を被るのは子供自身だよ」


 彼と話していると、犯罪者という事実を忘れそうになる。発言自体が至極真っ当だからだろうか。それとも命に対する価値観が相当に重いからだろうか。考えてもみれば犯罪と言ってもやってる事は積極的安楽死だけ。それは法律上認められていないだけで、時には人を救う事もあるかもしれない。


 俺と初めて会った時、彼は一先ず契約書を持ち出してきた。安楽死させたくて仕方がない異常性はあるかもしれないが、決して強要はしなかった。多分その部分に、俺は真っ当さを感じている。知り合いに強要の権化みたいな女性が居るからだ。


「少なくとも衣食住を保障出来ないなら子供は育てるべきじゃない。働かずともそれが保障出来るなら育てても良いと僕は思うよ。後は覚悟の問題だからね」


「……まあしないんですけども。結構まともな事言いますよね、先生って」







「犯罪者にまともとは高度な皮肉を有難う。さあ、そうと決まったら早速説得するとしようか」

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