虚誕妄説の殺人鬼



 莢さんの口調は淡白だが、どこぞのメアリとは違って感情がない訳ではない。一日中アイツと話していたストレスのせいで感覚がマヒしたのかもしれないが、とても楽しい。しかし話の通じる会話の気持ち良さは誰にも分かってもらえないだろう。


「物騒と言えば、最近この町で囁かれ出した噂についてはご存知でしょうか」


「噂? またメアリがなんかしたんですか?」


「いえ、ちょっとした事件です。何でも不特定多数の男女が殺害されているそうで、被害者は全員、脳が無くなった状態で発見されるそうです」


「脳? 脳って脳みそ? 頭蓋骨開いて取り出されてるって事ですか?」


「その様です」


「そんなヤバい犯罪出来るのってメアリくらいだと思うんですけど」


「お言葉ですが創太様。仮にメアリ様が犯人と仮定した場合、犯罪として噂になるとは思えません。巷ではこの不可思議な殺人事件を『キリトリさん』の仕業として楽しむ風潮があるようで……メアリ様の仕業でないとしたら、果たして本当に怪物の仕業なのでしょうか」


「まさか、あり得ませんよ」


「言い切りますね」


「怪異が欲しいのは脳みそなんかじゃない。その手の輩がどうして俺達に干渉するのかと言ったら、魂が欲しいからです。魂は不可視達の世界において肉体の核を担うもの―――脳みそ一つ取ったくらいじゃ奪えませんからね。それに噂があるならメアリが黙ってない筈です。幽霊大好きでしょアイツ」


「仰る通り。ですから私も不思議でなりません。メアリ様が反応しない怪談……そう呼ぶにはあまりにエピソードの薄い都市伝説…………そんなものがあるなど」


「因みにそのキリトリさんってのはどういう話なんですか?」


「エピソードの薄さにかけては右に出る者はないでしょう。単純にそういう殺人鬼が居る。話はそれだけです。殺された方々に共通点も接点もない。単なる無差別殺人事件を無理やり扱えばそうもなるでしょう」


「あー…………」


 新しく生まれた噂とだけあって中身が薄い。玄人ぶって『若い』と言うべきだろうか。それでは何の面白みも無いし、恐怖も無い。テレビで殺人事件を目撃したからと言って恐怖する人間が少ない様に、人はどんな事件も自分と関係性が薄いと判断した時、著しく関心を失う。


 優秀な怪談とは多くの人間に関心を失わせない内容が肉付けされていく。だから人々は恐怖を愛して止まないし、不可視の世界も信じてやまない。一部の人間にしか視えない世界に巻き込まれたくて仕方がない。噂とは信仰の亜種だ。故に怪異が生まれてしまうのは必然の理とも言える。


 信仰と違う点は只一つ。依存度だ。神々は信仰を失う程に力も失うが、怪異は噂の消失が死に繋がる。怪異が存在、まして人に害を与えられるまで成長するには相応の大きさが必要だ。俺が再定義したなら話は別だが、『キリトリさん』の噂は寡聞にして知らなかった。


 俺に言わせるなら、今の所は本当にタダのデマだ。何でもかんでも何らかの陰謀にしたい連中と思考回路が似ているとさえ思う。


「……まあ。メアリの反応が無いなら、あっちの方ではデマの確認が取れてるって事なんじゃないですかね」


「そうでしょうか。例えばその細やかな怪談にメアリ様が関わっているとしたら、反応が無い理由にも説明がつくでしょう」


「アイツが言い出しっぺって事ですか? うーん。アイツは本気で不可視の存在を信じてるので、そういう悪質な行為はしないと思うんですけどね」


 莢さんと色々可能性について語ってはみたものの、全て推測の域を出ない。分かった事は一部のマニアにしか伝わってないとはいえ、噂がまた一つこの街で生まれたという事だけだ。本当にこの月巳町は、噂で出来ているらしい。


