ドクセンシマイ
俺にとってメアリは敵でしかない。その認識が変わる事は無いだろう。だがメアリにとって俺とは? 本当の友達が居ないと宣うのなら、この世界に数少ない例外(空花は回避方法が違うので何とも言えない)として隣に居続けた俺は、周防メアリにとってどんな立場にあるのか。
「創太君が私にとって…………どんな立場にあるんだろうね」
「とぼけんなよ。それとも視界の端に映る石クズ程度でしかないってか?」
「もし創太君をそんな風に見てたなら、家には招かなかったよ。これで十分じゃない?」
「んな訳あるかぶっ飛ばすぞ。安心しろ。どう思われたって俺は気にしない。俺がお前を嫌ってるんだから、お前が俺を嫌っててもそりゃ道理ってもんだからな」
「ん~創太の悪い所だよ。人の話を聞かないというか、今しか見えてない所」
「は!? てめえに言われたくねえんだがッ? 俺の話をまともに聞いてくれた事なんて片手で足りるくらいしか無い癖に良く言うぜ!」
「じゃあ頭に問題があるのかな。どっちでもいいけどね。でも忘れたって事なら仕方ないから思い出させてあげるよ」
「だから何を―――!」
強制的に口が塞がる。それは彼女の両親の様に発言権を封じられた訳ではない。唇そのものを―――塞がれたのだ。
メアリの唇で。
「んッ―――!?」
忘れていたつもりはないが、嫌でも思い出してしまった。学校のシステムそのものが壊れたあの日。清華の学校で行われた体育祭にて、俺は彼女とファーストキスを交換してしまった。それも無理やり……回避する余地もなく。
一度ならず二度までも唇を奪われた俺の心境を、他人は決して窺い知る事が出来ないだろう。美少女とキス出来たならそれで良いだろうと片付けて良いものじゃない。これは例えるなら復讐するべき相手が親兄弟では飽き足らず、自分の初めてさえ奪ってきた様なものだ。許容してはならない。今となっては良い思い出と開き直るなんて以ての外だし、何なら野良猫に手を噛み千切られた気分だ。
慌てて突き放そうとしたが、メアリの力は性別の垣根を超えてべらぼうに強い。女性の胸がどうとか一切の考慮無しに押しているが、その感覚はさながら岩を押している様だった。
勘違いしないで欲しいが、それは決してメアリの胸が文字通りの断崖絶壁であるという悪口ではない。全く動かないというだけだ。押されているのはむしろ俺だ。終いにはベッドの上で押し倒されてしまった。
「ん……! んんんんんん! んぅ…………!」
本気で抵抗している。懐にゴキブリが潜り込めば誰だって必死に暴れるだろうが、それくらい本気で暴れている。しかし彼女の膂力はさながらレスラー……否、万力の如し。俺の抵抗は傍から見ればその様に見えるだけ。実際は一割も抗えていない。
「ん…………ちゅ。はぅむ…………」
「ん! んんッ! んんんんんん! なにんむ……!」
それが五分、十分。そこで終わればまだ良かった。しかし接吻は形を変えて二十分、三十分と続いたので、いよいよ俺はこの状態がいつ解けるのか分からなくなってしまった。因みに途中から抵抗は辞めた。するだけ無意味で疲れるだけだった。
降参の意を示す為に肩をタップすると、メアリはようやく離れてくれた。
「……てめえ!」
隙に付け入るみたいだが、こうでもしなければ彼女に手出し出来ない。俺はすかさず両手を伸ばし胸倉を掴んでやろうしたが、それよりも早くメアリの手が立ち塞がって失敗。俺からすれば不本意、彼女からすれば意図的に、二人は手を組み合った。
「これで分かったでしょ」
「……てめえがキス魔だって事か?」
「創太君にだけだよ。そしてこれが私の答え。どう思ってるか伝わった?」
「…………お前さ、俺に空花っていう彼女が居るの分かっててやってるんだよな? 浮気しろって言ってんのか?」
「そんな事言ってないよ。でも…………ううん。その答えだけで十分。何もかも予定通り。今日が過ぎたら、何が起こるんだろうね」
「隠したい割には匂わせるな。本当は話したいとか?」
「サプライズが台無しになっちゃうから駄目。創太君の方は精々私を止められると良いね」
彼女の態度は矛盾している。
俺に対して終始余裕を崩さぬ一方で、僅かな失敗の可能性すら残したくないとばかりに黙秘を徹底。恐れているのか居ないのかどちらなのだろう。どういうルートから俺が打倒メアリを行おうとしている情報を持って来たか知らないが、彼女が何をしようと必ず達成してみせる。やれる奴は俺しか居ない。出来る奴は俺しか居ない。それは周防メアリと俺が知り合った瞬間から一度として変わらない。
檜木創太は世界で唯一の『敵』なのだから。