「……夜食を食べながら話す話題じゃないですね、これ」


「申し訳ございません。少しでも創太様のお力になれればと思い、出過ぎた真似をしました。以降は話題に気を付けたいと―――」


「気を付けなくていいですよ! ていうか気を遣わなくていいです! 俺なんてカスみたいなもんですから」


「自虐はあまり褒められた行為ではありませんね。創太様はお食事も綺麗に済ませています。私の思うカスとは、マナーもなっていなければ他人に対する礼儀もなっていない、心遣いの概念さえ知らない人間なのですが、どうやら貴方様とは差異を感じます」


「大体同じですけど、それでもカスですよ。メアリが居る以上この世界に必要とされていないんですから。それは間違いないでしょう?」


「……誰かに必要とされる事が、貴方様にとって価値の証明になるのなら、やはりカスなどではございません。他でもない私は、今も貴方様を必要としています」


「メアリの為じゃないですか」


「否定はしません。私は周防家に仕えてきた使用人であり、メアリ様の友人です。ですが此度の交流を通じて、創太様の事も知っていけたらと考えております」


 友達に年の差は存在しないが、それにしても対極に位置するであろう二人が良く友人になれたものだ。真面目で優しい莢さんとメアリが一緒に居られる光景が全く想像出来ない。天地がひっくり返ってもあり得ないのだが……友人関係とは不思議なものだ。神様と交流を持つ俺が言えたものでもないが。


「ご馳走様でした」


「お味はいかがでしたでしょうか」


「大変美味しゅうございました……俺のお世話を頼まれたんでしたっけ。じゃあ申し訳ないんですけど、食器の片づけをお願いします。プロに任せた方が皿も綺麗になるでしょうし」


「畏まりました。創太様はお風呂に入られるおつもりですか?」


 悪気はないのだろうが、風呂に入る以外の選択肢は個人的に存在しない。余程疲れていたならこの限りではないが、夜食を摂ったお蔭で少しなりとも体力面に余裕が生まれた。体力が再び底を尽きる前に風呂へ入っておけば、後は泥の様に眠るだけで一日が終わる。


「―――あ。一緒にお風呂に入るって可能ですか?」


「創太様さえ差し支えなければ」


「…………いや、大丈夫です。気にしないで下さい」


 時間にして三秒弱。夜のお世話を頼もうとした下衆の思考を俺は恥じるべきだ。まさか躊躇なしに返答してくるとは思わなかったが、あれだけ抵抗が無いのは問題だ。言ったら本当にやってくれそうじゃないか。



 ちょっとした冗談のつもりが本気にされてしまうのは最も避けたい事態だ。



 暫くはこの素直な同居人と共に過ごせる。その幸運のみを感謝するべきであって、それ以上求めちゃいけない。俺が欲張りになったらいけないのだ。命様という最愛の神様と出会ったあの時から、俺は足る事を知らなければいけなくなった。


 無限の欲が良い方向に作用し続けた例を俺は知らない。周防メアリを打倒しようというなら、極力別な方向の地雷は踏むべきではない。
























 ―――明確な裏切り行為をしてしまったお詫びは、いかがいたしましょうか。


 浴室へと入られた創太様を視線で見送った後、私は一人溜息を吐いた。自分でもどちらの味方をしているのか、正直分からない。


 私が創太様のお世話に向かわされた本当の理由は、監視の為。メアリ様は己の野望を叶えるべく近日海外へ飛ぶ。その間の監視を、私は天畧様を通して伝えられた。創太様には物騒な事が起きると伝えたが、起こすのはメアリ様に違いない(創太様はきっとそう考えていらっしゃる)と私も思う。


 そして監視のついでに、創太様と肉体関係を築きなさいとも命じられている。その理由について私は教えられていない。故に私も、その命令には従わない。



 さて、本当にどちらの味方なのだろう。



 強いて言えば、私は『アナタ』の味方なのでしょう。『アナタ』の為を思えばこそ、私はどっちつかずの位置に着いているのですから。


 皿を洗う手が止まる。私は窓に映る自身の顔を見て―――自嘲気味に嗤った。


「蝙蝠が」



 

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