「さて、他に何を話そうか。こんな機会は二度とないよ。ゆっくり話したいな」
「……っち。今の話はこれで終わりってか? まあいいや。こっちにはまだまだ言いたい事がたくさんあるよ。お前、本当に世界平和って奴を目指してるのか? 欠片も信じちゃいないがよ」
「勿論。だから皆、私に賛同してくれてる。そうでしょ。口が悪い人も頭が残念な人も結局は平和を望んでるんだよ。でも全員を引っ張るには偉くなんないといけない。だから私は成り上がってるんだよ」
「嘘だな。お前は人間社会に生きてない。例えばお前が人を殺したとしても、警察も裁判所をお前を悪人って事にはしない。お前は正義そのものだ。真実そのものだ。お前が居るせいで世界中の聖人が世迷言垂れてるだけの阿呆になっちまった。俺から一つアドバイスしてやろうか? お前が居る限り世界平和なんて一生無理だよ。分かったらさっさと死ね」
「酷いな~創太は♪ ……誰しも、最初は無理って言うよ。世界平和なんて大それてる。世界を征服する方がずっと簡単だって分かってる。でもだからこそやるんだよ。きっとその先に希望があるから」
「前向きな言葉は好きなんだが、お前が言うと一気に胡散臭くなるな」
「有難う。褒めてくれて」
「嫌味って知ってるか?」
「知ってる。だから嫌味で返したの。お洒落でしょ」
何がお洒落だ馬鹿馬鹿しい。約束してしまったものは仕方ないとはいえ、こいつを見ているだけで湧き上がってくるこの嫌悪感は何なのだろうか。そこに持って回った言い回しと明らかにこちらを見下した言動があわさって、俺の苛立ちは最高潮に達している。
やれるものなら今すぐぶん殴ってやりたい。
「貴方の心の中、今読んでみた」
「それは力を使ったって解釈しても良いのか?」
「想像に任せる。創太君は私の事を話の通じない人って思ってるね」
「大正解だ! 自覚あったんだなッ?」
「自覚も何も。普通の事だよ話が通じないのは。貴方だって分かるんじゃない?」
「あ?」
「私の行動に賛成してくれる人は、創太君の敵になってる。出来れば全員仲良くして欲しいけど、中々そうもいかない。そう考えたら、ほら。私は話が通じてるよね。だって創太君の事……ううん。さっきのキスで分かるか」
「話をすり替えるな。信者共が話通じないのなんてご本人様が一番よく知ってんだよ。今の話題はお前に自分のおかしさが自覚出来るかどうかだ」
「おかしいかな? 私っておかしいの? ねえおかしいかな?」
「狂人は自分の異常性に気付かないってよく言うよな」
「そう。そうかもしれない。でも創太君はさ、それがどうして自分に当てはまらないって言い切れるの?」
「俺は少なくとも、自覚がある。十一年間も信者共からクソみたいな暴力受けて来たんだ。嬉しくも無い異常だけど、お前とは違う」
「あらそう。でもそんな異常者さんからおかしいってお墨付きをもらったなら、私は普通って事だね」
は?
…………え?
話をはぐらかされた気もするが、筋が通っている気もする。彼女の発言に理が無い訳ではないのだ。俺を異常者と仮定するなら、それに相容れないメアリは正常……んん? 元々の話題は自覚があるかどうかの話……いや、そこから発展した…………
考えるだけで頭がおかしくなりそうだ。これ以上の追及はやめておくにしても、上手くはぐらかされてしまった。悔しい。
「まだまだ時間は沢山あるよ。ねえ、次は何を話そうか。もっと質問してよ、ほら」
「答えたくない質問がある割には乗り気だなお前」
「これはほんのお遊びだもの。創太君の為のね。一日中何にも喋らないでここに居たって良いんだから」
それは俺が御免被る。こんな奴と二人きりなんてどんな拷問だ。それを条件に脅されたらどんな秘密でも喋ってしまうかもしれない。何しても苦悶の顔を浮かべ無さそうなコイツとは違って俺は正常故。
「―――私は貴方に感謝してる。言う事を聞いてくれて有難う。創太君は反発ばかりするから凄く嬉しかった」
「急にどうした? 言っとくがこっちにも考えがあったんだ。お前はどうでもいい情報だとして色々喋ってくれたが、俺にとっては重要なものかもしれない。俺こそお礼を言わないとな。お前みたいな迂闊な奴が相手で良かったよ」
「お返しかな? でも、いいよ。創太君になら殺されても文句は言わない」
「あ?」
周防メアリの漏らした、或は本音に最も近い願望を、俺は決して忘れないだろう。
「いつかでいいから、殺してよ。きっと私の死に時は、貴方が導いてくれるって信じてるよ」
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